コバルトブルー
『親の言うことを聞きなさい』
子供の頃によく聞いた言葉。父がよく口にしていた言葉。俺がこの言葉を最後に聞いたのはいつだったろう。
欲しかったおもちゃを買ってくれなかったとき、勉強をしないで遊んでいたとき、嫌いな食べ物を残したとき。きっとそれはまだ小さな子供の頃だと思う。
両親が離婚をしたときも俺は親の決定に素直に従った。本当は離れたくなんてなかったが、大人の決めたことに素直に従うことにした。それは決して自分で決めれないことだったからではない。母の不倫ということが引き金になったため、父が可哀想に思ったから。
俺は父の言うことを聞かなかった場合、それは裏切りになるのだろうか。妻と離れ、一緒に来てくれた息子も離れてしまったら、それは裏切りになるのだろうか。
「ちさとは今の暮らし楽しい?」
「えっどうしたの急に。なんか深い話っぽいね」
「うん。こんなこと言って悪いとは思うんだけどさ、お母さんがいなくなって3人で暮らして、ちさと頑張って家族のこと支えて。大変だしすごいって素直に思うんだけど、これでいいのかなって思うことある?」
「うーん…楽しいって感情とはちょっと違うと思う。前にも話したけどさ、やっぱり辛いって気持ちが多かったかな。慣れるまで大変だったし、やりたいことも色々と我慢したし。それでも頑張れたのは家族のおかげだったと思う。お父さんの頑張る姿を見て、悠太だって辛いはずなのにそんな姿を見せない強さを見て、私も頑張れたんだと思う」
ちさとは家族のことを1番に考えている。だからこの答えも、ちさとの行動も当然なのだ。じゃあ俺はどうなのだろう。今まで家族のために何かしたことはあるのだろうか。ここで自分のわがままを通しても父を悲しませるだけなのではないだろうか。
世間で一般で見たら高校1年生なんてまだまだ子供だ。ちさとを見習うなら俺は父と一緒に暮らさないといけないのだ。この一人暮らしの数ヶ月が夢物語だったように。
「そうだよな。ありがとう」
「何かあったの?話聞くぐらいならできるよ」
「まだ決まったわけじゃないからみんなには言わないでほしいんだけど、ひょっとしたら2学期から俺いないかも」
「えっ…?どういうこと?」
「父さんが帰ってきてさ、単身赴任だったのが正式に転勤になったみたい。札幌だって。だから俺も行かないといけない」
「…やだ。そんなの絶対にやだ!!」
「やだって言ってもお前…」
「今までだって1人で暮らしてやってきたのに!なんで行かないといけないの!」
「でも転勤ってなると今の家も引き払わないといけないだろうし…」
「そうかもしれないけど!それでも私は結人と離れるなんて嫌だ!…私だけじゃない!みんなも…美優先輩だって嫌に決まってる!」
「…俺だって嫌だよ!みんなともっと高校生活楽しく過ごしてーよ!」
「ぐすっ…それに…私との約束は!?みんなで一緒にステージ立ってくれる約束は!?」
「それは…」
「そんな簡単に守れない約束しないでよ!」
そう言ってちさとは公園から走っていった。残された俺はどうしたらいいのかわからない葛藤に駆られながら、オレンジ色に染まる空を見上げた。
「美優になんて言えばいいんだよ…」
俺は1人公演のベンチに座りながらスマホを取り出し美優に電話をした。
「もしもし?どうしたの?私なにか忘れ物した?」
「美優…ごめん。今日これから会うのは難しい?」
「ははーん、さてはかわいい彼女が帰ってしまって寂しいんだな〜!聞いてくるからちょっと待ってね」
そう言うと親にちょっと出てくると言っている声が聞こえてきた。美優にも迷惑かけて申し訳ない。だけどこれは直接言わないといけないことだし、時間をかけると言いづらくなってしまう。
「大丈夫だよ!家に行けばいい?」
「あ、あの公園で待ってる」
「公園?…わかった。すぐ行くから待ってて」
察しのいい美優のことだ。きっと何かあるということは気づいたのだろう。そして待つこと10分程で美優が来た。
「結人ー!お待たせー!」
さっきまでとは違うラフな服装。きっと急いで来てくれたのだろう。俺はこれから美優のことを傷つけることになる。オレンジ色の空は少しずつ暗くなっていて、公園の街灯がつき始めていた。
「どーしたのさっ!元気ないじゃん」
美優は俺の隣に座って言った。何かあったことに気づいて励まそうとしてくれているのだろう。俺はそんな美優の顔を見ることができなかった。そして離れることになる未来を想像し、涙を流した。
「え!ちょちょっと!本当にどうしたの?」
「ごめん…美優に話さないといけないことがある」
「…そんなことだろうと思った。でもその前に…」
そう言うと美優は俺を抱きしめた。
「何があったかわからないけどちゃんと聞くよ。でもその前に少しだけこうやってさせて。そしたらどんな話でも耐えられるから」
俺は耐えられなかった。美優のことを傷つけてばかりいる自分が許せなかった。どうすることもできない自分の無力さに、そして大切な人を守ると言ったことを守れない悔しさに。俺はただ美優のことを抱きしめることしかできなかった。
公園の街灯が俺たちを照らしている。まるで劇中のロミオとジュリエットのように。そして、俺はそっと体を離して美優に伝えた。
「さっき父さん帰ってきたしょ?今までは単身赴任で札幌に行ってたから俺は一人暮らしだったんだけど、転勤が決まったらしい」
「え…」
「だから俺も転校するみたい。2学期から札幌の学校に通うことになるって」
「そんな…だってさっき…」
「本当だよな。美優にこれからもよろしくとか言っておいてさ。多分あれって離れてもよろしくって意味だったんだと思う」
美優はしばらく沈黙していた。俺も話さなければならないことを伝え、美優の返事を待った。これから俺たちはどうするのか。遠距離恋愛になるのか、それとも…
「結人はそれでいいの?」
「そんなのいいわけないだろ!いきなり帰ってきてそんなこと言われて…」
「私たちはまだ子供かもしれない。親の決めたことには従わないといけないかもしれない。でも、それでいいのかなって。高校生ってさ、1番子供と大人の間をふわふわしてると思うんだよね」
「…なんとなくわかるかも」
「ね。子供にもなれるし大人にもなれる。だからさ、親の決めたことに反対するできることもできると思う。もちろんただ嫌だって駄々をこねるんじゃなくて、ちゃんとできるところを見せたらだと思うけど」
「…うん」
「もう1回聞くよ?結人は行きたくないんだよね?」
「ああ」
「それはなんで?」
「美優と離れたくない。もちろんそれだけじゃなくて友達とも。学校も部活も楽しくて頑張れるのに全てを捨てるなんて無理だ」
「私も無理。結人がいない毎日なんて耐えられない。だからさ、一緒にお願いしようよ。お父さんに」
「美優…」
「ご飯は結人も勉強して自炊してさ、私も頑張って助ける。もちろんそれだけじゃないよ。ひょっとしたらバイトとかもしないといけないかもしれない。やれることは全部やってさ、一緒に頑張ろうよ!」
「美優…ありがとう…」
俺は大粒の涙を流しながら美優を再び抱きしめた。頼れる先輩の彼女でよかった。美優のことを好きになってよかった。
「よしよし。さ!そうと決まれば一緒に結人の家に行くよ!お父さんと戦おう!」
そう言って俺の手を引っ張り俺と美優は走り出した。
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