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月の蘇る-4-  作者: 蜻蛉
第二十四話 狂気
64/71

3

 前庭に並ぶ少年たち。

 皆が歓待している。何故だ、そいつらは危ない、そう叫びたいのに声が出ない。

 刀が抜かれる。悲鳴。皆が、斬られる。

 やめろ、と。

 声が出ない。空気はひりつく喉に詰まるばかりで。

 皆、死んでいく。

 小奈が。祖母が。佐亥が。母が――

 一人残されて。

 屍の中に探さねばならなかった。

 華耶。

 掠れた声で呼ぶ。

 華耶。どこだ。華耶。

 どうして置いていくんだよ。

 どうして。

 俺の元に来なければ、こんな事にならなかったのに。


「仲春」

 顔を撫ぜる手の感触と呼ぶ声に目を覚ました。

「華耶はここに居ます」

 荒く息を吐きながら、ゆるゆると彼女の顔を見上げる。

 夢か。夢なんだろうか。いつか本当になりはしないか。

 いつか見た母の白骨の夢が現実のものだったように。

「あなたが苦しむ理由がやっと分かりました」

 華耶が言う。一体どういう理由が続くのかと、薄っすら恐れを抱きながら待つ。

「私はどうしたら良い?どうしたらあなたは安心する?」

 肝心な所は言葉にされず、問われて龍晶は顔を顰めた。

 譫言で何か喋ったのだろうか。隠そうとした本心を。

 それで分かってしまう程、彼女は俺を理解している?

 それを俺は願うのだろうか。初めての理解者を。

「…仕事をする」

 結局は逃げようとして、起き上がりかけて。

 視界が白んで血の気が引き、上体は再び倒れた。

 寝台ではなく、華耶の体に受け止められて。

 久しぶりに彼女の胸の中で息をする。柔らかさも匂いも変わらない。

 なのに俺は。

 済まなさが募る。

 華耶は腕の力をすぐには緩めなかった。離さないという意志を感じた。

「私は大丈夫。不死の体を貰ったから。きっと、あなたの為に」

 ああ、そうか、と。

 すっと言葉が胸に入る。

「怖がる事なんて無いからね。私があなたを守るの。大丈夫…」

 失えない恐怖と。

 刹那的な安堵。

 大丈夫、みんなそう言って消えてった。

 その、疑念。

 信じたいけど、信じられない。

「みんな消えていくか攻撃するか…どっちかなんだ。だから」

 言い訳して、恐る恐る顔を上げて。

「華耶は…どっちなんだろうって」

 言葉を塞ぐように唇を押し当てられた。

 強い力で、骨も軋む程に抱きすくめられて、二人して寝台に倒れ込んで。

 彼女は笑った。どうして、と怯えた目を向けると、彼女は言った。

「どっちでもないの。あなたのそばに居るだけ。それだけなの」

 弱った体を優しく抱いて、最後に彼女は耳元へ囁いた。

「いつまでも一緒だからね?いつまでも、どこに行っても。あなたが死ぬ時は、私も死ぬ時」


「で、灌王は直接話をしようと持ち掛けて下さっているのですが、如何致しますか」

 うん、と疲れ果てた返事。

 熱のある身体を長椅子の上で膝を抱えて丸めている。とても国王が家臣に会う様には見えない。

 結局、養子の詳しい話は桧釐の口から聞かされた。

 その子供の名は鵬岷(ホウミン)、知らぬ仲ではない。寧ろ、親しくしていたからこそ灌王は目を付けたのだろう。

 それだけ取って考えれば悪い話ではない。

 だが引っ掛かる。灌王家に邪心は無くとも、裏にあの男が居る。

「義父上とはお会いせねばなるまい。だがその前に…この話、どうやって(もたら)された?」

 婚姻の時のように、あの男が持って来たのではないか。それを疑っている。

「灌の使者からです。正式な王の使者でした」

「皓照は噛んでないのか」

「今のところ、影も見えませんね」

 考え過ぎか。否。

 姿を現す必要は無い。その提案を、灌王に吹き込みさえすれば。

 会って確かめる必要がある。

「分かった…。とにかく義父上がこちらに来て下さるのなら有難い。こちらから行くのが筋だとは思うが…この身ではな」

「判断は、それからという事で?」

「ああ。尤も、そこまでされては断れはしないだろうが」

 それでも、もしもの事があれば断る気で居る。

 だが相手はそうとは見せないだろう。じわじわと、それが当たり前であるかのように侵食していく。

「ご懸念が?」

 第一の家臣には伝えるべきだと思い、頷く。

「これは、灌に戔王家を乗っ取られるという話だ。いや、それだけなら歓迎しよう。こんな血なら無い方が良い。だが…」

 険しくなっていく桧釐の顔を、更に壊してしまうなと思いながら。

「乗っ取るその主は恐らく、皓照だ」

「陛下、それは」

「奴の狙いは最初からそれだったんだ。そしてもうどうにも抗えない所まで来ている。無論、俺は最後まで抵抗する気でいるが…だけどもう、駄目だろうな。この命が尽きる方が確実だ」

「何故ですか。何故そうなるのです」

「お前は知らないか。灌は奴の言うなりだ。灌王は勿論、鵬岷のような子供にまで奴を崇拝するよう出来上がっている。鵬岷がこの国を継ぐとなると、戔もいずれそうなるという訳だ」

 桧釐は愕然として黙った。

 龍晶は自嘲した。

「反乱であいつの力を借りると俺が決めた時から、もう動かせない運命だったんだよ。俺が馬鹿だった…」

「いえ、それは…俺のせいです」

「いや…」

 ゆるゆると首を横に振る。

 この命がもう少し永らえられれば、鵬岷にそれは幻想だと教えられる程に立派な父親になれれば、何か違ってくるかも知れないが。

 体の怠さが諦めを誘う。

 もうどうなっても良いだろう。灌のようになるなら悪くはないではないか。

 或いは。

「桧釐、これは夢物語として聞き流してくれて良いんだが…」

「はい?」

「哥への道すがら、俺は同じ危惧を抱いていた。皓照が戔を操るようになるだろうと。それに対抗する為には、奴を神格化せず、真実を語れる者が必要だと思った。つまり、百年後も二百年後も、この反乱は皓照ではなく民によってなされたのだと言える人間が必要なんだ。その為には奴の寿命に打ち勝つ必要がある」

「不死の人間に、ですか?」

「ああ。…同じく不死になる事だ。俺自身がそうなれないかと…朔夜に頼んだ」

「朔夜に?」

「華耶を不死の身にしたのはあいつだ。同じ事が出来ないかと思った。そうすれば、戔は奴に対抗出来ると…」

 何かを謀るような目が、桧釐に向けられる。

 馬鹿げていると一蹴するのは簡単だ。だがその切実さを考えれば、その一言は口から出なかった。

 この王が存在すれば、戔は保てる。今のまま。

「…朔夜が必要なんだ。俺にも、この国にも」

 そう帰結するのかと納得した。昨日、於兎から聞いた話を思い出す。

「あいつは確かに苴へと送ったんでしょうね?」

 その確認が本来ここへ来た目的だ。

 現実問題、今は朔夜が苴に居なければ困る。

「ああ。燕雷に見送りを頼んだ」

「だから仕事を引き継いだのですか。しかし陛下自らしなくても…」

「急ぐからな。南部の民は年貢の軽減を期待して反乱に加わったんだ。失望させればまた繰り返す事になる」

「分かりました。こちらに人を送りましょう。都でもいくらか役人が集まってきたのでね。少しは御身も楽になるでしょうよ」

「ああ」

 気もそぞろな返事。

 言って欲しい言葉があるが、自分からは言い出せない、そんな風に。

 真逆だと知りながら、敢えて桧釐は告げた。

「朔夜は帰って来ないでしょうよ。苴にやった以上は」

 視線が凍り付いた。

 何処か遠くに投げたまま。

「だから、現実的に策を考えるべきです。もう奇跡を当てには出来ない」

 膝を抱える指先が白く、衣服の中へ食い込んだ。

 その絶望感を見て、桧釐は逆に安心した。

 本当に苴へ送ったのだと確信して。

 朔夜が苴に行けば無事では済むまい。現に、苴の役人が首を落とすと民に周知したという話は耳に入っている。桧釐もそのつもりでこの話を進めた。

 彼には悪いが、それが戔の生き残る道だ。

 苴の為だけではない。また悪魔に掻き回されるのは御免だ。

 王に手をかけさせる訳にはいかない。

 龍晶もそれを分かっているのではないか。

 あの時の恐怖がまだその身に残っているからこそ、友を死地に送る決断が出来たのだろう。

 残酷だが、それが正しい。

 そして早く目を覚ましてやらねば。

 今のままでは、皓照を崇める灌の人々と変わらない。

「さて、都にお帰り頂きますよ、陛下」

 赤くなった目が向けられる。

 膝を抱え、幼子のように、小さく頷いた。


 説得に一番難渋したのは妻だったが、国王夫妻が素直に帰ると言っては彼女も二の句が継げなかった。

 三日後、別荘を発った。

 警護の為に宗温も呼ばれた。久しぶりに顔を合わす。

「どうだ、反乱軍の方は」

 馬を並べて桧釐が問うと、宗温は成果を感じさせる充実した表情の中に、若干の苦味を混ぜた。

「あと一歩です。大軍を率いて戦う必要はもう無いでしょうが…敵の頭が捕らえられなくて」

「藩庸か」

 頷く。頭の中には囮となった少年が浮かぶ。

 まだ報告は来ていない。

「なあ、朔夜の件、お前が絡んでいるのか?」

 突如飛んだ話だがすぐに理解できたのは、この二つの件が時系列的に繋がっていたからだ。

 同時に王が仕掛けた策略。

「私は陛下の言われた通りに動くだけです」

「あれは反乱軍の仕業だって?」

 宗温は多くを語らなかった。己の口から全てを明かすべきではないし、計画を止められたくはない。

 だが桧釐にとっての問題は既にそこには無かった。

「無駄じゃないか?朔夜はもう戻って来ないだろ」

「そうでしょうか?」

 自分の中で揺るぎない予測に疑問が差し挟まれる事が意外だった。

「知らないのか?あいつは苴で首を落とされる」

「朔夜君が死ぬと?」

「ああ」

 そういう言い方をされると良心が痛まないでもないが。

「戻って来ますよ、彼は」

「…は?」

 先刻の会話はなんだったのか。

 自分の言葉の矛盾と、口を開けた桧釐の顔に少し笑って、宗温は言い足した。

「そう簡単に居なくなるとは思えません。何せ、月夜の悪魔ですから」

「おい、不吉な事を言うなよ」

「そうですか?確かに悪魔に我々は悩まされましたが、朔夜君には戻って来て欲しいと心底思います。陛下の消沈ぶりを見れば、尚更」

「それが拙いと思うんだが。早く現実に戻って貰いたいもんだ」

「しっかり立ち回っておいでですよ、今回は」

 どうも意見が合わない。

 朔夜を切り捨てたのが自分だからだ。

 それを誰かに肯定して欲しいのだが、何故だか皆あいつを買っている。

 桧釐は諦めて話題を変えた。

「これも内密の話だがな」

 念の為、前置いて。

「灌王の王子を陛下の養子に迎える話がある。無論、まだ向こうから打診されただけだが」

「春音様はどうなるのです?」

 即座にそう切り返されたのは、桧釐が実父である事を意識してだろう。

「どうもこうもない。これまで通りだ。ただし、王位は遠くなるだろうが」

 宗温の視線に誤解を感じて桧釐は付け加えた。

「それはそれで仕方ないだろう。俺としては実の親として後ろ指を指される事が減りそうでほっとしている。頭が良い筈が無いからな」

「何を仰いますか」

 冗談として受け取って宗温は苦笑した。

「ただ、陛下が言うには、だ」

 本題はここからだ。誰かの意見を聞きたかった。

「この養子は灌王家に乗っ取られるのと同じだと…それだけならともかく、灌と同じように戔が皓照に乗っ取られる事になるんだと。俺は灌の事はよく知らないが、お前はどう思う」

 真顔に直って宗温は黙った。

 確かに軽々しく考えられる問題ではない。

 だが、彼の結論は桧釐を落胆させた。

「皓照様の庇護が頂けるのなら、それに越した事は無いと思いますが」

 そうだった、と自分の頭を叩きたい気分で思い出す。

 元々宗温は皓照の密偵として軍に居たのだ。あの男への崇拝具合は灌王家と変わらないだろう。

 そして口が過ぎた。王の言葉を密告されたら皓照はどう出るか。

「陛下の言葉はここだけの話にしてくれ」

 意味があるかは分からないが口止めをしておく。

「ええ、それは。しかし意外でした。陛下は皓照様に良い感情を持ってはいないのですね」

「まあ…朔夜の事があるからな」

「哥に出立する前の?」

「きっかけはそれだろう」

 あの時は桧釐だって皓照と同意見だったが。

 当然だった。悪魔の恐ろしさを存分に見た後に、何故まだ龍晶が彼に拘るのか理解出来なかった。

 それは今も変わらないが。

「俺だって皓照がそこまで悪人とは思えない。まあ、胡散臭くて面倒臭い奴ではあるが。あいつ抜きに今の戔は出来なかったしな。やる事に間違いは無いと思う。婚姻の件だって」

「そうでしょう?私は賛成です。貴殿さえ納得するのなら」

「俺の事はどうでもいいよ」

 いえいえ、と首を振って宗温は続ける。

「陛下としては他国の王家が跡を継ぐ事自体、あってはならぬ事とお考えなのかも知れませんね。確かにそれは民も納得出来ぬ者も現れるでしょう」

 うーん、と桧釐は唸る。

 確かに良く思わない者は居るだろう。だが有り得ぬ事ではない。

 龍晶自身に至っては、そもそも自分の血が残せぬと分かっている以上、それを問題にしているとは思えない。

 矢張り問題は皓照だという気がする。

「お前、皓照と繋ぎは取れるか?」

「出来ない事はありませんが。何せ近頃無沙汰をしていますから」

「出来るだけ早いうちに会って話がしたい。その(むね)伝えてくれるか?」

「分かりました。やってみましょう」

 そして爽やかに微笑んで言い足す。

「それで陛下の誤解が解けると良いですね」

 ああ、と一応笑って返してやったが。

 龍晶の懸念の一端を垣間見た気がした。

 灌では皆がこうなのだろう。誰もあの男に疑念を持つ者が居ない。つまり、あの男の言う事が絶対なのだ。王よりも強い存在。

 確かにそれは危険だ。

 今は良い。結論からしてあの男の言う事に間違いは無かったのだから。

 だがそれが続けば続く程、周囲の崇拝は強固なものになっていく。

 それに対抗する為に、自ら不死となり崇拝を受ける立場となる。

 あの王はそれを望むのか。

 法螺話だとしても笑えない。

 どっちの未来も、全く、笑えない。


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