空中庭園飛行
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その日はスーツの仕立屋に訪れた。オーダーメイドなので一ヶ月程かかると店主に言われた。今度の日曜日には間に合わないので、藤志朗の着物を借りる運びとなった。
「まさかオーダーメイドで作るとは思わなかったよ。てっきり、買うのかと思ってた」
「ほら、いっぺん着てみろ」
「俺着物の着付け、出来ないんだけど」
そう言うと、藤志朗の口がヘの字に変わる。
「楓様、私が着付けいたします」
「ありがとぉ、八千代丸」
「情けない…」
わざとらしく悲し気な声を上げると、藤志朗はコーヒーを一口啜った。中途半端に閉じられた新聞紙を読み進めると、溜息を吐く。最近、物騒な事件が多すぎる。怪盗だの、殺人だの、縁起が悪い。しかもその悪に魅入られ、模範する若者が増えていることも頭を抱える問題であった。
「藤志朗様、着付けが終わりました」
八千代丸に連れられて現れたのは、袴に羽織を着て、ブーツ履き、カンカン帽を被った楓がどこか恥ずかしそうに立っていた。
「どう、かな」
「馬子にも衣装だな」
「褒めてない!」
「良いじゃないか。いかにも居候の書生みたいで」
「やっぱり褒めてない」
楓は鏡の前に立ってまじまじと自分の姿を見る。
「本当に、大正なんだなぁ」
日曜日。八千代丸の操縦室する車で飛行船の停泊所まで送迎される。
「お迎えにまた上がります」
「ありがとう、八千代丸」
藤志朗が八千代丸を見送ると、口をポカンと空けて飛行船を見上げている楓を見る。開けた場所に、小さな小屋がある。あそこが切符売り場だろう。
「大人二人分を」
「かしこまりました」
受付嬢が手際よく切符を手渡す。離陸時刻は午後五時。着陸時刻は午後九時。ついでに貰った小冊子には空中庭園の紹介と、夕食のお品書きが書かれていた。魚か牛を選べるらしい。
「楓、行くぞ」
「うん」
楓は着慣れない和装に苦戦しているようだった。
中に入り指定された席に座ると、けたたましい鈴が鳴る。それを合図に飛行船が離陸する。一旦宙に浮いてから、飛行船は繋がれていたロープが引き離され上へと飛んでいく。上空で安定するまで椅子から立ち上がらないよう指示が出る。そして上空――床も水平を保ち安定する。自由に歩き回っても安全だと放送が入る。
「まずはどこに行きたい?」
「庭園広場!そこから外も見えるって書いてあった!」
「じゃあ向かうか」
庭園は、硝子張りになっており、夜空がロマンチックに景色に溶け込む。庭園は西洋をモデルにしたようで小さな噴水に小道、そしていろんな花が咲き誇っている。
「お伽噺に出てきそうな庭だなぁ」
そんな楓を見ていた藤志朗は内心―俺からしたら、お前の方がお伽噺の主人公だ――と思ったのは内緒だ。
謝るべきか迷った。
お前が帰れなかったのは、帰らないでほしいと願ってしまった自分のせいかもしれないと言うべきか。気づいたら、楓の名前を呼んでいた。楓は、不思議そうにこちらを見ている。
「どうしたの?こっちに来いよ。よく花を見よう」
「楓、俺は…お前に謝らなきゃいけないことがある」
「藤志朗?」
噴水の、水が滴る音が大きく聞こえるくらい、静寂が訪れる。貸し切り状態だった庭園に、姦しい声が響き渡る。
「菊子様、庭園ですわ!」
「お姉様、行ってみましょう!」
「なんて可愛らしいお庭なのかしら!」
現れたのは、美しいドレスを着た四人の女だった。顔つきは似ていないので、所謂Sの関係かと思われる。―Sとはこの時代、女性同士の友情以上の交流を指している――女性にしては背の高い一人が、他三人の女性を微笑ましく眺めている。
「他にもお客様がいるのだから、あんまりはしゃぎすぎるのも駄目よ」
「はぁい」
シニヨンに纏めた髪。うっとりと見つめてしまう唇。美しい瞳を隠す艶やかな瞼。どこかで見かけたことがあった。
「藤志朗、ずっとあの人のこと見てるけど、一目惚れしちゃったの?」
楓がいつの間にか戻ってきており、隣でヒソヒソと声を掛けてくる。
「馬鹿か。どこかで見たことがある気がしただけだ」
「ナンパってこと…?」
「はぁ?」思わず顔を歪めた。
なんだか先程までの感情が急に栓が抜けて乾いていった気分になる。謝らなくて正解だったかもしれない。
「ふふふ」
会話を聞かれていたのか、女性が思わず小さく笑った。
「お前のせいだぞ」
「え、俺?!」
「ごめんなさい。盗み聞ぎするつもりはなかったの。でも…自己紹介させていただきますわ。私は清閑寺菊子と申します。思い出していただけましたか?水無瀬様」
え、知り合い?!と楓が藤志朗を見る。
藤志朗は気持ち悪く緩んでいた線がピンと張る感覚で、驚いた。
「清閑寺家のご令嬢でしたか!確か…去年の清閑寺財閥の集まりでお会いした…」
「そうですわ。あの時は和装でいましたから。雰囲気も変わるでしょう」
「いや、忘れていてお恥ずかしいです。服装で印象が変わるなんて…魅力的な方だ」
なんだか面白くない、と楓は思った。今日一緒に来たのは自分なのに、そっちのけで菊子と話し込んでしまう藤志朗にモヤモヤした。それは菊子の取り巻きの女性達も同じようだった。
「菊子様!お食事の時間ですわ!」
「そうです、参りましょう!」
「あらあら、貴女達ったら。ごめんなさい、水無瀬様。今度ゆっくり、お話いたしましょう」
お辞儀をすると。菊子は取り巻きと庭園を後にした。
「さて。俺達も食事に行くか。ところで、何でお前まで仏頂面なんだ」
「別にぃ。もう少しここにいる」
藤志朗の瞳に、寂し気な横顔が映る。溜息を吐くと、藤志朗は窓硝子まで歩いていく。
「藤志朗?」
「見ろ、夜景が綺麗だぞ」
夜空の星の代わりに、町の電気が点々と、キラキラと輝いている。まるで星の上を飛行しているようだった。
楓は、口を噤んだ後、意を決したように話し始めた。
「俺はっ。ここに来て日も浅いし…楽しく喋れる相手って、限られて…。だから、これはやきもちとかじゃなくて、独りになるのが怖いから言うんだぞ。俺は、藤志朗が知らない誰かと話し込んで、俺を置き去りにするのが…ちょっと嫌だった」
「楓…」
言わなければ。
「実は、謝りたいことがある」
「謝る?俺に?」
「その…俺は帰れる機会を、その日実を言うと」
どう返答しようかあぐねていると、パン!と発砲音が響き渡る。
「何?!」
「発砲音?!来い、楓!」
「あぁ、うん!」
二人が食堂に着くと、通じる扉は閉められていた。上部分が硝子で出来ているので覗き見て、木製なので音は丸聞こえだった。
「この飛行船は我々大和強兵団が占領した!」
「貴様等には人質になってもらう。下手な行動をしてみろ、殺してやるからな!」
目視できる限りでは、先導者と思わしき男を含め五名が銃を構え、乗客を脅している。先導者は菊子の取り巻きの一人を人質にし、何やら叫び続けている。
「我等の目的は一つ!古き良き侍の時代に日本を戻す!それこそが強兵へと繋がるのだ!」
二人は頭を低い位置にし、ヒソヒソと喋り出す。
「大和強兵団って知ってる?」
「いや、初耳だ。触発されたか、新手の武装集団だろう。最近、その手の奴等が多い」
「刀で強兵って…無茶苦茶だよ」
「そうだな。西洋文化が入ってここまで豊かになった」
「ていうか、侍の時代に戻すとか言っているけど、使ってる武器が銃って説得力無いよ」
楓は壁に背もたれてずるずるとずり落ちていく。
藤志朗は背中に付けられたホルダー銃を取り出す。
「え、拳銃持ってるの?」
「リボルバーだ。これくらい持っている」
「待って、もしかして、倒しに行くの…?」
「そうしないと解決出来ないだろう」
「待ってよ、一人じゃ危険すぎるって!電話か電報で警察か久世さんに知らせようよ」
「ここに電話があるとしたら操縦室だろうな。そこも占拠されていると考えていい」
「そんな」
「そうだな…楓。俺が海星堂を創った理由は教えていなかったな」
着ていた外套を楓に羽織らせる。
「理由?」
「そうだ。俺の暇つぶしで困っている人を助けたいという単調な理由で作った。今がその困っている人々がいる時だ。ここで俺が動かなければ面子が立たない。楓はここで待っていろ」
「嫌だよ。藤志朗が行くなら俺も行く!海星堂うんぬんかんぬんで揉め事に散々巻き込んでおいてそれは無いよ」
「ふっ、ははは!度胸は据わっているんだな」
「まぁね。で、俺はどうすればいい?」
「一応策は考えた」
藤志朗はヒソヒソと楓に内容を伝える。
扉が乱暴に開かれた。武装集団の銃口が一気に向く。そこには無力そうな青年――楓が一人立っていた。
「一体、何が起きてるんだ…?!」
驚く楓に、武装集団の一人が近づいてくる。
「この船を占拠した!貴様も手を上にしてこちらに来い!」
楓が言う通りに手を頭の上にして歩き出すと、後ろから銃を構えた藤志朗が現れた。それは早業で、女を人質に取っている先導者格の男の右腕に銃弾を撃つ。
「ぐあぁ!」
「お姉様!」
怪我口を抑える先導者から人質が逃げる。
「こっちへ!」
菊子は逃げてきた取り巻きを抱きしめると、テーブルの下へと頭を下げる。
「この野郎!」
「伏せろ、楓!」
テーブルを倒し盾にする。銃弾の雨が降りテーブルがハチの巣になっていく。マガジンボックスが空になった隙に藤志朗が反撃に出る。華麗に一撃で仕留めていく。殺さず、太ももを狙って。食堂にいた武装集団は全員手負いとなった。
「クソ!」
先導者が、銃を持ち操縦室へと逃げていく。
「このまま地上に激突されたらたまったもんじゃあないな」
「どうするの、次は」
「俺は操縦室に居る連中をどうにかする。お前は銃を奪って言うことでも聞かせろ」
それだけ伝えると、藤志朗はさっさと操縦室へと走っていく。残された楓は痛みで転がっている一人から銃を奪い、武装集団に向ける。
「下手な真似をしたら、撃つからな」
「お見事ですわ」
声を掛けてきたのは菊子だった。
「こいつ等から銃を取り上げましょう」
「そ、そうですね」
楓と菊子は手早く銃を回収し、武装集団を無力化する。乗客の男らの手により、武装集団は縄で体を縛られる。武器を取られた彼等は、もう威勢は無く、どことなく悔しそうに歯を食いしばっていた。
「また、あの良き時代に戻りたかっただけなのに…再度天皇と婚姻関係を結べば神の血を宿した子が生まれる!神となった将軍を頂点にこの国を動かせば、また侍の時代が…神風の時代が訪れる…!」
「良き時代か。俺は昔のことなんぞ知らないから、過去より未来をどうにかしたいよ」
楓の言葉に、男達は気まずそうにするだけだった。
「お付きの方」
「お付き?え、俺の事?」
菊子に声をかけられ、楓は辺りをきょろきょろ見渡すが、どうやら自分のことらしい。
「操縦室に、まだ私の友人が人質に取られているのです。どうにか助けたいの」
「藤志朗がなんとかしてくれ…いや、行った方がいいのかな」
悩んでいるのは、目を離した瞬間に武装集団が活気を取り戻すことだった。その心配は恐らくないが、何があるか解らない。
「ここは私達に任せて、彼女を助けてくださいませ、お姉様」
取り巻きの一人が回収した拳銃を取り、構える。その逞しさに、楓は圧巻した。
「行きましょう、助けに。俺も藤志朗の力になりたい」
「では決まりですわね」
二人は早速作戦を立て始める。まず、施錠されているかもしれない操縦室に突入するためにテーブルを持っていくことにした。あとは銃でどうにかする…と、緻密ではない作戦で、どちらかというと脳筋よりだった。
「藤志朗、待ってろ…!」
まさか藤志朗もこんなことが起きているとは想像もしていなかった。
「クソ!予定変更だ!」
ドン、と乱暴に開かれた扉に驚いた武装集団二名の男等がこちらを見る。先導者は鍵をしっかりかける。
「どうしましたか?」
ここは操縦室。人質として連れてこられた取り巻きの一人と。銃を突き付けられた船長、副操縦士が操縦室を続けていた。先導者の傷具合を見た一人が驚き、手ぬぐいを押し当てる。あまりもの痛みに顔を歪めるが、船長を突き飛ばす。
「作戦変更だ。食堂の奴等は続行不可能となった。このまま道連れに凌雲閣に突っ込むぞ!遺書は残してきた…我々大和強兵団がこの国に与える傷を、見せつけるには最高の舞台だ!」
「それは困るな」
そこには、ピッキングでドアをこじ開けた藤志朗が立っていた。先導者は銃口を人質の取り巻きに突きつける。こめかみに突き刺さるように光る銃に、彼女は恐怖から声を殺し泣き始める。
「貴様はまだ若い。あの頃の時代を知らないから言えるのだ。神風を信じ、異国からの敵を薙ぎ払った、風を操る神のことを!それは神風が武士の力をお認めになったからだ!だから四百年もの間、徳川の時代が続いたのだ!また将軍を頂点に、古き良き時代を造り上げれば異国からの侵略に怯えずに済む!」
「悪いが俺は無神信者だ。お前等が神と呼ぶ風も、その時期は台風と被る…と知り合いが言っていたぞ」
「神を冒涜するな!」
先導者は藤志朗に向かって発砲する。藤志朗はすぐ扉の裏へと隠れる。「きゃあああ!」と彼女の悲鳴が操縦室に響き渡る。
「五月蠅いぞ、このアマが!」
「いや…助けてッ」
「彼女は関係ないだろう!このまま機密の高い場所で銃を乱射すれば落下する恐れがあるぞ」
「それが狙いだ!我々は命を張って証明する!この国に何が必要かを!」
死にたくない、神様と叫ぶ彼女を助けたくても下手に動けなかった。何故ならここが故障でもすれば命は無いからだ。操縦桿を奪った先導者が、ぐっと前へ倒す。飛行船は傾き、ほぼ垂直に近い状態になる。
「行くぞぉ!」
目が血走り、もう止まらない先導者が叫ぶ。腹を括り、藤志朗が銃口を向けたその時だった。
「うわぁあああああああああ!」
「きゃああああ!」
「楓?!と、清閑寺の?!」
二人はテーブルを持っており、酷い傾きで止まらなくなったのか、操縦室へまっしぐらに落ちていく。そしてなんということか。そのまま先導者に激突したのだ。
「ぐはっ」男は白目を向き、気を失う。
窓硝子に落ちた楓と菊子は、割れる前に慌てて床に移動する。必死なんだろうが、なんとも間抜けな姿だった。
「菊子さまぁ!」
「もう大丈夫、安心なさい」
菊子の胸に、彼女が飛び込む。
「藤志朗!見てないで早くなんとかしてよ!」
「ふっ、解った!」
藤志朗も滑り降りると、武装集団二名の太ももに一弾ずつ発砲する。
「船長、今からでも平行に戻せますか?!」
「任せろ!」
船長が操縦桿を取り返し、ぐっと引っ張ると飛行船は水平へと戻っていく。地上から約八百メートルまでの出来事だった。
「藤志朗、大丈夫?!」
ヘトヘトになった楓が駆け寄って来る。
「俺は大丈夫だ。寧ろ…なんでテーブルなんぞ持って落ちてきた?」
「あぁ、あれね。操縦室に突撃するのに必要かと思ったら急に傾いたから…そのまま転がり落ちたんだ」
「なるほど」
「お見苦しいことろを、お見せしましたわ」
菊子が照れながら答える。
縄で先導者と他二人も縛り付ける。
「これで警察に着き渡せばいいだろう。久世に連絡を入れた方が動きも早いだろう」
藤志朗は操縦室内にある電話を使い、久世に繋いでもらう。すると少々不機嫌そうな久世が『どうした』と電話に出る。事情を話すと、すぐに出動してくれるよう手配すると承諾してもらえた。
「終わったんだ…」
安堵から、楓は腰が抜けて床に座り込む。そんな楓を見て、藤志朗は面白可笑しくなって、つい鼻で笑ってしまった。
「笑うなよ!これでも、緊張してたんだぞ!」
「はいはい」
「一件落着ですわね」
「最後まで気を抜くかないように」
三人は長いようで短時間に起きた出来事に、地上に着地するまで緊張するのであった。
着陸すると、警察が既に集まっていた。中へ突入してくる警官に武装集団を引き渡す。
電報で家族が乗っていたと知った身内が停泊所に集まっていた。そして無事家族と再会できた人々が安堵の息を吐く。
「終わったねぇ。なんか、ドキドキして止まらないや」
「本当だな。こんな空中散歩は弐度と御免だ」
「あ、豪華な食事、食べこそねたぁ」
切り替えが早いのか、単純なのか解らない楓の言動に、藤志朗は小さく笑った。
「食べに行けばいい」
「また連れて行ってくれるんだ?」
「地上にある店にな。暫く飛行船には乗りたくない」
二人の間を、風が遊ぶように吹く。
「藤志朗様、楓様!ご無事でなによりですぅ!」
「八千代丸!」
八千代丸の情けない声は、人間らしくてなんだか笑えた。楓が来てから、八千代丸の感情学習記録がよく働くようになったと感じる。
「さ、帰ろう」
「うん。帰ろう」
二人と一機が帰ろうと歩き出した時だった。
――「キャー!」女性の悲鳴が上がる。振り返ると、武装集団の先導者が警官から逃走する後ろ姿があった。
「藤志朗!」
「ここから先は警察の仕事だ。秘密裏に動いている以上、深追いすると久世に怒られる。幸いにも、乗客や乗務員に被害はない」
「うん…そうだね」
不安が残る中、このハイジャック劇は幕を閉じた。
逃げた男が裏路地を走る。藤志朗に撃たれた右腕がジンジンと血流を打ち、痛みが広がるが興奮剤を打ち、紛らわす。
「失敗してたまるか…!俺は、俺はまた侍の時代を創るんだ!」
目が血走り、鼻息も荒くなる。
「それは素敵な考えね」
拍手が鳴り、男は思わず振り向いた。そこに立っていたのは…清閑寺菊子だった。菊子は微笑み、男を慈愛に満ちた眼差しで見つめている。
「なんで、どうしてお前が?!」
「私、強い男が好きでしてよ。そう…貴方のように、思想、理想を掲げる殿方はとても素晴らしく、放っておけなくてよ。貴方は…次にどんな行動を起こすの?」
「次は…次はまた仲間を集める所から始めなければならない!次こそは…次こそは成功させる!」
「次なんて無いわ」
バン!と発砲音と同時に男の眉間に穴が開く。撃ったのはそう、菊子しかいない。
「つまらないわ」
落胆すると、菊子は気分を変えるかのように鼻歌を鳴らす。まるで少女が躍るように、綺麗な花を摘むように、それはもう軽い足取りで執事が待つ車へステップを踏んでいく。
車内には、一緒にいた取り巻き達も乗っている。クスクスと笑い、男の死体を眺めていた。
「さぁ。これからが楽しみになるわ。あの方に、水無瀬藤志朗という存在を教えなくちゃね」
車に乗り込むと、操縦室手兼執事は何事もなかったように車を発進させる。
静かな朝は、次第に人々が起き、日常がまた始まる。
原作・ぱるこμ。原案・PaletteΔ