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月の蘇る-4-  作者: 蜻蛉
第二十四話 狂気
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 苴を目指し、再び三人の旅が始まった。

 半日ほど山道を進めば国境へ着く予定だ。

 一晩牢の中で寝て、馬に乗れるくらいには回復した朔夜に介添えするように、燕雷が(くつわ)を並べる。

 後ろの事などお構いなしで紫闇はさっさと進む。

「おおい、ちょっと足並み揃えろよ。こっちは熱出したお子様の世話してるってのに」

 横から何も反発が無いのは、それだけ弱っているという事だ。

「道は一本だ。後から来れば良いだろう」

「そうだけど」

「国境で待つ」

 それだけ言い残して紫闇は馬に鞭を入れた。

「なんでそんなに急ぐんだ」

 どうせ待つのに。

 問う相手は既に木立の向こうへ消えた。

「燕雷」

 腫れぼったい目で紫闇が行った先を追いながら、朔夜が掠れた声を出す。

「追おう。嫌な予感がする」

「どういう事だ?」

「国境には人が居るだろ?」

「ああ。それがどうした?」

 燕雷の問いを聞いたかどうか、朔夜も馬を走らせた。

「おい、落ちるなよ!」

 焦って自らも鞭を入れる。

 国境近くになってその理由は分かった。

 発砲音が山中に響き渡る。

 先に着いた朔夜は馬が完全に止まる前に転げ落ちるように下馬して走り出していた。

 その場に居合わせた人々――それがどういう立場でそこに居るのかに関わらず――は次々と息の根を止められてゆく。

 全て、紫闇の無情な力によって。

「退け」

 朔夜が立ちはだかったのは、紫闇の得物の筒先だった。

 後ろにはまだ生きている数人が息を詰めている。

 その中に見慣れた顔があった。

 孟逸(モウイツ)が商人とその家族らしい一般の人々を庇うように腕を広げている。

 追いついた燕雷が横に立った。

「どうしてここに」

 当然のように彼は答えた。

「使者ですよ。朔夜君を迎える為の」

 そして紫闇に目を向けて続けた。

「無論、それは建前です。しかしこれはやり過ぎだ」

 使者として同道した者は皆そこに倒れている。

 国境を守っていた兵や役人達も同様だ。

「お前は戔王の計画を知っているな」

 紫闇の問いに孟逸は頷いた。

「協力はお約束しました。しかしこれは戔王の指示でしょうか。こんな惨い策を取る方とは思えませんが」

「無論、俺の独断だ」

「何故」

「お前はどうするつもりだった」

 問い返されて、孟逸は口籠った。

「口先だけの約束か」

「いえ。隙を見て朔夜君を逃そうと」

 紫闇は鼻で笑って得物を下ろした。

 筒先を塞いでいた朔夜も気を抜いた。その途端、足元がふらついて立っていられなくなった。

「朔」

 燕雷が支えようと駆け寄った、その時。

 発砲音が空気を切り裂いた。

 立て続けに三発。静止の叫びも間に合わなかった。

 朔夜を抱き止めたまま、燕雷が恐る恐る振り返る。

 孟逸が肩から血を流している。その後ろに居た人々は、倒れていた。

 恐らく弾の一発が孟逸を掠めて後ろの人の命を奪ったのだろうが、彼らは一般人だ。たまたまこの場に居合わせただけの。

「貴様…」

 驚きと蔑みを込めて燕雷は睨む。

 その視線を躱して、彼は事も無げに言い放った。

「目撃者を生かせば後が面倒だ」

「面倒だと…!?それが人間の言い草かよ!人の心が無いのか!」

「無い」

 それがどうしたと言わんばかりに見下される。

 燕雷の手が刀に伸びたが、その手に朔夜の手が重なった。

「やめよ、仲間割れは」

「仲間だと?」

 剣呑に返す燕雷に朔夜は顔色を変えず頷く。

「一緒に旅する以上はそうだろ。それに、俺も人じゃない。化物だ」

「お前は違う」

「違わないよ」

 朔夜は半分振り向き、孟逸に言った。

「傷は治すから」

 立ち上がった途端、再び崩れ落ちた。

 燕雷が抱き止める。完全に意識が無い。

「治されちゃ不都合なんでな」

 紫闇の言葉に目を見開く。

「お前がやったのか」

 動いたようには見えなかった。

 だが考えてみれば当然だ。平素から見えぬ刃を駆使しているのだから。

「暫く眠らせてやれ」

 言葉通り外傷は無く、眠っているだけのようだ。体力的に限界だったせいでもあるだろう。

 紫闇は孟逸に目を止めた。

「まだ戔王に協力する気があるか?」

 彼は一瞬迷い、頷いた。

「ならば都に帰ってこう言うが良い。国境に居合わせた者は全て悪魔の餌食となったが、自分は命乞いをして助かった、と」

「その為にこの傷が必要なのか」

「最初から悪魔と通じていたと疑われても面倒だろう」

 孟逸は頷き、そのまま項垂(うなだ)れた。

 抗える案が無かった。無力な己を責めるより無い。

「とにかくこの場所を離れよう。山の中に入って夜営だ」

 朔夜を背負いながら燕雷が告げる。

 何も知らず国境を越える者が現れたら、次の犠牲となる。それは避けたい。

「お前も来いよ。止血くらいはしないと」

 孟逸を誘って立たせ、紫闇を睨んだ。

「場所は分けるぞ。寝首を掻くかは知らないが」

「その気は無いが、良いだろう」

 肩を竦めて同意する。

 一行は道を離れ、方向を分けて山中へと入った。


「どうしてこんな事になったのか…」

 焚火を挟んで二人が向き合う。

 その横で朔夜が毛布に包まれて眠っている。

「繰り返すが龍晶は関与していない。あの男が勝手にした事だ」

「ええ。それは分かっています。陛下の取るような策ではない。知っていれば止める筈」

「…それは、どうだろうな」

 怪訝な顔で見返される。

 燕雷は慎重に言葉を選んで返した。

「お前達にここまで来させて…その先を考えなかった訳はないだろう。お前だけならともかく、誰が来るかは分からない。なら、手荒な事になると予測していたんじゃないのか」

「朔夜君を逃がす為ならそれも仕方ないと?」

「こいつの事になると思考がぶっ飛ぶからな、あのお坊ちゃんは」

 ぞんざいな言い様に苦笑して、孟逸は返した。

「この計画に協力すると言った以上、我々も人の事は言えませんね」

「まあな。俺は国の事はどうでも良いが、こいつの事はどうにかしてやりたい。我が子みたいなもんだから」

「成程。その気持ちは分かります。では彼の目的はなんでしょうか」

 彼とは紫闇の事を指すと気付くまで一瞬間が空いた。

 そのくらい当然の目的だが、それを知らなければ不審に思うだろう。

「朔を哥に連れて行く。それが奴の目的だ」

「哥?」

「あの男は哥の前王だ」

 声にならない驚きが顔中に広がる。

 そりゃそうだよな、と燕雷は苦笑いする。

 自分だってまだ信じられない気の方が強い。

「今の哥王の双子の弟なんだと。ほら、龍晶は姉貴に会ってるだろ?似てるんだって」

 共に哥へ旅したからその経緯は知っている。

 龍晶の証言を信じない訳ではないが、顔を見ていない二人にとっては両者が結び付かない。

「それが本当だとして…何の為に朔夜君を」

 孟逸の問いに、はたと相手を見返した。

「哥の騒ぎを…知らないのか?」

「騒ぎとは?」

 孟逸は哥の外交も担当している。報せがあれば耳に入らない筈は無い。

 龍晶は自らの師を密偵として個人的に哥へ入れている。つまり、これは非公式な情報なのだ。

「哥は何も知らせてないって事か。お前達が通じていたのは大臣側か?」

「はい。国王と直にやり取りをした事はありません」

 当然だろう。政は全て大臣が行っている。

 ならば敢えて周辺諸国に悪印象を持たれる政変を知らせる必要は無いという事か。

「その哥王が今、囚われの身となっている」

「何ですって!?」

「大臣の企てだ。あの香那多(カナタ)って姉ちゃんから捕まったらしい。今彼女達がどうなってるか分からないが、穏やかじゃないだろ?」

「大臣が権力を完全に掌握しようとしていると…そういう事ですか」

「そこまでして戔に戦を仕掛けたいらしい」

「成程…それで龍晶陛下は朔夜君を哥王救出に向かわせる事にした、と」

「ああ。奴の利点と合致したからな」

「哥王の弟君、ですか…」

 孟逸は暫し黙って頭の中を整理している。

 事情は分かった。ただ受け入れ難いのはその非情な行いだ。

「お前としてはどうする。奴の言うなりに国へ報告するか?」

 燕雷の問いに、怪我の無い方の腕で頭を抱える。

「あれを朔夜君のせいだとせねばならないのですか」

「苴は"月夜の悪魔のせい"としか見ないだろうがな」

「例え真実を告げたとしても?」

「ああ」

 真実は聞く者の中で捻じ曲がり、大衆にとって都合の良いものと変わるだろう。

 月夜の悪魔はどうあっても悪者なのだ。苴の民にとって。

「肝心なのは、お前だけが生き残り、悪魔は逃げたって所だろうよ」

「私は責任を問われるでしょうね」

「居辛くなったら戔に亡命しろよ。龍晶は悪いようにはしない」

 冗談として孟逸は軽く笑った。

「お言葉は有難く受け取っておきます。龍晶陛下の下で働くのも悪くはないでしょうけど」

「そうかあ?我儘坊ちゃんの下で働くんだぞ?それも恐ろしい仕事量だ。それがまたあの世間知らずの坊ちゃんのせいでどんどん増えていく」

「そんなにご苦労されていたのですか」

「おうよ。だから辞めてやった…ってのは冗談だが。まあ人がまだ足りないからな。それで国を作り替えようとしているんだ。目的が前向きな分、楽しくはあるけどな」

「良いですねぇ」

「だからお前のような優秀な御仁は大歓迎だ」

「考えておきます」

 燕雷は笑いを掻き消し、真剣に言った。

「犠牲になった者には悪いが、死者には何も出来ない。それよりお前の先行きの方が心配だ。悔しいが紫闇の言い分は確かにお前の立場を守るものだよ。悪魔のせいにすれば苴の人々はそれ以上追求しない。あの男に情は無いが、利に聡い。己の目的に合致する人物は守る。言う事を聞いて損は無いと思う」

 孟逸は暫し考え、頷いた。

「あなたがそこまで仰るのなら」

 燕雷も頷く。とにかくこの人には生き延びて欲しい。

「気になるのは哥です。この先どうなるでしょうか」

 問いに腕を組んで考える。

「哥王を救い出せれば良いが…。それが成功すれば大臣は失脚するだろう」

「哥の政が変わるでしょうか?」

 これまで政を担ってきた大臣が居なくなれば、それは変わる。

「王が政を担うか、新たな大臣を選ぶか…。どちらにせよ王の意に沿う形になるだろう。少なくとも南方への出兵は無くなるな」

「そうだと良いのですが」

 何か引っ掛かる返答だ。

「どうした」

 孟逸は背後に目を向けた。

「彼が政を担うという事は有り得ませんか」

 木立の間に、遠くもう一つの焚火がちらちらと光る。

 紫闇がそこに居る。

「哥王は自ら政をしない。ならば彼が代わって実権を握るか、或いは再び王の座に着くか…」

 有り得ない、と答えようとした口が止まる。

 この短い期間で見てきたように、紫闇は政が出来る男だ。寧ろ冷徹な性格と言い、統治者として適任だろう。

 だが人としては不信感しかない。他人を人として見ていない、そういう人間だ。

 そういう己を自覚しているからこそ、彼は政から身を引いたのではないか。

「彼は好戦的に思えます。利があればこちらに攻め入る事も迷わないのでは?」

 孟逸は既に紫闇が王になる前提で危惧を口にしている。

 燕雷は苦笑して首を振った。

「いやいや、あいつはただの傭兵だ。昔は偉い奴だったのかも知れないが、今は王なんて有り得ねえよ」

 特に根拠は無いが、断言されて孟逸は安堵したようだった。

「そうですか。私は考え過ぎたようです」

「ああ。ま、何があるか未来は誰にも分からないけどな」

 否。

 奴は知っている。

「…燕雷殿?」

 急に表情を凍らせた相手を怪訝に呼ぶ。

「いや、なんでもない」

 知っているから動いたのか。

 日陰者の立場を捨てて、わざわざ自分達の前に姿を現して。

 自分だけでは処理出来ない問題があるから。

 朔夜の力を借りねばならぬ問題が――

「何だ…?」

 孟逸に聞こえぬよう口元で呟く。

 山の夜が更けてゆく。闇を濃くして。

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