不協和音
「お母さん!なんで行っちゃうの!私と悠太はどうするの!ねえ!行かないでよ!」
「うわああああん!お母さああああん!」
「悠太…!お姉ちゃんが悠太のことちゃんと守ってあげるから、泣かないで…!悠太…!」
「はっ…!またあの夢…」
夜中に目を覚ますと汗だくになっていた。いつも見る夢。お母さんが家から出て行ったあの日のことを今でもこうして思い出す。きっとこれはトラウマとしてずっと私の心の中に残っていくのだろう。
「はぁ…水飲もうっと」
台所に向かうとPCをつけたままデスクでうつ伏せになり寝ている父親がいた。遅くまで仕事をして私たち家族を養ってくれている。その姿を見るたび私は自分も家族にできることを精一杯頑張ろうという気持ちになる。
「いつもありがとう。風邪ひかないでね」
シーツを背中にかけて私は部屋に戻り、カーテンを開けて月を眺める。
「大丈夫か?」
あの日、結人が言った言葉を思い出す。自分と同じ境遇の人がこんなにも身近にいたんだ。助け合ったり、支え合うとかそういったことはないけど、自分だけじゃないということが心の支えになっていた。
「大丈夫…大丈夫…なわけないじゃん…」
水科ちさとは明るく照らしている月を眺めながら涙を流していた。そしてまた眠りにつき朝を迎え気持ちをリセットする。どんなに辛い夜が訪れても弟のため、家族のために。そんな毎日を繰り返していた。
初めてのライブから1ヶ月ほど過ぎた。
俺は相変わらず安達と山崎と仲良く学校生活を過ごしており、放課後は部室に顔を出してドラムの練習をしたり、初心者に教えたりして過ごしている。
そして、変わったことが1つある。それはライブに来てくれたカーストトップの女子グループと俺らが仲良くなったことだ。今までそこまで接して来なかった『星峰まどか』と『横田結衣』の2人とも話すようになった。
最初は「なんで一ノ瀬は仲が良いんだ?」などといった陰口のような言葉も聞こえてきたが、深い関係性といった訳では無いので特に何とも思わなかった。安達や山崎ともよく話すようになり、2人は毎日幸せそうに日々を過ごしている。
梨木とは変わらず仲良くしている。一緒に部活に行き、みんなで音楽の話をしたりたまにスタジオに入ったり。ただ、2人っきりで過ごすことは減ってしまった。元々家も逆方向のため、一緒に帰るなどといったイベントも無いのだから、これが普通といえばそれまでだ。
そして、ここ最近1つ気になっていることがある。最近ちさとが疲れてそうなのだ。友達といるときは普通に過ごしているが、から元気というかどこか浮ついてるような気がする。しかし、俺にはそれを確かめる手段は無く、ただ日々を過ごしているのであった。
「あと1ヶ月ちょっとしたら夏休みだな」
昼休み、俺はいつもの場所で安達と山崎とご飯を食べていた。
「お前ら夏休み何か予定とかあるの?」
安達が聞く。
「俺は毎日野球三昧だ!この夏でレギュラーを勝ち取れるようにがっつり鍛える!」
山崎は相変わらず部活に熱心だ。緑月高校は決して地元の強豪校というわけではないが、せっかくなら甲子園を目指すべきだといつも張り切っている。
「俺も基本は部活だけど、そういや夏休みってスタジオどうなるのかわからないな。安達は?」
「俺はバイトしたりかな。まぁ部活やってないしのんびり過ごす予定。あ、一ノ瀬はライブの予定ないの?」
「8月の中旬にあるって聞いてるけど、詳しく聞いてないんだよね。詳細わかったらLINEするよ。そろそろ教室戻るか」
立ちあがろうとしたときだった、俺は少し目眩がした。
「あ、あれ…?」
「ん?どうした?」
「いや、なんかちょっと目眩してフラフラした。なんでもない」
「大丈夫か?保健室行くか?」
「なんでもねーって」
そして若干フラついたまま教室に着いたときだった。俺は教室の中に入ることなくその場で倒れた。
「一ノ瀬!?」
安達と山崎が何か言っている。教室から走ってくる梨木とちさとが見える。ダメだ。なんか頭が重いからちょっと寝る…。
目が覚めると俺は保健室のベッドの上だった。
「あれ…ここは…」
「あ、目覚めた?大丈夫?ここがどこかわかる?」
目の前にいたのは保健室の先生だった。
「保健室…です」
「よかった。君、貧血で倒れたんだよ。もう放課後だから落ち着くまでゆっくりしな」
「貧血…なんかすみません」
「いいのよ。それに礼ならこの子に言いなさい。あんたのこと心配でずっとここにいたんだから」
カーテンを開けると、机でちさとが寝ていた。
「看病疲れで寝ちゃってるけどね。さっきまでずっと起きて見守ってくれてたよ」
「ちさと…」
「青春だねえ。彼女さんのこと大事にしてあげなよ」
「いや…彼女じゃないです。こんなかわいい子は自分には似合わないですよ」
「へえ。彼女じゃないのにあんな態度取ってたんだね」
「…?」
「お友達にも感謝しなよ。ここまで運んでくれたんだから」
「後で連絡しておきます。気分も落ち着いてきたのでそろそろ帰ります。ありがとうございました。ほら、ちさと。起きろ、帰るぞ」
「ん…やだ…待って!!」
「お、おう。待ってるけど…」
「はぁ…はぁ…夢…?」
またあの夢を見ていた。だんだんその夢を見る感覚が短くなっていく気がする。
「あ…結人…よかった…」
そう言ってちさとは俺に抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと!ちさと…さん?」
「結人までいなくなったらどうしようって思ってそれで…」
「何の話してるんだよ。ていうか、ここ保健室で先生もいる」
「あ…てへへ」
そう言ってちさとは俺から離れた。先生が「あらあら」と言って見ていたので、俺は恥ずかしさでまた倒れそうだ。
「さ、帰るぞ。先生ありがとうございました。失礼します」
「ありがとうございましたー!」
そう言って保健室から俺たちは出た。そしてドアのすぐ近くに梨木が待っていた。
「一ノ瀬、大丈夫…?」
「ああ、貧血だってさ。でも一応今日は部活出ないで帰るわ。梨木も心配してくれてありがとうな」
「うん。美優先輩には私から伝えておくね。じゃあ気をつけてね。バイバイ」
「遥香、私家近いから送っていくね。また明日ね」
「うん。ちさともまた明日」
こうして梨木と別れ、俺はちさとと一緒に帰った。
私は保健室の前で2人が一緒に帰っていく姿をただ眺めていた。本当だったら私が家まで送ってあげたい。でも保健室まで連れて行ったときのちさとのことを思い出し、「私が送る」とは言えなかった。
ガラガラ
「あちゃー、もう帰っちゃったか。あれ、君はさっきの子と同じクラスだよね?運んできたとき一緒にいたよね?」
「あ、はい。同じです」
「あのさ、健康診断の結果渡すから明日またここに来るよう伝えてくれない?」
健康診断の結果。私はどうしてもそれを知りたいと思った。ちさとが知らないことを私は知れるチャンスだと思ってしまった。
「あ、私これから一ノ瀬に会うのでよかったら渡しておきましょうか?」
「いや、さすがに他人に渡すのはちょっとな」
どうすればいい。どうすればそれを見れる。私は必死で考えた。
「あ、あの…。私、一ノ瀬の彼女です。なので多分あとから一緒に見ると思うので大丈夫です」
先生はじっと私を見ている。嘘がバレたのだろうか。
「うん。じゃあいいや。いいかい?見るとしても絶対一緒に見るんだよ。くれぐれも勝手に見ないように」
こうして一ノ瀬の健康診断の結果を手に入れた。
「あ、あの、聞いておきたいんですけど、一ノ瀬ってどこか悪いんですか?」
「ん?そうだな、1つ伝えてほしいんだけど、しっかり栄養バランスを考えた食事をするように親御さんにお願いしなって伝えておいて」
私はその場で全てを察した。
「わかりました」
そう先生に伝え、その場をあとにした。絶対に見るなと言われたが、私はトイレに入り結果を見た。
細かい数値などはわからない。だが、
『要再検査』
この言葉だけはどういう意味なのか私にもわかった。
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今回から第2章となります。
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