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月の蘇る-4-  作者: 蜻蛉
第二十三話 離別
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「ここからはお前を罪人として連れて行く」

 突然の宣言に、朔夜と燕雷は顔を見合わせた。

 出立して二日。国境へと通じる街道を前に、野宿している。

「それはお前…どういう意味だ」

 当人に代わって燕雷が問う。

「言ったままの意味だ。街道を罪人の引き回しとして通過する」

「民衆の見せ物にする気か」

「ああ」

「意味が分からない」

 燕雷は焚火に薪を叩きつけた。

「そんな茶番に何の意味がある。お前は哥に行ければそれで良いんじゃないのか」

 紫闇は朔夜に目を向けた。

 これまで口を閉じていたが、頷いて言った。

「龍晶の為だな?」

「は?」

 燕雷はまだ納得していない。

「罪人を密かに追放したんじゃ意味が無いんだよ。捕らえた事を知らせて、もう安全だって分かって貰わないと」

 それを当事者が説明するのだから世話は無い。燕雷は呆れて返した。

「それは分かる。俺はそこまでする必要が無いって言いたいんだ」

「いや、必要だ。それをしないと龍晶が危ない」

「どうして」

「気付いてないのか?戔王の求心力が落ちている。南部では特にそうだろう。王を見限る者が出始めている」

 馬鹿にしたような紫闇の態度に、燕雷は鋭く睨み付けた。

「どうしてそんな事が言える」

「反乱軍を見たら分かるよ」

 答えたのは朔夜。

「俺達の敵になってたのは地元の農民が殆どだった。藩庸は今の苦しい生活が龍晶のせいだって話を広めて戦力を得ている。それに加えて近くの村であんな事件があって、王は何も対処しなかったって言われたら…拙いだろ」

「龍晶は農民の救済の為に動いているだろ。現に、重い年貢を減らそうとして俺も働いていた。後を引き継いだのはあいつ自身だ。そんな王を民が見限るか?」

「負担が軽くなって喜ぶのは一瞬だ。民はすぐ慣れる。余裕が出来ただけ、権力へ抗う力も出来るだろう」

「…流石は元王様だな。そんな考えは傭兵には出来ない」

 皮肉めいた言葉を鼻で笑い、紫闇は告げた。

「この国の民は蜂起すれば王権は覆せると学んでいる。二度目は十分に有り得る」

 北州で立ち上がり、灌から哥で協力を募り、前王に勝利して、国を立て直した。

 これまでの日々を泡にする訳にはいかない。

「俺はやるよ。そのくらい、何ともない」

 朔夜はきっぱりと言った。

 その彼を気の毒そうに見る燕雷に、紫闇は指示する。

「関所に行ってその事を報せて来い。ついでに見張りの者も借りろ。民を集めるような行列になるように」

 確かにそれは役人である自分にしか出来ない仕事だが。

 荒い溜息を吐いて、渋々己を納得させた。

「分かったよ。やりゃ良いんだろ」


 卓に着いて帳簿を捲り、新たに書類を作ってゆく龍晶。

 その後ろに座って華耶は夫の黒髪に櫛を当てる。

 そうしながら、近習の報告を受ける。

 近頃の朝の習慣だ。

 報告の中身は国内の出来事であったり、都からの報せ、各地から届く王への書状など。

 龍晶はそれらを聞きながら手元では全く別の仕事をしている。

 急いでいた。早く年貢を改善せねばならない。

 時間も限られている。

「桧釐殿が都を出発されたようです。近日中にこちらへ着くかと」

 これが時間が無い原因だ。

「桧釐さんが?わざわざここまで?」

 華耶が小首を傾げる。

 重大事も全て判断は都に委ねている。ここに来るのは事後の報告だけで、書状で事足りる話だ。

「寂しくなったのかしら。於兎さんに会いたくなったのかな」

 龍晶は妻の可愛らしい推測に笑って、しかし厳しい真相を伝えねばならなかった。

「朔夜の出立を伝えた。その確認に来るんだ」

「確認って?」

「本当に苴へ送ったかどうか、俺を疑ってる」

 華耶は口を閉ざしてしまった。

 櫛を持つ手は変わらず動いている。

「他には?」

 龍晶は近習を促した。

「陶州の州侯より、国外追放の大罪人の引き回しを終え、次の成州(セイシュウ)に引き渡したとの由です」

「待て。誰がそんな事を発案した?」

 寝耳に水だ。そんな事をするとは聞いていない。無論、させる筈も無い。

「燕雷殿が急に関所を訪れて段取りをしたと、ここには書かれています」

 櫛が止まった。

 華耶には例の事件の事を知らせていない。

「その書状を渡してくれ。後は良い。ご苦労だった」

 州侯からの書状のみ受け取り、近習を下がらせて。

 二人きりとなった部屋で、何から説明すべきかと悩む。だが、自分自身も何故こうなったのか分からない。

 燕雷を問い詰めたいが、それは不可能だ。

 華耶の手が再び動き出した。

「朔夜の事だよね?」

 問いながら、確信している。

「何をしてしまったの?」

 誤魔化して逃げるべきだと理性が主張した。

 真実を告げても誰も得をしない。傷付くばかりだと。

 だがもう、感情が限界だった。

 もうこの件で嘘は吐きたくない。ましてや、最愛の人に。

「村を一つ壊滅させた。住人の殆どを惨殺して。…だけど、濡れ衣だ」

 身を捩って、衝撃を隠せない彼女を優しく笑みで見上げて。

「朔夜がやったんじゃない。やったのは、梁巴で苴軍を殲滅し、俺を半殺しにしたのと同じ奴だ」

 華耶の目に涙が溜まる。

 立ち上がって、抱き締めて。

「でも、朔夜は止めてくれた。その時の怪我で右腕が動かなくなったけど、お陰で一組の親子が助かったんだ」

「それで…」

 組紐を結んで祈った右腕。

 龍晶は頷いた。

「あいつは今、罪を被ってくれているけど、もう少ししたらそれも無くなるから。俺が消す」

「どうやって…?」

 間近で見詰める目に、もう嘘を吐く気は無い。

「反乱軍の仕業にする」

「そんな事…」

「出来る。やるんだ。もう宗温には頼んである」

 華耶は一歩、二歩と後退りした。

 目は真っ直ぐに見詰めたまま。

「駄目だよ、そんなの」

 龍晶は抗弁しなかった。だけど認める訳にもいかず、黙って妻を見詰め返した。

「嫌よ。あなたがそんな…人を騙すような事…。私は嫌」

「嫌…か」

 嫌われるのならそれも仕方ないと思った。

 離れてゆく人を追う術を知らない。

 だから皆、去って行く。

「私のせい?」

 問われた意味が分からず、眉根を寄せる。

「私が朔夜に早く帰って来てって言ったから?」

「華耶のせいじゃない。あいつに早く帰って来て欲しいのは、俺も一緒だから」

「でも…その方法は間違ってる」

「俺はそういう人間だよ、華耶」

 それを隠したままだという事自体が、彼女を騙していたのかも知れない。

「俺は目的の為に他人を蹴落として今の地位に着いた人間だ。血を分けた兄でさえも死に追いやった。そういう…汚れた人間だ」

「そんな事、言わないで」

「それが嫌なら灌に帰っても良い」

 言ってしまって、言い過ぎたという後悔と。

 これから先を考えれば、今はっきりとさせた方が良いという確信と。

 蛇足とは思いつつ、本音を付け足した。

「勿論そうなると俺は辛い。だけど、俺の悪事にあなたを巻き込みたくはない。それが嫌だと言うなら、尚更」

 駄目だ。泣かせてしまった。

 こうなるともうどうして良いのか分からない。

「於兎さんの所に行ってきます」

 嗚咽しながら華耶は言った。

「ああ。だが朔夜の事は他言無用だ」

 自身の非情さを呪いながら、一言釘を刺した。

「於兎さんにも?」

 口止めするのは良いが、華耶が自身で涙の理由を説明出来なくなる。

 そうなると後が煩い。

「彼女には良い。ただし、くれぐれも他の者には喋るなと伝えてくれ」

「…分かりました」

 悄然として華耶は出て行った。

 影のように付き従う十和に、一言「頼む」と告げて。

 経験の長い彼女は頷いて主人の後を追った。

 独りになって後悔する。

 結局は他人を突っぱねて、傷付けて、一人ぼっちになる。いつもそうだ。

 もしかしたら父や兄もそうだったのかも知れない。王とは孤独なものだ。

 その孤独で己を見失って、最後には民に殺される。

 俺もそうなるのなら、矢張り今のうちに華耶を離さねばならないと、そう思った。


「出た出た。王様の悪い癖」

 一通り事情を説明し終えた華耶に、於兎は冗談めかして言った。

「理解して貰えないとすぐ諦めて人を遠去けちゃうんだよね。うちの人もその被害者。勝手にしなさいって言えない立場が辛い所よ」

「まあ、確かに…」

 涙はすっかり引っ込んだ。悩みが何だったかも分からなくなりそうだ。

「そこは気にしちゃ駄目よ華耶ちゃん。どうせ言うだけなの。華耶ちゃんが居なくなったら、あの子きっと泣き暮らすわ」

 ついにあの子呼ばわりである。華耶は笑うしかない。

「分かりました。これからも一緒に居ます。でも一緒に居る以上は、間違いは正さないといけないと思うんです。私は国王の妻だから」

「そういう所は流石よねぇ。本当はそれがうちの人の仕事なのに、ごめんなさいね」

「いえ、桧釐さんは悪くはないです。陛下の悪い癖の被害者ですから」

 於兎の言葉を借りただけだが、何故か心配された。

「華耶ちゃん、怒ってる?」

「はい、少し」

「いいわよ華耶ちゃん。怒る事も必要だわ」

 でもねぇ、と於兎は腕を組んだ。

「朔夜の件は見逃してあげた方が良いと思うわ。勿論、華耶ちゃんは正しいけど」

「どうしてですか?嘘はいけない事です」

「そうよ。でも大人は嘘を使うものなの。一国を統べる人なら尚更ね」

「でも、皆がそれを見抜いたら…」

「見抜かれないと確信しているんじゃない?それに、王がこうだと言えば民にとって真実になるわよ。それに反発なんて出来ないもの。誰も得しない。華耶ちゃんも含めてね」

「得、ですか」

「朔夜にまた会いたいでしょう?」

 暫し考え、頷く。

「そういう事よ。王様だって悩んで決めたんじゃないかしら?でも華耶ちゃんと朔夜の為を思えば、それしか無かったんでしょう。あまり責めてあげなさんな。でも他に間違ってる事は容赦なく言ってあげなさい。私も加勢するから」

「はい。お願いします」

「でも、良かったじゃない」

「え?」

 何が良いのか心底分からず、首を傾げる。

「王様が隠さず何でも話すようになったのは、一つの進歩だわ」

「…そっか」

「それだけ信頼が深まった証よ。やっぱりあの子は華耶ちゃんなしには生きられないわ」

 目を見合わせて、笑う。

 同時に覚悟もした。

 皇后として、彼と共に歩もう、と。

 汚れるなら一緒に汚れる。共に居るとはそういう事だ。


 両手首から鞍に結わえられた縄と、体の縛めを解いて貰い、顔を隠す為に被っている籠を取り払って、ずり落ちるように馬から降りる。

 気力も体力も無く、そのまま倒れ込んだ。

「おい、大丈夫か」

 燕雷が延ばす手を握り返したいのだが、腕が酷く重くて上げる事が出来ない。

 腕に限らず身体中が重怠い。傷の痛みは慢性化して何処が痛いのかも分からない。

「仕方ないな」

 動かない体をひょいと持ち上げる。

 そのまま肩に担いで歩き出した。

 下男の案内で地下牢に連れて行き、そのまま自分も檻の中へ入る。

「良いぞ、錠をしても。俺も一晩ここで泊まらせて貰う。居心地の良さそうな部屋だ」

 戸惑う下男に笑いながら言う。ついでに粥を持ってくるように注文して下がらせた。

 呻く朔夜を筵の上に下ろし、横に座る。

 初日の夜はまだ余裕があった。ずっと馬に乗ってるだけで却って楽だと笑うくらいに。

 二日目、昨日の夜は口数が減り、それでも大丈夫だと強がって自ら牢に入った。

 三日目、最終日が終わりこの様子だ。

 ここは国境手前の関所であり、明日はいよいよ苴に入る。

「罪人ごっこが堪えたか」

 うんん、と否定とも肯定ともつかない声を漏らす。

 何より堪え難かったのは人々の罵詈雑言だ。

 罪人をここぞとばかりに言葉で攻撃し、鬱憤を晴らす。民の不満を解消する、その為の引き回しだと分かってはいるが。

 あの村とは何の関係も無い人々の言葉を聞き流してしまえないのは、自分が確かに罪を犯したからだろう。

 罪悪感が膨らみ、心身を蝕む。

「もう終わりだ。もう忘れて良い。肝心なのは明日からだろ。哥に行くぞ」

 励ます言葉に小さく頷く。

 そのまま気絶するように眠りに落ちた。

 この様を龍晶が見たらさぞや怒るだろうとぼんやり考える。

 どうしてこんな勝手な真似をした、そう詰問する声が聞こえるようだ。

 勝手な真似の考案者は苴の役人に成りすまして上階で饗応を受けている。

 引き回しの中で当然出てきた「国外追放ではなく死罪にしろ」という民の声。それに対して紫闇は「更に多くの人間を殺している苴で首を()ねる」と役人に吹き込み、答えさせた。

 更にはそれを罪状と共に書き付けさせ、集まる民に周知した。

 それで多くの民が納得したのは確かだ。

 非情だがやり口は的確だ。

 そうなると正反対の龍晶の行く末が案じられる。勿論、彼は彼なりに情を持って民に当たり、良い統治をしていると思うのだが。

 哥は無敵の軍神と非情なる統治で大国となった。

 では、戔は。

 今の国境線を維持する事すら、あの若き王には荷が勝ち過ぎるのではないか。

 それに加えて他国からの攻め足を鈍らせていた悪魔の存在が消えたと知れたら。

 哥の大臣は確実に攻めて来る。王という重石すら取り払った、今が絶好の機会だ。

 加えて戔国内は内乱を鎮める事すらまだ出来ていない。

 この状況に病を抱えた龍晶が耐えられるだろうか。

 考えれば考える程に危機的で逆に笑いが出てしまう。

 そうだ。希望が無い訳ではない。

 戔存続の鍵を握るのは、二年前と同じ。

 今は囚われている哥王と、ここで昏倒している朔夜だ。


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