若者のすべて
「鞄取ってくるから玄関で待ってて」
そう言うとちさとは教室へ戻り、すぐさま自分と俺の鞄を持って玄関に来た。
「お待たせ。念のため今日はバスで帰ろう」
俺の隣で支えるように歩く彼女に対して俺は疑問が浮かんでくる。
なんでちさとはここまでしてくれるんだろう?
友達といえばそうだが、家族のことを話したり他の人が知らないような内情も知っているからだろうか?それにしてはどこか執着されているような気がしていた。
バス停に着くとすぐにバスが来た。放課後も1時間以上経過しており、バスの中は割と空いていたので、俺たちは後ろのほうに並んで座った。
「なぁ、なんでここまでしてくれるの?いや、俺としてはありがたいんだけど」
「そんなの心配だからに決まってるじゃん。友達なんだし」
「いや、まあそうなんだけどさ。保健室にもずっといてくれたんだろ?ありがたいんだけど申し訳ないというか…」
「だって結人に何かあったら嫌だし」
ちさとは窓の外を眺め、ふぅと息を吐いてから小さな声でそう呟いた。窓から差し込む夕陽に照らされているその小さな顔を隣で見ていると、どこか寂しさのようなものが感じ取れた。
「なぁちさと。その、なんていうか…ありがとうな」
俺は改めてお礼を伝えた。
「えへへ。どういたしまして。でも気にしないで。私がしたくてしてることだから」
そう答えたちさとの笑顔は、思わずドキッとしてしまうくらい眩しかった。
それから家に着くまで「弟さんは元気?」とか「吹奏楽の調子は?」とかいろんな話をした。バスを降りてから家まではすぐだった。
「あそこが俺ん家だから、ここで大丈夫だよ。ありがとう」
「ダメ。ちゃんと家の中まで送る」
「は!?いやいや、さすがにそれはいいよ」
「なんで?遥香は家に入れるのに私は入れてくれないの?」
ずるいと思った。それを言われると何も言い返せなくなる。
「いや、さすがにもう大丈夫だし。そんな言われても…っておい!」
ちさとは会話を遮ってマンションの中に入っていった。エレベーターを呼び、「何階?」と聞いてくる。「…3階」と伝えるとボタンを押し、エレベーターが動き出す。
「本当に来るの?」
俺は何かの間違いであってほしいと願いながら聞いてみるが、完全に無視されている。
「ほら、部屋どれ?早く開けてくださーい」
もう諦めるしかないか…と思い、1つだけ約束をした。
「ちょっと片付けるから、いいよって言うまで絶対中入らないで」
「男の子だもんね。うんうん。隠したい物いろいろあるよね」
ちさとはニヤっとした笑みを浮かべた。何を想像しているのかが手に取るようにわかるが、残念ながらそんな物は無い。俺はデジタル派だ。
俺は家に入り急いで片付けをした。散らかっている本や服などをとりあえずまとめて…
「ふーん、そんなに散らかってないじゃん」
声のした方を向くと当たり前のようにちさとがいた。あれ?ちさとさん?なんでそこにいらっしゃるのでしょうか?一瞬俺の思考がフリーズしたがすぐに何が起きてるか理解した。
「おい!なんで勝手に入ってきてるんだよ!待っててって言ったろ!」
「え?言われたけどわかったなんて言ってないし。それよりここが結人の家か〜」
「お願いだからちょっとは話を聞いて!?あと物色しないでここに座って!」
俺はソファに座るよう指示した。なんかまた倒れそうだ。「はーい」と言い、ちさとはソファに座った。
「ったく…お茶でいい?」
「ありがとう。ごちそうになります」
俺は冷蔵庫からお茶を出し、コップに注いでちさとにあげた。
「もう気分は落ち着いた?具合はどう?」
「お前が来てからまた倒れそうだよ」
「うん、もう大丈夫そうだね。安心した」
そう言ってコップを手に取りお茶を飲んでいるちさとを見て俺はここ最近気になっていたことを聞いた。
「あのさ、答えれたらでいいんだけどなんかあった?」
ちゃんと保険をかけて俺は聞いた。何も無いのであればそれでいい。何かあったとしても答えたくないのであればそれでもいい。もし答えてくれたなら、俺にできることは何かしてあげたい。
「どうして?」
「いや、なんか最近ちさと見てたら思った。なんていうか、梨木とかとみんなでいるときも疲れてそうっていうか。気のせいだったらごめん」
「うーん。半分正解ってとこかな」
「どしたん、話聞こか?」
「それ言う人本当にいたんだね」
ちさとはふふっと笑いながら俺のボケに反応してくれた。
「特に何かあったってわけじゃないんだ。ただ最近昔のこと思い出したりしてさ。ちょっと浸ったりすることがあるだけ」
「そっか…俺もたまに思い出したりするからわかるよ。あの頃は楽しかったなとか、もし変わらず母親がここにいたらどんな高校生活送ってたのかなとか、想像したりもする」
「うん…私もそう。もし今もお母さんがいたらさ、弟の世話もそこまでしてなかっただろうし、もちろんご飯を作ったりもね。たまにお母さんの手伝いをするくらいかな。高校生活も部活に全力って感じでサックスやってるの。そのうち好きな人とかもできてさ、彼氏できた!って家に連れて来て、お母さんと彼氏が仲良くなって、お父さんには内緒でね。それで花嫁修行くらいしなさいってお母さんは怒ってさ、いろんなこと教えてもらって…あとは…あ、あれ?あれ?」
そんな話をしているうちに、涙が溢れ出てきた。
「ごめん…泣くつもり無かったんだけどな…なんでだろ。ごめん…ほんとごめん…」
彼女は泣き崩れた。
『水科ちさと』とは容姿端麗で気丈夫、そして誰もが惹かれるような存在としてみんなは認知しているだろう。
けれども俺が知っている、俺だけが知っている水科ちさとは違った。こんなにも脆く、触れたら崩れてしまいそうな心の持ち主だ。それを表には出さないように必死に隠し、強い姿を見せている。
前に公園で話したときもそうだった。本当は辛いはずなのに、こうして泣きたいはずなのに「大丈夫」と言っていた。俺はどうしたらいいのか、どんな言葉をかけたらいいのかわからず、ただちさとを抱きしめていた。
「結人ぉ…ぐすっ…ごめんなさい…」
「いいから黙って泣いてろ。好きなだけ泣いていいから」
ちさとも俺を抱きしめていた。その細い腕を俺の背中に回し、体を震わせ、泣き疲れて眠ってしまうまで離さずに。一ノ瀬結人の優しさに包まれながら、そのまま眠りについてしまった。
それから30分程経った。
眠りについたちさとはソファで横になっている。俺はその寝顔を見ながら頬に残っている涙の跡をそっと指でなぞった。
「頑張っててえらいな」
そっと呟き、その寝顔をじっと見つめていた。
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。時刻は18時を過ぎたところだ。こんな時間に誰だろう?と思いドアを開けると梨木が立っていた。
「え…?どうした…?」
「えっと、ごめんいきなり。やっぱりちょっと心配だったのと、これ。先生から渡してくれって頼まれたから。健康診断の結果だって」
「あ、ああ。ありがとう。こんなの明日でもよかったのに」
「うん。でもちょっと確かめたいこともあって。上がってもいい?」
「え…今はちょっと…」
梨木は視線を下に向けると、そこにある女性用のローファーに気づいた。
「…ちさとが来てるから?」
「いや…まあ、来てるんだけど…。なんていうか…」
「お邪魔します」
そう言って俺を払い退けて家の中に入っていった。そしてソファで寝ているちさとを見て愕然とした。
「どういうこと?」
「どういうことって、なんか疲れてるみたいで寝ちゃっただけだよ。別にやましいことも何も無いし」
そこは私が座っていた場所。だけど今は私以外の人が寝ている。わかってる。私は一ノ瀬の彼女じゃないし、どこで何をしても一ノ瀬の勝手なのは理解してる。
だけどこの感情はなに。なんでこんなにもイライラするの。なんでそこにちさとがいるの!梨木はやりようのない気持ちをどこにぶつけていいのかわからず、ただ思いっきり手を握りしめていた。
「ふぅ…ごめん。まぁずっと看病してたしちさとも疲れてたんだろうね。それで確かめたいことあるんだけどキッチンいい?」
「え?キッチン?なんで?」
梨木は黙ってキッチンに入り、冷蔵庫を開けた。次に冷凍庫を。その中には飲み物しか入ってなく、食べることができるものは何もなかった。
「一ノ瀬、聞きたいことあるんだけど」
「えっと…な、なんでしょう…?」
「あんた毎日何食べて生活してんの?」
「え…コンビニ弁当とか…」
「嘘。本当はなに?朝昼夜全部言って」
「朝は食べない。昼は…購買のパン?夜は…カップラーメン」
「いつから」
「…2ヶ月くらい前から」
「まず先に謝っておく。その診断結果見ちゃった。ごめん。でもそのおかげでめちゃくちゃな食生活してることわかったから。注意しに来た。そしたら何?クラスのマドンナをソファで寝かせて?さぞいい気分だったでしょうね」
「いや、別にそんなつもりじゃねーから。つーか勝手に人の健康診断見るなよ」
「見ちゃダメって思ったよ!でも今日いきなり一ノ瀬が倒れて、もし何か病気だったらどうしようって。ダメなのはわかってたけど心配だったんだよ!何も異常がありませんようにって願ったよ。そしたら要再検査って文字見えちゃって。そこに書いてるいろいろな数値の意味とか調べちゃったの。先生だって言ってた。『一ノ瀬の親御さんに栄養バランスを考えたご飯作ってもらえ』って言っておいてって。でもそんな人いないのも知ってるから。それなら1日でも早く伝えなきゃって…思ったんだもん…」
わかっていた。梨木遥香という人間は人が嫌がるようなことをする奴じゃない。そんなのわかっていた。
「…俺もごめん。そんな心配してくれたのに酷いこと言った。あとちさとは本当に何も無いから信じてほしい」
「それ。そこがおかしい」
…?俺はどこがおかしいのかわからなかった。
「あのさ、別に私は一ノ瀬の彼女じゃないんだよ?だから一ノ瀬がどこで誰と何をしてようと関係ない。正直ちさとがあんな無防備で寝ているのはビックリしたけど、何か事情があるってことぐらい私にもわかる。一ノ瀬がそれを言わない優しさを持っていることもわかる。だから何も聞かない」
俺は何も言えなかった。他人の家庭の事情をほいほい伝えるほどバカな人間ではないと自負している。そして、それが原因で梨木が傷ついていることもわかっていた。
「ほら。そういうとこだよ。じゃあ言いたいことは言ったから帰る。ちゃんと野菜食え。バイバイ」
そう言って梨木は振り返らず真っ直ぐ家から出て行った。
俺はその場で立ちすくんでいた。
どうすればよかったのかわからず、下を向いていた。そして、はぁ…とため息をついて顔を上げるとちさとが起きていた。
「ごめん。私帰るね」
その一言だけ告げ、足早にちさとも家から出て行った。
「なんなんだよ…」
俺はその場に座り込んでその日は何も食べずシャワー浴びて眠りにつくことにした。
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