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月の蘇る-4-  作者: 蜻蛉
第二十三話 離別
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5

 挿絵(By みてみん)


 奥からひょっこり燕雷が顔を出して、笑いながら訊いた。

「一件落着か?俺の告げ口が効いたようだな」

 つまり、ただならぬ雰囲気の親子を発見した燕雷が龍晶に報せて今に至る、という事だ。

 自分で止めに入らなかったのは、両手一杯に抱えていた帳簿をとにかくまず龍晶の居室にぶち撒けたかったから。

「ったく、国王が盗み聞きしているとはな。本当に厄介な餓鬼だ」

 燈陰の悪態を龍晶は鼻で笑った。

「盗み聞きは習い性だ。危険を避ける為には必要不可欠だからな」

「お前も苦労人だもんな」

 涙声で朔夜が言って、鼻をごしごしと擦る。

 その手で刀を拾い上げて、鞘に戻した。

「あーあ、どうしてくれんだよ。こんな時に頭の中ごちゃごちゃだ」

 父親に軽い文句を言って、いつも通りにさっさと逃げようとした。

 が、それを止めたのは燕雷だった。

「朔、最後に言うべき事は言っておけよ」

「最後?」

 顔を顰めて問い返す。

 何が最後だと言うのか。

 答えは燈陰が自ら口にした。

「俺も今から旅に出る。恐らくもう顔を合わせる事は無いだろう」

「…え?」

 声を漏らして振り返る。全く考えてもみなかった。

「旅って…どこに」

 龍晶も驚いて問う。答えは分かりきっていたが。

「梁巴で華耶の父親の墓を作る。その後は、麓で同胞を弔いながら暮らそうと思う。邪魔はしてくれるな。独りひっそりと余生を過ごしたいんだ」

「それは…」

 龍晶の懸念に先回りして、燕雷が旧友に助け舟を出した。

「一人が梁巴に入るくらいなら、苴も何も言わんだろ。未だに監視体制があるとも思えない。それに、この男は元々山の民だ。誰にも気付かれずに山歩きをする事には長けている。心配は要らんよ」

 龍晶は少し考え、頷いた。

「燕雷がそう言うなら。気をつけて行ってくれ」

 自分は言うだけの事を言って、朔夜の背中を軽く叩く。

「え、龍晶…」

「俺は肉親に別れなんて言えた試しが無かった」

 それだけお前は恵まれている、という事だろうか。

 龍晶は燕雷を伴って居室に戻って行った。

 親子二人だけ取り残されて。

 別に何か言う事も無かった。

 空白の時間だけが過ぎて行く。

 気まずい時間を払拭したくて、朔夜は木刀を取りに動いた。

「もう一回やったら出て行ってくれ。顔も見たくない」

 燈陰は頷いた。

 二本の木刀を挟んでやっと、二人は向き合う事が出来る。

「全部自分の為だろ」

 打ち掛かる前に、朔夜は吐き捨てた。

「何が」

 分かっている顔で燈陰は問い返した。

「あんたは嘘を嘘で上塗りしてるだけだ。俺はあんたに再会する前から記憶があった」

 誤魔化しようがない。繍に居た頃から同じ悪夢に魘されているのだから。

 父親の作り話では、有り得ない。

「そんな事で俺を騙して…救った振りで、許されたいだけだろ。…母さんに」

 溜息で答えを先延ばしにして。

 空を仰ぐ。彼女は見ているだろうか。

「そうだとしてもな、朔」

 こんなに成長するとは思ってなかっただろ?

 あの晩、本当は死んでいた筈の命が。

 あんなに小さかった手が。

 ここまで。

 もう、良いよな。

「お前は信じたい方を信じれば良いんだ。真実なんか、もうどうだって良い」

「そんな訳ない…」

「良いんだよ。これは俺達二人だけの問題なんだから。お前も俺も十分苦しんだ。もう疲れたろ。楽な方を信じろ。母さんを殺したのは、苴の連中だ」

 少し意外に思って切先をずらし、父親の顔をまともに見返した。

「繍じゃないのか?」

「あの晩、梁巴に居たのは苴の連中だ。お前には分からなかっただろうが、俺は鎧を見ている。それに戦況からして、あの時繍は苴に押されて兵を引いていた。その状況をお前がひっくり返したから、お前達は繍に連れ去られたんだ」

 視線が下がり、飲み込んだ顔で、そうか、と小さく呟く。

 千虎はあの晩に戦友を失ったと言っていた。

 闇に塗りたくられていたあの日の事が、少しずつ明るみに出るような。

 それでも一番知りたいところは、悪夢の中の光景で。

 それが真実なのか否か、知りようが無い。

「俺達が戦うべきは、苴だ」

 燈陰が告げる。言い聞かせるように。

「苴に復讐しろ。それまで刀を捨てる事は許されないからな」

 朔夜は舌打ちして、木刀を構え直した。

「指図すんな。そんなの、俺が決める」


 広縁に鍋、握り飯、焼き魚と素朴なご馳走が並んでいる。

 華耶が朔夜の為にと好物を片っ端から作ったらこうなった。

 残照はもう残り僅かで、燭台の灯が並び座る二人の頬を照らす。

「じゃあ結局、あれも嘘だったのか」

 龍晶が器を片手に呆れたように言った。

「うん。そういう奴だよ、あの親父は。本当に自分勝手なんだから」

「別れ際くらい、親子として居たかったんだろうな」

「それが自分勝手だよ」

「まあ、な。でもお前も嬉しかったんだろ」

「全っ然!消えるなら黙って消えろって話だ」

「ふぅん。俺には親が元気で生きてるってだけで良いなと思うけど」

 それを言われると朔夜もちょっと萎む。

 龍晶は器を持たぬ方の手をひらひらと振った。

「しかし、久しぶりに人を殴った。鍛えもしてないからこっちが痛いだけだ。お前は綺麗に吹っ飛んでくれたのに」

「うわぁ…そんな事もあったな。もしかしてお前が殴った事あるのって、俺達二人だけなんじゃない?」

 暫し考えて。

「確かに。そうかも」

「国王陛下に親子で殴られるなんて光栄です」

揶揄(からか)うな、気持ち悪い」

 けらけらと笑う朔夜を横目に見、白湯の入った杯を傾けながら龍晶は言った。

「あの嘘はお前の為だよ」

 笑い声が止まった。

「父親の、せめてもの優しさだろ。素直に信じれば良いと、俺は思う」

 朔夜は聞こえていないように、握り飯に手を伸ばしてかぶりつく。

「やっぱり華耶の握り飯は最高だな!」

 厨に向けて叫んでいる。華耶が奥で笑っていた。

「朔夜」

 しらばくれて逃げられるのも面白くないので呼び戻す。

「どうだって良いんだよ」

 笑い顔の余韻のまま、朔夜は言った。

「あの親父がどうだって良いのは知っているけどな」

「違う、母さんの事。どうだって良いは言い過ぎだけど、なんかもう…良いんだ」

「そうなのか?」

 頷いて、朔夜は言った。

「お前と出会ってから、あの時の怒りとか悲しみとか、ちょっとずつ消えていった。お前を生かす事に必死だったからさ、他の事考える余裕なんか無かったからかも。でもそれが良かったんだよ。俺もその方が楽しいし」

「楽しんでたのかよ。こっちは死に物狂いだってのに」

「はは、死んでたのは俺だけど?」

 やれやれと笑って、龍晶は言った。

「ま、解るけどな。死んだ人たちの事を考えても苦しいばかりだし。俺も今生きる民の為に働いてる方が建設的だし充実感はある」

「やっぱり王様は言う事が違うや」

「だから、揶揄うなっての」

 庭を走る足音が聞こえ、二人は口を閉じた。

 来るべき時が来た。決して待ってはいなかったが。

「陛下、暗枝阿と名乗る方がおいでになられました」

 従者の報告に頷き、朔夜に目をやって。

「通してくれ」

 従者が走り去る。

 朔夜は無表情で従者の行った先を見詰めていた。

「楽しみなんじゃなかったのか」

 揶揄い返してやる。

「うん。それは、そうだけどさ」

 声が悄気(しょげ)ている。そうなるとますます揶揄いたくなる。

「今更寂しくなってんのか」

「だって、…だって、…もう!」

「ちゃんと喋れよ。子供か」

「お前と居るの楽しいんだもん」

「…そうだった、子供だった」

「もう!龍晶の馬鹿!」

 そういう所が子供なんだと笑ってしまうが、それ以上は時間切れだった。

 哥の先王、暗枝阿が現れた。

 挨拶も無く、すぐさま彼は切り出した。

「場所を変えたい。中に通してくれ」

 龍晶は頷き、従者に命じた。隠しているとは言え、立場のある人物と向き合うのに庭先は相応しくない。

 暗枝阿は朔夜に視線を投げ、龍晶に言った。

「こいつは要らない。人払いもしてくれ。戔王に話がある」

 口調からして重要かつ緊急の密談だ。龍晶は怪訝な顔で問うた。

「何の話ですか」

「お前の為だ。入るぞ」

 広縁から上がり込み、座る朔夜の横を擦り抜ける。

 朔夜は無言で見上げていた。

 言われた通り人払いした対面の間で二人の王は向き合う。

 上も下も無く、同じ床の上に座した。

「何でしょう」

 落ち着いて早速に龍晶は問う。

 暗枝阿は壁の向こうにも漏れぬ低い声を出した。

「苴王に文を送れ。これから月の悪魔を連れて行く、と」

「何と…!?」

 驚きはしたが、即座にその意図を考え直した。

「撹乱が狙いですか」

「いや?旅をやり易くする為だ。あとはお前の為だと言っているだろう」

「詳しくお聞かせください」

 体を乗り出して問う若い王に、暗枝阿は苦笑して話を変えた。

「その前に、だ。お前は不用心過ぎる。俺がもしお前を暗殺しに来ていたとしたらどうする。命がいくつあっても足りんぞ」

「それは…貴公を信用しております故」

「簡単な信用だな。餓鬼の頃は周りが敵だらけじゃなかったのか?それでも人を疑えないのか。めでてぇ頭だな」

「誰でもという訳では…。貴公は姉君への信頼がありますので」

「その前に俺自身は傭兵であり暗殺者でもあるんだが?」

 強い戸惑いを顔に描いて若者は黙った。

 暗枝阿はふっと笑った。

「警告してやってるだけだ。お前の命を狙う奴はいくらでも居る。人を疑え。そして相手を騙せるようになれ」

「…ご忠告痛み入ります。しかし」

 若い目には、眩しい強い光がある。

「俺は信頼の上での政がしたいのです。それで命を落とすならば致し方ありません。元より無いも同然の命ですから」

 正反対だと思った。

 自分には無い光をこの若者に見て取った。それが必要だとは微塵も思わないが。

 光と影。

 その光は、名前の通り姉に託した。

「あの小僧を苴へ送らない事は、その信頼とやらを裏切る事だろう」

 龍晶は難しい顔で頷き、答えた。

「それ以上に守るべきものだと思うので」

「あいつが、か」

「狂っているでしょう。俺はあいつを守る為なら何を犠牲にしても構わない。そんな人間が王になどなるべきではなかったんです…なりたくはなかった」

 暗枝阿は鼻で笑った。

「王という立場が狭苦しいのは同意するけどな」

 その立場を蹴って表舞台から密かに消えた人なのだと、龍晶は改めて相手を見た。

「苴王に文を送る事が、朔夜を守る事に繋がりますか?つまり、先方を騙すと?」

「騙すのはお前の国の連中、そして皓照もだ」

 確かにこの話の元凶は彼だ。敵に回したくない相手ではあるが。

「上手くいくでしょうか」

「ま、騙すというのは当たらんな。奴はもうこっちの動きを掴んでいる」

「え…!?」

 ここまで極秘にして動いてきたのに。何故。

 否、これが皓照の力だという事か。

 暗枝阿は当然のようにその思惑を語った。

「その上で泳がせる気だろう。俺が居る以上手が出せないってのが本音だろうが。その上で手を打ってくるだろう。その手がなるべくお前にとって不利にならねえようにしたい」

「何故…ですか」

「決まってんだろ。お前は明紫安の為に動く。失脚させる訳にはいかない」

 哥王の為になるかならないか。それが彼の行動原理なのだろう。

「分かりました…。それで、貴公はどう動くのです?苴は朔夜を受け取りに来る筈」

「受け渡しは国境で行うと伝えろ。俺達はそれで楽に苴へ入れる」

「その後は?」

「哥に向かう」

 それはそうなのだが、肝心な所が抜けている。

 それが顔に出たのか、にやりと笑って彼は言った。

「俺は目的を遂行するだけだ。その方法はお前の預かり知る所じゃねえよ。小僧は必ず哥へ連れて行くから心配するな」

「俺が知るべきではない方法という事ですか」

 沈黙が答えだった。

 小さく息を吐いて、諦めたように龍晶は言った。

「分かりました。俺に口を出す権利は無い。朔夜は反発する事もあるかも知れませんが、どうか許してやって下さい」

「斬り捨てる事は無い。安心しろ」

 龍晶が頷く。それを見て暗枝阿は腰を浮かせた。

「今すぐ文を書いて速馬で届けろ。届くまでの日数、ここに邪魔するが良いな?」

 え、と目を見開いて。

「今すぐ()つのではないのですか?」

 呆れた目が見下される。

「だから、苴側に受け取りの用意をさせる日数が要るだろ」

「それは分かります…いえ、嬉しくて」

 暗枝阿は鼻で笑って出て行った。

 朔夜の事を揶揄ったが、自分だって大差無い。それは分かっていた。

 笑われても良い。餓鬼だと言われても良い。

 少しでも長く、あいつと居たい。それ以上の願いは無かった。


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