君の街まで
次の日の朝、いつもの待ち合わせの場所で待っていると自転車に乗った涼太が来た。
「おはよー。さてと、行きますか」
「おはよ。そういえば昨日さ、イオンでちさとに会ったよ」
「お、マジか。まさか男といた?」
「まぁ男って言ったら男だな」
「マジ!やっぱあいつ彼氏いるんだな!どんな奴だった?」
「いや、彼氏っていうか弟だった」
「なんだよ弟かよ!紛らわしい言い方してんじゃねーよ!」
「騙されやすいのが悪いんだよ。なんか普通にいい姉貴って感じだった。ていうかちさとの中学のときの噂って本当なのかな?」
「どうなんだろうな。たぶん違うと思うけど、実際のところ知ってる人いないのが何とも言えないよな。でも結人は違ってほしいんだろ?」
「なんだよそれ」
「なんでもないよ?結人くん」
今日も変わらずくだらない話をして学校まで向かう。いつもあっという間に学校に着いてしまうのが少し残念でもある。
「よーし、到着っと。あ、そうだ結人、明日から部活の朝練が始まるから一緒に行けなくなるわ、悪いな」
「お、野球部本格的スタートですか。全然気にしないでいいから頑張れよ」
「おう。行けるときは前の日LINEするわ!」
明日からは少し寂しくなる。遅刻しないようにしないと…そして俺も高校生活を充実させるためにやることをやる。そう改めて思える瞬間だった。
教室に入り席に座って安達と話していると、ちさとと梨木が一緒に教室に入ってきた。2人揃って教室に入ってくるのは珍しい。いつもはちさとが「おはよう」と言ってきて、俺が「おはよう」と挨拶をするだけだが、その日はちさとより先に梨木が「一ノ瀬、おはよう」と言ってきた。
「お、おはよう」と俺も少しばかり驚いた感じで挨拶を返す。その後にちさとも小さな声で「おはよ」と言ってきた。その表情はどこか落ち込んでいるようにも見えた。
「あれ、お前梨木とも仲良くなったの?」
安達と俺の席は教室のドアのすぐ近くなので、同じように違和感に気づいたのだろう。
「まぁいろいろあって…てか別に仲良くなったわけではないんだけどな」
「ふーん。少しばかり俺にも分けてくれてもいいんだよ?」
「同じクラスなんだし普通に仲良くなれるだろ。俺は別に自分から仲良くしてるわけじゃないし」
「なにその自然とモテてるキャラ的な発言。ウケるんだけど」
「ばかやろう、そういうのじゃねーよ」
俺は机の上に腕を組み顔を伏せて昨日の部室でのことをふと思い出した。
あのときベースを弾いていた梨木はキラキラしていて眩しかった。あの瞬間、梨木からは俺も輝いて見えていただろうか。眩しかっただろうか。
きっとその答えはNOだ。梨木が眩しく見えたのは、ちさとが言っていた夢が叶った嬉しさがそこにあったからだ。俺は別にそういったことは無く淡々とドラムを叩いていたと思う。もちろん好きな曲を演奏できるのは嬉しいものだが、あのような表情はしていなかったはずだ。
「はーい。みんなおはよう。HR始めるよー」
そんなことを考えているうちに今日も1日が始まる。
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昼休み、いつもの場所で安達と山崎とご飯を食べていた。
「そういや山崎、こいつ今日さ梨木にもおはようって言われてたぞ」
「はぁ!?お前水科だけじゃなくて梨木にも手を出したの!?」
「まてまて、朝におはようって言われただけだぞ?なんでそうなるの?」
「一ノ瀬さん!お願いします!俺もあのグループの人と仲良くなる方法を教えてください!」
「いやだから…別に仲良いわけじゃないからね?挨拶だけだからね?」
そんな話をしていたときだった。
「一ノ瀬」
安達と山崎がキョトンとした顔で俺のほうを見ている。後ろを振り返ると梨木がいた。
「あ、えーっと…どうしたのかな?」
「今日って部室来る?」
最悪なタイミングで話しかけてくるなこいつ。これはこの会話が終わったあとに質問責めになって面倒なパターンになりますね…。
「あー。今日は行かないよ。というかまだ正式に入部したわけじゃないし、ちょっと家のこともあるから行けても来週とかかな」
梨木がその場で黙った。なんで来ないの?今日も一緒に何か曲やろうよ。なんて思っているのかと思ったその時だった。
「今日の放課後一緒に帰ろ」
「は?いや、梨木部活に行くんだろ?」
「一ノ瀬が行くなら行こうと思ってたけど、行かないならいい。だから一緒に帰ろ。約束だから」
そう言って校舎の中へと梨木は戻って行った。
ふと後ろから突き刺すような視線を2つほど感じる。
「いーちーのーせーくん?詳しく教えてもらおうか?」
「い、いやっ、一体何がなんやら…」
そして昨日部活の体験に行ったときのことを話した。ちさとから聞いた話はとりあえず伝えなかったが、梨木のことは楽しそうにベースを弾いていた、と伝えた。山崎が途中で「ベースになりたい!」などとおかしなことを言っていたのは一旦置いておこう。
「うーん!青春してる!じゃあ明日は一緒に帰ってどうなったか報告よろしく!」
まるで子供が新しいおもちゃを貰ったかのように目を輝かしてくる安達と、なんでお前はいい思いをするんだといったような冷たい視線を送る山崎は口を揃えてそう言った。
「いや、さすがに一緒に帰るとかないだろ…」
梨木の発言を謎に思いながら昼休みも終わり、放課後になった。
梨木は俺のところに来て、「ごめんすぐ行くから玄関で待ってて」と伝えて、ちさとたちのところへ戻って行った。
「いや…待ってても何も本当に一緒に帰るのかよ…」
仕方なく玄関に行き、梨木が来るのを待っていた。Bluetoothのイヤホンからアジカンの「ブラックアウト」が流れていた。ベンチに座り、リズムに合わせて指を動かしているとトントンと肩を叩かれた。振り返ると梨木がいた。
「お待たせ。行こっか」
「行こっかって…一緒に帰るってなんで?ていうかお前ん家どっち方面なのか知らないんだけど?」
「私の家は学校の近くだよ。あっちのほうに歩いて10分くらい」
指を指した方向は俺の家と逆方面だった。
「なら一緒に帰るもなにも俺ん家と逆じゃん」
「知ってる。ちさとと同じ中学なら逆だって思ってたから。だから今日は一ノ瀬の家に遊びに行く」
「は!?待て待て!なんでそんな話になってんの!?絶対無理だから!」
「あ、途中コンビニ寄って飲み物とお菓子買って行くから。」
「あ、あのですね?梨木さん?あなたは何を言っているのかわかりますか?」
「うるさいなあ。早く行くよ。ほら先に行ってくれないとわからないから早く」
何を言ってもスルーされるが必死に抵抗を続けた。けれどその抵抗も虚しく自転車を漕ぎ始め帰路についた。隣には自分には不釣り合いな女の子がいる。
家に着くまでに話したことなどまるで頭の中には残っていない。ひょっとしたら大した会話はしていないのかもしれない。ただ、それくらい俺は動揺していた。
----そして、頭の中を整理する間もなく家に着いた。
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