闘いの詩
いつも1人でいるこの家が好きだった。1人が寂しい夜もあった。炊事洗濯がわからず困ったこともあった。でもどれも勉強して少しずつ自分でもできるようになっている。俺は成長している。これを父に伝えるんだ。
「ただいま」
「おじゃまします」
俺たちは2人揃って家に入り、父がいるであろうリビングに行った。しかし、そこに父の姿は無かった。
「あれ?」
辺りを見回すが父の姿は無い。すると、父の部屋からジャカジャカとギターの弾く音がした。
俺が音楽を始めたきっかけは父だった。まだ小学低学年だった頃、父が家でギターを弾いている姿を見てそれがとてもかっこよかった。普段厳しい父だが、俺が目を輝かせて見ているときだけはヒーローになっていたのだろう。
それからはいろんな音楽やバンドを教えてもらい、片っ端から聴いた。それからしばらくしてドラムを始めたのもギターよりカッコいいと思ったからだ。
「いつか一緒にやろうな」
子供の頃に父はよく言っていた気がする。そのいつかは本当にいつかになってしまい、気づけばお互いすれ違う時間が増えていった。母がいなくなり、父がいなくなり、俺だけが残ったこの家で久しぶりに聴く父のギターの音。俺は昔のことを少しだけ思い出し、父が戻ってくるのを待つことにした。
「お父さん、ギター上手いんだね」
「俺がドラム始めたきっかけだからな」
「かっこいいね」
「うん」
しばらくしてギターの音が止み、父がリビングに入ってきた。
「あれ、小笠原さんこんばんは」
「おじゃましてます!」
きっと父は俺から話を聞いたのだろうと気づいたはずだ。台所から3人分のお茶を用意してソファに座った。
「結人から話は聞いたかな?」
「…はい」
「そうか。君はしっかりしてそうだし、離れてもきっと上手くできると思う。申し訳ないが許してほしい」
父は座ったまま深く頭を下げた。まだ高校生の女の子に。自分の息子のことを大好きでいてくれる彼女に残酷なことを伝えるのだから当然だった。
「ちょ、お父さん…頭上げてください!あの…結人くんからお父さんに大切な話があるので聞いてあげてほしいです」
美優がそう言うと頭を上げて父が俺をじっと見た。何を言うのかも全てわかっているような顔。納得させられる言葉を用意したつもりだが、口を開くのを躊躇わせてくる。するとテーブルの下で美優が俺の手を握りしめてきた。
『1人じゃ無いよ』
父には見えないように俺を励ましてくれるその手の温もりは、俺の背中を押すには十分すぎるものだった。
「父さん。俺、札幌には行かない。ここで1人で暮らしていく」
「まだそんなことを言っているのか。そんな無理な話通るわけないだろう」
「無理じゃない。4月から3ヶ月ずっと1人でやってきた。最初はいろいろ困ったこともあったけど、今では1人で何でもできるようになった。それに…美優もいる。1人じゃないんだ。俺は美優と一緒に成長していきたい」
俺の思っていることを素直に伝えた。話せばきっと父さんもわかってくれると信じている。だから俺たちの幸せを奪わないでほしい。
「だからそんなわがままが通ると思っているのか?仮に1人でやっていくことを許したとしよう。家賃はどうする?俺は援助するつもりはない。お前のわがままでここで暮らすんだから、お前がどうにかしないといけない」
「それは…」
「確かに1人で暮らして生活力はついたかもしれない。だけども親の援助があってこそだ。『1人でできる』というセリフは全て1人でできるようになってから言うんだな。この家の家賃だって決して安くはない。高校生のバイトで払える金額じゃない。もし仮に払えたとしたら食費は?光熱費は?小笠原さんとデートをしたり友達と遊んだりする時間は?テスト勉強をする時間は?今を大切にするのは大事というのはわかる。俺だって2人の関係性を壊すのを申し訳ないとは思っている。だが、それなら将来はどうなる?今を必死に生きてこれから結人はどうしたい?進学が就職かはわからんが、選択肢の幅は限りなく狭くなる。考える余裕が無いからだ」
俺と美優は父の言葉を黙って聞くことしかできなかった。父の正論に俺たちは何も言い返せない。
「わ、わたしもバイトします!」
泣きそうな顔になっている美優が必死に伝えた。
「私もバイトして、結人くんを支えてあげることができればそれなら負担も軽くなるし…」
「小笠原さん。そう言ってくれるのはありがたいし、彼氏の父親としても本当に嬉しい。だけど君は結人の妻じゃない。結婚するつもりなのか?親御さんには何て言うんだ?私が君の親だったら決して許さないだろう。そんな男とは別れろと言うかもしれない。それに、君は2年生だ。結人より1年早くこれからの進路を考えないといけない。いつまでもこのバカといちゃいちゃしてるだけでは無いだろう?」
「そ、それは…」
「将来はどうしたいとか考えているのかい?」
「まだ夢とかは無いです。大学に進学してゆっくりやりたい事を見つけたいと思って…ます…」
「それもいい考えだと思う。だがそれならより勉強に集中しなければいけない。バイトなんてしてる暇は無いだろう。もし札幌の大学に進学するのであれば、会えない期間は1年だけだ。どうか我慢してほしい」
完敗だった。俺たちが言っていることは全て子供のわがままだから。まかり通るわけないのだ。俺たちは離ればなれになる。親の仕事の都合なんてどこにでもある話だと思う。まだ子供だと知らされた俺たちはただ黙るしかなかった。
ピンポーン
「誰か来たな。出てくる」
父は俺たちを置いて玄関に向かった。俺たちはただ下を向いて黙っていた。
「美優、ごめん。ありがとうな」
「ぐすっ…嫌だよ。嫌だよお。離れたくないよ…」
決して握られた手を離すことなく、今すぐにでも美優を抱きしめてあげたかった。そして、美優に抱きしめてほしかった。
「ちょ、ちょっと…!君たちはなんだ!」
玄関から父の声が響いた。俺はリビングのドアが開くのを見るとそこにはみんながいた。
「結人!一ノ瀬!絶対ダメだからな!いなくなるなんて許さないから!」
梨木が、安達が、山崎が、涼太が、星峰に横田が、そして…ちさとが。
「私がみんなに連絡した。みんなすぐ来てくれるって」
「みんな…」
そうだ。俺にはまだみんながいる。美優だけじゃないみんなが。
父さん。まだ俺は諦めない。第2ラウンド開始だ。
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