月灯りの下で
事故から2日が過ぎた。
診断では問題無いと言われたため、やっと家に帰れる。事故に遭った次の日は大変だった。夕方過ぎに血相を変えた梨木が来た。「大丈夫!?生きてる!?」と心配をしてくれる。その場にいた看護士から俺に向けられる視線がとても冷たいように感じたのは気のせいだろう。
事故があった次の日、部内ミーティングがありそこで俺の事故が伝わったらしい。「そういえば学校に連絡してなかった…」と気づき、後から電話しようと思った。
「美優先輩から聞いた。よそ見しながら走っててバイクにぶつかったって。高校生にもなってなにやってんのさ!」
「え…あ、ほんとそうだよな。しかもこんな怪我しちゃってマジでだせーよな」
「でも無事で本当によかった。困ってることあったら言ってね?手伝えることはするから」
「ありがとう。じゃあその時は遠慮なくお願いしようかな」
「貸し1つにつき10倍で返してもらうからね」
「1人で強く生きていこうと思う」
そんな会話をして俺たちは笑った。事故があったことなんて忘れるような会話をしてくれる梨木の優しさに癒された。
小笠原先輩が事故の原因を誤魔化したのはちさとのためだろう。事実を伝えたら悪者扱いされる可能性がある、と配慮した結果だ。本当に気が利く先輩だ。
その日の夜、1組の仲良しグループLINEで『大丈夫か?』とみんなからメッセージが届いた。ちさとたちのグループと俺らのグループの7人で構成されている。
『心配かけてごめん。明日には退院予定だから』とみんなに返信した。『次の日曜に退院祝いでカラオケ行こう!』と山崎が送ったLINEにみんなが賛成している。俺のために企画してくれてるなら、と思い参加の意思を告げた。みんなが盛り上がっている中、『待ってるね』と一言だけちさとはLINEを送った。
次の日の昼、無事に退院した俺は歩いて家に帰った。
歩くたびに振動で手首が痛む。この痛みに慣れるまでどれくらいの日数がかかるのか、生活に及ぼす影響がどれくらいあるのか不安な気持ちになりながら家に着いた。
「あ…そういえば家の鍵…」
小笠原先輩に鍵を渡したままだったことに気づいた。どうしようと思い、ふとドアノブを引くとドアが開いた。
「え…?小笠原先輩鍵開けっぱなしにしてたの?」
恐る恐る中に入ると玄関に女性用のローファーがあった。「誰だ…?」居間に続く廊下を歩き、ドアを開けるとちさとがソファで眠っていた。ホッとした俺はちさとの寝顔を見るとどこか苦しんでいるようで、病院の夜に話していたことを思い出した。
「おい、ちさと起きろ。退院してきたぞ」
「ん…ごめんなさい…ごめんなさい…」
寝言でそう呟くちさとを見ると胸が苦しくなった。ひょっとして俺のせいで余計に苦しんでいるのではないか、と考えてしまう。何かしてあげれることはないだろうか。そんなことを考えながら、ちさとが目を覚ますまで隣に座っていた。
「ん…あれ…私寝ちゃってた…?って、え!結人!」
「おはよう。退院してきました」
「お、おはよう…。ごめん、今日退院って聞いてたから待ってたら寝ちゃってた…」
「疲れてるだろうし全然いいよ。ていうかちさと学校は?」
「午前中で早退しちゃった。ズル休み。だって結人退院してくるの待っててあげたかったし。あ、鍵は小笠原先輩から預かってて、家で待っててあげなって」
「あの人は自分の家と勘違いしてるんじゃ…。でも待っててくれて嬉しい。ありがとう」
「えへへ。どういたしまして。改めて退院おめでとう。そして、弟を守ってくれてありがとう」
ちさとは姿勢を正して深々と頭を下げた。どこか恥ずかしくなり、そんなの大丈夫だからと声をかけた。
「あれからさ、ちゃんと家族で話はした?」
悠太の担任が家族でちゃんと話したほうがいいと言っていたことを聞き、俺もその意見には賛成した。家族のために犠牲になるのではなく、家族がみんな幸せになれるようにどうしたらいいのか話し合うべきだということをちさとに言った。
「うん。お父さんがね、私の気持ちに気づいてやれなくてすまないって。悠太もお姉ちゃんの夢叶えてほしいって。ご飯とか洗濯とか覚えるって張り切っちゃってさ。まだ危ないから1人ではさせられないけど、少しずつ覚えていくのかな。お父さんもなるべく早く帰るようにするって。先生と結人のおかげだね」
「俺は何もしてないよ。その道を示したのは悠太くんの先生だし、行動したのはちさとだ。俺は同意しただけ」
「ううん。それでも結人が同意してくれたから動けた」
「じゃあ俺のおかげだ。クラスのマドンナの夢を叶えた俺はヒーローってとこだな」
「うん。結人はいつだって私のヒーローだよ」
ちさとは俺をじっと見つめて言った。
「いや、あのそんな真面目に返されると照れるんですけど…」
「あはは!ばーか!それでね、何かお返しできることないかなって考えたんだ。今日の夜空いてる?」
「ん?まぁこんなだし何も無いけど」
「じゃあ後でまた来るから、空けといてね!約束!」
そう言ってちさとは足早に帰っていった。夜に何があるんだろう?と思いながら、俺も溜まっていた洗濯をしたり、部屋の掃除をしたりと体を少しだけ動かした。
学校に連絡し、父親にも退院したことを伝えた。父はとても心配していたが、事故が起きたときの対応は全て病院側と小笠原先輩がしてくれたらしい。今度小笠原先輩には何か恩返しをしないといけないな、と入院中ずっと考えていた。
そして気づけば18時を過ぎ日も暮れかけた頃、チャイムが鳴った。
「誰だろう?ちさとかな?」
そう思いドアを開けると「お兄ちゃん!」とかわいい声が聞こえてきた。
「お!悠太くん!怪我してないか?大丈夫か?」
「お兄ちゃんのおかげで元気です!本当にありがとうございました!」
きちんとお礼ができて偉い。これもちさとがちゃんと面倒を見ているからなんだろう。
「あれ?悠太くん1人?お姉ちゃんは?」
「はい!ついてきてください!」
そう言って俺の手を引っ張る悠太くんに俺は引っ張られた。マンションから出て道路を渡り「着きました!」と言われた。徒歩20秒といったところだ。
「えっと…お兄ちゃんよくわからないんだけど、ここは?」
「僕の家です!」
「え?てことはちさとの家?」
「はい!ここの4階です!行きましょう!」
「いやいや、ちょちょっと待ってね。理解が追いつかないんだけど、どういうこと?」
「お姉ちゃんが僕にお兄ちゃんを連れて来いって!ただいまー!」
悠太くんは玄関を開けて俺を家の中に入れた。
「おかえりー。そしていらっしゃい、結人」
まだ状況を理解できなかった。とりあえずわかっていることは、ここがちさとの家で俺ん家とめちゃくちゃ近くで、エプロン姿のかわいい天使が目の前にいることだった。
「あ、あのさ、これどういうこと?」
「驚いた?驚いたしょ!いえーい!悠太!ドッキリ大成功だ!」
姉弟でハイタッチしている。うん、仲がよろしいことで何よりです。
「ってごめんごめん。あのね、結人に何か恩返ししたいなって思ってたんだ。私に何ができるかなって。そしたら思い出したの。遥香と要再検査って話してたこと」
「あ、ああ…ってやっぱあの時寝たふりしてたのかよ!」
「てへ。ごめんね?でも買い物行くのも大変だろうし、栄養あるもの食べて早く元気になってほしいから、ご飯作ってあげようって。あ、夜ご飯だけね?そしたら悠太が家に呼んでみんなで食べたいって言うから、無理矢理連れてきちゃった」
「まぁ…ご飯は確かに困ってたからめちゃくちゃありがたいんだけど…あ、あのお父さんとかは?」
「知ってるよ。弟の命の恩人なんだからそれぐらいしなさいって。よかったね!家族公認だよ!」
「なんか違う意味に捉えちゃいそうだからやめて?はぁ…まさかこんなことになるとは…。本当にいいの?」
「いいよ。私もこれぐらいしかできることないから。嫌じゃなかったら、左手が治るまでご飯食べに来てほしい」
「じゃあ…ごちそうになります」
「今晩はカレーです!」
さっきからいい匂いがする。そしてこの匂いの正体がカレーだとは気づいていた。
久しぶりに誰かとご飯を食べれる喜びを感じながら俺はちさとの好意に甘えることにした。学校でのちさとのことや俺のことを話したり、悠太くんがケンカした人が先生にこっぴどく怒られて仲直りしたことなど、いろんなことを話した。
そして、気づけば俺は泣いていた。
「え…!ど、どうしたの?美味しくなかった?」
「いや、こうやって夜ご飯楽しく食べるの久しぶりだなって思ってさ。なんか嬉しくなっちゃって。ごめん」
辛いのはちさとだけじゃなかった。俺も心のどこかで寂しさがあり、ちさとの、ちさとの家族の優しさに触れて気が緩み涙が出てきた。
そしてその後もみんなで楽しくご飯を食べ終わった頃、ちさとの父親が帰ってきた。
「ただいま」
「お、おじゃましてます!ちさとさんと同じクラスの一ノ瀬結人と申します!」
急な父親の登場に俺はとても緊張しながら挨拶をした。そして、父親はすぐに手を床につけて深々と謝った。
「一ノ瀬くん、悠太を、そしてちさとを助けてくれて本当にありがとう。挨拶が遅くなって本当に申し訳ない。許してほしい」
それは思いもしなかった行動だった。見ず知らずの男が家でご飯を食べていたら不快に思うだろう。事前に許可をもらってるとはいえ、いい気分ではないはずだ。
「ちょ、ちょっと!頭を上げてください!全然気にしてないですから!むしろご飯ご馳走になってすみません」
「ちさとから話は聞いてるよ。君もまだ若いんだから健康には気をつけたいほうがいい。親の私が言うのもアレだがちさとの料理は美味いからな。たくさん食べて早く治してほしい。ちさと、俺は先に風呂に入るから」
「はーい。食べたら結人送ってくるね」
「あ、じゃあ俺もそろそろ帰ります。ちさと、ごちそうさま。めちゃくちゃ美味しかった。あとすぐそこなんだし送るの全然大丈夫だよ」
「じゃあ玄関まで」
そう言って見送りに来てくれた。
「なんか驚いた。あと本当に美味しかったごちそうさま」
「明日は何が食べたい?」
「え、マジで毎日…?本当にいいの?」
「だからいいって言ってるじゃん!むしろ作ってあげたいの!」
「じゃあお言葉に甘えます。ありがとう。何食べたいか考えておく。あ、あのさ、ちさとって何時くらいに寝るの?」
「寝る時間?いつも0時くらいだけど…」
「そっか、ありがとう。じゃあおやすみ」
「…?うん、おやすみ。また明日ね」
そう言って俺は家に帰った。明日は左手の調子が良かったら学校に行くつもりだ。それにしてもこんな満腹感はいつぶりだろう。これが毎日続くことを考えたら幸せでずっと左手が使えなくても…などと思ったがさすがにそれは迷惑だし不便だからナシにしよう。
そして、明日の準備を済ましシャワーを浴びれるところだけ浴びて着替えた。時刻は0時前。俺は携帯を手に取りちさとに『起きてる?』とLINEをした。『もうすぐ寝るところ』と返事が来たので電話をかけた。
「もしもし。どうしたの?」
「もしもし。ちさとが寝るまで話しませんか?」
「え?」
「ほ、ほら。寝落ち通話ってやつ。ちさとがいい夢見れるように。嫌な夢見てもし目が覚めたら俺のこと呼んでよ。それで俺が起きてたらすぐ安心させる。寝てたら起こしていいよ。いや、もちろん迷惑だったらやめるけど…」
俺がちさとにできること。必死に考えた結果がこれだ。役に立つかはわからないけど、1人で辛いときにそばにいれる方法がこれくらいしか思いつかなかった。
「…嬉しい。でもさすがに起こすのは悪いから、もし結人が寝てたら、結人の寝息を聞かせて?きっとそれで落ち着くから」
「いびきだったらごめんね?」
「そのときはうるさいって起こすね。あ、ねえお月さまがきれいだよ」
「ほんとだ。明るくてまんまるできれいだな」
こうして俺たちはくだらない話をしながら眠りについた。ちさとが先に眠りにつき、寝息が聞こえてきたので「おやすみ」と小さく囁いた。
その日、久しぶりにちさとは嫌な夢を見ずに安眠できた。
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