鉄風
ピンポーン
朝早く玄関のチャイムが鳴った。時刻は午前10時。隣にはまだ気持ちいい寝顔をしている美優がいる。俺は優しく頭を撫でてから玄関に向かった。
ドアを開けるとそこには父が立っていた。
「ただいま。夏休みだからって昼まで寝てるのは感心しないな」
「と、父さん!?なんで急に!?」
「急に帰って来ないとビックリしないだろ。ん?まさかお前…」
父は玄関に来ると見慣れないサイズの靴に目を向けた。
「あ…いや…これは…」
どうする。なんて言えばいい。寝起きでまだ働いてない脳をどうにかしてフル回転させようとするが無意味なことだと悟った。
「ん〜結人おはよう…」
俺の部屋から少しはだけたTシャツ姿の美優が出てきた。その姿を見た瞬間、固まったのは俺だけではなく父も同様だった。
「どういうことか説明してもらおうかな?結人」
「え!もしかして…結人のお父さん…?」
急いでドアに隠れて顔だけひょっこり出している。こんな状況でも慌てる姿がかわいいと思うぐらい俺は同様していた。
「初めてまして。このバカ息子の父です。そちらは…結人の彼女さんかな?」
父はニッコリと笑いながら美優のことを見ている。美優は少しだけ怯えながらドアから出て挨拶をした。
「初めまして。結人くんの彼女の小笠原美優です。えっと…同じ部活で副部長やってます」
「副部長ということは3年生かな?」
「いえ、3年生が少なくて自分は2年です」
美優がそう答えると父は俺の肩に腕を回し、朝とは思えないほどテンションが上がった。
「お前やったな!こんなかわいい年上彼女ゲットするとかどうなってるんだよ!美優さん、こいつでいいの?もっといい男いるだろ!」
昨日先輩の話があった直後にそういうことは言わないでほしい、と心の中で思いながら父の腕を振り解いた。そして美優が父の問いに対して何て言うのか気になった。
「いえ、結人くんがいいんです」
一点の曇りもないその表情から出たその言葉は、俺の不安と父の軽口を綺麗に吹き飛ばした。
「美優ちゃん、ありがとう。俺もずっと家にいないで結人に寂しくさせているから申し訳ないと思ってたんだ。だけど君がいるなら心配しなくて良さそうだね。これからもこのバカをよろしくお願いします」
父から出た言葉は美優に、そして俺の心に響いた。母が家から出ていき1ヶ月程で単身赴任が決まり、俺に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだろう。たまに『元気でやってるか?』という電話やLINEをくれていたが、本当は心配で仕方なかったのがとても伝わった。
「父さん、俺が事故にあったとき助けてくれたのが美優なんだ」
「そうか…遅くなってすまないが息子を助けてくれて本当にありがとう」
父はとても深く頭を下げた。それには美優も困っていたようだ。
「お、お父さん!頭を上げてください!当たり前のことをしただけなので…私も大切な人を助けれて良かったです」
「ありがとう。だけど2人に1つだけ言っておくことがある。子供はできないようにな」
「何言ってるんだよ!バカ親父!」
はっはっはと笑いながら荷物を置いて、「ちょっと出てくるからごゆっくり」と言い父は出かけていった。
「ごめん、父さんが変なこと言って」
「ううん。面白いお父さんでいいじゃん。私のお父さんは頑固な感じだから羨ましいよ」
もし美優の家に遊びに行くことがあれば、しっかりと挨拶できるよう準備をしておこうと思う。彼女の家に遊びに行く経験はないけど、いつかそんな日が来るのだろうか。美優の部屋とかきっと女の子らしさ全開なんだろうな、などと考えた。
昼過ぎに美優は家に帰った。途中まで送り、家に帰ると父が帰ってきてた。
「おかえり」
「…ただいま」
おかえりと言われるのは久しぶりだ。そして、ただいまと言うのも久しぶりだ。何気ない言葉だとは思うが、言う相手も言ってくれる相手もいない俺にとってはどこか温かい言葉に聞こえる。
「実は結人に話があるんだ」
改まって言う父の様子はいつもと違った。きっといい話では無いのだろうと思い、俺はふぅと一呼吸して話を聞いた。
「実はな、札幌に正式に転勤が決まったんだ」
「転勤…?てことは俺も転校するってこと?」
「そのつもりで考えている」
「…嫌だ」
「お前はまだ高校1年だ。3年生ならまだしも1人で生きていくにはまだ早いと思う」
「なんでだよ!さっきだって美優に俺のこと頼むって言ってたじゃん!俺だって春から3ヶ月ずっと1人でやってきて…そりゃ大変なこともあったけど、転校なんて嫌だよ!」
「そんなわがままを聞けると思ってるのか。彼女には申し訳ないと思うが、単身赴任と転勤は違う。2学期からは札幌の高校に通う」
「勝手に決めんじゃねーよ!」
そう言って俺は家から出た。どこにも行くアテなんて無い。けれども今はあの空間にいたくない。美優と、みんなと一緒にいたい。新しい場所に行けば新しい環境に慣れて、人間関係も形成されていくのだろう。だけども俺はここで一緒に過ごしたい人がいる。先輩だから一緒に卒業することはできないけど、だから卒業までの短い時間は、それだけは譲れない。
気づけば俺はいつもの公園のベンチに座ってた。砂場で遊ぶ子供たちを見てぼーっとしていた。
「あれ…結人?」
俺のことを名前で呼ぶのは2人しかいない。美優はさっき帰ったから、振り返らなくても誰がいるのかはわかった。きっと弟が遊んでいて迎えに来たのだろう。もしくは夜ご飯の買い出しにでも行くのだろうか。とにかく今は1人でいたくない。話聞いてもらうくらいはいいだろうか。そう思いながら俺は振り返って名前を呼んだ。
「ちさと…」
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