フロントメモリー
ライブ前日、部室で先生から当日の流れを説明を受けていた。
ライブはsingが経営しているライブハウスで行われる。先生がマスターと知り合いらしく、ライブハウスの機材チェックも兼ねて特別料金で行うことができるらしい。明日は16時スタートで、集合時間は現地に14時となっている。友達などを呼んでもいいとのことで、俺は涼太と安達と山崎に声をかけた。涼太は中学の頃にライブに来たことがあるが、2人は初めてなので誘うときは少し恥ずかしかったが、「楽しみにしてる!」と返事をくれた。
出演バンドは全部で7バンドあり、俺たちの出番は最後だ。1バンドあたり約20分の持ち時間なのであっという間に終わるだろう。
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴る。ドアを開けると梨木がいた。
「おはよう、一ノ瀬。ちょっと早かったかな?」
「いや、全然大丈夫。でもまだ準備終わってないから上がって」
「うん。お邪魔します」
現在の時刻は12:45。
昨日梨木から「明日一緒に行こ」と言われたので、13時に俺の家に集合にした。
「座って待ってて。あ、なんか飲み物いる?」
「ううん。大丈夫、ありがとう」
「急いで準備終わらせるわ」
そう伝え、俺はドラムの機材を玄関に運んだ。Bluetoothのスピーカーからは鈴木瑛美子×亀田誠治の『フロントメモリー』が流れている。準備が終わり、俺も居間のソファに腰掛けた。梨木は黙って流れてる曲を聴いている。
「ねえ、この曲いい曲だね」
「ん?ああ。なんか頑張ろうって気持ちにさせてくれるんだよな」
「わかる。なんて曲?」
「フロントメモリー」
「調べる…あった!ダウンロードしようっと」
そして2人は黙って流れている曲を聴いて、あと数時間後に控えている本番に向けて改めて気持ちの切り替えをした。
「もう指は大丈夫か?」
「大丈夫!絆創膏も剥がしたし!ほら、指も硬くなったんだよ!」
梨木は両手を差し出して見せてきた。
「本当だ。治ってよかった。あとは今日を楽しむだけだな」
「うん!みんな見に来るし、絶対成功させるんだ〜!」
いつもの梨木に戻っている。数日前まで見ていた弱気な姿はもうどこにもない。本当に頑張ったと思う。
「バンドをするのが夢」
あの日、俺は梨木の夢を叶えたと聞いた。だけど本当に梨木が夢を叶えるのはこれからだ。今日のライブを成功させて、本当に夢を叶えたといえる。別に俺が叶えてあげたいなどと高慢なことは考えていない。
だけど、この笑顔がずっと続くように支えてあげるくらいのことはしたい。そう思っていた。
「じゃあ、そろそろ行きますか」
俺たちはライブハウスへ向かった。
スネアドラムとキックペダルを持っての移動のため、自転車には乗れない。俺と梨木は歩いてライブハウスに向かった。
途中でコンビニに寄ると、1年が何人かいた。「めっちゃ緊張する…大丈夫かな…」などといった会話が聞こえてきた。飲み物を買い、コンビニから出て歩いているとき俺は梨木に聞いた。
「なあ、梨木って俺以外で仲良い軽音部の人いる?」
「ん?女子とは普通に話したりするけど、男はあんまりいないかな。なんで?」
「いや、どうなのかなって」
「一ノ瀬は?」
「俺が誰かと話してるの見たことある?」
「ぶっ…あはは!ごめんごめん!確かに無いかも!」
「おい、傷ついちゃうからやめて?」
「あははっ…でも大丈夫だよ」
「なにが大丈夫なんだよ」
「…だって私がいるじゃん」
後ろからその言葉が聞こえたとき、俺は振り返って梨木を見た。思わず俺の頬に熱が増していく。
「は、はあ?お前、何言ってるんだよ」
梨木はじっと俺を見つめて黙っている。歩道に立ち止まる俺たちの横を、自転車や歩行者が過ぎていく。たまに強く吹く風が梨木の制服のスカートをなびかせる。だけど俺たちは2人だけの空間をつくるように立ち止まっている。
「なーんて、うっそー!どうしたのかな?いっちー顔が真っ赤になってますよ?」
「っつ!!お前マジでふざけんな!」
「あははは!いっちーはちょろいんだね!」
「お前はいっちーって呼ぶな!」
「ほら!早く行くよー!いっちー!」
後ろにいた梨木は早歩きをして俺の前に出る。いい感じの空気は何だったんだ。俺が騙されているだけで、それなのに顔を赤くしてまるでバカみたいだ。
「でもさ、本当のこと言うとみんな一ノ瀬と話したいと思うよ?ドラム上手いの有名だし、特にドラム始めたばかりの人とかは教えてほしいんじゃないかな」
「いや、でも全く話しかけられたりしないし…」
「だって一ノ瀬、部活入るの遅かったから部内でも仲良しグループいくつかできてたからね。それに、上手いって有名だから話しかけていいのかみんなわからないんだよ」
「そんなもんかね」
「きっとそうだよ。だから一ノ瀬から話しかけたらみんな嬉しいんじゃないかな」
「まぁ、努力してみるよ」
「それがいいと思います!」
「梨木はモテモテだからたくさん話しかけられて羨ましいよな」
「なにそれ。別にどうでもいい男子と話したいとか思わないし」
俺はふと思った。梨木は俺のことどう思ってるんだろう。あくまでもクラスメイトで、同じ部活で同じバンドメンバーとしか思ってないのだろうか。もし、次のライブで一緒のバンドじゃなくなったら話すことも少なくなるのだろうか。そう考えると、少し寂しい気持ちになった。
そして、ライブハウスに到着した。中に入るとほとんど集まっていて、その中には珍しく部長の姿もみえた。
「あ!いっちー!遥香!おはようー!」
「小笠原先輩、おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「うん!こちらこそよろしくね!今日は逆リハだから私たち最初だよ!」
逆リハとはライブの出演順の逆からリハを行っていくことだ。そうすることによって、最後にリハを行うバンドがそのまま1番最初に本番の演奏を迎えることができるためだ。
新田先生が点呼をとる。全員揃っていたので、改めて今日の流れを説明した。
「まず、リハ中は他の人たちは会場から出てください。他のバンドは本番まで楽しみに取っておきましょう。初めてライブやる人は、私がリハのやり方などを教えてあげるので何でも気軽に言ってください。全バンドのリハが終わったらまたここに集合です。それではよろしくお願いします」
「お願いします!!」
そして、リハが始まった。部長に小笠原先輩、俺は経験者なので問題なくリハを進めていくが、梨木はかなり緊張していた。「ベースの音ください」とスタッフに言われたときも「あれ?音が出ない」などと焦っていたが、ベースの音量を切っていただけ、というらしくないミスをしている。
「梨木ちゃん!落ち着いて!かわいいから大丈夫!」
部長が梨木に対して声かけするも、それに対して梨木は睨むだけだった。なんのフォローにもなってない。
「じゃあ曲でお願いします」
2曲どちらも1番が終わるくらいまで演奏した。
「では本番はお願いします」
あっという間にリハが終わった。
「梨木ちゃん、緊張しすぎ!もっとリラックス!」
「はい…すみません…」
「いっちー!集合まで時間あるから遥香と時間潰してきて」
「え?は、はい。ほら、梨木行くぞ」
俺は梨木の手を取り近くの商業施設に向かった。梨木はまたやってしまった…といった感じで下を向いて俺に引っ張られながら歩いている。
俺は商業施設の中にあるフードコートに梨木を連れて来た。梨木は緊張のあまり、リハでいつもの実力通りに弾けなかった。
「前にもこんなことあったな」
その言葉で梨木は強く手を握った。そう、最初に3人でスタジオに来た日。上手く弾けなくて悔しい思いをした日。
「また…戻っちゃったね」小さく震える声でそう言った。
「そんなことない。あのときはどうしてもできなかった。でもさっきはできるのにできなかった。全然違うよ」
そう、今回のミスは原因がしっかりわかっている。俺がやるべき事はその原因を解決することだけだ。
「俺もさ、最初のライブはそうだった。リズムはもたつくわ走るわでもう酷いものだった」
梨木は黙って俺の話を聞いている。
「もうさ、めちゃくちゃ緊張して。リハも本番も絶対見せられないような感じであっという間に終わったよ。でもさ、終わったらミスしたとか、やっちまったとかそういう感情全部無くなってんの。やりきったー!めちゃくちゃ楽しかった!ってそれだけ」
俺は梨木の反応を確認しながら続けた。
「最初のライブってさ、やっぱ何年経っても絶対覚えてるんだよ。最高に楽しかったから、今もずっとドラムを続けてる。でももし、あの時後悔ばかりしていたら今もドラムを続けているかわからない。」
梨木が首を縦に振っている。
「だからさ、楽しもう。緊張するのはしょうがない。それでミスってもいい。完璧に演奏できなくてもいい。梨木が楽しまないと見てる人も、部長も小笠原先輩も…俺も楽しくない。夢、叶えるんだろ」
その言葉を聞いて梨木は顔を上げた。
「ありがとう…」
今回は涙は出てきてないようだ。梨木は自分の拳にグッと力を込めた。そして真っ直ぐ前を向き、俺に向かって拳を出してきた。
「楽しむ!頑張る!ちゃんと支えてね!」
また笑顔が戻ってきた。その笑顔が見たくて俺はここにいるのだ。
「ああ、任せとけ」
俺たちは拳を合わせた。
梨木に寄ってくるあらゆる負の感情、聞いてくれ。どうかライブが終わるまでは大人しくしていてくれ。そして俺たちの演奏を聞いて、どこか遠くへ消えてしまえ。
頑張れないよ、そんなんじゃいけないよ
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