Missing
その日、俺は小笠原先輩と一緒に帰った。家も割と近いため、一緒に帰ること自体は不自然じゃない。何か話があるようだが、何となく察しはついていた。
「いっちーの家の近くに公園あるよね?あそこ行こうよ」
断る理由もなかったため、「いいですよ」と答え2人は向かった。そして家の近くにある公園に着くまでの道中で、最近よく聴いてるバンドの話などをして時間を過ごしていた。
公園に着き、自販機で飲み物を買いベンチに座ると小学生が遊んでいる姿が見える。仲良く遊んでいる姿が実に微笑ましい。それを眺めながら甘い缶コーヒーを飲んでいると、小笠原先輩が口を開いた。
「いっちーはさ、どう思ってるの?」
『何を』という部分が欠けているその質問。敢えてはぐらかすこともできるが、真面目な顔をしているため、こちらも真面目に答えるべきだろう。
「どうって言われても…正直自分でもわかりません」
「別に付き合えとか言うつもりはないよ。ただ遥香の気持ちには気づいてるんでしょ?」
「自分に対して特別な気持ちがあるのかなって思うときはあります。でもそれが所謂好きって気持ちなのか、それとも憧れ的なやつなのかがわからないです」
「そっか。いっちーさ、自分で憧れとか言っちゃう?」
「なっ…!いや、自分でも恥ずかしいですよ!でも真面目に答えなきゃって思ってちゃんと悩んでること伝えないとって思っただけですから!」
「あはは!いやーごめんごめん。でもそっか。ちゃんと考えてるんだね。それなら安心。てっきり気づいてないフリでもしてるのかなって」
「できることならそうしたいです」
「それはダメだよ。遥香はいっちーに何て言ってるの?」
「なんかこないだのライブで実力不足を感じたみたいで、まだ自分は隣には立てないって。だから練習して堂々と一緒にステージに立てるようになるまで待ってほしいって」
「…わかるよ。遥香の気持ち。でもそれじゃあダメなんだよね」
そう言って小笠原先輩はベンチから立ち上がり、背筋をうーんと伸ばした。
「あの子はこのままだと間違いなく後悔することになる。練習しても練習しても隣には立てないでさ、いつも前にいる姿を後ろから追いかけて、どれだけやっても追いつかないの。そしてだんだんと嫌になって、気づいたらその気持ちも恋だったのか憧れだったのかわからなくなる」
「…小笠原先輩のように…ですか?」
「さあてね。でもいっちーがちゃんと遥香の気持ちに気づいて、悩んで、それでも距離を置かないで一緒にいてあげたら待ってほしいって気持ちも変わるかもね。さっきも言ったけど、今すぐ付き合えって言ってるわけじゃないから、そこは一生懸命に青春すればいいさ!」
「ははっ。なんですかそれ。でもありがとうございます」
「後輩の面倒を見るのは先輩の勤めというものだよ。私だってまだ1年半は高校生活あるんだし!いい男見つけるぞー!」
「応援してますよ。何かあったら俺にできることあれば手伝います」
「ほんと?じゃあ実はいっちーがいいんだけど彼女にしてくれりゅ?」
「前言撤回で」
「ひっどーい!可愛くない後輩だ!」
小笠原先輩といる時間は楽しい。あっという間に過ぎていく。本当に頼りになるし、尊敬もしている。困っていることがあれば全力で助けてあげるのも後輩の勤めですよね。
そんなことを考えながら俺は小さな体の大きな小笠原先輩を見ていた。
「もしさ、いっちー8月のライブ、また3人でやらない?って言ったらどうする?」
「俺は全然いいですけど、梨木はやらないって言いそうですよね」
「だよね〜。実はそれもあって探りいれたんだのね。あれだけのパフォーマンス見せられたら勧誘すごそうだし…ってあれ。あそこ見て」
小笠原先輩が指を指した方向を見ると、小学生がケンカをしているようだった。いや、ケンカというより一方的に複数人で1人をいじめてるように見える。
「ありゃーいじめだね。お姉さんああいうの許せないんだよね。よーし、ちょっくらこらしめて…ってあれ、行っちゃった」
いじめられていた側の子供が1人立ち尽くしていた。どこかで見覚えのある容姿だったが思い出せない。
「あれ…あの子たしか…」
「あ、お姉ちゃん来たのかな?ってあれ…?あの人こないだのライブに来てた…?」
俺はそこにいる姉弟を知っている。何があったんだ?どうして弟くんがいじめられていて、ちさとが抱きしめているんだ?考えているうちに悠太がちさとから離れて走って公園から出ようとしている。
ーーーー止めないと
「いっちー!?」
気づけば俺も走って追いかけた。公園から出て道路に出たそのとき、1台のバイクがこちらに向かってきた。スピードを緩めるも止まらない。悠太がぶつかる。悠太がぶつかったらちさとが…
ーーーーちさとを悲しませたくない
俺は悠太を突き飛ばし、左半身に強い衝撃を受けた。
「ぐっ…!」
意識が朦朧とする中、悠太が「大丈夫!?」と大きな声で俺に駆け寄って来てる。
「あぁ…悠太くんが無事でよかった…」
そしてそのまま倒れ、意識を失った。
目覚めたときは病院のベッドの上だった。
自分がどういう状況なのかわからず、目を開くも何もわからなかった。だが体を動かすとすぐに認識できたことがある。左手首の異常な痛み。包帯で巻かれた腕があった。
「いっちー!いっちーわかる!?いま先生呼んでくるから待ってて!」
小笠原先輩がいる。あぁ…助かったんだな。
時計を見ると19時を過ぎていた。
小笠原先輩と看護師が一緒に戻って来て、いくつか確認している。そして医者も来て説明を受けた。
バイクとぶつかり、軽い脳震盪を起こして気を失っていたこと。そのときの衝撃で左手首を骨折したこと。幸い軽い骨折だったようで、全治2ヶ月といったところらしい。他には擦り傷などはあちこちにあるが、大きな損傷は無いらしい。念の為今日はこのまま入院をする、といった内容だった。
「とりあえず本当に無事でよかったよ。何か必要な物があったら持ってくるけど?」
「あ、それなら携帯の充電器をお願いしてもいいですか?鍵渡すのでリビングにあるのを持って来てほしいです」
「りょーかい!じゃあ1時間くらいで戻ってくると思うけど、いいですか?」
看護師さんの方を見て反応を伺う。時間も遅くなっているが、急遽の入院とのことで許可がおりた。
「ふふ。大丈夫よ。よかったわね、彼女さんがいてくれて」
「え!か、彼女じゃないです!部活の先輩後輩の仲です!」
「あら、ごめんなさい」
病人の前でそんなやり取りをしないでほしい…などと考えながら眠りについた。
私、小笠原美優は記憶力がいいほうだ。勉強は日本史が得意。一度行った場所はほとんど覚えている。だからいっちーの家もちゃんと覚えている。そして、家庭の事情で一人暮らしをしているのも知っていた。
昨日、遥香から電話があった。「何かあった?」と聞いても返ってくるのは無言だった。クラスの友達じゃなく、私に電話をしてきた。きっとその人たちには言えない何かが彼女にあったのだ。
「とりあえず落ち着くまでこうしてていいよ」
遥香が泣き止むまで待った。
たくさん悩みな。たくさん泣いて、たくさん笑って、スッキリしてモヤモヤしてさ。
私たちは青春のど真ん中にいるんだから。いつの日かその気持ちが思い出に変わるまで、たくさん青春しようよ。心の中で遥香にそうやって声をかけた。
遥香はそのまま疲れて眠ってしまったので、寝息が聞こえて「おやすみ」と小さく声をかけて電話を切った。
一ノ瀬の家に到着し、エレベーターから降りると部屋の前でしゃがんでいる女の子がいた。
「遥香…?」
ライトが反射して顔がよく見えなかったが近づくと、そこにはちさとがいた。
「あ…」
ちさとは小笠原先輩に気づき、立ち上がって一礼した。
「あ、あの…先程はご迷惑をおかけしてすみません…。そ、それで結人は…?」
「ううん、弟くん?は大丈夫?いっちーはさっき目を覚まして、今日は念のため入院だって。私は携帯の充電器を持って来てほしいって頼まれたから来た。あ、小笠原美優って言います。軽音部副部長やってます」
「弟は少し膝を擦りむいたけど、大きな傷も無くて元気です。あ、私は水科ちさとと申します。結人とは同じ中学で高校も同じクラスです。えっと…遥香とも友達で、ライブ行きました。先輩かっこよかったです」
「はは。やっぱりライブに来てたよね。私もいっちーと同じ中学でさ、家も割と近いんだ。とりあえず中に入ろうか?って私の家じゃないんだけどね」
「あ…はい」
私たちは家主のいない部屋に入った。リビングにあると言っていた充電器を探しているとき、私はチラッと水科さんのことを見た。
何かを思い出すようにソファに触れている。遥香はこの子と何かあったんだな、と第六感が訴えてきた。
ライブの日、遥香の友達は3人来ていた。恐らくクラスで4人仲良しグループなのだろう。そして、そこに相談ができないのはこの子も他の人たちと友達だから。…とりあえずはこんなところだろう。
「あの、結人はとりあえず今日だけ入院で、他には特に身体に異常は無かったんですか?」
「あ、あったあった。これと簡単な着替えは…そこに干してあるやつでいいっか。うん、乾いてる。他に異常?聞く勇気ある?」
小笠原先輩の言葉はとても冷たく発せられた。当然だった。全治2ヶ月の左手首のケガ。ついさっきまで一緒にライブ出ようと話しをしていたが、全て叶わぬ夢となった。
それに、自分を慕ってくれる大切な後輩に何かをした人、目の前で弟を助けられず、代わりに犠牲になった人がいたにも関わらずただ放心状態になっていただけの人。
そんなあなたにこれから話すことを受け止める勇気はありますか?
「な、なにかあったんですか…?」
「左手首の骨折で全治2ヶ月。しばらくドラムも叩けないね」
小笠原先輩が口にした現実に、ギリギリでなんとか繋がっていたちさとの心が壊れた。いや、正しくはとっくに壊れていた。壊れた心の治し方を昼に聞いた気がするが、もはや覚えてはいない。
「私が…なんで…私が犠牲になればよかったのに…またいつもみたいに私だけが苦しめばよかったのに…」
ちさとはその場で崩れ落ち、大きな声で泣いた。時間にしたら数分だったかもしれない。だが、夜通し泣いたような錯覚に陥るくらいの涙を流した。
この気持ちは何だろう。なんでこんなモヤモヤするんだろう。この人は大切な後輩の恋敵かもしれない人。大切な後輩が事故に遭うことになった原因の人。
そして…恐らくいっちーにとって大切な人。これでいいはずなのに、傷つくべきはこの人のはずなのに。なんでこんなにも自分が嫌な気持ちになるんだろう。
うん。やっぱり私に悪役は似合わない。だってこの涙を見たら、これ以上突き放すことなんてできない。助けてあげたい気持ちになるんだもん。
「携帯出して」
その声に反応は無くちさとはただただ泣いている。小笠原先輩はその姿にイラつき、ちさとの肩を掴み無理矢理起こした。
「あんたは!あんたの弟を助けるために!飛び込んだいっちーに言うことないの!?ただここで泣いてるだけなの!?」
ちさとは口を開けて驚いた表情をしながら小笠原先輩の喝に耳を傾けていた。
「退院して帰ってくるの待ってるだけじゃないでしょ!あなたが病院に行って、きちんと伝えないといけないことがあるんでしょ!?わかったら携帯出せ!」
「は、はい…」
ちさとが携帯を渡した。小笠原先輩は地図アプリに病院の場所を記して充電器と一緒にちさとに返した。
「それはあんたが届けな。あんたがちゃんとありがとうって言いな。じゃないといっちーの怪我が浮かばれない。…ほら!わかったら早く行け!」
ちさとの表情に少しだけ光が戻った。そして大きく頷き、ちさとは病院まで走った。
「あーあ。ごめんね遥香。でも恋にライバルはつきものだよね。これも遥香の成長のためのスパイスってことにしておいて」
そしてドアに鍵をかけ、マンションから出た。
「あ、鍵どうしよ…ま、いっか!」
小笠原先輩もいつも通りの彼女に戻り、明日は緊急ミーティングがあると部員LINEに報告して家に帰った。
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