ロックンロール
私、梨木遥香は高校生になったら軽音学部に入るのが夢だった。中学1年生の頃からベースを弾き始め、毎日練習していたが周りにバンドをやっている人はいなかった。
楽器屋の張り紙やSNSなどでバンドメンバー募集を見つけても中学生の自分はそこに応募する程の勇気も無かった。学校で友達になる人は皆んな流行りのJ-popや韓流アイドルなどを聴いて、TikTokで踊ったりという人ばかりだった。
もちろんそれを否定することはないし、友達と一緒にいる時間は楽しかった。私は踊らなかったが、友達付き合いもあるのでみんなが踊っている姿を撮っていた。
「高校生になるまでたくさん練習して、軽音部に入ってバンドやるんだ…!」
そして高校生になってすぐに私は念願の軽音学部に入部した。
「あれ…梨木さん。軽音部入ったの?」
「うん。一ノ瀬も入るの?」
「いや、俺は今日は見学に来ただけだよ」
「ふーん。新田先生狙いか。ちさとがいるのに」
「なんでどいつもこいつも…ってなんでちさとが出てくるんだよ」
「あれ?仲良いしてっきりそういう関係なのかなって思ってた」
「いやいや、お前ら同じグループだろ?そういう関係じゃないってちさと言ってるだろ」
「うん。全然違うって聞いてる」
「ほら。俺ら同じ中学だっただけだから、というか中学でもそんな仲良しってわけじゃなかったし。っていいや、とりあえずお疲れ」
「また明日ね。バイバイ」
梨木が軽音部に入ったことは意外だった。クラスでもキラキラしてるグループに所属しているため、バンドをやってる感じなど全く無かった。どちらかと言うとTikTokで踊ってそうなイメージだ。見かけで判断するのは良くないなと思いつつ部室から出た。
「あれ?一ノ瀬くん?」
「あ…新田先生」
「ひょっとして軽音部の見学に来たの?」
「はい。いろいろ説明とか副部長から聞きました」
「小笠原さんしっかりしてるしょ?頼りになるんだよ〜。それで、一ノ瀬くんは入部するの?」
みんなが言ってた「新田先生狙いか」が脳裏によぎる。じっとこちらを見つめてくるその顔はとても優しい表情で綺麗だった。年上には興味無いと言っていたが思わず「はい!先生のために入部します!」などと言ってしまいそうになる。
「いや、まだどうするか決めてないので…なんとも言えないですね」
「そう…みんなの演奏は聴いた?」
「演奏ですか?いや、説明だけで演奏は聴いてないですけど…」
その瞬間だった。新田先生はニヤっと不敵な笑みを浮かべ、俺の手を掴んで部室の中に連れ込んだ。
「え?え?ちょ、先生?」
バタン
気まずい雰囲気にさせた場所にこんなに早く戻ることになるとは思わなかった。いったい何がどうなっているのかわからない。
「あ、ゆづせんせーお疲れ様でーす!あれ?一ノ瀬くん?」
小笠原先輩が驚いた顔で俺の名前を呼んだ。
「なんだ結局新田先生狙いじゃん」
梨木がボソッとこちらを見ながら言う。やめろ、この状況に1番混乱してるのは俺だ。
「はい!注目!なんで見学に来てるのに演奏も聞かせないで帰らせてるの!」
新田先生は真面目な顔をしてそこにいた2年生数名に向けて話した。入部希望の人には演奏を聴いてもらい、その気持ちを高めてもらうといった勧誘方法でもあるのだろう。
「いや…いるメンバー見てください。ギターしかいないですよ」
小笠原先輩が困った顔して言った。
「あ…本当だ…。私ったらつい…ごめんなさい」
「あの…先生…とりあえず手を離してもらえたら嬉しいんですけど…」
「あ!ごめんね!」
「あれ、一ノ瀬、手離しちゃっていいの?」
梨木がこちらをニヤニヤしながら言った。
「お前は一回黙ってろ。ややこしくすんな」
それから少しの沈黙があった。そして小笠原先輩がやれやれ…と言った顔で言った。
「まぁとりあえずこれで楽器隊揃ったので何か1曲やりますか」
「え?ギターしかいなかったんじゃないの?」
新田先生はキョトンとしか顔で聞いた。
「はい。でもいまちょうど遥香来たんでベースは大丈夫です。あとドラムは…一ノ瀬くん1曲いいかな?」
「え?」
「えー!一ノ瀬くんドラムできるの!?先生楽しみー!」
「いやいや!おかしいでしょ!なんで急にやることになるんですか!大体1曲って何やるかも決めてないしそんな無理ですよ」
こんなことがあってたまるか。入部するかも決めてない見学に来ただけの1年生だぞ?なんでいきなり演奏することになってるんだよ。
「一ノ瀬さ、どんなの聴くの?」
梨木が俺に聞いてきた。いや、なんかベース持ってやる気満々みたいな態度を取っているが、おかしいと思わないのか?
「…いろんなの聴くけど、J-ROCKとか洋楽ならミクスチャーとかが多い…って待って!そんないきなり無理なんですけど!」
絶対に無理ですというアピールをしている俺の話を誰も聞いてくれない。周囲からは楽しみ!という雰囲気がとても伝わってくる。
「これもう逃げられないやつですか?」
「ざーんねん。もう逃げられないよ!いっちーは『くるり』聴く?」
「まぁ好きですけど…ってい、いっちー?」
小笠原先輩?なんかもう入部してるテイになってませんか?名前の呼び方が部活の後輩のそれになってませんか?そしてこの状況楽しんでませんか?
「『ロックンロール』叩ける?」
「……大好きな曲です」
「よーし!じゃあスタジオ入るよー!みんなカモーン!」
見学に来ていた1年生、談笑していた2年生、そして新田先生とその場にいた全員がスタジオに入った。
スタジオの中は割と広めに作られているため、缶詰状態にはならないが、見学している人は少し窮屈そうに見える。
小笠原先輩も梨木もそれぞれギターとベースをアンプに繋いで音出しをして準備万端といったところだ。
「はぁ…わかりましたよ!1曲だけですからね!」
見学している全員が拍手をしている。まさか自分の好きな曲をいきなり演奏するとは思わなかったが、練習していた曲だったので安心した。
「3カウントでいつでもいいよー!」
ふぅと小さく息を吐き、スティックを叩いた
「1・2・3…ジャーン!!」
こうして初めての軽音学部での演奏が始まった。小笠原先輩のギターはとても安定していて、女子高生のレベルとは思えなかった。この曲はギターが常に動いているのと、独特な雰囲気がある曲のためそれなりの技術が必要なのだ。それをしっかりこなすのはさすが副部長。
しかし何よりこの演奏中に目を奪われたのは梨木だった。初めて合わせるのにとてもやりやすい。そしてその楽しくて仕方がないといった表情が目に焼き付いて離れない。いつも教室でちさとたちといる時の表情とは違うその顔はとてもキラキラしていて眩しいくらいだった。
そんなことを考えながら演奏しているうちにあっという間に4分弱の演奏は終わってしまった。
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