テレキャスター
一ノ瀬が私の家に来てから数日経ち、いよいよ4人で初めて合わせる日が来た。
あの日、私は初めて自分の弱さを思いっきり晒した。でもその人はダメな私に手を差し伸べてくれた。ダメな私を抱きしめてくれた。ダメな私の背中を押してくれた。
こんなのもう好きになっちゃうよ。ううん、もうなってる。だからこんなにもダメな私を見せたくないんだ。必死になって練習して、ちゃんと弾けるようになって一ノ瀬の隣に立ちたい。輝いてる君の隣に立って一緒に輝きたい。だからこんな指の痛みなんてなんでもない。だって心はもっと痛いから。
ちゃんとできたら、また抱きしめてくれるかな。
なーんてね。
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「梨木、一緒に部室行く?」
放課後、俺は梨木に声をかけた。髪をかきあげながら梨木は「うん。飲み物買ってから行くからちょっと待って」と言う。その指は絆創膏とテーピングでボロボロになっている。
毎日何時間も練習していたようだし、新田先生のアドバイスもあるからかなり上達はしているはずだ。正直俺も梨木のベースが楽しみになっていた。
「はい、これ一ノ瀬の分」
「お、ありがとう。払うよ」
「いいよ。アドバイス料ってことで」
「じゃあもらっておく。ありがとう」
そして俺たちは2人で部室へ向かった。
「お疲れ様でーす」
部室に入るとギターを教えてもらっている1年生や、談笑している2年生が何人かいた。
「まだ来てないのかな?もうスタジオの時間だけど」
「そうっぽいね。もう来るんじゃないかな」
そんな話をしているときだった。部室のドアが開き、小笠原先輩が入ってきた。
「いっちー!遥香!遅れてごめーん!」
「お疲れさまです。まだ時間じゃないですし大丈夫ですよ。部長はまだ来てないっぽいです」
「たぶんもうすぐ来ると思うよ」
そう言うとすぐにまたドアが開いた。
「はーい、みなさんこんにちは〜」
来た。会うのはGW以来だ。相変わらずの緩さが特徴的で、イケメンオーラ全開だ。
2年生がざわざわしている。1年生は誰?といった表情で見ている。
「そんな目でこっち見ないでよ〜。恥ずかしいじゃん。部長の橘で〜す、よろしくね〜」
1年がみんなキョトンとしか顔で部長を見ていた。そしてすぐ我に返り「お、お疲れ様です!よろしくお願いします!」と挨拶をしている。その挨拶が煙たいように払いながら部長は俺たち3人のいるところに来た。
「あ…た、橘先輩。ありがとうございます」
小笠原先輩がボソッと言うと、「うん」と言って梨木の手を掴んだ。
「大丈夫?無理してない?どうせ美優が余計なこと言ったんでしょ?こんなかわいい子に酷い先輩だよね?」
梨木は咄嗟に手を離した。いきなりなんだこの人…という感じで睨んでいた。
「あれ、嫌われちゃった?なんだ残念〜」
「あの…部長。もう時間ですしスタジオ行きましょ!」
小笠原先輩が声をかける。
「あ、もう時間?しょうがない。じゃあ行きますか〜」
スタジオに行こうとしたとき、俺は部長の前に立った。
「なんだよ結人くん。邪魔なんだけど」
「梨木に謝ってください。手、痛かったと思うので」
「はあ?なんで謝らないといけないの?」
明らかに不穏な空気が部室の中を包んだ。誰よりもそれを察知したのは小笠原先輩だった。
「ほ、ほら!とりあえず時間だからいっちーも遥香もスタジオ入るよ!」
「梨木、大丈夫か?」
「うん…大丈夫。なんかごめん」
そして俺たちは最悪な空気の中スタジオに入った。それはとてもこれから練習に励むといった空気には感じ取れなかった。
部室に入りみんなそれぞれセッティングしている。誰も一言も発することは無かった。だが、部長がギターを出したとき、「え…」と梨木が言った。そう、ケースから出てきたのは赤いテレキャスターだった。すぐに小笠原先輩を見るが、準備をしているためその表情を確認することはできなかった。しかし、すぐに全てを察知して、何も言わず自分の準備に戻った。
それぞれ音出しをし、準備ができたようだ。梨木は何かを確かめるように部長のギターをじっと見ている。部長はそれに気づいたようで、「なになに?ギター姿が似合ってる?かっこいい?」などとふざけていた。
「いえ、美優先輩と同じ赤いギターだなって思ったので」
「あー、こいつさ前は違うの使ってたんだけど新しいギター欲しいとかで一緒に見に行ったんだけどさ、最初同じテレキャス買おうとしてたんだけど…」
「さーて!部長、そういう話はまた今度にしましょう!何の曲からやるー!?」
部長の話を遮るように小笠原先輩は言った。梨木は聞いてはいけないことを聞いてしまった、という感じで申し訳なさそうにしている。
「そうですね、とりあえずさっきの続きですけど部長、梨木に謝ってください。あと小笠原先輩にも」
「だからなんで俺が?…ってか美優にも謝れって全く意味わかんねーんだけど」
梨木は黙っている。小笠原先輩は「い、いっちー?」と困っていた。
確かに小笠原先輩に謝るというのは違うかもしれない。この人が前に言っていたの憧れの人という確証は無いのだから。
だが、明らかにいつもの態度と違うのが何よりも証拠だ。この2人には何かがあるのは間違いなさそうだ。どうせこの部長のことだ、何か酷いことをしたのだろう。だからとりあえず謝ってもらう。これは俺のわがままだ。
「わかりました。どうしても謝らないって言うなら俺にも手段があります」
「へえ?どんな手段だよ。言ってみろよ」
「そうですね…。とりあえずさっきあった出来事を少し誇張して新田先生に言います。顧問ですし生徒の問題はきちんと報告しないと」
「!!い、一ノ瀬…くん…?そ、それは良くないんじゃないかな…?」
「あとは梨木も泣いていたと言って、あとは先生に対応してもらおうかなと」
「梨木ちゃん!美優!俺が悪かった!本当にごめんなさい!!」
2人揃って頭の上から?マークが浮かんでいるのが見えた。
「小笠原先輩、梨木、この人は新田先生に弱いんだ。何か嫌なことがあったらすぐに先生に相談するといいよ」
「ふーん。それはそれはいいことを聞いた」
2人揃って不敵な笑みを浮かべている。一か八かで試してみただけだったが、どうやら図星のようだ。そしてスタジオ内に笑いが起き、さっきまでの気まずい雰囲気は消えた。
「君と羊と青」→「おしゃかしゃま」の順番で通して練習することになった。
小笠原先輩のギターで演奏が始まった。そこからの部長は圧巻としか言えなかった。カリスマ性、技術どちらも兼ね備えている。そして、前にスタジオ入ったときはわからなかったが、めちゃくちゃ歌も上手い。改めてレベルが違うことがよくわかった。
「うん、まぁこんなもんか。じゃあ次の曲よろ」
梨木がグッとベースのネックを握る。そして大きく深呼吸し「いつでも大丈夫です」と言い、演奏が始まった。
絶対にモタつかない!絶対に間違えない!しっかり音を出す!
この3つをしっかりと意識しながら、私は必死に食らいついていった。そしてあっという間に約4分間の演奏が終わった。
やっぱり橘部長は上手い。レベルが違うのがとても伝わる。だがそれよりも俺が驚いたのは梨木だった。明らかにレベルが上がっている。前に練習したときとは別人のようだ。それは小笠原先輩ももちろん気づいている。本人はそれどころじゃない、といった感じだが…。
「なんだよ。普通にできるじゃん」
それは意外な人からの感想だった。部長が梨木に言ったのだ。
「美優からひょっとしたらヤバいかもって聞いてたけど、全然大丈夫だろ。むしろ1年でそこまで弾けたら立派なもんだ。自信持て」
「あ、ありがとう…ございます…」
「それと美優、ソロの部分が全然甘い。あとイントロの〜」
部長が的確に細かな部分の指摘をしている。それは俺も気になっている箇所だった。
「はい。気をつけます」
小笠原先輩は素直にアドバイスを聞いている。
この人はふざけているように見えるが、音楽に対しては真摯に取り組んでいるというのがわかった。そして実力があるから皆、文句など言わず素直に従う。
ああ、やっぱり部長なんだ。
「あ、あの…俺には何かないですか?」
「あ?無い」
「えー、冷たいですね」
「だってお前完璧だもん」
「あ、りがとうございます…」
こうして細かい箇所を本番までに各自仕上げるように指示を受け、その日の練習は終わった。
部活が終わり、俺は梨木と一緒に学校の近くの公園にいた。
「いてて…」
「ったく無理して…。大丈夫か?」
「うん。大丈夫。一ノ瀬のおかげで上手くできた。本当にありがとう」
「俺は何もしてないよ。頑張ったのは梨木だ」
「ううん。アドバイスをくれたのは一ノ瀬だし、あれが無かったらきっと今も私は弾けないで泣いてただけだと思う」
「そのときはきっと違う方法でできるようになってたさ」
「そうかな〜」
「それに、本番はまだ先だ。今日部長が言っていたところしっかりと練習して、本番は最高の思い出つくろうな」
「うん」
「だからさ、泣くのはライブが終わってからにすれよ」
「…うんっ…うん…」
嬉しかった。練習を頑張った成果がちゃんと出てみんなに…憧れの人に認められたような気がした。そう思ったら自然と涙が出てきた。最近の私は泣いてばかりだ。
一ノ瀬、あと1回だけたぶん泣くと思うから…それだけは許してね。
そしてそのあとは思いっきり笑って、一緒にたくさんバンドやろうね。約束だよ。
そして、ライブの日がやってきた。
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