初日
夏休み初日
俺は美優とデートの約束…ということにはなっていない。ライブが近いため、軽音部のみんなは部活動に忙しい。俺もドラムを教えるために学校に来ている。
「おーい山崎。ちゃんと補習受けてるかー」
「一ノ瀬ー。マジでこれ辛いわ。早く部活行きてえ」
教室で山崎が嘆いている。1週間毎日1時間の補習があるため、部活の時間に遅れていくのが嫌らしい。だからあれ程勉強しておけと言っていたのに…。
「そういえばさっき星峰が来たぞ。補習頑張れって励ましてくれたからやる気出たわ」
「良かったな。それなら頑張らないとだな」
星峰も意外といいとこあるな。こないだの俺の家での騒動は知ってるのだろうか。あいつだけ仲間外れみたいなことになっていなければいいが。いや、でもあまりみんなに知られたくないけど…。
「お疲れさまです」
「あ、いっちーお疲れさま!」
美優がいる。部活内での名前は今まで通りにしようと前に決めた。だからここでは『いっちー』『小笠原先輩』のままだ。とはいえ付き合ってることはほとんどの部員が知っていることなのだが。
「小笠原先輩、お疲れ様です。これからスタジオですか?」
「そうだよー。ゆ…いっちーはドラム教室?」
「先生じゃないんだからやめてください。あと、もうバレてるんだし無理していっちー呼びじゃなくてもいいですけど?」
「やだやだ。部活内では先輩でいたいからちゃんと敬語使ってほしいんだもん」
ボソボソと話している俺たちを見て周りの部員はニヤニヤしている。それに察して俺たちはくるりと背を向けた。
「お疲れさまでーす。あ、一ノ瀬早いね」
「おはよう梨木。松下に教えるついでにバンド練習見ていいんだよな?」
「うん。ダメ出ししてほしいからね。あ、でも優しめでお願いします」
「徹底的にボロクソ言うね」
梨木の顔が鬼のようになったところでごめんなさいと潔く謝った。梨木たちのバンドは美優の次にスタジオに入るため、それまでの間はみんなと談笑していた。
「ところで一ノ瀬くん。小笠原さんとはどこまでしたのかな?」
「まだ午前中ですよ。想像にお任せします」
俺に来る話といえばほとんどが美優絡みのことだ。先輩も同学年も副部長の美優より、俺の方が聞きやすいのだろう。だけどもこの手の質問に対しては全て『想像に任せる』と言っている。他人に言いふらすことではないと思うからだ。
そして、美優たちの練習が終わり梨木たちの時間になった。スマホが鳴り、画面を開くと美優からLINEが来た。
『待ってるから終わったら一緒に帰ろう』
よーし、練習が終わっても楽しみがある。夏休み最高!
「…とまあこんな感じなんだけどどう思う?」
梨木たちは今回『クリープハイプ』のコピーバンドをやる。全員が1年生でギターとギターボーカルは全くの初心者ではない。ドラムの松下は高校からドラムを始めたが、毎日練習している成果が出ているようでかなり安定してきている。
「うーん、松下のバスドラがちょっとモタってる時あるかな。やっぱり曲の後半になるにつれて全体的に疲れてる感じが出ちゃってる」
「くそ!どうしたらいいかな?」
「もっとリラックスしながら叩いたほうがいい。本番は緊張もあるからより力んじゃうと思うし。もっとこんな感じに…」
俺は右手でスティックを振り叩き方を教えた。何回か繰り返しているうちに、少しずつコツを掴んできているようだ。
「よーし!絶対一ノ瀬と同じくらい上手くなってやるからな!」
向上心というのはとても大切だ。ドラムに限らず何事においても、ある程度の技術が伴って初めて楽しくなる。まず最初にそこまで続けられるかどうかで分かれるのだ。そして、続けた人はさらに上達するためにどうしたらいいか?と考える。
自分を目標にしてくれることは嬉しい。俺自身の向上心にも繋がるからだ。こうやってみんなが上手くなっていけば、きっと最高の部活になると思っていた。
「じゃあ今日はこれで終わりだね。次は3日後なんで各自個人練習しておくように!」
梨木の部活内での立場はかなり上の方だ。容姿・実力・性格と3拍子揃っているため、人気もあるし1年の中では発言力もある。そして、何よりもそれに怠けない努力をしている。今日久しぶりに聞いたが、ベースの技術が5月のライブの頃より明らかに上達していた。
「梨木」
「なに?」
「ベース、上手くなったな」
「当然!練習してるからね」
そう言いながら顔を赤くしている。気分も上々といったところだろう。いつかまた一緒にライブに出て、最高の演奏をしたいなと思う。
あーあ。なんでそういうこと言うかな。もちろん嬉しい。嬉しいんだよ?それは嘘じゃないよ。
だって早く一ノ瀬の隣で堂々とベース弾きたいから。また上手くできなくて泣くのは嫌だから。だから毎日練習してるんだよ。
私、諦めたわけじゃないからね。絶対また一緒にライブ出て、最高の思い出作るんだから。だからそのときまで待っててね。
……………
「美優、お待たせ」
「全然いいよー!お腹空いた!ご飯どこかで食べて帰らない?」
「いいね。じゃああじ福の中華ちらしはどう?」
「さんせーい!行こ!」
あじ福というのは学校のすぐ近くにある町中華のお店だ。白米の上に中華風に炒めて味付けしてある卵・豚肉・きくらげ・えび・もやしなどが乗っている料理だ。名前にちらしとついているが、酢飯ではない。
席に着き荷物を置くとライブはどう?という話で盛り上がった。美優は今回2年生でメンバーを揃えている。『JUDY AND MARY』のコピーをやるらしい。
「まあ、梨木のとこはなんとかなるかな。みんなそれなりには弾けるし。松下がもうちょい化ければ心配無いと思う」
「お、珍しく結人が上から発言してる」
「いや!別にそういうつもりじゃないから!」
「クスクス。いいと思うよ?むしろちゃんと意見言ってくれる人って貴重だと思う。それに、結人にはそれを言えるだけの実力もあるしね。あ、でも良く思わない人もいるだろうからちゃんと選ぶように!」
「さすが美優。こういうとき頼りになるよ。それで美優のバンドはどう?」
「悪くはないかな。でもね、ダメなのはわかるんだけどさ、どうしても前のライブと比べちゃって物足りないなって感じはするんだよねー」
「なんか聞いた話だけど、俺たちがやったライブかなりレベル高かったんでしょ?」
「正直言って私が入ってからだと、あそこまでのレベル高い演奏は数えるくらいしか無いかな?1年のときの3年は上手い人いてさ、その人と部長と一緒にやってたバンドぐらいだと思う」
そこまで自分に自信があるわけではないが、その話を聞いてから全体的にドラムの実力を底上げしたいという気持ちになったことを美優に話した。
「やっぱり結人はかっこいいね。そういうところが好き」
「俺はギターを弾いてる美優がカッコよくてかわいくて好きだよ」
「ギター弾いてないときの私は?」
「めちゃくちゃかわいいから好き」
えへへと笑いながら向かい合ってご飯を食べる。こんな夏休みがずっと続けばいい。こんな関係がずっと続けばいい。
そう思いながら、夏休み初日はあっという間に過ぎていった。
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