夏の思い出
父が札幌に戻ってから数日が経った。帯広にいるときはお盆の時期も近かったこともあり、墓参りをしたり、久しぶりに豪華な食事をした。
「何か困ったことがあればすぐ連絡しろ。あと彼女と札幌遊びに来たかったらいつでもいいぞ」
そう言って父は札幌に戻って行った。
そしてライブまであと10日。
みんなが毎日練習しているが、俺は1人「sing」のスタジオに入りドラムの練習をしたり、家で宿題をしたりの毎日を過ごしていた。
もうライブも直前となってきているので、教えることもあまり無いため、邪魔をしないように部室に行くことが少なくなったのだ。もちろんライブが終われば学祭の練習がすぐに始まるため、顔を出すつもりでいた。
「ありがとうございました」
「結人くん、完全復活して良かったね」
「はい。ご心配をおかけしました。もう完全に治りましたので、頑張って練習します」
俺の腕は完全に治った。ライブ前に治りはしたが、練習はやはり間に合わなかったのでライブに出なくて正解だった。
携帯を見ると梨木からLINEが来てた。
『明日11時に学校来れる?』
明日は特に予定が無いため、大丈夫と返した。また前のように仕上がりを見てほしいということだろう。俺も少しは本番のライブを楽しみたいからあまり見たくは無いんだが…
そして次の日、俺は約束の時間の5分前に部室に着いた。
「お疲れさまです」
「あ、一ノ瀬。おはよう」
「おう。どうしたの?ってあれ、梨木のバンドメンバーいなくない?」
辺りを見回すも2年生ばかりいる。スタジオ予約表を見ると1年生のバンドは午後からが多い。
「来てもらったのは別件。ねえ、ちょっと来て」
梨木は俺の腕を引っ張り部室から出ると、普段は歩くことのない2年生の教室が並んでいる廊下を歩いた。
俺は梨木の行動がわからず、とりあえず黙ってついて行くことにした。
「一ノ瀬、静かにしててね。ここならバレないと思う」
梨木は人差し指を口元に当てて静かにするように促した。とりあえず俺はその仕草に従い、静かにして聞こえてくる話し声に集中した。
「あいつ今日も言ってきたよ。『もっと練習しませんか〜』って。1年のくせにマジうざいよね」
「ちょっと上手くてかわいいからってチヤホヤされてるんじゃない?自分だって遅くまでいないくせに」
「絶対あいつのお願いとか聞かないから!あはは!」
教室から聞こえてくるのは誰かに対しての悪口だ。決していい気分になるものではない。そして、こっそり聞いてる時点できっと俺たちの知ってる人に対してのものなのだろう。俺か梨木か、それとも美優か。
「あ、そろそろ戻らないとだよ」
教室から急ぎ足で出てきた女子2人は見たことの無い人だった。俺たちのことでは無いようでとりあえず安心だ。だが梨木がわざわざ連れてきた理由がわからない。
去って行く2人を見ていると、トイレから出てきたちさとがいた。ちさとはちょうどその2人に会い、話しかけているが無視されている。
「梨木…まさかだけどさっきのって…」
「うん。吹奏楽部の2年だよ。たぶんちさとと同じパートなんだと思う」
「じゃあさっきのって…ちさとのこと…?」
「そう。昨日たまたま音楽室の前で言い合ってるの見ちゃったの。それで帰るとき美優先輩探してここ歩いてたら、さっきの聞こえてきた」
「ちさとって部活内だとどうなの?」
「知らない。聞いたことないし、自分からも何も言わないから。でも一生懸命やってるとは思うけど…」
「俺も全然聞いたことないんだよな。それに聞いたところでちゃんと言ってくれるか…あいつ負けず嫌いだし」
「そうだね。とりあえず今日ちさと終わるの待ってて聞いてみようと思う。一ノ瀬はどうする?」
「うーん。俺も一緒に聞きたいけど、怪しまれそうだから後で共有してほしい」
「わかった」
「ありがとうな。教えてくれて」
「別に。友達のことが心配なだけだし」
梨木は恥ずかしそうな態度をしている。そういえば2人っきりは久しぶりな気がする。
「そういや前に父さんといろいろあったとき、来てくれてありがとう」
「あの時はビックリしたよ。ちさとからグループLINE来てさ、一ノ瀬が転校しちゃうかも!って。みんなで何とかしようって」
「みんなが来てくれなかったらきっと転校してたよ」
「ちさと大活躍だったよね。私はただ見てるだけだった」
「それさ、美優も言ってたけど何もできないのが普通だから気にすんなよ?来てくれただけで俺はめちゃくちゃ嬉しかったんだから」
「…そうかな」
「そうだって。そのおかげでこうやって梨木とも一緒にいれるんだから」
「…バカ」
気づけば梨木の顔は真っ赤になっていた。照れているのだが、どこか嬉しそうな悲しいような表情をしていた。
「言っておくけどさ」
「はい」
「一ノ瀬のこと諦めたわけじゃないから」
「…お、おう」
「それだけ。じゃあまた後で連絡する」
そう言って梨木は部室に戻って行った。俺はやり場のない気持ちをどうしていいかわからず、とりあえず自分のクラスの教室で気分を落ち着かせようと思った。
教室に入り、自分の席に座って外を眺めている。野球部やサッカー部の声出し、吹奏楽の楽器の音が聞こえてくる。体育館は遠いのでバッシュの音などは聞こえない。
この学校にいれる喜びを味わい、同時にきっと来て欲しかったであろう父の思いを無駄にしないことを心に誓った。
『結人まだ学校にいる?良かったら一緒にあじ福行かない?』
こうやって美優と一緒に学校帰りにご飯を食べて帰れることが嬉しい。
友達の悩みを聞いて、一緒に悩めることが嬉しい。
みんなと一緒にいれることが嬉しい。
当たり前のことかもしれないけど、俺は精一杯のアオハルってやつをここで過ごすのだ。
「学祭は何としても出たいし、練習頑張りますか!」
気合いを入れ直して、美優にLINEを返した。
そして一緒に昼ごはんの中華ちらしを食べにあじ福へ向かった。
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