迷いなく
小笠原先輩が来るまでの間、俺は1人で曲選びをしていた。誰もが知っているバンドで尚且つ演奏するのが難しい曲となると、なかなか選曲が難しい。高校生の知っている曲となると洋楽は外したほうがいいだろう。あとはYouTubeの再生回数が多い曲…などといろいろ調べていた。
梨木がトイレから戻ってくるのが遅いことに少し心配したので声をかけに行くか迷っている間に玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン
ドアを開けると小笠原先輩がいた。暖かさそうな薄手のニットにチェック柄のロングスカートの服装がとても似合っていてかわいらしい。思わず見惚れてしまいそうになり、デジャヴ…?と考えてしまいそうだ。
「いっちーやっほー。曲決まった?」
「あ…お疲れさまです。急にお呼びしてすみません。そこそこ候補は出たんですけど…とりあえずどうぞ」
「暇だったし全然いいよー。それではお邪魔します。ていうかいっちー同じ中学だったんだね。知らなかった」
「ですね。まぁ中学の頃は部活とかやってなかったんで先輩との付き合いとか無かったですし。目立つタイプでもないので」
「確かに目立つタイプではないね〜。それで?先輩の私服姿はどうだい?ほれほれ」
「か、揶揄わないでくださいよ。…とてもかわいいと思います」
俺は思わず顔が少し赤くなる。けれど素直な感想を述べた。
「うん、とりあえず合格にしてやろう。あれ?遥香は?」
「あ、いまトイレに行ってます」
怪しいといった感じでこちらを見てくる。2人で何してたのかな?ちゃんと曲決めしてたのかな?などと考えてそうだ。そこは真面目に考えていたし、何もしていない。そう、ナニもしてない。
小笠原先輩は梨木と2人で挙げた候補のメモ帳を見て、うんうんと頷いていた。真面目に曲選考をしていたのが伝わったようで一安心していると、梨木が戻ってきてやりたい曲を言った。
その曲は候補の中には無かったが、バンド自体は候補の中に入っていた。有名な曲もたくさんあるからだ。しかし、このバンドをコピーするには演奏力が必要な曲も多い。
梨木の提案を聞いたとき、小笠原先輩は少しだけ悲しげな表情をして下を向いていた。それは梨木にも伝わっていたようで、「えっと…ダメですかね…?」と小さな声で聞いた。
俺は前に3人でスタジオに入ったときのことを思い出したが、全員技量が足りなくてできないという心配は無さそうだ。恐らく小笠原先輩の表情の理由は別にあると思った。
「ギターボーカルがいなさそうですか?」
俺は小笠原先輩に聞いた。
「うーん…一応いるにはいるけど、やってくれるかわからないんだよね」
昨日の先輩たちの自己紹介を思い出すが、誰のことかわからなかった。このバンドが好きと言っていた人はいた気がするが思い出せない。だが明らかに小笠原先輩はいつもとは違う雰囲気だ。深く聞くのも悪いかなと思い、それなら違うのにしようと言いかけたときだった
「美優先輩!お願いします!私どうしてもこの曲がやりたいです!」
梨木が大きな声で小笠原先輩に頭を下げた。
「いや、梨木…なんか微妙な感じだし違う曲でもいいんじゃない…?」
俺はその場の空気が少し耐えられずそう梨木に言った。
「やだ」
小さな声で梨木が言う
「え?」
俺は聞き取れなかったためもう一度聞くと、
「絶対にこの曲がやりたい!どうしてもこの曲がいいの!」
その小さな子供みたいな理由を強く言ったとき、梨木の目には少し涙が溜まっているような気がした。思わず俺は小笠原先輩のほうを向くと、梨木のことを見て何かを決心したようだ。
「かわいい後輩のそんなお願いは断れないな。仕方ない!ちょっと待ってね」
すると小笠原先輩はスマホを取り出して居間から出ていき、誰かに電話をし始めた。
5分ほどで小笠原先輩は戻ってきた。
「大丈夫だって。ギターボーカル見つかったからできるよ」
「あ、ありがとうございます!私、頑張ります!」
梨木の顔に眩しい笑顔が戻った。とりあえずこれで何とかなりそうかなと思っていた。
「小笠原先輩、お礼言いたいんですけど、結局誰がやってくれるんですか?」
俺がそう聞くと、梨木も「確かに」と誰だろうと考えていたようだ。
「あー…2人ともまだ会ってないよね。部長だよ」
いつもこの人が部をまとめていたため、3年生の部長の存在を忘れていた。梨木も会ったことがないらしく、4月になってからは1度も部に顔を出してないようだ。
「そういえば部長ってあったことないです。どんな人なんですか?」
梨木が聞くと、どこか困ったような感じに答えた。
「うーん…なんか雲みたいな感じの人。ギターも歌も上手いんだけど、去年の冬くらいから部活にはあまり来てないんだよね。でも部内のイベントとかライブとかにはちゃんと顔出してるよ」
「それで部長って…大丈夫なんですか?」
「まあ3年生は2人しかいないからね〜。部長になる前はちゃんと来てたんだけど、忙しいのかなって感じ。まぁ何にしても決まって一安心だね!」
「まぁ…そうですね。じゃああと1曲どうするか決めますか」
「あ、それは部長から指定された。『おしゃかしゃま』って曲ね」
「え…?なんで決まってるんですか?」
「それが条件って言われたんだけどさ、私もやりたい曲だったし勝手に決めちゃった!あと、難しい曲って言ったでしょ?遥香のやりたい曲はそこまで難しいわけじゃないから、もう1曲は大変なのにしよう!ってことで部長と話しました!」
俺と梨木は「え〜」とすぐさま曲を聴いた。個々のレベルが高くないと合わせるのは難しい曲だ。特にベースとギターはかなりレベルが高い。
「梨木はこれ大丈夫なの?」
「う、うーん…実はスラップがあまり得意じゃないから練習しないとだね。でも頑張るから大丈夫」
スラップ奏法とはベースの弦を親指で叩いたり、人差し指で弦を引っ張ったりして弾く奏法だ。レベルが高くないとできない難しいテクニックなのだが、本人がそう言うのであれば問題無いのだろう。
「頑張れよ」
「うん。ありがとう。ていうか一ノ瀬は大丈夫なの?」
「俺もしっかり練習するよ」
「頑張ろうね」
小笠原先輩がそのやり取りを微笑ましい笑顔で眺めている。俺は思わず恥ずかしくなって顔を背けた。
「いっちー、私には頑張れって言ってくれないのかな〜?」
いじわるそうな表情で俺の顔を覗いてくる。
「…せ、先輩も頑張ってください」
「はーい!頑張りまーす!」
とりあえずライブでやる曲は決まった。あとはスタジオでの合わせに向けて各々個人練習をするだけだ。
それからは3人ともイヤホンをして曲を聴きながらギターを弾いたり、ベースを弾いたり曲展開を覚えたりと集中している。
時間も過ぎ、日も暮れかけて2人とも帰ることになった。
「そういえば小笠原先輩。なんで難しい曲じゃなあとダメってことになったんですか?」
俺は疑問に思っていたことを聞いた。
「ん?それはね…君たちは部内でもかなりレベル高いからね。今年の1年生は初心者も多いし、練習したら上手くなって、楽しくなるんだよってことを教えてあげたいんだ。だから2人には悪いけど頑張ってほしいんだよね」
そんなこと言われてやる気が出ないわけがない。例えお世辞だったとしても、頑張ろうという気持ちが沸々と湧いてくる。それは梨木も同じだった。小さな手をグッと握りしめていた梨木の目もやる気に満ちている。
「小笠原先輩は上手ですね」
「これでも副部長だからね〜。じゃあ今日は誘ってくれてありがと!お疲れ〜!」
「一ノ瀬、頑張ろうね。バイバイ」
こうして2人は帰っていった。
軽音部、入ってよかったな。
今まで誰かのために音楽をやったことなど無かった。自分が楽しいから、上手くなりたいから。あくまでも自分のためという理由でやっていたことが、誰かのためにという変化を迎えることが何より嬉しかった。
そう思いながら俺も夜ご飯を買いに近所のスーパーに行った。
そしてご飯や飲み物を買って店から出ると、ちさとがいた。
「やっほ。ちょっといい?」
「あ、ああ」
そして自転車を押しながら俺たちは近くの公園に向かった。
ご覧いただきありがとうございました。
もしこれから先も読んでみたいと思っていただけたら、ブックマークや評価などして頂けるととても嬉しい限りです。
読者の皆様からの応援が執筆活動の励みとなります。
是非ともよろしくお願いいたします。




