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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔界人はつらいよ

作者: 関村イムヤ

 やべぇ死ぬ。

 せっかく生まれ変わったのに、死ぬ。


「殺さないでください! 俺めっちゃ、その、役に立つと思うんでェ‼︎」


 俺は恥も外聞もプライドもかなぐり捨て、地面に額を擦り付ける勢いの土下座で命乞いをしていた。


 目の前には他の人間の血を啜り尽くしては死体を犬(※魔狼・クソデカ)にくれてやっている吸血種魔族──まあ、いわゆる、吸血鬼。


 対する俺、宮内ツカサ。魔族の支配する異世界、つまり『魔界』に転生して多分15年。

 チートなし、貧弱魔力、健康だけは(非常に良好)


 転生前と同じ名前を名乗っているのは、こっちの名前を貰う前に一族郎党死んでるからだ。


「なんだこいつ? 見苦しい」

「イキがいいなー」

「うるさいから早く殺しましょ」

「土まみれになって汚い」


 ああああああ〜俺の渾身の命乞いが裏目っているぅ〜!


 人間をジビエかなんかとだ思っている魔族達は、俺という人格なぞ果物についてくる邪魔なヘタくらいにしか思っていない。買う時は真っ先に生ゴミとして切除されるアレだ。


 そんなことは百も承知だが、こうして彼等の()()()()の獲物になってしまった以上、命乞いするくらいしか助かる可能性がないわけで。


「いや、でも、美味しそうじゃぞ?」


 俺は聞こえてきたその声に、電光石火の速さで顔を上げた。

 待ってたんだよその言葉をよ! 食い意地の張ったグルメ吸血鬼めが!!


「そうでしょ!! 俺ってかなりウマそうに見えるでしょ!?」

「ウワッなんじゃこいつ急に」


美味そうと言ってくれた魔族にざざっと詰め寄って──ここで殺されたらもう諦めるしかない──俺は一世一代の命乞い(セールストーク)を捲し立てた。


「いやそうなんですよ実際のところ。俺っていうのは人間基準でかなり品質が良くてですね。A5ランク牛もびっくりの栄養管理行き届いてますよマジで。血なんて生きてる限りぽこじゃかぽかじゃか作られるんだから一回でポイは勿体無いですよ本当!!!!」

「はあ……?」


 詰め寄られた魔族はぽかんと俺を見上げている。

 女の子だった──あれ、めっちゃ可愛いなこの子。


 白い髪と赤い目は間違いなく吸血種の特徴だ。

 それが残忍で冷酷な表情以外を浮かべるところは、初めて見た。

 きっとそのちょっと人間臭い表情に俺は好感を抱いたに過ぎない。


「だからさ、俺のこと飼ってみない?」


 血の滲む手のひらをその子の口元へと差し出して、俺は最後の売り込みを掛ける。


 目の前の吸血鬼の目が眩んだ。そうだろう。俺の血はたぶん豊潤な香りがする筈だ。


 ぺろりと舌が傷口を這う。くそ染みて痛い。


「……美味しい。ふむ、確かにこれは極上じゃ」


 ほうっと顔を蕩けさせて、吸血鬼は笑った。

 それはなんだかめちゃくちゃあどけない表情で、吸血鬼相手だというのに不覚にもドキッとした。顔が可愛いのがいけない。


「これほど美味な人間はいつぶりかのう。魔界が地上より閉じてからというもの、味わった覚えが無い。確かにこれは、一度で捨てるには惜しい……」

「姫様、人間などの口車に乗せられては」

「ちなみに今ならさらにお得な事にですねェ!!俺ならなんと、他の人間も美味しくすることができます!!!!」


 せっかくうまくいきそうなんだから邪魔するんじゃねえ!!


 さらに購買意欲を掻き立てるべくねじ込んだオマケは、少々誇張表現だったかもしれない。


「……なに? それは本当か?」


 だがそれを聞いた他の吸血鬼たちも目の色を変えた。

 これはやばい。優良誤認とは言い出せなくなったかもしれん。


「ふむ……よかろう。望み通りお前を飼うとしよう。おい、まだ生きている人間を城へ運べ。本当に他の人間を美味しくできるか、一月程度は遊んでやろう」


 目の前の吸血鬼は、めちゃくちゃ偉そうにそう宣言した。

 え、この食いしん坊、そんな偉い立場なの。そういや姫様ってさっき呼ばれてたな。


 当たりだったのかハズレだったのか。どうにか首の皮ならぬ、血の川は干上がらずに済んだようだが。

 でも一月て。俺の余命、あと一月て……。


「お前、名はなんという?」

「ツカサっす」

「ではツカサ、お前は今宵より私のペットじゃ。楽しませろよ」

「ハイご主人様」


 脊髄反射で頷いた。ともかく、チャンスは与えられたのだ。


 首根っこを掴まれて空中散歩に引きずられながら、俺は必死に考える。

 やるしかねえ。人間美味しく品質改善。それしか生きる術が無い。


 魔界においては、人間はただの魔族の食材なのだ。

 たった15年間で、嫌というほどその事実は理解させられている。



 ともかく、一月しかないので、やれる事をやるしかない。


「人間が美味しくなる方法を知っていますか」


 俺はまず、そこから切り出す事にした。

 吸血鬼たちが俺が品質管理する人間たちを城の地下牢にブチ込みやがったからだ。


 俺の言葉が聞こえた牢屋の人達が悲鳴をあげて奥へと引っ込んでいったが、そんなに怯えないでほしい。別に俺は食った事は無い。


 ただ、魔界で生きていく上で、自分の身体の価値を把握していただけだ。


「美味しさの秘訣は──健康な生活! 何よりこれが一番です!!」

「何だお前。人間風情が生意気な口をききよって」

「おい、姫様のペットだ。勝手に殺すな」


 ノータイムで殺されかけた。


「ちょっと!! あんたら、人間美味しくしたいんじゃないんですか!? 品質管理ちゃんとさせてくれよ!! 遊びじゃねえんだぞこっちは!!」


 焦って叫んだら、牢屋から引き攣った悲鳴があがった。

 やべ。ストレス与えてんの俺だわ。これ以上味が落ちるといけない。


 俺は咳払いして落ち着きを取り戻すと、いいですか、と目の前の吸血鬼二人に向けて腕まくりをする。


「俺の腕、どうですか。美味しそうですか?」

「……まあ、そうだな。素晴らしいハリと血色だ。くそ。姫様が飼うと言わなければ今すぐにでも血を啜りつくしてやるものを」


 思ったよりも危険な感想が飛び出てきて、俺も牢の中の人と同じように震える事になった。

 プルプル具合はチワワもかくやだ。


 だがどうやら俺のご主人様(あの食いしん坊)はかなり立場が強いらしい。吸血鬼達の中で、俺に手を出したらまずいという事になっているというのは分かった。


 俺ご主人様に一生忠誠尽くすわ! 一月で死ぬかもだけど。


「……その姫様がもっと美味しい人間の血を求めているんだから、俺の話もう少しちゃんと聞いてくださいよ。俺だって必死なんすから」


 こっちも真剣なんだぞと伝えようとしたら、腹の底から地を這うような声が出た。


 吸血鬼二人にそれが伝わったのかは知らないが、引き気味に「分かった分かった……」と返事をされる。


「で、腕がなんだって」

「他の人間の腕見た事あります?」

「あるに決まっているだろう。こう、枯れ木のように細くて汚く、今にも折れそうな見窄らしい……」

「そうですね。みんなそんな感じです」


 魔界の人間は俺以外皆だいたいそんなである。隠れ住んでいる上に、魔界が人にとって厳しすぎる環境だからだ。


 魔族の人狩りだの、魔族同士の領域争いだの、跳梁跋扈する魔物どもだの、見つかればほとんど即死の毎日を怯えて過ごすのが魔界の人間の生活だ。


 一日中雷鳴がなってる赤い暗雲に空が覆われていて、日も差さないからビタミンDも足りなけりゃ、楽に作物も作れないので満足な食事も取れずに過ごす。


 火を焚けば煙で魔族に見つかるので、料理もままならないず虫をそのまま食っては寄生虫にやられて死ぬ。

 水浴びをすれば魔族に見つかるので、碌に体も洗えず不衛生になって病気やちょっとした怪我にやられて死ぬ。

 ともかくなんかすれば魔族に見つかって死ぬ。


 何世代もそんな生活なので、健康に生きるための知識が発達するはずもなく。

 魔界人の健康意識はほとんど野良犬以下である。

 俺が隔絶して健康的なのは、ただただ前世の知識があるからだ。


 煙を出したく無いなら高温の石(※魔界ではその辺に転がっている)を土中に埋めて蒸し焼きにすりゃいいし、身体を洗いたいなら安全な場所まで桶を作って汲んでくればいい。

 肥料を使って土壌改良を根気良くすれば畑も多少はマシになるし、魔力で異様発達した魔界の植物は上手く使えば物理法則も軽々超える薬効を発揮する。


 まあひとまず何が言いたいかというと。


「飯食わせなさすぎなんですよ。あんたらだって、さっきペットのお犬(※魔狼・バカ強)にはたっぷり(死体)食わせてたでしょ」

「そっちの方が狩りでよく動くからな」

「それです。それが健康ってやつです。人間もそっちの方が血が美味くなるんです」


 吸血鬼2人はフームと頷いた。まだまだ半信半疑らしい。


「……飯か。試してみるか」


 よし。とりあえず最初の一歩はクリアだな。



 飯の世話をさせたら3日で人間が俊敏に動くようになった。


 吸血鬼達はそう言って、少し俺の言う事を信じるつもりになったらしかった。


「だがまだツヤが悪いぞ。不味そうだ」

「魔力も臭く澱んだままだぞ」


 俺は牢前で絡んだ吸血鬼二人とつるむようになっていた。


 気が短い方がレダン、姫様姫様言う方がアルシンといい、なんだかんだ言いつつ俺の人間品質向上計画を手伝ってくれるツンデレである。


 美形魔族男のツンデレは普通人間男の俺には全然需要がないけども。普通に協力してくれたりせんかな。


「じゃあそろそろ風呂に入れますか。死んじゃったら困るし」

「なに? 人間は風呂に入らんだけで死ぬのか?」

「なんと貧弱な……」


 死ぬ死ぬ全然死ぬ。なんたってあの人たちまだ牢屋にいるからね。


「寒過ぎても弱って死ぬから、全身お湯に浸かってあったまれる方がいいですね」

「なに? 人間は寒いだけでも死ぬのか?」

「なんと貧弱な……」


 真面目に驚くアルシンはともかく、レダンは確実に分かって天丼ネタを繰り出してくるのでタチが悪い。俺まだ笑ってはいけない吸血鬼城(※一月後に死ぬ)の真っ最中やからね。


 まあ、そんなふうに茶化しはするけども、姫様命のアルシンは普通に手伝ってくれて、裏山の大岩を割ってくり抜いてクソデカ石窯風呂を作ってくれた。

 なんだかんだ美味い血に飢えているレダンも魔術でお湯を張ってくれたので、その日のうちに地下牢の人にお風呂を提供することができた。


「ギャーッ!! 茹でないで、茹でないでぇ!!」


 全力で泣き叫ばれた。

 魔界人に暮らしに風呂など無い。そうか。そりゃそうだわな。


「こら、暴れるな人間風情が! 殺すぞ!」

「ええい姫様の遊びでなければこんな面倒な事は絶対に……!」


 なんかぶつぶつ聞こえてきたけど、魔族にとってもストレスは健康に悪そうなので、少しくらいはそっとしておく。

 言いつつ犬でも洗うように両足で挟んでどんどん頭洗ってるし、多分ペットの犬(※魔狼・メチャこわ)でも普段から洗ってやってるんだろう。


「大丈夫大丈夫、乱暴しないし怖くないよー。綺麗にするだけ」

「そうやって俺たちを魔族に食わせるつもりだろう!!」

「まあだいたいそう」


 別に取って食われやしないけど。血は啜られるけど。


 とはいえ、この人達にも別に悪い話ではない。ちゃんと美味しく品質改善されれば、俺みたいに飲み干してポイを免れるかもしれないのだ。


 この城に来て3日。吸血種が抱える問題を、俺は認識しつつあった。


 ふつうに食料問題である。


 吸血種は単に血を啜って生きてるわけではなく、血を媒介に人間の魔力を啜る事で生きているらしい。

 つまり、その辺の魔獣や動物の血ではダメらしいのだが……なぜか分からんが、狩りでそれを賄っている。


 いや、理由は分かる。

 人間はめちゃくちゃ魔族怖がってるし、見かけたら逃げて死ぬか戦って死ぬかなの2択しかない。

 えー、つまり、言葉は悪いが、家畜化とかは考えたこともないんだろうって事だ。


 そして、狩られる人間は狩られないようにどんどん生活を切り崩して不健康になり、血も少なけりゃ魔力も少ない、さらに不味いのトリプルコンボを決めていく。

 吸血種は満足できずに人間をもっと狩る。狩られる人間はさらに不味くなる。以下悪化ループ。


 俺のご主人様(姫様)はこの問題を認識していたのだろうか。

 レダンはともかく、側近ぽいことをやっていそうなアルシンは分かって協力してくれていそうな感じはあるが。


「まあ嫌がってもしゃーないんで大人しく健康になりましょうねー」

「ワアアア! 鬼! 悪魔! お前それでも人間かー!!」


 アルシン達を見習って、足で拘束して人間おにいさんやおじさんの頭をサクサク洗う。


 助かるかもとは言わない。それは魔族の都合次第でしかない。

 勿論、その時が来たら俺は全力で助命嘆願(セールストーク)を炸裂させるつもりだけども。


「ワアア……ウッ……」


 あっ、泣いちゃった。



 10日目。俺は地下牢の中にいた。


 別にブチ込まれたわけではない。

 トンカチ片手に、木の板の中でひたすら組み立てている。

 つまり建築中である。


「城に何匹も人間を飼ってはおけんからな……」


 城の慢性的に吸血種は飢えている。

 ちょっと美味しそうになりつつある人間達を前に、魔族がどれだけ俺のご主人様の権威を思い出して本能を留めることができるかという話だ。


 そういう訳で、俺とアルシンとレダンは地下牢の中を改築してしまうことにした。

 ちょっと床を高くして、寒いので火を炊けるようにして、地下なので換気には気をつけて、ついでに風呂もつけて……。


「おいツカサ、床はどうやって作るのだ」

「今張ってもらった根太にこの板を敷いていってですね……」


 10年近く大工スキルを磨いておいて助かった。

 魔界で健康に生きていこうと思うと必然的に逃亡生活となり、無限に住居を建築する必要があるのである。


 最初と比べると小綺麗になった人間達は、ビッチリと牢の岩壁に張り付いている。

 全然警戒がとける様子はない。俺も人間なのにな。




 たっぷり労働に体力を使ったあとは、風呂でさっぱりする。

 人間用に用意した風呂は城の裏手に安置され、意外と凝り性なレダンの手ですっかり露天風呂のように改装されている。


 魔族達は城の中に普通の猫足バスタブ浴場があるので人間の残り湯なんぞに興味は示さないが、俺とアルシンとレダンは製作者の権利を存分に行使していた。


「みてみてこれ。今日温室からこれ貰ってきたんですよ」

「なんだ? 果実か? そういえば人間も果実を食うんだったか。それは確か苦くて食えん観賞用だぞ」


 知っている。俺がじゃじゃーんと取りだしたのは、魔界の柑橘類の実だ。

 俺の顔くらいの大きさで、黄色い皮に赤い斑点がある。魔界はなんでも無駄にでかい。南国でもあるまいに。


「食べない食べない。お湯にこうして入れて、香りを楽しむんですよ」


 でかいので三つに割ったからお湯に放り込んだ。

 途端にほのかに広がる爽やかな香りに、吸血種2人は揃って鼻をヒクヒクとさせる。


「おおお……悪くない。なんだこれは」

「なんだか胸がスーッとする匂いだな……」

「待てよ。人間からこの匂いがするようになったら、もっと美味そうに思わないか?」

「それは……悪くないかもしれん。明日からこれに漬けるか」


 そんな漬物みたいに。だがいい発想かもしれない。


 魔界にも季節はあって、少しずつ冬が近くなってきていて最近肌寒い。

 柑橘湯でポカポカにあったまってもらった方が人間の健康にはいいだろう。


「そういえば、魔界の外の人間、自分たちの食べる魚にこういう実を餌に混ぜて食わせて臭みを少なくしてたらしいっすよ」


 ふと思いついてかぼすブリの話をしてみると、2人はカッと目を見開いた。


「明日から果実も食わせよう」

「あの臭みが減るやもしれんならやる価値はあるな」


 クライアントが実に乗り気で良いことだ。


 ちなみに俺の前世知識は、地上の書物から得た知識ということにしてある。

 魔界が地上から閉じてから2000年くらいが経っているらしく、長寿な魔族も流石に世代交代して、地上の人間についての知識はほとんど失われている。



「どうじゃ、進捗の方は」


 15日目、俺はご主人様の前に居た。

 15日ぶりである。つまり会うのは2回目である。


「はい、同族達の健康状況はかなり改善しております。必要な処置として、食事と風呂、収監施設の改善などを行わせて頂きました。主人のご温情に心より感謝致します」


 会うまでの間にご主人様が実はめちゃくちゃ偉い人だということが分かってきていたので、俺は精一杯に敬意を込めて言葉遣いに気をつける。


 最初はアルシン達にも敬語を使うようにしていたが、風呂で裸の付き合いをするようになってからはそれもぐだぐだになっていた。

 打ち解けてもらったと思えば嬉しいが、その調子で2人の他の魔族に接すると俺の命は桜の花より儚く散ってしまうので、本気で気をつけなければならない。


「血は美味くなったのか?」

「昨日レダン様にご賞味頂き、かなり良くなっているとお言葉を頂けました。味見程度にはなりますが、人間の血の気も増えており、健康に影響はありません」

「ふむ……」


 ご主人様は今日も可愛い。なんか真剣に考えてるけど、餌箱覗き込むうさぎさんみたいな愛くるしさがある。


 まあ別に、俺の価値をわかってくれるグルメであれば、可愛くなかろうがおっさんだろうがなんでも良かったのだが……可愛いことに越した事は無い。


「約束の一月が経つ日に、その人間共で饗宴を行うとしよう。お前も血もその時に頂くか。ツカサ、味を落とすなよ」


 そして、可愛い見た目と中身の残酷さには全く関連性が無い。


 俺は何も言えなかった。

 同族の助命嘆願(セールストーク)をするつもりだったのに、ただ一方的に味わうと宣告されて、明瞭さを増した自分の死の恐怖にガタガタ恐怖に震えるしかなかった。


 食糧難だと思っていたのは俺の勘違いだったのだろうか?

 いや、よく考えれば人間はかなりの数がいる。不味くても構わないなら食糧難ってほどでもないのか……?


 そこから先はよく覚えてない。

 気がついたら俺は与えられた部屋の、馬鹿みたいに広い天蓋付きのベットの隅で寝ていた。


 あー、なんか流石に落ち着いたかも。


 明日からまた頑張ろう。

 地下牢の人たちスゲー美味しくして、魔族達に全部食べたら勿体無いと思わせればいい。

 そんで俺を殺すのも思いとどまってもらえればいい。

 俺の仕事は変わってない。


 ここ数日が楽しすぎて、魔界の辛さをちょっと忘れていただけだ。



「はいイーチ! ニーイ! 腹から声出してェ!! サーン」


 健康には適度な運動も欠かせない。

 ご主人様主催の血祭りパーティまで残りあと10日、すっかり血色の良くなった人間達には俺'sブートキャンプに強制参加してもらう。


「この珍妙な動きは何をさせてるんだ?」

「背筋……ッ運動!」


 もちろん俺もやっている。味落とすなって言われたからな。

 俺は吸血種のための美食の王座を譲る気はないぜ。俺が一番美味いんだい。


「……エビみたいだな」

「えっ? 魔界ってエビいんの?」


 見たことないそんなの。海辺は隠れどころが無いから行ったことがないのである。


「いるぞ。結構栄養価も高いらしくて人狼種などが食っている」

オデ()、それ、欲しい。人間、エビ、必要」

「おっ、人狼種の真似か? ハハハ似てるな」


 えっまじ? この世界の狼人間オデなん? トロールとかじゃなくて?


 そういうことで、エビ料理を作ることになった。


 仕入れてもらったエビもやっぱりデカい。俺くらいある。こわ。

 見た目は伊勢海老っぽい。クソデカ伊勢海老こわ。


「おい、これ結構硬いぞ。人間に噛み砕けるのか?」


 殻をガンガン殴りながらレダンが言った。無理に決まってますがな。


「いくつか料理を作ろうと思います」

「りょう……り?」


 何で初めて聞いたみたいな反応なんだよ。

 人間の血の代わり普段飲んでる魔獣の血は、大した魔力がこもってないからと普通に料理しているだろうに。


 ちなみに人間は殆ど料理をしない。

 文明を削りに削った人間よりも、こいつら魔族の方がよっぽど文化的な生活をしているのが魔界だ。


 ……あれ?

 なんで魔獣の血なんか飲んでるんだろ?


「おい、鍋とか持ってきてやったぞ。ボケっとするな」

「ん? ああ、すんません」


 アルシンが調理器具を持ってきてくれた。

 やっぱ専門の器具があるあたり全然文化進んでんな魔族。


 レダンはカトラリーと皿を持ってきていた。自分の。

 食う気満々なんかエビ。こいつ人間の血の味にはそこまでうるさくないくせに、食い意地は張ってんな。



 人間生活は衣・食・住が基本である。

 それはそうなんだけど、食と住が危急に処すべき絶望具合だったので、なんだかんだ衣服が後回しになってしまった。


 まああったかい住居と風呂があれば衣類なんてボロ布のままでも平気平気。何せ元々、それが普段着だったからな。


 流石に宴会のメインディッシュの盛り付けとしては最悪だったので、服を用意してもらった。

 なんか吸血種は皆貴族っぽい豪華な服を着ているので、俺含め人間に与えられたのもそういう感じになった。柑橘系の風呂に毎日漬け込まれていたので香りもいい。


 うーん。美味しく召し上がれって感じ。

 これで牢屋にぶち込まれてなければ、もうちっといい気分だったのになぁ。


 30日目。俺は地下牢にぶち込まれていた。


 俺が一月の間、アルシンとレダンを言いくるめて世話をしてきた人間達は、俺を遠巻きにしてしくしく泣いている。


 最初は俺を怖がったり罵ったりしてた彼らだったが、ここ最近はそんな雰囲気も無くなっていた。

 俺になんかやらされると健康になってることには気づいたらしい。人間かしこい。この数日はかなり大人しく健康ライフを送ってさえいた。


 でもねえ。知らん魔族が俺を牢に放り込んで、明日の饗宴まで大人しくしておけ! とか言ったらねえ。

 そらね。泣くでしょうよね。俺だって泣きそうだもん。


 そんで俺は何で閉じ込められたのかしら。

 やっぱりどんだけ美味くなっても、魔族にとっては人はジビエ、家畜はいらんしペットなんてもってのほかっつうことなんかしら。


 何時間か経って、牢の入り口が開いた。

 見知らぬ魔族に全員緊張したが、その人は食事をどさどさ置くと、無言で去っていこうとする。


「待ってください! アルシン様か、レダン様はどうなさったのですか? お願いです、それだけ教えて下さいませんか!!」


 俺は牢の格子に縋り付いてそう喚いたけど、その魔族は少し驚いたように俺をちらっと見ただけで、そのまま出ていってしまった。


 えっ、どうしよう本当に。明日本気で俺食われるのかな?

 いや吸血種だから取って食われることはない。血を啜られるだけだ。


 なんて、自分に言い聞かせても泣けてくるほど、俺は打ちのめされている。


「…………あの……大丈夫?」


 気遣わしげな声がした。優しい声だった。


 のろのろと振り返ると、人間の、俺と同じくらいの年頃の女の子が俺の様子を覗き込んでいた。


「こっちおいで。ご飯食べようよ」


 人間達は何故だかみんな泣き止んで、運ばれてきた食事を静かに食べ始めている。


 その輪の中へ、女の子に手を引かれて入った。

 はい、と渡されたのはクソデカ木の実をくり抜いて作った弁当箱。俺がアルシン達と最初の頃に作ったやつだ。


「大丈夫だよ、こうしてご飯が届いたんだから」

「そんなの、分からないだろ……明日俺たちの血を美味しく啜るためにやってるのかもしれないじゃん……」


 ボソボソと呟いて、それから俺は視線を感じて顔を上げた。


 なんかみんながこっち見てた。


 ……ああ、そうだった。

 魔族にそれを教えたのは、他ならぬ俺だ。


 俺は即座に土下座した。


「ごめんなさい。許して下さい。死にたくなかったんです」


 それはもう、木の床の塗料をそこだけ剥がしてツルッツルにする勢いで額を擦り付けながら謝った。


「……なあ兄ちゃん」


 ぽん、と肩を叩かれる。血の通った温かい手だった。

 人間の手だ……生きている俺の同族の手だ。


 俺は、この人達をただの取引材料としか見てなかった。


 生きている人間だったのに。


 この生きてるだけで厳しい魔界で、どこの馬の骨ともしれないはぐれものの俺を受け入れようとしてくれた、隠れ集落の人達だったのに。


「大丈夫だよ。飯が来たんだから、そんなに悲観する事ないさ。アヴァリス様達はきっと戦に勝つからね」


 人の温かさと自分の馬鹿さ加減にとうとう溢れそうになった涙が──その言葉に引っ込んでいった。


「え?」


 なに? 何の話? アヴァリス様って誰よ?


「知らん魔族に兄ちゃんが牢に放り込まれたから、負けちまったのかと思って絶望したけどねぇ」

「飯が来たってことは、アヴァリス様はまだ負けちゃいないってことだからね」


 え、何の話か全然分からん。飯が来たら絶望しなくていいってどういうことだ。


「……あのっ、ごめんなさい。俺、ちょっと状況分かってなくて。それどういう話なんですか?」


 皆は一斉にキョトンと俺を見た。俺もキョトンとした顔で見返した。


「隣領の魔族に美味い人間がいるって情報が漏れて、戦になるって話、聞いてないのかい?」


 聞いてないよ全然。

 ていうか、逆に何で城をそれなりに自由に歩ける俺が知らなくてこの人達は聞いてんだよ。


 肩ポンしてくれたおじさん(※隠れ集落の長老)の話によれば、まずアヴァリス様というのは、この城の主人である偉い魔族らしい。


 アヴァリス様は少し前の夜に突然牢を訪ねてきて、何人かの人間の血を舐めて味を確かめた。


 そうして、この城に住み続ける意思はあるかと尋ねたという。

 住み続けるなら血を貰う。健康を保って生きてもらい、殺しはしないと誓いを立てる。そんな事を言ったらしい。


 そんなの信じられないと震える人間に、アヴァリス様は提案の理由も説明してくれたそうだ。


 曰く、配下の友人が必死になってお前達の血を美味しくしようと頑張っているから──つまり、俺がなんか頑張っているからという事だった。


 それから何日かここに通って、味見したり、これまでの暮らしぶりとここに来てからの変化を聞き取りしたりもしたらしい。


 その間に、明日は城の住民の前で誓いを立てる日だと聞かされて、人間側にも健康を誓って血を捧げる要求があると話をしたりとか。

 隣領が今日攻め込んで来ていて、全力は尽くすが負けるかもしれない、負けなくても食事が出せずに健康を損ねるかもしれないと説明したりだとかをしたそうだ。


 ええと、つまりだ。

 全部俺の勘違いってこと………………。


 その時、俺の脳裏に最初の夜の記憶が蘇った。


『よかろう。望み通りお前を飼うとしよう。おい、まだ生きている人間を城へ運べ。本当に他の人間を美味しくできるか、一月程度は遊んでやろう』


 よかろう(※殺さない)。望み通りお前を飼うとしよう(※まんまの意)。

 本当に他の人間を美味しくできるか、一月程度は遊んでやろう(※血が美味くなるなら同族も生かしておいてやろうの意)。


 …………えっと…………。


 ウワァアアアアアアアア!!! 恥ずかしい!!!!!!!

 勘違いで泣いたりなんか魔族の方に喚いたり、俺ほんとに恥ずかしいやつ!!!!!!!


 俺はビタンと両手で顔を覆った。

 そんで木張の床をゴロンゴロン転がった。

 あまりの恥ずかしさに悶絶したのである。完全に恥の上塗り。顔から火が出る一秒前よ。


 あーもうほんと。

 俺ご主人様に一生忠誠尽くすわ。



 それからほんの少し経つと、牢の扉がもう一度空いて。


「主人自らペットの迎えに来てやったぞ、喜べツカサ」


 返り血まみれのご主人様が、同じく酷い格好のアルシンとレダンを引き連れて、俺の迎えにやってきた。


 なんか誇らしげに胸を張るご主人様は、そんな状態でもやっぱりめっちゃ可愛かった。



 隣領との戦は遅かれ早かれ起こった。理由なんてものはない。ここは魔界だ。

 あえていうなら、吸血種が弱った事が理由だ。

 

 魔族と一口に言えど、その生態は多種多様。

 魔界が地上から閉じられて、最初に起こった種族間の争いは、残された人間の取り合いだった。


 人間を食うもの。番うもの。甚振るもの。殺すもの。

 様々な種がこぞって人間を狩るようになり、人間はその姿を隠して生きるようになった。


 高貴で強力な種だった筈の吸血種は、力の源である人間の血と魔力を得られず、弱っていく一方だった。


 互いの利益のために保護しようとした頃には時遅く、人間は魔族とみれば激しく拒絶するようになり、無理に捕らえれば衰弱して死ぬばかり。

 命を繋ぐために、血を飲み干して殺すような狩りが増えた。それに比例して、人間はますます弱く、血は不味くなっていく。


「魔神の気まぐれに感謝しよう。我々はやっと、我らの思いと人の血を満たす杯を得た」


 悲観的に待つばかりだった戦に勝利できたのは、気まぐれに城の主人たるアヴァリスが飼うことにした人間の功績だった。

 どんな魔術をつかったのか、わずか半月で人間達の血を美味に、魔力を豊富に変えてみせたのだ。


 ほんの味見程度に舐めた血と魔力はアヴァリスの魔力を満たし、それによって仕掛けられた戦を凌ぎ、撤退まで追い込むに至った。


「我が種よ。我々は今夜より、人と共に魔界を生きるを誓いとする。我らは人との共存を、人は己の血と魔力を、その誓いに差し出さん」


 宣誓を終えると共に、アヴァリスは目の前の人間の白い首に牙を突き立てた。


 芳醇な香りと濃厚な味わい。魔力の方はまあまあ程度だが、本当に味が抜群に良い。


「俺のこと、()ってよかったでしょう?」

「うむ。美味しい。役にも立って文句なしじゃ」



 こうして俺と元隠れ集落の人々は吸血種の城で生きていくことになった。

 領内にもお触れを出して、人間は保護していく方針らしい。


 それで、改めてご主人様ことアヴァリス様のペットとなった俺はというと──


「ツカサ、お前を保護した人間の品質向上係に任命する。はようあの枝っきれのような者たちをなんとかするのじゃ……! 血を啜ったら殺してしまうぞ」


 どうやらこれからも、人を美味しく(健康に)する仕事に精を出さねばならないらしかった。


 まあいいけどね。アルシンとレダンという友人との労働は楽しいからね。


 でも身体能力が根本から違う魔族の2人と遊びながら仕事をするのは、わりとハードな運動でもある。


 はあ。魔界人はつらいよ(※筋肉痛)

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