feel
その日の帰り、俺はいきつけの楽器屋「sing」に寄った。そこは家から歩いて15分程の距離にある大型商業施設の近くにある。
俺は中学生になってからそこで3年間ドラムを習っていた。それも高校受験が近づいた中3の秋には辞め、勉強の息抜きにたまにスタジオに入ってドラムを叩いてストレスを発散するといった生活に変わっていった。
「こんにちはー」
「おー!結人!最近来てくれないから寂しかったよ!元気にしてた?」
俺にドラムを教えてくれてた店長がすぐさま駆け寄ってきた。
「はい、無事高校も受かって挨拶に来れなくてすみません。マスターもお元気ですか?」
「制服なんて着ちゃってすっかり高校生だね。緑月高校受かってよかったよ。受験が近づいてるのにスタジオに来てるときは落ちるんじゃないかって心配してたからね!ははは!それで学校には慣れた?」
相変わらず気さくな店長だ。ちなみにマスターと呼んでいるのはそう呼んでくれと言われたからで、レッスンに通ってた人はみんなマスターと呼んでいた。
「はは、そんな心配してたんですね。ちゃんと受かりましたよ。学校は…まぁ友達もできたしそこそこ慣れてきました」
「そっかそっか。緑月は軽音あるし結人にはピッタリだな。もう部活には入った?」
「いや…まだ入ってないんですけど…実はマスターに相談がありまして…」
俺はその日にあったことをマスターに話した。先輩もいい人で、部室や設備も申し分ないこと、思っていたより活動もしっかりしていること、そして顧問の先生が美人…というのは言わないでおこう。しかしながら部員にドラムが少ないことがネックになっていること。
「そっかー。確かにドラムは人口少ないからね。こんな田舎だし正直1学年に1人いればいい方だと思う。軽音部が無い学校だったら1人もいなくたって何も不思議じゃないし。でもさ、それだけ少ないってことは経験をたくさん積めることになる。それは結人のレベルアップにも繋がるし悪いことは無いんじゃない?まあ少し大変だとは思うけど、初心者でこれからドラムを始める人だっていると思うし、結人くんが教えてあげたらいいじゃん」
「いやいや、俺はそんな教えるほど上手じゃないし逆に俺が教えてほしいくらいですよ」
マスターが煙草に火をつけて言った。
「ふーっ…正直さ、結人は高校生の中ではかなりレベルは高いよ。センスもあるしね。これからずっとドラムを続けていくかどうかはわからないけど、いい経験には必ずなる。僕は入るべきだと思うよ。それに…」
「それに…?」
「………。うん、バンドやってる高校生はモテるだろうしね!」
「なんですかそれ、なんか無理矢理理由捻り出してません?」
俺はマスターに話したことにより、自分の中でのモヤモヤが少し晴れた気がする。やっぱり今日は来てよかったと思う。結論を出すまでには至らないが前向きな方向で考えていこうと思った。
「今日はスタジオ空いてるけど少し叩いていく?」
「いえ、ちょっと相談に来ただけですので今日は帰ります。マスター、ありがとうございました。お疲れ様です」
帰り道に近くの商業施設に寄って夜ご飯を食べて帰ることにした。
ここの商業施設のフードコートは広いわけではないが、カフェやカレー屋、中華に韓国料理にラーメンなどといった店舗が入っており、メニューはそこそこ充実していた。俺のお気に入りはカレー屋のカツカレーだ。なぜかカツカレーだけ600円と良心的な値段をしていて人気メニューだった。
晩ご飯を済ませ飲み物などの買い物をしていると、緑月高校の制服の女子がいた。小学生くらいの男の子と2人で仲良さげに食材の買い物をしている姿を見てそれがすぐに誰かわかった。
「ちさと…?」
ちさとはこちらを振り返り、驚いたようなそぶりを見せたあとに、気まずそうな顔をした。
「あ…結人…やっほー」
「姉ちゃん、この人誰?姉ちゃんの友達?」
「うん。同じ学校の結人くんだよ。ほら、悠太挨拶して」
「こんばんは!水科悠太です!姉がいつもお世話になってます!」
姉に似て整った顔立ちをしている。初対面でもオドオドしない性格はきっとクラスでは人気者なのだという雰囲気がすごく伝わってくる。
「こんばんは。挨拶しっかりできてえらいね。お姉ちゃんとお使いかな?」
「うん!お姉ちゃんご飯作ってくれるから…」
「悠太!変なことは言わないでいいからね〜!…ところで結人はこんなところで何してんの?」
「見たとおり買い物してるんだよ。飲み物とか切らして無かったからな」
「ふーん。じゃあ途中まで一緒に帰ろうよ」
「いいけど、弟は大丈夫なのか?」
「大丈夫。悠太、このお兄ちゃんも一緒に帰るけどいい?」
「うん!あ!ひょっとしてこのお兄ちゃんって、姉ちゃんの彼氏?」
「バカ!違うから!変なこと言ってないで帰るよ!」
弟の手を引っ張って早歩きで歩き始めた。これ俺がいても大丈夫なのだろうか?などと思いつつもその後ろを俺も歩いた。
それから商業施設を出て少しの沈黙のあとにちさとが口を開いた。
「遥香がね、すごく喜んでたよ」
「あー梨木さんね。俺も今日はびっくりしたよ。まさか軽音やってるなんて思わなかったし」
「遥香はね、ずっとバンドやるのが夢だったんだって。ベースやってるって話は聞いててさ、でも中学のときの友達はそういうの興味無い人しかいなかったんだって。だから高校入ったら絶対バンドやるって思ってたんだってさ。ギターとドラムと合わせて演奏したのも今日が初めてだったらしいよ。それでめちゃくちゃテンション上がってた」
「まあ中学生のうちから楽器やってるなんてあまりいないもんな。ピアノとか吹奏楽ならまだしも…え?中学から今までずっと1人でベース弾いてただけってこと?」
「私も詳しく聞いたわけじゃないけど、『初めて他の楽器と合わせた!もう最高だった!!』ってずーっとそれしか言ってなかった。結人が遥香の夢を叶えたんだね」
「んな大げさな…。それに軽音部入ったんだし俺じゃなくても誰かがその夢を叶えていただろ」
「それはそうかもしれないけど…でもその最初が結人でよかったと思うよ。ドラム、上手いんでしょ?遥香が言ってたよ」
「俺なんか全然上手くねーよ。俺より上手い人なんて星の数ほどいるだろうし、俺自身もっと上手くなりたいっていつも思ってるし…」
そうだ。俺はもっと上手くなりたいんだ。だから高校に入って軽音やるって決めたんだ。
「私もさ、もっと上手くなりたいからたくさんサックスに触れていたい。たくさん吹いてさ、もっともっと上手になって、私のサックスを聴いてくれた誰かが喜んてくれたら嬉しいって思う。ね、結人。…ちゃんと軽音部入りなよ?」
「…そうだな。頑張ってみるかな」
「それでこそ男ってもんだ!」
バシンと強く背中を叩かれた。まるで俺の悩み事に気づいていたようなちさとの喝に俺は助けられた気持ちになった。
「なあ」
「なーに?」
「ちさとはなんでサックス始めたの?」
「うーん…なーいしょ!」
「なんだそりゃ。まぁいいや…ありがとうな」
「どういたしまして」
ちさととこういう話をしたのは初めてだった。中学の頃はそこまで仲が良かったわけではないため、こんな話をする関係になるとは思っていなかった。ただ、その横顔からは眩しさも切なさも伝わってきて、いつまでも見ていたいと思うほどだった。
「あー!姉ちゃんたちイチャイチャしてる!やっぱりお兄ちゃん彼氏なんだろ!」
「ゆーうーたー!!」
微笑ましい姉弟のやり取りを後ろから眺め俺は笑っていた。
日も暮れて空にはきれいなお月さまが姿を現している。澄んだ夜空に輝くお月様はまるでミラーボールのように輝いていて、ステージを照らしている照明のように感じた。
次にあの部室に行くのは明日か明後日か、それともまだまだ先か。もう一度あの場所へ行き、そこで1度しか味わえない青春を過ごすことにしよう。
ご覧いただきありがとうございました。
もしこれから先も読んでみたいと思っていただけたら、ブックマークや評価などして頂けるととても嬉しい限りです。
読者の皆様からの応援が執筆活動の励みとなります。
是非ともよろしくお願いいたします。