プロローグ
透き通るような寒さも終わりを告げ、少しずつ温かな陽射しが降り注ぐ
この物語の舞台となる北海道のこの街の冬はとても寒い。真冬ともなれば平気で-20度近く気温が下がる。山間部に比べると雪の量は多くはないが、その代わり凍てつくような透き通る空気を感じることができる。
そんな冬を越して春になり、僕は高校生になった。
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「おーい!結人!」
「おはよう涼太。今日は寝坊しなかったんだな」
「さすがに高校初日に寝坊はマズイだろ。
これでも高校からは真面目に生きていくことをここに宣言します!」
「はいはい。じゃあ時間もないし急ぐとしますか」
今日から高校生。これから始まる新たな学校生活に向かって自転車のスピードを上げる。家から自転車で20分ほどの距離にある『緑月高校』に僕は入学した。
ここ帯広市の中では一応進学校に位置するが、市内トップというわけではない。せいぜい数ある高校の中でも上位3番目くらいに位置している学校であり、中学時代に平均よりやや上レベルの成績の生徒が進む高校だった。
「俺らの中学からここに入った人全然いないもんなー。せいぜい10人くらいじゃね?」
こいつの名前は柊 涼太。小学からの幼なじみでずっと野球を続けている。中学時代は3番を任されていて、パワーヒッターというわけではなく、どちらかと言うと技巧派の選手だった。ただ、市内でも目立つ選手だったらしく、その実力には他校からも一目置かれていた。そして部活を引退してから当時のマネージャーと付き合い始めていろんな恋話を聞いた。
自分にはそういった経験が無かったため、どんな話を聞いてもとても新鮮だった。彼女とは別々の高校になってしまったため、卒業式が終わってからの春休みはいつも彼女と一緒に遊んでいたらしい。そして「結人も高校で彼女作ってダブルデートな!」が口癖になっていて、少し鬱陶しくもあった…
「そうだな。せっかくだから知ってる人が同じクラスだったら嬉しいよ」
「あ!でもちさとも同じ高校って言ってたぞ!あいつ絶対高校でもモテるだろうな」
「いや、俺から言わせたら涼太も充分モテてたと思うし高校でもモテるだろ。浮気すんなよ」
「しねーよ!俺はひかり一筋だから!」
「はいはい。朝からごちそうさまです」
そんな話をしていると、あっという間に学校に着いた。初めての登校はもっとドキドキしても良かったのだが、普段と変わらずくだらない話をしていたら気づいたら着いていた。
普段とは違う日に普段通りの話をしていることが平穏をもたらしてくれる。とてもありがたい。
登校したら1年生はまず自分のクラスの確認をする。玄関に張り出されているクラスと名前を確認しそれぞれの教室に行くのである。
「あった!俺は4組だわ!結人何組だった?」
「俺は1組だった。さすがにクラスは分かれちゃったかー」
「涼太くんと離れて寂しい?ねえ寂しい?」
「はいはい寂しくて死んじゃいそう。そんじゃあまた後でな」
「結人くんったら冷たい!もう知らないんだから!」
正直涼太と同じクラスになれることを願っていたが、さすがに5つもクラスがあるので難しかった。
玄関で涼太とは別れ、1人になった途端に緊張感が襲ってきて、心臓が張り裂けそうだった。
「最初が肝心…最初が肝心…」
心の中でブツブツと唱えるように教室のドアを開けると、そこには新しく眩しい景色が広がっていた…わけではなく、黒板の前の席順に皆が群がっていた。
スポーツが得意そうな爽やかな男子や女子
見るからに頭が良さそうな男子や女子
オシャレに決めてる男子や女子
「これは1回トイレにでも行って少し時間つぶすかな」
ドアの前でそんなことを思っていたら、何かが頭にぶつかった。
「いて!」
「ちょっとそこ邪魔なんですけど!あれれ?結人くんじゃないですか!」
「ちさと…お前いきなりチョップはないだろ」
「だって邪魔なんだもーん。てかさ!同じクラスなんだね!知らない人しかいなかったら不安だったから結人でもいればいいや!」
「もっとマシな言い方ないの!?」
「無いよー!はい、どいたどいた」
-水科ちさと-
同じ中学出身のちさとは、くりっとした大きな瞳にきれいな黒髪ストレート。大人っぽく見えるがどこかあどけない表情をする彼女は、誰が見てもかわいいと言いたくなる風貌をしていた。
彼女とは中学2・3年で同じクラスだったが自分が仲良くしていたグループとは接点は少なくそこまで仲良しだったわけではない。
小学生の頃からサックスを習っており、中学3年にもなればその実力と人気はすごかったらしく、演奏している姿はまるでサックスの女神などとチヤホヤされていた。
その一方であまり良くない噂も多かった。
(彼氏をとっかえひっかえしてる)
(年上の彼氏とやりまくり)
(フった人数は星の数) etc...
そのどれもが恋愛絡みのものだった。大方フラれた人の僻みみたいなものだが、真相は闇の中だ。
「結人は席どこ?」
「わかんねーけど、大体この辺だろ」
「まぁ"一ノ瀬"だし最初のほうだよねー。あっ人少なくなってきたし見に行こ!」
鞄を引っ張るその後ろ姿を見ていると、先程までの緊張がどこかに消えた。ていうか距離近いな。中学時代にそこまで仲良しでは無かったことが嘘のように接してきた彼女に頼もしさすら感じてしまう。
ーなるほど、これはモテるわけですねー
当時はわからなかったことが、一瞬にして納得できた。
あいうえお順で決められた席は案の定1番右の席の前から2番目だった。鞄を置き席に座ると、疲れが一気に押し寄せた感じがする。
一息つく間もなくすぐに担任が教室に入ってきた。
「はーい!みんな席についてー!」
パラパラと知り合い同士で話していた生徒も促されるように自分の席に座る姿を見て、さすが一応進学校の高校生。みんな優等生だね。なんて思っていると、担任の紹介がすぐに始まった。
「はい、皆さん揃ってますね。今日から皆さんの担任を勤める
『新田 佑月』です。担当は音楽です。これから皆さんの青春を共に過ごす仲間として、楽しく過ごせたらと思います。よろしくお願いします」
生徒からの拍手とともに
「うおーーー!」
「めちゃくちゃきれーー!」
などと言った声もたくさん聞こえてきた。かなり若く見える。25歳くらいだろうか。先生というより姉みたいだ。その柔らかそうな表情に男子生徒は一瞬で心を奪われてそうだ。
「先生!彼氏いますか!」
おいおい、いきなり突っ込んだ質問するね。さすが怖いもの知らずの男子高校生。などと思っていると、
「もっと仲良くなったら教えてあげるね」
はい。これはもう男子はやられました。
先生!一生ついていきます!なーんて思う人もいるだろうね。
こういうタイプの人は女子には嫌われるのが有りがちな話だが、女子までも綺麗…って感じで見とれるほどの美人だ。
そしてたった5分ほどでクラス全体の緊張感が消え去り、賑やかになった。
その賑やかさは、これから始まる高校生活に明るい日差しを運んでくれるものだった。
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