祝福
『明日、部活終わってからちょっと時間つくれる?』
俺はどうしても伝えたい相手がいた。それは親友の涼太だ。最近いろんなことがあったが伝えられていなかった。というより、自分に初めての彼女ができたことを言いたかった。
『いいよ。じゃあ終わったら連絡するわ』
次の日、俺はクラスでは普通に過ごした。昨日はいろんなことがあったので、少しの居心地の悪さくらいは覚悟していたが、それは全く無かった。
ちさとも梨木もいつもと変わらず「おはよう」と言ってきた。しばらく疎遠にでもなるかと思っていたので少し拍子抜けしたくらいだ。昼休みもいつもと変わらず安達と山崎とご飯を食べた。
「元気になってよかった」と2人には声をかけられたが、普段通りに接してくれて安心した。
「一ノ瀬、今日は部活行く?」
梨木が声をかけた。
「ああ、ちょっと予定あるからそれまで部室で時間潰すかな」
「じゃあ一緒に行こ」
俺と梨木はいつも通りに2人で部室に向かった。今日の数学がさっぱりわからなかったとか、星峰の昼ごはんの量がすごく多かったとか、いつもと変わらない会話をしながら部室までの階段を歩いていると、梨木が止まって言った。
「ねえ」
「ん?」
「…やっぱりいい。何でもない」
「なんだよ、気になるだろ」
「いいって!何でもない話だから!」
そう言って駆け足で階段を上り、部室へ入っていった。
「なんだよ…」
俺も梨木に続いて部室へ入っていった。
「お疲れさまです」
部室に入ると美優の姿はまだ無かった。いつもより部員が多い気がする。そういえば8月のライブもそろそろメンバー決めをする時期が近づいてきたので、それもあるのだろう。
「梨木は次のライブどうするの?」
「まだ何も決めてないよ。何人かから声をかけられているけど、どうしよっかなって感じ」
今回は一緒に出ることはできない。ライブまでに左手が治ったとしてもブランクもあるし、迷惑をかける可能性が高い。
「おっつかれー!」
美優が来た。俺のほうをチラッと見ると軽くピースサインをしている。俺も周りにバレないように小さく手を振った。
「とりあえず今いる人に伝えます!ここに8月のバンドのエントリーシート入れる箱置いておくので、メンバー決まり次第入れてくださーい!期限は2週間後までです!全員に伝わるように1週間は毎日言うので鬱陶しいって思わないでねー!」
「はーい!」
みんな返事をしている。
本心を言えば俺だって出たい。恥ずかしいけど美優と一緒にまたステージに立ちたい気持ちもある。けどそれは無理な話だ。どうすることもできない悔しさだけが残る。
ふと思った。軽くスティックを振ったらどれくらい痛むのだろう。スタジオの空きを確認すると今日はほとんど空いていた。もしこの後も誰も入らないのであれば、こっそり入ってみようと考えた。
18時を過ぎたころ、部室にはほとんど人は残っていない。梨木も美優も帰ると言っていたのでもういない。そして、誰もいなくなったのを見計らって俺はスタジオに入った。
「軽く叩くだけなら…」
そう思いドラムの前に座ると、自分の場所に帰ってきた気分になった。
まずは左手以外で感覚を取り戻していく。ハイハットとバスドラムを刻んでいく。これだけで楽しいと思った瞬間だった。左手に違和感が走る。思った以上にバスドラムの振動が左手に響いたのだ。俺は負けたくない気持ちが強くなり左手でスティックを握った。
ーーーーズキン
とてつもない痛みが襲ってきてスティックを落とした。
「やっぱりダメ…か」
わかってはいた。それでもひょっとしたら、という望みにかけたがダメだった。そしてドラムの前で落ち込んでいると、スタジオのドアが開いた。
「何してるのかな?」
そこには笑顔の裏にどこか恐ろしい感情を隠してそうな美優がいた。
「あ…いや、ちょっとだけドラム叩きたくなって」
「結人のバカ!無理に決まってるじゃん!悪化したらどうするの!」
ズカズカと近づいてきて説教をしてくる。
「ご、ごめん…なさい。でも俺もライブ出たいなって思ってさ。ひょっとしたら意外とできないかな?って思って。その…美優と早くスタジオ入りたいし…」
「ばーか!そんな怪我してる人となんてやらないよ!私と一緒にやりたいなら早く治して!」
「返す言葉もございません…」
「全くもう。部室にまだ電気ついてたから戻ってきたら。いい?早く治してくれないと、私が困るのです」
「なんで美優が?」
「元気になったら一緒にいろんなことしたいもん。いろんなところデート行きたい。一緒にスタジオ入るのもそう。私だって我慢してるんだから!」
なんでこんなにかわいいのだろう。愛おしくてたまらない。
「ごめんなさい。もう無茶はしないって約束する」
そう言って美優を抱きしめると、抱きしめ返してくれる。幸せってこういうものだと実感できた。
携帯が鳴った。涼太から「玄関に集合な」とLINEが来た。
「美優、お願いあるんだけど」
「ん?なに?」
「あのさ、紹介したい人がいるんだ。俺の幼なじみで親友なんだけど、彼女できたって報告したくて…。できれば一緒に来てほしい」
嬉しい。私が結人の彼女なんだと実感させてくれる。年下のかわいい彼氏さん。君のお願いならどんなことでも聞いてあげるよ。
「へへ、なんか照れる。いいよ、一緒に行く」
こうして2人で部室から出て玄関に向かった。誰もいない階段を歩くとき、俺の右手と美優の左手はしっかりと握られていた。
『みんなの前ではバレるまで内緒にしておこう、そのほうがドキドキできる』ということでみんなの前では付き合っているのを内緒にしている。だから学校で2人きりの時間は大切にしたかった。
玄関に着くとすでに涼太が待っていた。
「おっす」
俺が声をかけると、「おせーよ」と言って振り返り、涼太は固まった。
「え…まさかの話?」と驚いて言った。
「紹介するよ。俺の彼女の小笠原美優先輩。1コ上で同じ軽音部の副部長やってる」
「えっと…初めまして。小笠原美優です。結人の彼女やってます。え、こんな感じでいいの?」
そう言うと固まってた涼太が笑った。
「あははは!マジでいきなり話あるって言うから何かと思ったらなんだよ!あ、すみません。柊涼太っていいます。彼氏くんの親友やってます」
とりあえずは顔合わせは上手くいったようで一安心だ。
「ていうか前にライブで結人と一緒にやってたギターの人ですよね!?お前めちゃくちゃかわいい先輩ちゃっかりゲットしてるんじゃねーよ!」
そう言って涼太は俺の肩を叩いてくる。
「先輩、気をつけてくださいね?こいつむっつりなんで変なことしてくるかもしれないです。何かあったら相談には乗りますのでなんなりと」
「おい!変なこと言うなよ!」
「あと恥ずかしい昔の写真とか見たかったら言ってください。いくらでも見せます」
「ばか!やめろよ!」
「あははは!じゃあ変なことされたら見せてもーらおっと!」
そう言って俺たちは3人でバス停まで向かった。涼太は自転車だが、俺と美優はバスなので途中まで一緒に帰った。昔の話とか、まさか結人に彼女ができるなんて、とかいろんな話をして盛り上がった。
俺は最初に話せたのが涼太で良かったと思う。初めて彼女ができたことに心から祝福してくれている。同じクラスの人にはまだ伝えられていない。それはどんな言葉をかけられるかわからなかったから。祝福されるのか、それとも…。
そして、それは美優も同じことを思っていた。
バスが来たので涼太と別れ、俺たちはバスに乗った。
「ありがとう。紹介してくれて」
「こちらこそ、一緒に来てくれてありがとう。バカだけどいい奴なんだ」
「2人が仲良しっていうのがすごく伝わったよ。ライブ来てたんだね。私のこと覚えてたのビックリした」
19時近くなっていて、外は陽も落ちかけている。俺たちは手を握りながらバスに揺られていた。
「あのさ、美優。他の人にも言うのはどう思う?」
他の人、というのが誰を示しているのかは言わなくてもすぐにわかった。
「うーん。ちょっとまだ怖いかな。涼太くんはすごい祝福してくれて嬉しかった。別に祝福されたいからってわけじゃないけどさ、やっと真っ直ぐ結人の気持ちに向き合えれるようになったのに、これでまた何かあったらちょっと辛い…かも…。ごめん」
「ううん。謝ることないよ。むしろ俺もそれは思ってるし。じゃあしばらくは秘密の関係ってことで、2人きりの関係を楽しもうよ」
そう言うと美優はとてもかわいい笑顔を見せて
「うん!」と言った。
「じゃあまた明日ね。あとでLINEするね。バイバイ」
「うん。待ってる。帰り道気をつけて」
美優を見送ったあと俺も降りるバス停に着き、バスを降りた。
「あ、今日のご飯どうしよう。コンビニ行ってから帰るか」
その日は寝る前までずっと美優とLINEをしていた。返事が来なくなり寝たのだろうと思い、俺もベッドで横になっていると、ふと考えた。
『ちさとはちゃんと寝れているのだろうか』
だけど今は美優に申し訳ないから聞くべきことではないのかな、と思いそのまま眠りについた。
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