親睦を深める
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朝食の優しい音が台所から聞こえてくる。お腹を空かせる香りも漂う。楓は思わず「ばあちゃん」と声に出していた。しかし、台所に立っていたのは藤志朗であり、お盆でお味噌汁を運ぶ八千代丸がどこか不思議そうに首を傾げて見ていた。
「おばあ様じゃあなくて悪かったな」
「間違えただけだろ。学校の先生をお母さんって呼んじゃう奴と同じだよ」
楓は内心、自分なそんな失敗談は無かったと靄が掛かる。学校の先生は優しかった。母親とは違う。だから、間違えることなんかなかった。しかし、祖母と似つかない男を間違えるのは、この懐かしい朝食がまやかしとなったのだろうか。
「今日は楓に話したいことがあったんだ。丁度起きてくれたお陰で手間が省けた」
「何、話って」
「親睦会をやろうと思ってな。お前もいつ帰るか解らないからといって、この時代に友人が一人もいないとなると辛抱ならんだろ」
「まぁ…居づらさはあったけど」
この前の、清閑寺と藤志朗を思い返す。置いてけぼりにされた気分で、少し嫌だった。
「なら話は早い。海星堂の面子と会わせてやる。年齢も多岐に渡る。性格もバラバラ。一人くらい、気の合う奴がいるだろう」
藤志朗が窯から米を掬い茶碗に盛る。おこげが美味しそうに輝いている。
「お腹空いた」
「飯の時間だ。早く顔を洗って席に座れ」
変わったことがあった。楓がここに来るまで、藤志朗の席しかなかった食卓に、椅子が一つ増えたのだ。勿論楓の分。円形のテーブルに、二人が並んで座る。
「いただきます」と声を合わせれば、温かい時間が始まった。
―親睦を深める―
「ねぇ、寧々ちゃん。今度凌雲閣に行こうよ」
「え?!凌雲閣ですか?」
「そう!勿論珠子さんや久世さん達も一緒だよ」
寧々を誘い、世間話に花を咲かせているのは烏丸雪乃進――望ノ環事件で潜入捜査をしていた男――だ。実はこの男、だいのお喋り好きで仕事をさぼっては喫茶海星に来てお茶をしている。それも毎度の話で慣れたものだ。
「烏丸さん。お仕事さぼっていいんですか?久世さんの下で助手として働いているんですよね?いつも思うんですけど、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だってぇ。久世さんはなんだかんだ俺の事放任してくれてる、」
言葉を続けようとすると、扉が乱暴に開かれる。そこには、眼鏡を光らせ明らかに怒っている久世が仁王立ちしていた。
「雪乃進。お前、また仕事をさぼって喫茶店に足を運びやがって!何度言ったら職務放棄を止めるんだ!」
「えぇ、今寧々ちゃんと喋っていなのにぃ」
ウソ泣きをしても、寧々が困るだけで何の解決にもならないし、寧ろ久世を怒らせる火種の粒になる。
「ちゃんとお仕事しましょう?」
「一緒に凌雲閣行ってくれる?」
「解りました。皆さんで行きましょう」
「やったー!ありがとう、寧々ちゃん!これで仕事に邁進できそうだよ!」
雪乃進の態度に、微笑む寧々と頭を抱える久世がいた。その様子を陵介と、そして珠子が煙草を吸いながら呆れて見ている。
「はぁ。久世もとんでもない子を引き取ったね」
「能ある鷹は爪を隠すっていうだろ?雪乃進はその類なんだ」
「アンタの女の尻を追いかけるのも才能だと思うから隠したらどうだい」
「それとこれとは、話はべつじゃあないか?」
「大体、アンタは女運が無いんだから!」
うんたらかんたらと珠子も説教に入ってしまう。陵介は居た堪れなくなりしょぼしょぼと背を丸める。どれも心当たり、そして学習できずに痛い目を見た過去を穿り返されて反撃したくてもぐうの音も出ないのだ。
しょぼしょぼとしていると、アズサが珈琲を席に置いていく。
「珠子、この後のご予定は」
「そろそろお昼だから、混む時間ね。いつも通りで大丈夫よ」
「承知」
相変わらず表情の無いアズサを見て、陵介は話をすり替える機会だと思い、話題を出す。
「そう言えば八千代丸、随分人間臭くなったぞ。それもあの謎の居候が来てからだ」
「え、アンタ八千代丸に会ったの?」
珠子は眼を丸くする。
「会うさ。給油をしに行くとたまに会う。ありゃ人間型に変えてやったら表情も豊かなんだろうな」
「へぇ。でも、アズサの場合は表情筋になる部品をケチったからね。無理なんじゃあないかしら」
「今からでも着けてやるか?」
「…どうなんだろう。私には判らないわ。今のあの子も、アズサっていう存在だから」
ビーフシチューをコトコトと煮込むアズサを見て、陵介は「確かに」と口角を上げた。
アズサ…A乙三零型は陵介と珠子が海星堂のために作ったロボットだった。表情はいらないと珠子の要望でケチったが、今となっては何が正解だったのか判らない。無表情の奥から、喜怒哀楽が垣間見えることも少なくない。珠子は、ロボットであるアズサを我が子のように、想ってしまうのが怖かったのかもしれない。陵介はその思いを汲み取っていた。
「さて。俺は一足早いランチでも食って帰るかな」
「はいよ」
珠子が定食の準備をしようと奥の厨房に戻ろうとした時だった。
「今日も賑やかだな」
「こ、こんにちは」
藤志朗と楓が訪れたのだ。
「藤志朗、楓君。この前はありがとうね。久しぶりじゃない」
珠子が嬉しそうに声を張る。
「丁度揃っているな」
藤志朗が辺りを見回す。
「紹介しよう。ここに居るのは…あー。女性陣は喫茶海星で働いている。ご存じ店長の花園珠子と、A乙三零ことアズサ。そしてウェイターの小西寧々だ。男性陣は各々で働いている。奥から安吾院陵介、烏丸雪乃進、久世雅比古だ」
陵介は楓を見ると、ひらひらと手を振った。久世はどこか気に入らなさそうに見てくる。
「俺達のだけ雑じゃないですか」雪乃進はこの前のことなんて忘れているように愚痴る。
袴姿の寧々が楓の前に立つ。
「改めまして、小西寧々です!水無瀬さんのお友達ですよね。誘拐されちゃったときはどうしようかと思いました。ご無事で何よりです」
「通報してくれたの、君だったんだ。あの、新田楓です。よろしくお願いします」
お辞儀をし終わると藤志朗が耳打ちをしてくる。
「男性陣は皆秘密結社海星の面子だ。そして珠子が仲介役、アズサが遊撃で出ることがある。小西は何も知らない店員だ」
「そうなんだ」
「なんのお話ですか?」寧々は興味津々で尋ねて来る。
「アンタ達、事務所で定食食べたら?これからお客さんで混むし、居座られても邪魔だし」
珠子の助言に食いついたのは藤志朗だった。
「そうしよう。それでは男性諸君、事務所でまた会おう。楓の事をもっと知ってもらいたいからね。珠子、小西、アズサは午後も頑張りたまえ」
「えー。私も新田さんともっと話したかったなぁ」
「後でゆっくり話せるわよ。さ、仕事、仕事!」
気合を入れるように、珠子が手を叩く。寧々は切り替えが早いのか、すっかり楓から興味を無くしたようにせっせと働き始める。
「どういうつもりだ」
事務所にて。
真っ先に口を割ってきたのは久世だった。
「どうもこうもない。楓に交流の場を設けてやっている。そして海星堂で働かせようと思っている。コイツ、家事もろくに出来ないんだ」
「出来なくて悪かったな!」
楓を不審に見る久世に、陵介が宥めに入る。
「まぁまぁ。お前も雪乃進を連れて来た時、家出少年で出身地も家柄も未だに不明なんだし、それと似たようなもんだろう。な、楓君。事情があることだろうし、ここでは出来ることを頑張ってくれ」
「安吾院さん…!」
「陵介でいいって。俺も楓って呼ばせてもらうからさ」
藤志朗から聞いていたが、女にだらしがないとか、ダメ男とか言われているがかっこいいと素直に思った。何より、事情があっても話さなくていいという広い心を見せつけられた楓は、純粋に陵介を尊敬した。こんな大人になりたいと思った。深く聞かず、受け入れる大人になりたいと。
「はぁい、俺は烏丸雪乃進ね。雅比古さんに拾われて海星堂で働いているよ。楓さんとは一度会ってるから顔見知りだよね」
「顔見知りって言うか…囮にするのに近づいたんだろ?でも、もう怒ってないし…改めてよろしく」
本当はまだ許したくないが、陵介の真似をして受け入れてみる。
「ホント?!優しいね、楓さん!また今度囮になりなよ!」
「はぁ?!」
「雪乃進、いい加減にしろ」
久世…雅比古が注意すると雪乃進は口を閉じ、知らん顔する。いい性格をしているようだ。
「はぁ…俺も雪乃進の事を出されると何も言えなくなる。私は久世雅比古だ。ここで事務仕事をこなしている。お前も藤志朗に振り回されて大変だろうが、慣れてくれ」
「はい…」
――「久世とは昔馴染みなんだ」…そう言ったのは藤志朗だった。藤志朗が両親を亡くす前から知り合いで、なんだかんだ振り回していたようだ。望ノ環事件の時も、二人の阿吽というか、現状を把握するまでの時間やお互いの事情を呑み込むまで早かったし、信頼があるから呆れたり、任せたり、黙って行動出来るのだと思った。
そうなると、陵介が望ノ環に入信していたのも何か事情があるのかもしれないと悟る。
ここに居る面子は、皆いつの間にか気づいている信頼や絆に気付いているのだろうか。もう完成されている中に、入ることが出来るのだろうか。
「楓、どうかしたか」
「ううん。なんでもない」
嫌われないように仮面を被ってきた自分にとって、本当の友達と呼べる人はいなかった。イジメられないように。心配をかけないように。ハブかれないように。自分を偽った。ここでも、同じようにしないと藤志朗の顔に泥を塗ることになる。紹介されたのに、仲良く出来ないと呆れられるかもしれない。上手く、上手くやらないと。
「楓さんって混血なの?」雪乃進が指をさして訊いてくる。
「え、いや。純日本人」
「その髪色、不思議だね。綺麗」
「あ、ありがとう」
「ねぇ、今度寧々ちゃんと凌雲閣行くんだ!楓さんも一緒に行くでしょ?」
「行ってみたい…!かも」
「決まりだね!いやぁ。男女二人だけで歩くと逢瀬みたいってことで寧々ちゃんが警戒するんだよねぇ」
この時代の男女関係など、楓には少々難しかった。爛れている、と言われてしまうのだろうか。だが、現代でも友達として男女二人だけで歩くのも疑われるものがあるから、それがより厳しくなったものだと思うことにした。
「藤志朗」
「ん、どうした。久世」
「あの居候、一体何者なんだ。派手な髪色だし、世間に疎いし」
「何。俺の庭に迷い込んできた浮浪者だ。お前も知っているだろう?世間知らずで、まんまと雪乃進に騙されるような奴だ。警戒するだけ阿保らしいぞ」
「だが、」
「俺が気を許したんだ。大目に見てくれ」
雅比古は納得いかないような顔をしているが、藤志朗は話を切り上げる。当事者である楓は、雪乃進と日程表を見ていつ出かけるか話し込んでいる。
「藤志朗さん!次の喫茶店の定休日って次の水曜日でいいの?」
「そうだが」
「じゃあ、次の水曜日に皆で凌雲閣に行こう!ついでに花屋敷も行こうって決まりました!」
雪乃進が嬉しそうに拍手をする。隣では、楓が目を輝かせながら日程表を見つめていた。
「俺、花屋敷初めて…!」
当日。
おめかしした寧々と共に、凌雲閣の階段を駆け上がる。
「見て!秋の美人百選だって!」
「皆さんお綺麗です!お洋服の参考にもなりますね!」
階段に沿うように、花街から選ばれた百名が今流行りの秋服を着て写真に写っている。楓にとっては古き時代の美人が並び、現代で言うアイドル総選挙のように飾られている使用にワクワクした。その後ろを藤志朗達が付いて歩く。
「嬉しそうでなによりだ」
「楽しいのはいいけど、最上階まで階段はキツイって」
「陵介。お前なら写真見たさに簡単に上まで登ると思っていたが、違ったようだな」
「それとこれとは別だろ」
疲れているのは陵介だけではなかった。雅比古と珠子も疲労を隠すつもりはないようだし、楓も疲れているのか止まることが多かった。元気なのは雪乃進と寧々、そして疲労を知らないアズサくらいだろう。
「久世さんの婚約者さんも誘えばよかったですね」寧々が何気なく言う。
「彼女をこんな労力を使う場所に連れてこられる訳がないだろう…!」
「そりゃそうだ」藤志朗が笑う。
「降りるときはエスカレーターだからな」
「それは同感だ」
十二階まで上がりきると、屋上へ出る。展望台となっており、お客で賑わっていた。楓は手すりに捕まると、下を覗き込む。
「うぅ…改めて見ると高いな」
単軌鉄道懸垂型が走っているが、流石に凌雲閣までの高さも無い。空に近いせいか、なんとなく飛行船が近く見えた。
ここから突き落とされたのだ。よく無事だったと思う。それもこれも、アズサのお陰で命があるのだ。まぁ、雪乃進のせいなのだが。
「寧々ちゃんも楓さんも、風があるから帽子、吹き飛ばされないようにね」
突き落とした張本人である雪乃進が飄々と声を掛けてくる。
「うん。烏丸君は」
「雪乃進でいいよ。俺達同い年くらいだろ?」
「じゃあ、雪乃進は…気まずくないの?俺は、正直…どう接したらいいかまだ判らないんだ」
「あぁ、そのことね。楓さんが平気なら、普通に接してほしいかな。もしまだ許せないとか、怖いって感情があるなら、避けてくれて構わないよ。それだけのことをしたからね。これでも、悪いことをしたと思っているんだ。でもね、これだけは言える。藤志朗さんの友達だから、巻き込んでも助けが来るって思ったんだ。アズサとも打ち合わせ済みだったしね」
まただ。また彼等の絆を見せつけられた。これから海星堂の一員として働くはずなのに、心が追いつかない。完成された場所に、余所者の自分が入る隙間が無い。どうしたらいい?どうしたら彼等と同じ位置に立てる?
ふと、雪乃進に言われた言葉を思い出す――「いっそ、絶望を全部放っちゃって、希望だけ残しちゃえば?きっとその方が、楽しいよ」
(絶望を、全部捨てる…)
楓は、口をパクパクとさせてから、意を決して言い放った。
「藤志朗!久世さんに、陵介さん、雪乃進くん!」
四人の男から注目される。
「どうした、楓」
「俺、これから…頑張るから!ここ…海星堂にも馴染めるようにする。これは無理とかじゃあなくて、俺の意思だから。決意だから。だから…よろしくお願いします!」
楓は後ろを向き、スマホをこっそりと取り出す。残りの電池残量は一パーセントだった。
「さよなら、じいちゃん、ばあちゃん…海斗」
いつか帰るから。その時、俺の話を聞いてね。楓は、スマホの電源を自分の意思で切った。
「さよならって聞こえたきがするけど…ご家族の事か?無理に馴染もうとしなくても、故郷の家族の元へ帰ってもいいんだぞ」
陵介が心配そうに見て来る。
「あぁ。えっと俺、帰れないんです。理由があって。だから、皆さんのお世話になりながら生きて行かないといけないんです。だから、改めてよろしくお願いします」
「訳あり家出少年ってことか。雪乃進と似た境遇だと思って接するからな」
「はい。そうしてもらえると助かります」
「俺と一緒だね、楓さん!」
雪乃進が、何故か嬉しそうに肩を組んでくる。
そんな様子を見ていた珠子は、ホッとしたように海星堂の面子を眺めていた。
「珠子さん、どうしましたか?」
「いや。たまに、男っていいなって思うことがあるんだなって思っただけ」
「そうですか」
「特に、アイツ等を見ていると特にね」
珠子の視線の先にはわちゃわちゃとする海星堂の面子が映っていた。その光景を見た寧々も、満面の笑顔になる。
「私も、水無瀬さん達、大好きです!」
「男と女…同じ人間でも、住む世界は違うのですか?」
アズサが唐突に訊いてくる。
「まぁ、少し違うかもね。あぁ、楽しそうなアイツ等見ていたら煙草吸いたくなってきた」
「珠子、身体によくないです」
「はいはい」
人間とは、無い物ねだりをする生き物のようです。
珠子や寧々に、男同士の結束を羨ましがられているように、実は雪乃進も珠子達の関係性を羨んでいることに彼女達は気づいていません。このちぐはぐが、喫茶海星と秘密結社海星堂の良い所でもあるのです。
場所は移り、花屋敷にチンチン電車に乗りやってきた一行は、寧々と楓に振り回されました。当時、花屋敷は遊園地ではなく動物園の走りのような場所でした。しかしここは大正咲時代。観覧車や回転空中ブランコがあります。ライオンを始めてみた寧々は大興奮です。
「私、遊園地は初めて来ました!あの空中ブランコ、絶対に乗りたいです!」
「俺も!」
「寧々ちゃんと楓さんが仲良い気がする…」
「気が合うだけだろう」
「そう思います?久世さん」
「早くしないと、寧々に恋人ができちまうかもしれねぇなぁ」
「陵介さん、俺が恐れていることを言うなんて、酷い!」
「悪かったって」
どうやら、雪乃進は寧々にホの字のようだった。それを悟ったのは、陵介と珠子、そして何気なく聞いていた雅比古が察したくらいだろう。
「雪乃進くんも乗ろうよ!」何も知らない楓が雪乃進を誘う。
「うん、今行く!」
そう言うと、雪乃進は楓たちの元へ駆けて行く。そんな様子を見ていた藤志朗は、安心したように雅比古に話しかける。
「よかった。随分打ち解けたようだな」
「お前が、ここまで面倒見がいい奴だとは思わなかったよ」
「自分でも驚きだよ」
「この勢いで、嫁でも貰ったらどうだ?」
「それとこれとは話が別だ」
「そうかい」
回転空中ブランコから降りてきた雪乃進達が、次はどこへ行くと盛り上がっている。
「藤志朗さん!次はお化け屋敷に行きましょう!」
「解った」
「組分けしたんで、それで行きましょう」
また勝手に…と思ったことは心に秘める。
組分けは陵介と珠子。雪乃進と寧々。雅比古とアズサ。藤志朗と楓だった。
「雪乃進くんがくじを即席で作ってくれて、この面子になりました」楓が説明する。
「じゃあ最初は俺達で行くか、楓」
「え?!最初が俺達なの?」
「どうした。人の反応を見てからがいいのか?」
意地悪な問いに、楓がムスッとする。
「先人切って行ってやるよ」
中に入ると、いかにもチープな作りのお化けたちが心狭しと並んでいた。ろくろ首に、一つ目小僧。小豆新井に、一反木綿。
「藤志朗。あのさ」
「どうした。怖いとか言うのか?」
「違うよ。今日は…ありがとう。俺、まだ雪乃進くんと寧々ちゃんくらいとしかちゃんと話せていないけど、これから上手くやっていくから」
「別に、上手くやっていけなくてもいいさ。陵介なら心配いらない。不器用な生き方をしていても、アイツは受け止めてくれる。雅比古は、あぁ見えてお節介だからな。なんだかんだ気にかけてくるだろう」
「そうなんだ」
ばぁ!とお岩さんが驚かしに飛び出るが、二人は驚きもせず先へ進む。
「俺なりに、生きて良いってこと…?」
「お前がいた時代よりかは、生きにくいと思うがな。そこも、慣れてくれたら嬉しい」
「俺は…海星堂の皆や、喫茶海星の皆が困っていたら、迷わずに俺がいた時代の考えを提案する。選択肢を広げてほしいから」
「そうか」
「それくらい、大好きになっちゃったんだ。皆の事」
「ちょろいな」
「悪かったな」
あと、もう少しで出口だ。
「出口に出たら、この話はもう出来ない。言い残したことはあるか?」
「うーん。藤志朗の庭で、よかった」
それだけで、楓が言いたいことが全て詰まっていた。それを聞いた藤志朗は、思わず口角が上がった。
「俺も、お前が庭にいてくれてよかった」
二人は、光が差す出口へ向かい歩き始めた。それはまるで、未来へ行くかのように。
寧々を帰宅させ、残った面子は喫茶海星にいた。
「と、いう訳で。楓さん、海星堂へようこそ!これからは囮役として頑張ってね!」
「囮役は決まりなんだ」
「危険な行為には巻き込まないから安心しろ」雅比古がすかさず補助する。
「今日は飲むか!」
「いい事言うねぇ、陵介!アズサ、お酒持ってきて!」
「はい、マスター」
「楓を理由に飲みたいだけだろう」
藤志朗が呆れていると、楓がケラケラと笑い声を上げる。
「あはは!楽しいや!」
「それなら、いいか」
「楓くんは?お酒飲める年齢?」
「はい」
「じゃあ皆で飲もう!」
「珠子さん、煙草にお酒って…将来心配です」
楓の心配をよそに、珠子と陵介は乾杯をしてビールを飲み始めた。
「アイツ等の健康の心配は諦めた方が良いぞ」
「そうなんだ」
こうして、楓を迎える親睦会は飲み会とかし、深夜まで続いた。
原作・ぱるこμ。原案・PaletteΔ