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秘密結社海星堂  作者: ぱるこμ
1/9

未来からの旅行者

読んでくださりありがとうございます

―開幕―


海星

初めてこの漢字を見た時、どんな美しい星が海に存在しているのだろうかと胸を膨らませた。キラキラ輝いているのだろうか。


本当に五芒星なのか。


それとも金平糖のように小さく鮮やかな色彩を放つのか。


はたまた、ビー玉のように透き通っているのか…


実際本物を見たとき、俺の心境は微妙なものだった。


五芒星よりも細く、綺麗…な柄だとは思ったが、これが海生物なのかと思うと摩訶不思議にさえ思えた。しかも、この海星は死骸だった。


海に膝まで浸かっていた父が「ヒトデがいるぞ」と手招きをする。

俺が「かいせい」と呼んでいたモノは本来「ヒトデ」と言うらしい。

ヒトデは妙ちくりんな動きをしていた。岩に張り付き動かない奴もいた。


想像していた海星の正体は全然違う別物だったが、何故か気に入った。母に頼み、あのヒトデの死骸を持って帰った。


洗って、アルコール漬け、干して、エトセトラ。


人間の満足のために海に帰ることを許されず、標本にされた海星(ヒトデ)は今も俺の部屋に飾ってある。

両親との貴重な思い出。想い入れ。


あの頃幼かった俺が十三を迎えた時、両親が事故に巻き込まれ他界した。

俺…水無瀬藤志朗は十三で水無瀬家本家の家督を継いだ。



つまらない人生が怖くなった。



大正咲拾壱年

日ヶ瑞穂ノ国・通称日本国


本なんてどこにも組み込まれていないが、まだ大江戸ノ刻時代に陽ノ本国と名称されていた。

その名残で日本。

そもそもこんな長い国名なんぞ付けす、素直に日本と命名すればよかったものを偉い人物が考えることはよく解らない。


今日も最悪な一日だった。

家を出れば出資してほしい企業役員の出待ち。野暮用があり尋ねた分家からはお見合いしろ攻撃。勝手に持ち込まれる見合い写真。止めは明後日見合いの場を設けたと後出しされたこと。


「はぁ」

「随分重たい溜息ですね」


機械音が混じる喋り方。


「嫌にもなるだろう。今日も散々でつまらない一日だった。やっと分家共から解放されて喫茶海星で珈琲を飲み一服していたら幼馴染が現れて、逢引き中で挙句口を出すなとケチを付けられた」


自動車は繁華街を抜け、しばらく変哲の無い道を走り、比較的裕福な世帯が住む住宅街へと入っていく。


「…おまけに今日は雨だ。雨を喜ぶのはカタツムリと子供くらいだろう」

「農家の方も喜ぶかと」

「農家と子供を同じにするな。向こうは仕事だ。雨量に泣かされることだってあるだろう」


やっと自宅に帰宅する。

普段、晴れの日は運転手が門をあけるのだが今は雨。俺は傘を差し、後部席から出る。


「藤志朗様、私がやります」

「この前油を注して()()()()()ばかりだろう」


壁内埋め込まれた金属性キャビネットを開き、門の開閉ダイヤルを回す。

カチッと解除される音がするとシュゴーと音を立てながらゆっくりと開いていく。


「この門も木製だから朽ちてきているな。近々買い換えよう。八千代丸、そのまま車庫に入れてくれ。風呂の前に茶を飲むから用意しといてくれ。俺はこのまま家に入る」

「かしこまりました」


いつも通りだ。今日も平和だった。

途中まで徐行していた八千代丸がブレーキを掛ける。


「どうした」

「藤志朗様、あの方は…盗人(ぬすびと)、でしょうか…」


盗人と疑う割には、そうは思っていない口ぶりだった。

車のライトの先に照らされているのは、明るい茶髪の青年が突っ立っていた。俺より年下だろう。まだ幼さが顔に出ている。


(混血か?)


雨に打たれびしょ濡れになり、十月と言う寒い時期にも関わらず薄着。肌着とも見える服。冷え切ったのかガタガタと体を震わせ、俺達を怯えた目で見ていた。

我が家は塀も門もそれなりに高さがある。乗り越えようとしても二人係じゃないと登れない。


「誰だ、お前は。どうやってここに侵入した」

「あ、の。ここは、どこ、ですか…」


いい歳をした男が今にも泣きそうな声で尋ねてくる。

俺は呆れた。泣きたいのはこっちだ。どうして奇妙奇天烈な奴が我が家の庭にいるんだ。


「ここは俺の家だ。解ったらさっさと帰れ」

「あの…!俺若洲でキャンプしてたんです!寝ようとして、ウトウトして、急に寒くなって吃驚して目を開けたらここにいたんです!どこですかここは!地名を教えてください!それか警察!そしたら自分で対処しますから!」


男は自棄になった。


「若洲がどこだか知らんが、ここは浅草近郊だ。…とりあえず家に来い。風邪引くぞ」


どうしてこの男を招こうと思ったのか理由は知らん。

ただ面白そうだったから。

それだけ。


「お前、名前は?」

「新田楓です」

「女みたいな名前だな」

「そうですか?別に今時、全然珍しくないでしょ…中性的な名前って」


怪訝そうな顔で見てくる。


「俺は水無瀬藤志朗だ」

「渋い名前ですね」

「は?普通だろ。お前の名前に比べたら極めて一般的だ」


新田は俺のことを横柄な奴だと思っただろう。俺も同じだ。新田も、きっと奴の両親も考え方が柔軟過ぎる人物なのだろう。

家に入るや否や、俺は風呂掃除を済ませ湯を沸かす。


「八千代丸、悪いが先にコイツに寝巻を用意してやってくれ。茶はあとでゆっくり、」

「うわぁー!」


居間へ戻ると、腰を抜かした新田と、棒立ちになり困惑している八千代丸がいた。

八千代丸の手には風呂用タオルと、温かい生姜湯。


「何驚いてるんだ」

「だ、だってロボットが、普通にいる…普通に喋ってる!」

「普通だろ。見たことないのか、ロボット。全自動人形記憶回路搭載式」


「見た事くらいあるよ!でも、バスタオルと飲み物持ってきたんだよ?誰にも命令されていないのに。AIなの?実は水無瀬さんってハイテクノロジー企業に勤めてるとか?!」


「何言ってんだ、お前は。なんだ、そのハイ…まぁいい。東京じゃあロボットは普及している。お前の故郷がどこか知らんが、日本にも世界にもいるぞ」


「いや、え…?俺は千葉出身で、東京の大学に通ってますけど、こんな民家にロボットなんていませんよ」


さっきから、同じ内容の会話をしているはずなのに何もかもすれ違っている。

そもそも東京の大学に通っている?エリートばかりが集まる学び舎に?失礼承知で言うが、新田が聡明には見えなかった。欧州の言葉らしき単語を言うが()()の事にも驚き混乱している。

ちぐはぐだ。

ジィィィィ!とけたたましい呼び鈴が鳴る。風呂が調整温度に沸いた合図だ。


「とりあえず風呂に入れ」

「あ、ありがとうございます…」

「後ほど風呂用タオルと寝巻を脱衣所に置いておきます。生姜湯は温めなおしておきますね」

「あ、ありがとう…」


新田を風呂場へ案内し終わった八千代丸が戻って来ると、どこか気を落としたように見えた。


「私は変なのでしょうか」

「変なのはアイツの方だ。気にするな。八千代丸は堂々としていればいい」


確かに八千代丸は十年以上前に造られた試作品の旧式のロボットだ。確かに人型が普及し珍しいのかもしれない。


頭部も映写機を模しているし、胴体も円柱式、バランス重視でキャタピラ式、階段にも対応できるよう三角仕様になっている。指も三本ずつしか付いていない。

だが同じ機種がもう存在しないわけではない。


「はぁ…最後の最後にどっと疲れた。明日は俺が起き次第アイツを警察に保護してもらおう」

「かしこまりました。それにしても、新田様も不思議な手鏡を二つお持ちでした。手鏡と、腕時計のような手鏡。真っ暗な鏡に映るのです。普通の鏡の方が見やすいと思うのですが」



事件が起きたのは翌朝だった。


「ねぇ、起きて、起きて水無瀬さん!」


新田が強引に揺さぶり起こしてきたのだ。そして言う。


「ここって本当に日本なの?!俺の知ってる日本じゃない、東京でもない!一体ここってどこなんだよ!」


窓を開け、外を指さす。

外はいつもと変わらない風景が広がっている。


空には飛行船が浮き、小型飛行機も飛んでいる。遠くからは蒸気単軌鉄道懸垂式の走行音が風に乗り聞こえてくる。住宅街を離れ浅草方面を見れば、凌雲塔が見え、美しいその一棟をぶち壊すかのように煉瓦造りの建物がずらりと並んでいる。


「ここは通称日本国。正式名称・日ヶ瑞穂ノ国。大正咲拾壱年十月二六日。新田楓。お前こそ一体何者なんだ」

「なんだよ、大正咲って…今は令和で、九月で、こんなお伽噺みたいな街じゃない…!わかんない、わかんない!俺、今本当にどこにいるんだよ…」


説明を聞いた新田は崩れ落ち、苛立ちを隠しながらも蹲り小さく震えていた。



受話器を取り、交換手に水無瀬正一に繋ぐよう伝達する。しばらくすると従弟の正一がおずおずと、気まずそうに受話器の向こうから喋りかけてくる。


『はい、正一です』

「正一、お前都市伝説やミステリーにタイムトラベルだか、SF小説が好きだったよな?今すぐ俺の家に来られないか?車は八千代丸が出す」

『でも、その』

「叔父には俺から早急に来いと命令されたと伝えろ」

『…!わかった』


明るい声が聞けて良かった。それとは正反対に、膝を抱えソファに座りっぱなしの新田を見やる。朝食も手が付けられず、せめて水分だけでもと紅茶を飲ませた。

元気がないのは明らかだ。


「これから専門家ではないが都市伝説やSF好きの従弟が来る。彼に訊けば何か手掛かりが解るかもしれない」

「…ありがとう」


落ち込んでいてもお礼は言えるらしい。


「腹が減ったらいつでも言え。何か作ろう」

「水無瀬さんが作るんですか?」

「そうだが。なんだ、八千代丸が料理をしていると思っていたのか?」


新田はコクリと頷いた。


「俺はこう見えても料理好きなんだ。周りからは料理は使用人が妻を娶って作らせろと言われるが、自分で作るのが楽しい」

「大正時代だとやっぱり厨房に立つ男の人って珍しかったんだ…」

「そうだな。幼馴染にも風変わり野郎と言われる。…お前がいた時代はどうなんだ?料理はまだ女性が作っているのか?」

「俺の家は典型的な家庭だよ。義父さんはテレビ見て、母さんが料理して。でも…料理好きな男性はいっぱいいますよ。珍しいことなんかじゃないです」

「はは、俺は時代の最先端を行っているのか」


自画自賛をしてみると、クスッと新田が笑った。

やっと笑った。


「戦国武将の伊達政宗も料理が好きで、自分で調理していたって」

「へぇ、初めて知ったよ。正室の愛姫が隻眼だったからかな」

「え…」

「…複雑な夫婦仲だったらしいがお互い大切に想っていた記録は残っている。やり取りの手紙もな」

「そうなんだ。そっか。大正咲(ここ)でも、大切な存在だったんだ」


愛姫の話をしたとたん、表情が曇り失敗したと思ったが、どうやら時代は違えど夫婦同士の関係は似ているようだった。この話を聞いた新田は、安心したのか少し顔付きも穏やかになっていた。



―並行世界からの旅行者―


八千代丸が帰ってきた。

来客の水無瀬正一を連れて。


「藤志朗さん!遂に都市伝説に興味持ってくれて嬉しいよ!まず何から話す?牛の首?それとも天狗伝説?あ、英国の切り裂き魔とか!平の呪い?!」


来るや否や、目を輝かせながら迫って来る正一を押しのけ落ち着かせる。


「落ち着け。今日はコイツの話を聞いてほしいんだ。それでコイツが未来人なのか、はたまた宇宙人なのか判断してくれ」

「え…」


少し離れた場所から俺達を見ていた新田が、正一に会釈した。



新田楓。二一歳。住んでいた時代の年号は令和であり、大正時代は歴史の教科書に記載されている。「大正咲」という年号ではない事。千葉県出身。東京の大学に在学。独り暮らし。趣味のキャンプ…野宿しに若洲という場所に滞在中何故か我が水無瀬家敷地内に立っていた。


所持品はスマホとスマートウォッチのみ。

このスマホが、八千代丸が手鏡と勘違いした代物だった。ボタンを押すと表面が光り奇妙な絵が映る。


「すごい…日本国も世界に負けないくらい発展しているけれど、こんな薄くて指だけで操作できる機器は見たことない」


正一が興味津々でスマホを弄る。


「インターネットも出来るんだけど圏外で使えないや。それに…充電が切れたらもう使えない」

「い、いんたーねっと?充電式なの?それなら充電器があればまた使えるよ。八千代丸もそうだし」

「えっと、その充電器が専属で…この時代には無いんだ。だから、切れたらもう電源を点けることはできない」


噛み締めるように話すと、スマホに人が映し出された。


「俺のじいちゃんとばあちゃん。そんでこっちは弟」


新田が嬉しそうに説明する。


「何、それ。写真に似てるけど」

「写真だよ。俺がいた時代では簡単にスマホで撮れるし、むしろエモく取るために白黒とかセピアで撮る人もいるし」

「はぁ…本当にタイムトラベル小説を読んでるみたいだ」


正一は目を丸くし、呆気に取られていた。そして、くたびれた革製の肩掛け鞄から紐で結んだ紙束を取り出した。


「電話で藤志朗さんが言ってた内容からそれっぽい都市伝説を纏めといた束を持ってきたんだ。色々聞いて、新田さんは小説で言うなら所謂未来人で、タイムスリップしたんだと思う。そして、並行世界からやってきたんだ」


馬鹿げているような話だが、今は事実として仮定し話を進行しよう。


俺達の世界では「大江戸ノ刻」「日ヶ瑞穂ノ国」だが新田の世界では「江戸」「日本」のみの名称。大正時代の国名も瑞穂など付いていないと言う。大正時代の先も知っているという。

何よりスマホと言う薄い硝子箱の奥から情報が映る奇怪な機器を持っている。


「きっと、新田さんがいた時代では行方不明者扱いになってると思う。神隠しだって!」


興奮する正一を肘で突いた。

我に返った正一が申し訳なさそうに新田を見た。


「俺、帰れるのかな…」

「…」


正直、さっさと帰ってもらいたい。

警察に投げ出してもいいが、その後どうなる。右も左も、ましてや考え方も違う時代でやっていけるのか?

正直、新田が野垂れ死のうが興味はない。だが後味は悪い。俺が悪者みたいで。


「…雨が降る日まで泊めてやる。お前が突っ立っていたのは雨の日だった。だから雨が降ったら同じ場所で過ごせ。そしたら帰れるかもしれないだろう」

「そっか、同じ条件がまた来れば帰れるかも!ありがとう、水無瀬さん!意外と優しいんですね!」

「……」


俺がここまで親切にしてやっといて‘意外と’とは何だ。腹立ってきた。

すると八千代丸が提案をしてくる。


「でしたら、この時代の浅草をご案内して差し上げたらいかがでしょう。家に籠っているより、気持ちも晴れるかと。ついでに、喫茶海星で昼食も召し上がってきたらいかがでしょうか」

「いいね、その提案!藤志朗さん、新田さんと一緒に浅草に行こうよ」

「はぁ…。アイツが良いって言ったらな」


俺は新田を見た。すると新田は、嬉しそうに笑った。

初めて、満面の笑みで。



「うわぁ、凄い!漫画の世界みたい!」


新しい世界を見た子供のようにはしゃぐ新田に、若干呆れる。二一なんて立派な大人なのに性格が子供っぽい。

浅草の商店街を囲むように蒸気単軌鉄道懸垂式が走り、宣伝用の飛行船が飛ぶ。そして珍しく空中船が大きな羽を動かし、蒸気を噴射させながらゆっくりと走行する。


「あの羽の付いた船、ゲームとかでしか見たことない」

「こっちじゃ当たり前の光景だ。ゲームってボードゲームのことか?」

「えぇ…さっきのスマホとかで出来る電子機器遊具?て言えば説明付くかな…」


小難しい顔をしながら頭をひねる。


「よく分らんがお前のいた世界では珍妙な硝子箱は万能機器ってことか。そこに関しては便利だな。いちいち古書や資料をあさる必要が無さそうだ」

「でも令和でも辞書や本で調べ事とかするし。俺は紙の本の方が好きだから電子書籍になっても紙の方で買ってる」

「また訳の分らん呪文を言い始めたぞ」

「呪文じゃないから!」


賑やかな繁華街を歩く。後ろからくっついてくる正一と八千代丸がクスクスと笑うのが聞こえた。漫才をやっているんじゃないんだぞ、こっちは。


「ねぇ、あれなに?サーカスの宣伝?」


新田が不思議そうに眺めていたのはチンドン屋だった。


「僕もチンドン屋久しぶりにみたよ。最近じゃ電光掲示版とか新聞屋が宣伝してるもんね」

「チンドン屋は広告代理店だ。だからあぁやってビラ巻いて、目立つように楽器慣らしながら行進するんだ。お前がいた時代にはもういないのか?」

「うん…見たことない」


どうやら未来ではほぼ店仕舞いしているらしい。


「新田様、あちらが浅草名物の凌雲閣ですよ」


八千代丸が少し開けた所まで案内する。


「スゲェ!初めて見た!周りのせいでどれだけ当時高い建物だったのかがイマイチ解らない…」

「凌雲閣は東京の象徴だ。神戸タワーと通天閣とで三大望楼と呼ばれている」

「通天閣ってこの時代からあったの?!」

「あるよ」

「初めて知った」

「さっき、凌雲閣を初めて見たといったな。未来には無いのか?」

「それは、その…」


解りやすい奴だと思った。気まずそうに目を伏せ、どう伝えればいいのか迷っている。

未来に凌雲閣が何らかの理由で取り壊されているのだろう。老朽化か、はたまた別の理由か。


「まだ十一時だが海星に行こう。昼時になると意外と混むからな」


話をすり替る。新田は困っていたが、無視した。


「喫茶海星に行くの久しぶり。珠子さん達は元気?」

「相変わらずさ。正一が来るの、楽しみにしているよ」



外装は煉瓦造りでステンドグラスを使用した窓になっている。木製のドア。店内もモダンな雰囲気を取り入れ、俺が拘ったスズラン灯のシャンデリアが淡いオレンジ色で照らしていた。


「これが本物のモダン喫茶!」


もう昨日みたいな悲壮感も緊張した面持ちはない。今は見るもの全てに目を輝かせ、楽しそうにしている。

そこに、店員の女性が水を運びにやってくる。


「いらっしゃいませ、オーナー!今日は皆さんといらっしゃったんですね!そちらの方は?新しいご友人ですか?」


ハイカラの着物にフリルをあしらったエプロンを掛け、大きなリボンの髪留めをした店員服。彼女は小西寧々。喫茶海星の正社員でホール担当。明るい性格で働き始めてすぐに看板娘になった。


「コイツとはなりいきで行動してるだけだ。俺はいつもの。あとはオムライスセット二つ」

「かしこまりました!あ、久世さんから伝言がありましたよ。私から託を聞いたらすぐに事務所に来いって」


託を伝えると、寧々は厨房へ戻っていった。

俺は大きな溜息を吐き背もたれに体重を掛ける。


「藤志朗さん、何か仕出かしたの?」

「それが解れば悩まん」


いや。昨日頼みごとをした。その件について何か情報を得たのかもしれない。


「悪いが、昼食が終わったら解散でもいいか?久世に会って来る。八千代丸、正一達と先に帰っていてくれ」

「かしこまりました」

「あ、あの」


新田が会話の流れを止めた。もじもじしながら、言いにくそうに話す。


「俺、もう少しこの町みていたいんだけど、いいかな…」

「よっぽどお気に召したのですね」


八千代丸が嬉しそうに言う。

ただ、そう簡単に「はい、いいですよ、自由時間です」と答えられない事情が、今のご時世にはある。


「はい、お待ちどうさまです」


そこに、珈琲とサンドイッチ、オムライスセット二つを起用に腕に乗せた人型ロボットA乙三零式・通称名アズサが品を運んできた。

丁度良い奴を見つけた。


「アズサ。オーナー命令だ。俺達の食事が終わったら上がりでいい。そしたらこの男と一緒に浅草観光に付き合ってやってくれないか?」

「…ハァ。それはボスにお聞きください」


アズサを発注ミスなのか知らんが表情は無だし、声色の変化も無いため本当に何を考えているか解らない。どう記憶回路と学習機能を設定したのかも判らない。

今もただジーッと新田を眺めている。無言で。


「話は厨房にまで聞こえたわよ、水無瀬」

「花園か。事情は後で説明する。アズサをコイツと一緒に周らせてほしい。人手が足りないなら午後休にしてもかまわない」


厨房から出てきたのは店長兼調理担当の花園珠子。肝っ玉も据わっているが酒と煙草を愛している女だ。


「それは嬉しい命令ね。落ちた売り上げの分は補填よろしくぅ」

「承知した…」


昼食を目的に来る客が増える前に、珠子は閉店の看板をドアに掲げる。



八千代丸は正一さんをご実家に送るため、クラシックカーに乗り行ってしまった。またあとで俺と水無瀬さんを迎えに戻ってきてくれるらしい。

そして水無瀬さんは、同僚の人が呼んでいるということで、事務所へ向かった。

喫茶海星でもオーナーと言われていたし、喫茶店について相談でもあるのだろうか。


そして俺は今、人間に見えるけどよく見るとやっぱりロボットである女の子と浅草を歩いていた。

チンドン屋も、客引きにも、他の店から出てくる中にも、家族の中にも、ロボットがいる。空を見上げれば、スチームパンクに出てきそうな飛行船やモノレールが走っている。


街並みもそうだ。洋と和が入り乱れた奇妙な日本。服装も、家も。


「あ、俺お金持ってないや」

「大丈夫です。ワタシも持っていません」

「…じゃあ、おそろいだね」


アズサちゃんは寧々さんより背も低く、子どもに見える。お菓子とか買ってあげたら喜ぶかと思ったけど、そもそもお金ないし、この時代の通貨ですらないし、ロボットであるアズサちゃんが食べ物を食べるか怪しい。


店を午後休にさせてまで付き添いさせてくれたのに、まだ一時間も経っていない。


(今帰るのが非常に申し訳なさ過ぎて帰ろうかなんて言えない!言い辛い!)


うんうん悩んでいると、アズサちゃんが手を繋いできた。


「どうしたの?」

「タダで見られるもの、ありますよ」



曲芸師が技を決めるたびに、歓声が沸く。

大道芸だ。道端で梯子を使った芸を披露している。テレビでお正月くらいにしか見たことがなかったから、生で見る迫力に思わず声が上がった。


「スゴー。これって本当ならお金を帽子とか箱に入れるんだよね?」

「楽しいと言う気持ちが伝われば大丈夫です」

「うん、そうかも…」


なんだろう。ロボットのはずなのに人間臭い。

芸が終わり、拍手喝采に包まれる。


周りの客達が小銭を入れていく中、俺達だけが投げ銭していないように伺えた。

俺は典型的な日本人なんだ。

周りと違うと緊張して同じことしないといけないと勝手に焦りだす。今だって、投げ銭しないと申し訳ないと焦りが募る。


「これ、三人分のお代金。楽しませていただきました」


俺の横を通り過ぎ、小銭を入れる女性。

そして俺とアズサちゃんを見て、微笑んだ。


「楽しそうにしていたから、代わりにお代金払わせてもらいました。曲芸見るの、初めてなの?」


この時代にしては、背が高い女性だった。俺より少し小さいくらい。声もハスキーで、聞きやすい。


「初めてで…今手持ちがなくて、その、あとでお金お返しします!SNS…じゃなくて電話番号とか教えてください!」


女性はぽかんとした後、可笑しそうに、だけど楽しそうに笑いだす。


「うふふ、電話なんてお金持ちさんが使う高級品ですよ?さっきの投げ銭は私の気持ち。私は貴方達が楽しそうだったから、入れたの。気にしないで」

「そ、うですか…ありがとうございます」


俺よりも年上なのだろうか。柔らかい雰囲気を纏い、慈母のような微笑を浮かべ、俺とアズサちゃんと見つめていた。


「ねぇ、他にもすごい大道芸が見られる広場があるの。行ってみない?」


今と昔の感覚が解らない。

知らない人に着いていくな、という文言は常識だ。でもそれは大正咲でも通じる言葉なのか?人の親切を断ると駄目とか、そういう風潮はあるのか?


(水無瀬さんも家に泊めてくれた…)


困ってしまって、アズサちゃんに助けを求める視線を送ると、彼女はうんと頷いた。


「じゃあ、ご一緒させてください」



裏方にある事務所に赴くと、すでに眉間に皺を寄せた久世がそこにいた。


「来た早々不機嫌とはどういうことだい?呼び出したんだから、それなりの理由があるんだろう?まさか、俺が不審者を連れていることが気に入らなくて呼び出したんじゃないだろうな?」


久世。久世雅比古。華族出身の家庭。俺の幼馴染。ついでに許嫁もいる。事務仕事が好きな銭ゲバ野郎。


「不審者なんかと歩いていたのか、貴様は。頼まれごとではないが不審な動きを見せる団体がある。その調査を…」


本題に入ろうとした時だ。ドアがコンコンと叩かれる。そして挟んだ向こうから珠子が話しかけてくる。


「ねぇ、寧々がさっきの男の子とアズサが誘拐されたのを見たって騒いでんだけど!」

「はぁ?!」


新田楓が大正咲にタイムスリップして、初めての騒動だった。

申し訳ないと思うが、物凄く胸が躍った。騒いだ。活気づいた。


思わず、口角が上がった。


原作・ぱるこμ。原案PaletteΔ

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