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月の蘇る-4-  作者: 蜻蛉
第二十三話 離別
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9

 宗温率いる軍は、反乱軍をほぼ壊滅させる所まで追い込んだものの、首謀者は取り逃がしたままだった。

 捜索はさせているが、決定的な手掛かりは無い。

「陛下自らこのような所までおいで頂くとは」

 宗温がぬかるんだ地面に膝を突いて出迎えた。

 一時休戦中の陣は、安息の空気感で満ちている。忍んでやって来た王に気付く者は少ない。

「やめてくれ、宗温。お前が頭を下げれば正体が知れる」

「は…では、失礼して」

 宗温は立ち上がり、陣中を先導した。

「お身体は如何ですか」

 療養の為に南部に来ているのだから、まず訊かれる事はそれだ。

「こっちに来て随分良くなった。俺には都の水が合わないんだろう」

「ご冗談を。生まれ育った土地ではありませんか」

「ああ。だからこそかもな。あの城に居る事が息苦しいんだ」

 冗談では済まない。宗温は返す言葉を失う。

「安心しろ。そんな城でも帰るつもりはある」

「その時はお供致します」

 曖昧に笑って返す。再会の挨拶はそれくらいで良かった。

「今日は何故こちらに?」

 龍晶は自然に答えた。

「俺を殺しに来た子供に会いに来た」

 また宗温を絶句させてしまい、苦笑いして付け足す。

「彼の処遇について考えがある。聞いてくれるか」

「勿論です」

 殺すなと言われている以上、宗温には手出しが出来ない。処し方は早く決定して欲しい所だろう。

「俺の権限で解放する」

「良いのですか?」

「藩庸の元へ行かせる」

 どちらともなく足を止めて、意味深な視線を合わせる。

「忍の者が居るか?」

「ええ。支度をさせましょう」

 それだけで意は通じた。宗温は側近を呼び、伝言を伝えて再び龍晶の元へ戻ってきた。

「こちらです」

 陣中の奥、見張りの兵に囲まれて彼は居た。

 打ち込まれた杭に縛られている。足を投げ出し、ぐったりと頭を落として。

「…拷問したのか」

 宗温は首を横に振った。

「私は止めていますが…痺れを切らした兵が手を出したとは聞いております」

 殴られても蹴られても藩庸の居場所は口にしなかったのだろう。

 無残な拷問は禁止しているのだから、口を割らせる術は無い。尋問に当たった兵はさぞや苛立っただろう。

 少年の前で足を止め、見下ろす。

 ゆっくりと彼は頭を擡げ、一言、ころせ、と。

 その姿が過去の己にもだぶり、また朔夜にも重なった。

 己の生きる世界に絶望していた。意味も無かった。ただ、痛め付けられるだけで。

 あの頃それを言わされた相手は藩庸だった。

 こんな恥辱を味わうくらいなら、殺して欲しい、と。

 同じ事を、俺は今しているのだろうか?

「死にたいか?」

 問うと、俯いた頭が頷いた。

 龍晶は少年の横に膝を付いた。宗温が慌てる素振りを見せたが、視線で制した。

「その前に俺を殺せ。それがお前の本願だろう」

 睨む目を真顔で受け止める。冗談で言っている訳ではない。無論、実現させてやるか否かは別の話だが。

「お前、名は?」

 答えが返ると思わなかったが、案外素直に少年は答えた。

珠音(シュオン)

 やっと龍晶は表情を和らげる。

「俺の子と似ているな。息子は春音という。歳は?」

 訝しげな顔をしながらも珠音は答える。

「十三」

「そうか。ならあの戦の時は十歳ほどだったか。それで父親を亡くして苦労しただろう。母親や兄弟は?」

「兄弟は居ない。母は死にました」

「何故?」

 きつくきつく、睨みながら。

「あなたのせいで」

 龍晶は頷き、穏やかな声で尚も問うた。

「それは分かっている。具体的にどうしてなのか知りたい。また同じような人を生み出さない為に」

 少年は動く範囲で足をばたつかせ地団駄を踏みながら叫んだ。

「飢え死んだんです!村八分にされて誰も食べ物を分けてくれなくて!僅かな食い物を全部俺に取っておいて…自分は大丈夫だからって…」

 その悔しさは分かる。

 誰も手を差し伸べてくれない中で、自分だけが生きてしまった。母を犠牲にして。

「それで…藩庸に助けられたのか」

 珠音は頷いた。

「戦で親を亡くした子供を集めていると聞いて縋る思いで行きました。飯を食わせてくれて、武器をくれた。全ての原因は今の王だと教えてくれた」

「違いないな」

 後ろの宗温が小さく咎めるように呼んだ。

 自嘲を向けて、(なだ)める。

「その通りだろう。俺があの戦を起こしたのだから」

「起きなくても良い戦だったと藩庸様は教えてくれました。あなたが権力を奪い取る為の愚かな戦だったと」

「お前、いい加減に…!」

「怒るな、宗温。お前らしくもない」

 そして、ふと笑って。

「悪いな。お前にとっては小奈(サナ)の為の戦だったからな。怒るのも当然だとは思うが…」

 小さな溜息に変えて。

「それぞれに戦う理由はあった。それでも珠音の言う通り、愚かな戦だったと思うよ」

「陛下…!」

「この子から両親を奪う事が正しかったとは言えない。絶対に」

 宗温は口を閉ざした。

 あの戦で誰よりも傷付いた人を前に、自分が怒る資格は無かった。

 龍晶は珠音に言った。

「俺も兄と母を亡くした。母はお前と同じように、俺を生かす為に死んでしまった」

「同じにしないで下さい。あなたの立場なら助けようと思えば助けられたんじゃないですか」

 鋭い少年の言葉に、宗温が息を飲む。この王に対してその問いは禁忌だと知っているから。

 龍晶は穏やかさを失わずに頷いた。

「そうかも知れない。俺は母を見殺しにした」

「やっぱり人でなしだ。藩庸様の言う通りだ」

「藩庸は俺の事をそう言ったか」

「権力の為に家族を殺す、人間の風上にも置けない人だと」

 龍晶は掌で顔を覆った。

 宗温が心配して覗き込む。が、珠音に堪えられぬ笑い顔を隠しただけだ。

 察知した宗温が少年へ厳しく言った。

「あまり無礼は言わぬ方が身の為だ。この方はそれすらお許しになってしまうが、私がお前を叩っ斬っても良いのだからな」

「無礼も何も、それが事実なんでしょう!?」

「何を!?」

「まあまあ、落ち着け、二人共。藩庸が俺をどう思っているか知りたかっただけだ。何せ、藩庸は母亡き後に俺の世話を焼いてくれた親のようなものだから」

 宗温が目を剥く。珠音は何やら納得した顔を見せた。

「藩庸様は嘆いておられました。せっかくこの手で育てたのに、と」

「そうだろうな。時の趨勢(すうせい)とは言え、済まぬことをした。そこでだ、珠音」

 懐から書状を出して見せる。

「このままでは藩庸は王に逆らった罪人として捕まってしまう。この宗温の軍がお前達の仲間をあと一歩の所まで追い詰めているからな。だが親代わりの人をこのまま死なせるのは俺も本意ではない。人でなしでもなけなしの情はある。恩人は助けられるのなら助けたい」

 至って真面目に語っている。子供が真偽を測れない程には。

「だから、この書状を藩庸に届けて欲しい。これは和議を申し込む書状だ。つまり我々が和睦すれば、藩庸は元の通り官僚に戻れる。お前達が飢えぬ世に変える為に働いてくれるだろう。分かるか?」

「藩庸様があなたの世を正してくれるのですね」

「そうだ。その為の大事な書状だ。届けられるか?」

「でも藩庸様が今どこに居るかは知りません」

「当ては無いのか?拠点を知っているだろう?伝手(つて)は?」

「あります。なんとか探してみます」

 龍晶は顔を上げ、宗温に告げた。

「縄を解いてやれ」

 自由の身になって、少年は立ち上がった。

 今までになく目が輝いている。

 龍晶はその手に書状と、袋包みを渡した。

「ここに路銀が入っている。苦労をかけるが、必ず役目を果たしてくれ」

「はい!」

「それを果たしたら俺を殺しに来い。待っている」

 少年は軽く笑って駆けて行った。

 宗温が合図を送る。忍びの者がその後を追いかけて行った。

「上手くいくでしょうか」

「さてな。いかなければそれはそれで良い。当分生活できる金は渡した」

「陛下…」

「俺は人でなしだからな」

 可笑しそうに顔を歪ませてから、ふっと虚ろな表情を見せる。

「私の天幕でお休みになりますか」

 提案に素直に頷いて、歩きながら溢す。

「平気な振りは出来たが…あの言われようは堪えるな」

「相手が子供でなければ本当に叩っ斬っていました」

「あいつを斬っても仕方ない。あれは藩庸の言葉をそのまま言っているだけだ…だが、それを信じる者は多かろうな」

「まさか」

「見方によっては事実だよ。俺は母を見殺しにし、権力の為に兄を殺した。確かにそうなんだ」

 自分の言葉に耐えられなくて、足が止まる。

「陛下、しっかりして下さい。たかが子供の戯言です」

 震える肩を押されて、再び歩き出す。

「悪い。まだ、忘れられそうにない」

 農民に寄ってたかって殺される兄の姿と、白骨と化した母の姿が。

 忘れようと決めたのに、まだ心の何処かで己を蝕む。

「当たり前です。まだ二年しか経っていないのだから」

「…ああ、でも」

 体の震えを押さえて、振り絞るように。

「忘れて…何もかも呑み下してしまわないと、俺は本当の意味で王にはなれない」

 怒りも、恨みも、憎しみも、全て。

 受け止めて、呑み下して、己の血肉にする。

 それが人の上に立つ者の覚悟だ。

「そのままの、子供のように純粋なあなた様が私は好きなのですが」

 独り言のように呟いた宗温に、龍晶は少し笑った。

 天幕に入り椅子に座る。少年兵が茶を運んできた。

「あ…陛下」

 客が誰なのか聞いてなかったのだろう。入口で目を丸くして立ちすくんでしまう。

「何をしている、賛比。お客様に失礼だぞ」

 宗温に叱られて、少年はぎこちなく動き出した。

「俺を知っているって事は、あの地下に居たのか」

 茶を注ぐ少年に悪戯っぽく笑いかけて問う。

 緊張した面持ちで彼は頷いた。

「朔兄…あ、朔夜さんに助けられました。あの時は陛下が陛下とは知らず、失礼をしました」

「俺は知られない方が良かったけどな」

 あの時の情けない姿は出来れば見られたくなかった。

 茶を注ぎ終わってもまだ離れようとしない少年に目を向ける。

 それを受けて、意を決したように賛比は問うた。

「あの、朔夜さんは、元気ですか」

 不器用な問いにふっと笑って。

「ああ。訳あってしばらく戔を離れるが、三日前元気に出立して行った。心配無い」

 少年の顔がぱっと明るくなった。

「そうですか!良かった!酷い怪我をしてたから、もう駄目かと思ってて…」

「あの時、一緒に居たのか?」

「あ…はい」

 急に罰が悪そうな顔になり元気が無くなる。

「青惇という者を知っているか?」

 続く問いに、ますます萎む。

「はい…。青惇と俺で勝手に戦地に行って…。あの、ごめんなさい。反省してます」

「ああ、別に咎めるつもりは無い。ただその青惇の弔いをしようと思って。何か知っている事があれば教えて欲しい。郷里が何処なのかとか」

 賛比は不思議そうな顔をしつつ、考えている。

「どこだったっけ…。あ、他の仲間に聞いたら分かるかも知れません」

「聞いてきてくれるか?俺はもう少しここに居るから」

「はい!分かりました!」

 軽い足取りで天幕を去って行く。宗温が苦笑いで詫びた。

「非礼はお許しください。勝手に戦地へ出た罰と監視を兼ねて私の(そば)近くで働かせているのです」

「別に礼を失する事は無かったぞ?朔夜に比べれば、全然」

 宗温は笑みを閉ざし、声を潜めて問うた。

「朔夜君は戔を出て…苴に?」

 龍晶は頷く。それ以上は言えない。

「そうですか…。長い別れになりますね…」

「護送に協力してくれた事、礼を言う」

 この陣から今住んでいる別荘まで朔夜を送るよう手配したのは宗温だ。

「勿体無い事です。いえ、あれは長年の私の部下でして。壬邑(ジンユウ)で朔夜君に助けられた一人です。それもあって、彼は是非に、と」

「…そうだったか」

 あの砂漠での哥との戦で朔夜に救われた者がまだここに居たのだ。

「彼を知らぬ者は悪魔を恐れますが、朔夜君を知る者はあの事件について信じようとしません。先ほどの賛比もです。濡れ衣だと思っているようです」

「そうだったらどんなに良いか」

「私も出来る事なら彼を救いたかった」

 龍晶は口を手で覆って、茶器に目を落とした。

「なあ、宗温。今、表向きにはあいつを国外追放としているが、次に帰ってきた時にはそれを取り消してやろうと思う」

「取り消すのですか」

 村一つ分の虐殺を国外追放だけで留めているのに、それを取り消すとなると批判は免れないだろう。

 それとも、次は命を取るか。

「…あれを、反乱軍のやった事と出来ないか」

 大人の顔色を窺う子供のように、恐々と視線を向けられて。

 宗温は頷いた。

「それが陛下の思し召しならば」

「出来るか?」

「反乱軍を壊滅した後、噂を流させます。今すぐでは反発する者が出るでしょうが、年月をかけて浸透させれば嘘は(まこと)となります」

「済まんな。こんな仕事をさせて」

「いえ。しかし陛下、桧釐殿には何と?」

「あいつは怒るだろうな。まあ、何とか説き伏せてみるよ」

 はあ、と信じていない返事。

 自分でも説き伏せられるとは思っていない。

 面倒だなと思いつつ、茶と共に愚痴は飲み込んだ。

「…俺が間違いを犯していたら、お前も意見してくれよ」

 これはどう考えても間違いなのだが。

 その矛盾に気付きながら自分でも止められない。

「陛下が守るべきものは、私も心得ております」

「ありがとう。でも」

 兄の死に(ぎわ)の光景は、(いまし)めであり、(いまし)めだ。

 道を(たが)えれば自分も同じ轍を踏む。

 それを恐れるか、踏み越えるか。

「本物の人でなしにはなりたくないからな」

 一人の少年の運命を歪ませた。

 それは罪に当たるのだろうか。少なくとも彼にとっては許せぬ罪だろうが。

 だから言った。

 殺しに来い、と。

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