Sunflower
『太陽は明日も昇るから』そう言って笑ったあいつに、もう明日が来ることはない。
あの頃、僕達は目的も知らず知ろうともせず戦いを続けていた。
世の中には戦いが溢れていて、子供だった僕達も、もちろん武器を持って戦っていた。
仕方のないことだと割り切っていたつもりだったけど、想いの全てを殺すことは不可能だった。
仲間の死んだ日、多くの敵に手をかけた日。
そんな日の夜は皆泣いていた。
ほとんどの子は涙を流すだけだったけれど、中にはヒステリックに泣き叫ぶ様な子もいて…そんな子をいつも慰めていたのはあいつだった。
『大丈夫。君は悪くない、悪くないから』
『っうわあああああ』
『大丈夫、大丈夫だから』
不思議とそういわれると皆落ち着き始める。
それから、涙の止まった子に空を見上げながら『太陽は明日も昇るよ』とあいつは言った。
希望を、願いを、祈りを込めるように。
珍しく戦いのなかったある日、宿営地の近くの丘に涼みに行った僕は、空を見上げるあいつを見つけた。
『なあ』
隣に腰を下ろしながら声をかける。
『うん?』
あいつは突然の声で少し驚いた様に、振り向いた。
『何してる?』
『空、見てるんだ』
『…何かあるのか?』
『別に、何があるとかじゃないけど。しいて言うなら、太陽かな』
『お前、いつも太陽が昇る、とか言ってるからな。そんなに太陽が好きなのか?』
『太陽は明日も昇る、だよ。好きっていうかさ、元気出るじゃないか。今苦しくても、明日には希望が待ってるかも知れない。毎日昇ってくる太陽みてたらそう思えるから』
君は、そう思わないかい?笑顔をみせながら、あいつは僕に尋ねる。
『夢なんか見てんなよ』
『見てはいけない?』
『つらいだけだろ』
『そんなことない。…、まあ、そういう考え方が普通なのもわかるよ。でも願いがないほうがよっぽどつらいと、私は想う』
なんだか無性に腹が立って仕方がなかった。
強がりじゃなく、未来を信じられるあいつが嫉ましかったのかも知れない。
『お前みたいな奴、僕は嫌いだよ』
『そう…別にいいよ。嫌っても』
嫌いだと言われても笑っていられるあいつに、どうしてだと問いたい気持ちに駆られたけれど、何故か言葉は出なかった。
次の日には、また戦いの日常がやってきた。
夜には皆が泣き、あいつが慰める。
そんな変わることのない日常が…。
そういえば、とふと思う。あいつの泣いているところを僕は見たことがあっただろうか。
僕も人前で泣くことは少ないけれど、あいつはいつも人を慰めているばかりだ。
近くからまた『太陽は明日も…』と聞こえてくる。
本当に、そう信じるだけでいつ死んでもおかしくないこの場所で、笑っていられるのだろうか。
僕もそんな風に、ないに等しい未来を信じられたならあいつと同じようになれるだろうか…。
数ヵ月後、未だ僕達は戦場にいた。むしろ、以前よりひどい状態で。
耳を、頬を、腕をいくつもの銃弾が掠め、さっきまで話していた奴が凶弾に倒れていく。
地獄のような場所で、絶望に感覚を麻痺させて、銃を撃つ。
夜の帳がおりる頃、ようやくその地獄は終わった。
銃声は止み、両軍に撤退命令が下る。
暗闇の中宿営地に戻っている時、傍にあいつがいることに気が付いた。
空を見上げながら、あいつはつぶやいている。
「大丈夫、大丈夫…太陽は明日も昇る…」
いつもとは違い、その顔に笑顔はなく、まるで自らに言い聞かせている様で…。
あぁ、あいつも絶望に耐えようとしているのか…。
ただ、強いだけじゃない、そうわかると僕は逆にあいつの言う明日を、本当に信じてもいいかもしれないと思えた。
つらくても、今この現実に絶望するよりは、その方が…。
「なぁ」
いつかと同じように声を掛ける。
「なに?」
「お前まだ、明日を信じてるか」
「…信じてるよ」
「そっか」
「それが、どうかした?」
「いや…別に」
「何それ、変なの」
「へん、て。お前よりましだろ」
「そうかもね」そう言ってあいつはまた空を見上げた。
パンッ
一発の銃声が、妙に鮮明に耳に残った。
そして、隣にいたあいつはゆっくりと倒れていった。
僕には一瞬何が起こったのかわからなかった。
撤退命令が下ったのではなかったのか。
戦いはもう、終わったはず…。
ドウシテ、ドウシテ、ドウシテ
『向日葵っ』
初めて、あいつの名を呼ぶ。こんな時に、皮肉なものだと思った。
目の前の状況に、思考は追い付かず、ただどうにかしなくてはという気持ちだけで…そうしている間にも向日葵の背中から、腹部から、脈打つようにゴボリと血が溢れだす。
『…う』
『向日葵っ、向日葵!大丈夫か』
一目で平気なはずがないとわかっていたのに、尋ねずにはいられなかった。
『痛ぅ、だい…じょぶ…じゃな…いか……も』
体を銃弾が貫通して、ここの設備で助かった奴は、いない。
『死ぬなよっ、宿営地に連れていってやるから』
『はは、…っ、も…むりだ…よ』
『明日を信じるんだろっ!』
『そ…んな……こといって…も』
止まることを知らない血を見ながら、向日葵は乾いた笑いをもらす。
そこにあるのは、同じ赤でも太陽とは全く違う、暗い暗い、紅。
『お前が明日を信じるって言ったから、俺も信じる気になったんだよっ』
『夢…みな…いっ……て』
『そんなの、もう』
『……、ねぇあ…の丘に……連れ…ていっ……て』
『…わかった』
『あ…りが……と』
丘の上につき、ゆっくりと向日葵の体を下に降ろすと、あいつは顔をしかめながらも、明るい声で言った。
『ここから…見る太陽……すご…く、綺麗だっ…た』
『うん』
『最期…に太陽見たかった…かも』
『…そんな』
『でも、いいん…だ。太陽は……明日も…昇るから』
『…』
『次…は、君が……太陽…信じてくれる…んだよ……ね』
向日葵は手をのばし、そこに太陽があるかのように握りしめた。
そして、そのまま彼女は眠る様に逝った。
僕はしばらく、そこで茫然としていた。
そうして、ようやく残酷な事を言われたことに気付く。
僕が信じたのは、太陽を、明日を信じ続けた向日葵だったのに。
それでも、それが最期の願いなら、叶えずには入られない。
だから僕は、いつ失われるとも知れない、明日を信じると決めた。
陽のもとに咲く花のようだった、君のために。
End.
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