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秘密結社海星堂  作者: ぱるこμ
4/9

無いが地獄、知らぬが仏

読んでくださりありがとうございます

―秘密結社海星堂―


秘密結社海星堂…

それは水無瀬藤志朗が創設した結社だ。文句通り、活動内容は秘匿。


だが、前回の様子で凡そ解ってきているであろう。海星堂は主に警察の手が行き届かない場所に潜入し告発が主だ。時によっては噂を聞きつけた依頼人が暗殺、国外逃亡への依頼を受けることもある。それは内容次第だ。大半は暗殺に関しては恨み晴らし、国外逃亡は自業自得。前者は請け負うし、後者はフリをして警察に突き出す。


その他多岐に渡り活動をしている。

創設した理由は藤志朗の思いつきだ。かっこいいからやる。それで集められたのが主任兼遊撃担当・安吾院陵介。隠密担当・烏丸雪乃進。会計担当・久世雅比古。探偵担当・水無瀬藤志朗の四人だった。その他に仲介人の花園珠子。助人ロボットのアズサがいる。


小西寧々は海星堂の存在すら知らない。藤志朗が喫茶海星のオーナーであり、そこに幼馴染の久世や仲のいい雪乃進、陵介が顔を出しに来てくれていると思っている。


今、この説明を楓は大人しく聞いていた。

就寝しようと寝巻に着替え、ベッドに就こうとした時、話があると藤志朗に呼ばれたのだ。


「望ノ環事件の事情は判ったよ…。でも、なんで今俺に話してくれたの?」

「お前の力が必要だからだ」


楓の眼が少し見開き、光を見せる。


「まぁ、雨が降るまでの手伝いってことで…お役に立てるなら」


さて。何故藤志朗が海星堂のことを楓に伝えようとなった経緯を話そうか。

楓は元居た時代に帰るまでの間、水無瀬家で使用人として働くことになった。しかし、流石は現代っ子。雑巾がけも遅い。窓拭きも遅い。料理は見ていられないほど危ない手つき。

藤志朗から「下がってろ」と言われ、八千代丸の仕事ぶりを見ては役立たずを痛感するのだった。


「それで。俺はどんな協力をすればいいの?」

「囮になってほしい」


あっけらかんと、悪気も無く言う彼に、楓はぽかんと口を開けた。


「なんだ、そのアホ面は。お前が元の時代に帰るまでの奉仕だと思って役に立つんだな」

「え、帰る方法判るの?!」


楓は思わず藤志朗に飛びついた。迷惑そうな顔で睨まれる。


「忘れたのか?雨が降った日に、お前が立っていた場所にテントを張ってやる。まぁ、賭けだがな」

「そっか…同じ条件が揃えば戻れるかもしれないのか。俺、雨が降るまで頑張るよ!」


単純なのか、信じやすいのか。屈託のない笑顔を向ける楓に、藤志朗は内心呆れた。もう少し疑うなり、用心深くいろと思ったからだ。




―無いが地獄、知らぬが仏―


以来は、珠子に脅迫文や嫌がらせ、喫茶海星の評判を落とすようなビラが配られていたりとと、要はストーカー紛いな行為をする奴がいるらしい。


「ストーカー?お前の時代にはそんな言葉があるのか」


藤志朗が珈琲を啜る。


「うん。俺が産まれる前に規制され始めたんだって。それまでは男女の痴話喧嘩で片付けられてたみたい…」

「規制されるほどの事件だったのか?」

「…うん。警察も動いてくれたり、面倒臭そうだったりで。実害が出たり、守れたり。それでも、引っ越ししなきゃいけないのは被害者のほうなんだよね。理不尽だと思う」

「大丈夫さ。珠子が引っ越すようなことはさせない。だから囮になれ、楓」


楓は溜息を吐き、頷いた。

被害内容を整理すると、店の窓に石が投げ込まれ割れる。


『石女』『離縁された女』と書かれた紙が店に貼ってある。

そして夜、帰り際に視線を感じるが暗くてはっきりと相手を目撃したわけではないらしい。


「あの、石女ってどういう意味?」


その質問に、藤志朗は一瞬驚き、すぐに表情が元に戻る。


「子供を産めない女性のことだ。平気で言う奴もいる」

「酷い、なんでそんなこと!じゃあ男性はどう酷い言われ方してるの?石男とか?!」


楓が未来から来たなんて言えない藤志朗はしどろもどろになっていく。

彼の反応から見ると、未来は不妊に理解があり、差別用語として廃れているのかもしれない。そう思うと、未来が楽しみになった。

しかし今はそんな場合ではない。


「あはは!楓君は面白いね。私の若かったころの話聞けば判るわ」


厨房から出てきたのは珠子本人だった。

まぁ、あんな大声で文句を言えば嫌でも耳に入るだろう。

そして珠子は淡々と答えた。


「私が嫁ぎ先で子供が三年出来ませんでした。時間の無駄だと罵られ離縁。以上」

「何それ、サイテー…」

「そう言ってくれるのは藤志朗と楓君くらいだよ。雅比古は跡取り作らないといけない立場だから下手な事言えないだろうし、陵介は優しいからね。神様の気分で赤ん坊が来ると思ってる。雪乃進は…あんな子だから」


いつも豪快で、酒好きで飲んでは心配されている珠子ではなく、どこか弱弱しく思えた。


「話を訊く限り、犯人は今の嫁で間違いないだろうな。妊娠した自慢でもしにきたところだろうか。暇な女だ」

「風の噂で一年前に新しい嫁を娶ったって聞いたからね。もしかしたらそうかも」

「たち悪…」


今も昔も、嫌な奴は根性が腐っているらしい。

現代では、医学が発展して男性不妊もあるということを教えていいのだろうか。令和を生きている男性だって、信じたくなくて検査を受けないという人もいるとか、いないとか。


「それで、どうして俺を囮に?」


本題だ。


「珠子に若い燕がいると知れば相手は納得するか、さらにヒステリックになるか、見ものじゃないか」

「サイテー。引き受けなきゃよかった…」


藤志朗のるんるんとした姿に、楓は口をヘの字にして睨みつける。


「でも。珠子さんにはいつもお世話になっているから、ストーカー…じゃなくてやべぇ女を撃退しましょう!」

「ありがとう。二人共、せっかくだから三時のおやつでも食べていったら。洋菓子焼いたの」

そんなほのぼのとした光景を、憎らしそうに見ている女性が電信柱から覗いていた。



さてさて。

引き受けたはいいものの、ストーカーを刺激しない項目に誰かと一緒にいるといけない…と聞いた気がした。それは話し合いの席での禁止事項であったろうか。どっちだったか、どれだったか思い出せない。

こういう時スマホが使えないのは本当に不便だ。現代でならすぐに調べて、対策が出来たのに。この時代では、ストーカーは取り締まってくれるのだろうか。それすら知らない。もっと勉強しておけばよかったと思ったところで、受験に必要な場所しか教わらないし、よほど興味が無いと大正時代の事件は調べてもストーカー事情まで調べないだろう。そもそも、現代でも男女の痴話喧嘩として軽く見られている可能性が高いのに、この大正時代では痴情の縺れ扱いで相手にしてくれない光景が目に浮かぶ。


(今も昔も変わらないとしたら、もっとストーカー規制について調べておけばよかった。対策とか…)


自分の周りに、ストーカー被害にあった友人はいなかった。いや、いても楓には相談しなかっただけかもしれない。内側を見透かされて。


「楓君?」

「あ、はい!」

「ごめんね。おばさんの揉め事に付き合わせちゃって」

「珠子さんの事おばさんだなんて思ったことありません。頼れる姐御って感じで」


カンカンカンと路面電車に揺られる。小奇麗なワンピースを着た女性に、着物姿で帽子を被った紳士が乗り合わせている。子供を模した子供型のロボットが本物の子供のように座席に膝を突き、景色を見る。髪型もモダン的で、まるで教科書のようだった。空には飛行船が飛び、赤いランプが点滅していた。

自分が住んでいた世界とは違う、歴史を今、生きている。


帰り道。スチームで発熱し電気と化し街灯が道を照らす。


「この件が解決したらさ、藤志朗に頼んで飛行船に乗せてもらいな。そこで食べる食事は最高だって巷で話題だから」

「飛行船レストランってことですか?」

「そういうこと。値段も空飛ぶ並みに高いけどね」


そう言われ、楓は値段については深く聞かなかった。聞いてしまったら、遠慮してしまうだろう。

飛行船なんて、生で見たことがなかった。だからここで飛んでいる飛行船を見た時感動した。

だから、帰る前に…乗ってみたかった。


(飛行船乗るまで、晴れていてほしいな)


店から少し歩くと現代では映えになりそうなコンクリートアパートが一棟建っていた。蔦がアパートの半分ほどを包み、ランプが雰囲気を醸し出す。


「おしゃれ…」

「ありがとう。よかったらお茶でも飲んでいく?」

「いえ、喫茶店に帰ります。八千代丸が迎えに来てくれることになっているので」

「そう。…巻き込んでごめんね。気を付けてね」

「気にしないでください!嫌がらせする人なんて許せませんから」


バイバイと手を振りながら、楓は今日のミッションクリアを内心喜んだ。居候でただ飯を食べさせてもらっているうえに寝具まで準備してもらっているのだ。これくらい、役に立ちたかった。すっきりとした気分でアパートから離れると「きゃー!」と悲鳴が聞こえてきた。珠子の声だ。楓は急いで戻り珠子を捜す。すると二階の角部屋に珠子の姿があった。


「珠子さん!」

「か、かえでくん…これ」


手すりに捕まり、怯えている珠子の指さすほうには玄関があり、べったりと血が塗られ、肉片らしきものが落ちていた。


「け、警察呼びましょう」


二人は交番に駆け込み、事情を説明し警察が出動する騒ぎとなった。



「一体どういうことだ。俺はこんな話聞いていないぞ」


怒るのは雅比古だった。警察署内での控室には雅比古を含めた四人がいた。楓、珠子、そして藤志朗だ。


「お前も宗教団体の潜入の時俺に言わなかっただろう」

「それとこれば別だ。男女の痴話喧嘩のはずがここまで酷くなるとはな」


その言葉を聞いた楓は、思わず声を出してしまった。


「痴話喧嘩じゃないです!立派な犯罪で、嫌がらせです!」

「男女の痴話喧嘩が犯罪?何を言ってんだ」

「実際に男女関係の縺れじゃないですか。それで、珠子さんが怖い目にあっているんですよ。立派な犯罪です」


両手を握りこぶしにして怒りを我慢する楓を見て、藤志朗が助っ人に入る。


「今回は確かに行き過ぎた行為だな。現妻が犯人だと解っているんだ。さっさと蹴りを付けよう」


玄関に塗りたくられていた血と肉は鶏のものだった。予想としては屠殺した鶏を一羽盗んで犯行に及んだのだろう。


「はぁ…解った。大川内家に行く。これは警察ではなく海星堂として聞きに行くだけだ。門前払いされたら大人しく引き返すぞ。余計な真似をしないなら藤志朗と連れも同行させてやる」

「大人しくするから連れて行け」


すぐ事情を聞きに行くために、四人は車に乗り込む。


「久世さんは」


楓が話しかけるが、無言でバックミラー越しに視線を向けられる。


「け、警察の人じゃあないんですよね、確か」

「そうだ。俺は英訳をして稼いでるくらいの奴だよ。だから帰れと言われたら帰る。警察所内をうろついているのも、身内だから許されている行為だ。話は終わりでいいか」

「あ、はい」


感じ悪っ、と楓は内心毒づく。話題を変えたくて、今度は珠子に声を掛ける。


「珠子さんの実家はどんな感じなんですか?」


「おい」久世が苦言を言いたげに苛ついた声色を出す。助手席に座っていた藤志朗に黙っていろと言わんばかりに肘で突かれ、余計苛立った。


「珠子は花園デパートの娘だ。つまり、金持ちの娘だ」


藤志朗があまりにも簡単に答えるから、一瞬丸呑みしそうになるが、途中で理性が働き始める。デパート?金持ち?


「花園デパート…」


現代では聞かないデパートだ。もしかしたらこの世界で繁栄しているのかもしれない。


「聞いた事無いのか?」

「え?!うん…俺、お店とか疎いからさぁ」

「どれだけ箱入り息子として育ってきたんだ」


久世の嫌味に、ムッとする。


「俺の出身地とか、事情とか知らないのに口出ししないでください」

「久世、お前は敵をよく作るな」


藤志朗はどういう訳か楓に肩入れしていることに、久世はあまり面白みを感じなかった。あの孤高で自由気ままな藤志朗が一人の、しかも男を庇い、事情を教えているのだ。これはある意味嫉妬でもあった。


「早く車を出せ、久世」


急かされて、久世はようやく車を発進させた。



大川内家――旧華族の家柄で、珠子の元嫁ぎ先。


藤志朗の指示で楓と珠子は車内に残ることとなった。呼び鈴を鳴らすと、女中が玄関を開け、怪訝そうに二人を見る。二人はどういう事柄を話したのか、女中は納得して二人を屋敷内へと案内する。


「犯人…だといいんだけど」

「どうしてそう思うの?」

「嫌がらせしている人が解って止めさせればいいじゃないですか」

「止めてくれるかな。でも、なんとなくだけど…彼女も苦しんでると思う」

「苦しんでる…?」



家内に案内された藤志朗と久世は、妻である――道子と客間で対面していた。


「とある女性に、嫌がらせ行為をしていますよね」

「…知りません。どういう意味ですか?」

「養鶏場を運営している知り合いに聞きました。鶏を一匹、買ったと」


久世がそう話すと、道子は押し黙り、両手を握りしめ震える。


「買っただけじゃない。鳥料理が食べたくて」

「だがここ最近で鶏一羽を料理していないと女中から聞きましたよ」


道子は瞳を閉じると、諦めたように喋り始めた。


「珠子さんに、嫌がらせをしたのは私です」

「理由は?」藤志朗が尋ねる。

「腹が立ったからです。私は二番目の妻として、子供を授かることを期待されていたのに、一年以上経ってもまだ出来ない。それに比べて、子供が出来なくて離縁されたくせに楽しそうに働いて、おまけに若い男を捕まえて…生き生きとしている珠子さんが憎かったんです。私だけ辛い思いするなんて!」


怒りに震える道子に、久世が物申そうとすると、藤志朗が口を挟んだ。


「珠子も、貴女と同じような扱いを受けた。三年もだ。子供はまだか、跡継ぎを生め、女だったら養子に出す。嫁いびりも最悪だったと聞く。自分だけが通ってきた道だと思うなよ」

「そんなこと…言われたら私はどうすればいいのよ!」

「自分で考えろ。少なくとも、珠子はそうした」


珠子は、相手の顔を立てるために自ら離縁を言い渡されるような行動をした。それが成功し、旦那側は使えない嫁を切り捨てたと大きな顔でいられたのだ。


「そんな…こと、私は…」

「出来ないとか言わないように。やろうと思えば、意外と何とかなるもんだぞ」

「…あっそう。そうかもね」


まるで憑き物が落ちたかのように、彼女は冷静だった。


「もう、嫌たらせ行為は止めます。直接は言えませんが…珠子さんに申し訳なかったとお伝えください」


この出来事を聞いた珠子は、やっぱりと言わんばかりに、彼女の謝罪を受け入れた。

彼女の苦しみが解るからだ。跡継ぎを生まなければならないプレッシャーに、耐えきれず、離縁された女が楽しく笑顔で暮らしていると知ったら、腹も立つのかもしれない。

こうしてこの事件は幕を閉じた。以来、嫌がらせも無くなった。

これは確実な話だが。後日、道子が離縁されたと久世から聞かされた。子供が出来ないのが理由らしい。

藤志朗と楓は喫茶海生でランチを嗜んでいた。


「道子さん。これでよかったのかな」

「珠子が再出発出来たんだ。あんな奇想天外な嫌がらせをする行動力があるなら、すぐ立ち直れるさ」

「そっか。それもそうかもね」


今日のランチはサンドイッチにコーンスープだ。寧々が提案した照り焼きとレタス、トマトをサンドしたサンドイッチは美味しかった。


「でも、今鶏肉料理は…」


楓は思わず苦笑いした。



水無瀬家でゆっくりしていると、雨がぽつぽつと降ってきた。小雨はいつしか本降りへと変わる。


「八千代丸、外にテントを張るぞ」

「かしこまりました」

「楓…寒くない恰好と毛布を用意するんだ」

「…はい」


簡易的なテントが張られる。現代のキャンプとは違うテント。そこにシートを囲い雨が中に入らないようにする。そして使われなくなったソファを置く。


「お別れですね、楓様」

「八千代丸、ありがとう。藤志朗も、ありがとう」

「明日の朝、お前がいないことを願っている」


そう告げると、藤志朗と八千代丸は屋敷へと戻っていく。楓はテントで、いらないソファを置いてもらい、そこで寝る。明日、目が覚めたら元の世界に戻っている。そうしたら、海斗に会いに行こう。そして思いっきり抱きしめるんだ。

じいちゃんとばあちゃんにも、謝らないといけない。心配をかけてごめんねって。


(ありがとう、藤志朗…)


お別れが、少し名残惜しくなった。

翌朝、雨は上がり快晴だった。藤志朗は露草を踏みしめながらテント内を確認する。


「楓…」


名前を呼ぶと、そこにはまだぐっすりと眠っている楓がいた。失敗したのだ。


「起きろ、楓」


肩を揺らすと、楓が夢から現実へと引き戻される。


「とうし、ろう…?え、藤志朗?」

「そうだ。失敗したんだ」

「…そうなんだ」

「すまない。寒かっただろう。屋敷へ戻るぞ」


藤志朗はそれだけ言うと、先に屋敷へと歩いていく。その背中を、楓は泣きたいような、半分安堵したような感情で見つめていた。



―空中庭園飛行―


楓が元の世界に戻れなかったのは、自分のせいじゃないかと、藤志朗は悩んでいた。昨夜、帰らないでほしいと願ってしまったのだ。楓がいなくなることが嫌だった。たった数日しか一緒に居ないのに、消えないでほしいと願ってしまったのだ。もし、楓の意思より自分の願いを神様が優先したとしたら、これは罰になるのだろうか。


「藤志朗様、大丈夫ですか?」


八千代丸が不安そうに尋ねる。


「あぁ…」


あまり大丈夫ではなさそうだ。どうしたものかと悩んでいると、楓が軽い足取りで戻ってきたことに、一人と一機は驚く。


「帰れなかったけどさ、俺、そこまでショック受けてないよ」

「楓、だが…」

「本当にだよ。そりゃ、帰るつもりだったけどさ…条件が合わなかっただけなんだよ。もう少し、俺がこの時代に来た時のことを整理しないといけない。それと…お願いがあるんだ」

「どうした?」

「俺さ、飛行船乗ってみたいんだ!珠子さんから聞いたんだ。藤志朗なら乗せてくれるって」


藤志朗は呆気にとられた。まさか飛行船に乗りたいと言い出すとは思わなかったからだ。これには思わず、藤志朗も喉の奥で笑い、それが声に出る。


「ックック、あはははは!解った、乗りに行こう!」

「何で笑うんだよ…」

「いや。お前という人間がなんとなく解ってきた気がしてな。飛行船に乗りに行こう。いつがいい。なるべく早いうちが良いだろう」


藤志朗はカレンダーを捲り、日付とにらめっこをする。


「次の日曜日はどうだ?」

「良いけどさ。俺、働く場所が欲しいな。いつまでもいる訳に行かないし、居候なのにただ飯食うのも悪いから」

「なら、海星堂と喫茶海星で働くと言い。珠子には俺から話を着けておこう」

「え、いいの?」

「なるべく俺の目が届くところに居てくれた方が都合はいいからな」

「なんか、見張られているみたい…」


想像する。ハイカラな袴とエプロンを着た寧々とアズサに挟まれる、ウェイター姿の自分を。


「出来る、かな…」

「出来るかなじゃない。やるんだよ。これで変なことに巻き込まれたり、起こしてみろ。違う時代から来たとか、俺の家の居候とか色々ややこしくなるだろう。大人しく俺の言うことを聞くんだな」

「はい」


確かに、もう巻き込まれるのは嫌だった。

すると、呼び鈴が鳴る。八千代丸が出ると、相手は久世だった。久世を屋敷内に上げると、何やら八千代丸に怒っている様子だった。


「あの混血っぽい奴が居候だとは知らされていないぞ!いつからそんな身元不明な奴を泊めているんだ!」

「落ち着いて下さい、久世様」


久世はリビングに来るなり、お怒りだった。多分、心配だったのだろう。素性の解らない男を泊めている藤志朗の事が。


「お前も望ノ環事件を黙っていただろう。何をカリカリと怒る」

「それとこれとは話が別だと思うが?」

「じゃあ、今から説明しようか?信じるかはお前次第だ、久世」

「信じる…?一体お前は、どんな奴を家で預かっているつもりなんだ」

「楓…新田楓。彼は未来人だ。よく空想科学小説で出てくる、未来人」

「…は?」


久世は信じられないというか、呆れた様子で楓を見つめる。


「ほら、信じない。コイツの髪を良く見てみろ。生え際は黒いのに、大方の髪は西洋人みたいな色をしている。これは未来の技術だ!」

「…解った。俺は一旦帰って整理する。お前のバカみたいな話をな!」


それだけ言うと、久世はさっさと家を出て、車に乗り込んだ。


「あの、よかったの…?」

「久世とは昔からこんなやり取りばかりだ。珍しい物じゃあない」

「そうなんだ」

「それより、飛行船に乗るとなれば服が必要だな。そんな簡易な服じゃ追い出される」

「そんなに高級なの?」思わず訊く。

「上流階級相手に商売をしているんだぞ。それなりの身だしなみが必要だ。八千代丸、車を出してくれ」


こうして今日は、飛行船の予約と、服の買い出しとなった。暫くいるのだからと、藤志朗は生活品まで揃えていった。それが何だかとても楽しそうで、楓も少々複雑な気持ちになった。

――ここに、居たい――この気持ちに嘘はなかった。矛盾を抱えながら、楓は藤志朗の隣を歩くのだった。



原作・ぱるこμ。原案・PaletteΔ

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