正しいままではいられない
何が正しくて何が間違ってるなんてわからない。ただ、これから私がやろうとしていることはきっと間違いと言われるだろう。
だけど今までいろんなことに我慢してきた私に、救いの手を差し伸べてくれた人。初めて好きになった人。もう我慢するのは嫌だ。何だってやってやる。
あなたの大切な人になれるなら。
「おっじゃましまーす!結人の家久しぶりだー!」
ちさとはそう言ってリビングに行き、ソファで寝転がった。
「暑かったし疲れたよねー!これはのんびりする時間が必要だね」
「いや、すぐ帰るって言ってただろ。俺も汗かいたからシャワー浴びたいんだけど」
「いいよ?浴びてきて。携帯いじってのんびりしてるからどうぞどうぞ」
どこかいつもと違う気がする。どこと言われるとわからないが、怪しさのようなものを感じた。
「じゃあシャワー浴びるけど変なことすんなよ!」
「はーい!お任せあれ!」
俺は浴室に行くフリをして少しの間、変なことをしないかちさとの行動を覗いていたが携帯をいじってるだけだった。
「考えすぎか…」
そう思い、シャワーを浴びることにした。
シャワーの音が聞こえる。
お風呂に入ったみたい。
結人の家の匂いが落ち着く。
ずっとここにいたい。
すっと立ち上がり、ちさとは結人の部屋に入った。そしてベッドに寝転がり天井を見上げた。
「はぁ…どこで間違ったのかな。あのときご飯作らないなんて言わなければよかったのかな。昨日の電話…楽しかったな。また眠れなくなってるなんて言えないよ。そしたら結人はまた心配してくれるけど、きっと美優先輩のことを考えて辛くなるよね。結人が辛くなることはしたくない。辛いのは私だけでいいから…やっぱりやめよう、帰ろう」
そう思い、起きあがろうとした瞬間だった。なんとなくナイトテーブルの引き出しに視線が向いた。
「まさかね…」
恐る恐る引き出しを引くと、開封済みの小さな箱があった。
「………もうそういうことしてるんだ」
それを見つけた瞬間、目の前が真っ暗になった。私じゃなくてあの人を選んだ事実がちさとの心を引き裂いた。
ピンポーン
チャイムが鳴った。その音にハッと我に返った。結人はシャワーの音で気づいてないようだった。仕方なく、玄関ドアの小窓を覗くと会いたくなかった人が立っている。そして、バラバラに壊れた心のちさとは決してそれを直すことは無く、考える前に行動に移した。
「こんばんは、美優先輩」
なんで?なんでいるの?え、結人は?考えもしなかった人が目の前にいた。
「え…な、なんで水科ちゃんが結人の家にいるの?みんないるの?」
「私だけですよ。結人はいまシャワー浴びてます」
「えっと…状況がよくわからないんだけど、どういうこと?」
美優先輩の私を見る表情が少しキツくなる。けれど負けない。ここで引いたら彼は永遠に手に入らない気がする。できるだけ冷静に、そして冷徹に対応するんだ。私にはできる。
「そのままの意味ですけど?いろいろして汗かいたから、結人はシャワー浴びてます」
「だからそのいろいろって何?今日は図書館で勉強してたんだよね?」
「はい。でも私、こんな服装だったからかな。なんかずっと興奮してたみたいで。帰ってくるときに久しぶりに家に来ないかって誘われて。それでそのままって感じです」
ちさとは決して誰にも見せたことがないような冷たい視線で美優を見ながら言った。
「…嘘だね。水科ちゃんらしくない嘘だよ。それに、結人はそんなことしない」
手を握りしめて、震えながら小さく言った。
「まあ、嘘だと思うならそれでいいですよ。でも1つだけ言っておきますね。ベッド横のナイトテーブルの引き出し。減っちゃったんで、また買っておいたほうがいいですよ」
バチン!!
美優の手がちさとの頬を叩く音が響いた。ちさとを睨むも、全く動じないでちさとは美優のことを見下ろしている。
「どうぞ、好きなだけ叩いていいですよ。それで気が済むのなら」
美優は走ってその場から去って行った。こんなことが起こるなんて考えもしなかった。私は結人が好きで、結人も私が好き。せっかく大好きな人と結ばれてできた幸せな日々は呆気なく崩れていった。
「あとは結人をどうするか…」
シャワーで汗を流し、ドライヤーで髪を乾かしリビングに戻るとちさとはいなかった。
「あれ?帰ったのかな?」
そう思い、玄関を見るとちさとの靴はある。あいつまさか…そう思い自分の部屋のドアを開けるとちさとがいた。
「あ、結人。さっぱりした?」
そう言ったちさとは電気もつけず、服を脱いで下着姿でベッドの上で横になっていた。
「ば、ばか!お前何やってるんだよ!服着ろよ!」
急いでドアを閉めてちさとに言ったが、ベッドから降りてドアのほうに近寄ってきた。
「ねえ、結人」
ドア越しにちさとが語りかけてきた。
「な、なんだよ」
「ごめんね。私酷いことしちゃった」
「何のことかわからないけど、今ならまだ許すから早く服着て!」
「許してくれる?」
「許すから!とりあえず早く着ろ!ばか!」
少し経って「いいよ」と聞こえたのでドアを開けると、俺の右手が引っ張られ倒れてしまった。そして、俺の上にちさとが覆うようにもたれかかってきた。
「お前マジで何のつもりだよ!」
ターコイズブルーの下着がちさとの身体によく似合う、なんて考えている場合じゃない。
「だって結人が言ったんだよ。夢を諦めなるなって」
「いや、言ったけどそれとこれに何の関係あるんだよ」
「いまの私の夢は結人の彼女になること。だから諦めない。結人、好きなの。結人がいないとダメなの」
そう言って抵抗できない俺の口にちさとはキスをした。
違う、こんなのは間違っている。だが抵抗できない。それは美優とは違うとても柔らかい唇のせいではない。本気になっている女性の前だと男はとても無力になるのだ。
だけど俺には美優がいる。ちさとのことは好きだけど、それは恋とは違う。ここで踏み外すと俺は美優のことを裏切ることになる。絶対守ると約束したんだ。ここで裏切るわけにはいかない。
「ちさと、やめてくれ」
顔を離して静かに伝えた。体を起こし、俺の上に座るちさとと向かい合うと、またキスをしてきた。しかも今度のキスはとても深いものだった。
「だから!こんなの違うから!」
俺はちさとを突き飛ばして離れた。
「あ…いや、ごめん。大丈夫か?」
「…大丈夫なわけないじゃん。結人があの人と付き合って…私を選んでくれなくて!大丈夫なわけないじゃん!!」
ちさとは泣きながら大きな声で訴えてきた。
「こんなのダメだってわかってる…!でもどうしたらいいかわかんないんだもん!既成事実でも作っちゃえばさ、きっと結人は優しいから付き合ってくれるかなとか思った!私だけが悪者になって、結人が振り向いてくれる方法が無いか考えたよ!でも…そんなの無いんだもん…!」
俺にちさとを責めることはできるだろうか。こんなことをするまで俺のことを想ってくれている彼女を責めることは。
「それでもこんなの間違ってる。ちさとの気持ちは嬉しいけど、俺には大切な彼女もいる。その人を裏切りたくないんだ。わかってほしい」
ちさとは泣き崩れた。けれども俺はその身体を抱きしめることはできない。ちさとが納得してくれるしかないのだ。
そして、ちさとはそのまま無言で服を着て家から出て行った。
「はあ…なんかめちゃくちゃ疲れた…。美優の声が聞きたい」
美優に電話をするも電話に出ない。とりあえずLINEだけしておくかな。
『帰ってきたよ。美優の声が聞きたいから、大丈夫だったら電話したい』
そのLINEに既読がつくことはなかった。
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