初夏凛々
「遅くなってすみません」
「全然いいよ。待ってる間もデートの時間だから」
帯広駅に13時集合。昨日の夜に小笠原先輩からLINEが来た。
「なぁ、なんで小笠原先輩は俺とデートしようなんて言ったと思う?」
日課になっているちさととの電話の最中に聞いてみた。
「そんなの私に聞かれても知りませーん。実は美優先輩は結人のこと好きなんじゃないの?」
「いや、それは絶対に無い」
「なんで言い切れるのさ」
なんでかって…それは『あの人は他に好きな人がいるから』と頭の中に浮かんだが、言うべきではないと思い「なんとなく?」とはぐらかした。
「明日でしょ?デート。どこ行くの?」
「それが13時に駅集合ってだけで教えてくれないんだよな。あ、さっきも言ったけど明日はご飯大丈夫だから。いつもごめんな」
「ふーん。もう一生作らないかもしれません。明日は楽しんできてください」
「なんか言い方にトゲ無い!?」
バスが遅れて10分くらい遅刻したが全然怒ってない。オーバーサイズのパーカーにショートパンツ、キャップスタイルのその姿は、普段かわいらしい服装が多い彼女とは少し違う、ラフな服装で少しドキッとした。
「小笠原先輩ってそういう服装も似合いますね」
「ふふーん。そうでしょ?かわいい?」
「か、かわいい…です」
「いっちー。私まで恥ずかしくなるからさ、そんなに顔を赤くしないでくれない?」
「小笠原先輩が言わせたんでしょ!」
とりあえず喉が渇いたとのことで、駅の近くにあるカフェに行った。カフェといっても全国的に展開されているボリュームが割と多いチェーン店だ。
「それで、今日はどこに行くんですか?」
「それは内緒〜。目当ては夕方過ぎからだから、それまでゆっくりしようよ」
そう言って俺たちは主に部活の話を中心に時間を過ごしていた。1年でドラムの人は俺以外に2人いる。怪我をしてからは練習ができないので、2人の練習に参加することが多かった。最初のライブの頃よりは確実に上達しているため、8月のライブもきっと問題無いことを話した。
「いっちーって偉いよね」
「え?どうしたんですかいきなり」
「怪我してさ、自分ドラム出来なくなってもちゃんと今の自分ができることをしてる。ほら、団体競技ってわけじゃないし、緩いって思われがちの部活だからさ。いっちーみたいに行動してくれる人は本当に助かるし嬉しいよ」
「そんな褒めても奢りませんよ」
「ちっダメか」
この人と話していると本当に楽しい。先輩だということを感じさせないでくれる。同級生の友達といるような感覚だ。
「次はどこに行くんですか?」
「まだ時間かなりあるから、マンガ喫茶でゆっくりしようよ」
「あ、いいですね。俺も読みたいマンガあります」
こうしてマンガ喫茶に来たが、今日が土曜日ということもあり混んでいた。空いてるのはソファタイプのカップルシートだけだった。仕方なくそこを選び、お互い飲み物と読みたいマンガを手に取り席に座った。
「ふぅー。結構混んでてビックリしたね」
ソファでくつろぐ小笠原先輩が脚を伸ばしている。太ももの白い肌が目に入った。
「そ、そうですね」
俺は咄嗟に目を逸らして飲み物に手を伸ばした。
「あ、いまエッチなこと想像したでしょ」
「な、なに言ってるんですか。何も見てませんし何も想像してませんよ」
そう答えたとき、小笠原先輩が耳もとに近づいてきて小さな声で囁いた。
「じゃあ私って魅力ないってこと?」
なんて言ったらいいかわからない。こんな経験は無いのだから。でもどういうことだろう。俺はただ黙って小笠原先輩を見た。
「いや、冗談だけど」
そう言って声を我慢して笑う小笠原先輩を見て俺は本当に襲ってやろうかと思った。
「後輩を揶揄わないでください」
「あはは…だっていっちーかわいいから揶揄いたくなるんだもん」
俺だって男だというところを見せてやろうと思い、右手で小笠原先輩の頭を寄せて耳元で囁いた。お返しだ。
「俺だって男なんですから、こういうことされたら想像しちゃうんですけど」
そう言って、右手を離し「なーんて、冗談ですよ」と笑い、小笠原先輩を見ると顔を真っ赤にして俺のことを見つめていた。
「お、小笠原先輩…?」
「あ…ごめん。先輩を揶揄うな!このことは遥香と水科ちゃんに伝えておくね」
「もう2度としませんので、それだけは勘弁してください」
こういうのがいい雰囲気っていうのかな、などと思いながら俺たちは揃ってマンガを読み始めた。
気づけば時刻は17時近くなっていた。
「あ、小笠原先輩。そろそろ時間じゃないですか?」
「本当だ。じゃあ最後にお目当ての場所行きますか」
そう言ってマンガ喫茶から出て広小路に来た。広小路とは帯広にあるアーケード街なのだが、田舎なこともあり今ではシャッター街になりかけている。「どこに行くのだろう?」も思いながら前を歩く小笠原に着いていく。
「着いたよ」
そこは昔からある小さなライブハウスだった。
「知り合いのライブがあるんですか?」
「見たらわかるよ。ちょうど出番の時間だから」
俺たちは階段を降りて行き、中に入るとちょうどスタンバイしていた。
「え…部長?それに…先生?」
目に入ったのは橘部長と新田先生と知らないドラムの人、もう1人ギターの人だった。別にオリジナルバンドをやっていることは不思議じゃなかった。ただ、先生と同じバンドということに驚いた。確かに仲は良さそうだったが、そういうことだったのかと理解した。
そして部長たちのライブが始まった。それはとてもかっこいいステージだった。全員とてもレベルが高く、メジャーデビューとかしててもおかしくないような完成度のバンドだった。
「小笠原先輩はこれを俺に見せてモチベ上げようとしてくれたんですね」
そう言って隣にいる小笠原を見ると、頬から涙が流れ落ちていた。俺の言葉は届いていなく、ただ部長だけを見ていた。
違う。これは怪我した俺のモチベを上げるとかじゃない。きっと今日、ここで部長への想いを諦めるために来たのだ。俺は全てを察した。
『小笠原先輩は強くて優しくて頼りになる』
ずっとそう見えていた。事実、普段学校で絡むときはそうだ。だけどいま隣にいるのはそんなことはない、恋が叶わず涙を流すどこにでもいる普通の女の子だ。俺は胸が苦しくなり、どうかその涙を止めてあげたくなり、気づけば小笠原先輩の手を握っていた。
そして、小笠原先輩も俺の手を握り返してくれた。
「挨拶しなくていいんですか?」
「うん。こっそり来ただけだし、満足した。あー!かっこよかったなー!」
部長たちの出番が終わり、俺たちも歩いて駅まで向かっていた。繋いでいた手はもう離れていて、俺の前を小笠原先輩は歩いている。
「スッキリしました?」
俺がそう聞くと、こちらを振り返り「うん!」と笑顔で言った。
「付き合わせちゃってごめんね。でもいっちーが一緒にいてくれてよかった。たぶん1人だったらまた諦めきれないって気持ちになってた」
「全然いいです。俺もかっこいいライブ見れてモチベ上がったし、あんなライブできるようになりたいです」
「そうだね。いっちーならできるよ」
「そのときは小笠原先輩も一緒ですよ」
前を歩く小笠原先輩の足が止まった。
「ほんと、そういうとこなんだろうな」
そう言って小笠原先輩は俺に抱きついてきた。この瞬間、彼女の恋は本当に終わったのだ。6月の終わり、これから夏が始まる季節に彼女の恋は終わりを告げた。
「お疲れさまでした」
「いっちーのばか!!」
小笠原先輩の頭をぽんぽんと優しく叩き、この人には幸せになってほしい、いや違う。幸せにしてあげたい、と思い始めていた。
「今日このあといっちーの家行ってもいい?」
そう言ったのは帰りのバスの中だった。
「え…大丈夫ですけど、時間大丈夫ですか?もう夜ですし」
「大丈夫。じゃあ遊びに行くね。ご飯買っていこ」
「あ、それならちょっと待ってください。」
そう言って俺はスマホをいじり、「どれがいいですか?」と画面を見せた。その画面には宅配ピザのメニューが映っていた。
「さすがいっちーわかってる!」
テンションが上がり、キラキラした笑顔でメニューを選んでいる姿を見ていると俺も笑顔になる。
「小笠原先輩」
「なに?」
「今日はとことん付き合いますよ。なんせ命の恩人のお願いですから」
「よーし!今日はお泊まり会だ!」
「そ、それはさすがにちょっと…」
そう言うと小笠原先輩は笑っていた。
この笑顔だ。この笑顔を見るとどこか不思議な気持ちになる。この気持ちが何なのか、俺はまだわからなかった。
ところでその、お泊まりって冗談ですよね…?
そして目的地のバス停に着き、俺たちは家に向かった。
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