表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の蘇る-4-  作者: 蜻蛉
第二十三話 離別
54/71

3

 山の中にある洞穴。街道どころか獣道からも離れているこの場所に、男が坐している。

 目を閉じているが眠っている訳ではない。座り方は片膝を立てて乱雑だが、力を抜き過ぎている訳でも、また緊張している訳でもない。

 研ぎ澄ました集中力で、ここではない光景を見、ここにはない声を聞いている。

――あの子達を巻き込む事は、私は気が進みませんが…

 声の主は哥国の王。

 幾つもの山河を超え、距離を超えて、会話をしている。

『決められた事だ』

――そう、ですね…

『お前だけで切り抜けられる局面でもあるまい。それに事態は更に大きくなっていく。戔の旗色を早めに決めさせておいた方が良いだろう。哥の為に』

――それなのです、暗枝阿。この選択は本当に哥の為になりますか?

『決まってるだろ。お前には見えている筈だ』

――見えるだけの未来に正解は書いていません。そこに居る人心にしか答えは無いのです。

『お前らしいな』

 紫闇は鼻で笑う。別に姉の意を馬鹿にしている訳ではない。考え過ぎだとは思うが。

『まあ、悪いがあの大臣をのさばらせるのは俺にとって良い気がしないんでね。お前が何を言おうが始末はさせて貰う』

――それが大乱に繋がっても、ですか。

『望む所だ。俺はその為に生まれ、生きてきた』

 今度は明紫安が溜息を吐く。

――止められるものではありませんね。確定の未来は変わらない。

『ああ。そして今度も俺達が勝つ』

――暗枝阿…

 彼女は何かを言いかけて止めた。

 その時ふいに、そこにある現実の音が響いた。

 枯葉を踏む足音。紫闇は目を開く。

「やあ、探しましたよ」

 皓照は呑気に笑いながら洞穴に入ってきた。

 面倒を隠しもしない舌打ちで迎える。

「首尾は如何ですかと問いたい所ですが、良くない噂を耳にしたもので」

 紫闇は冷笑で自ら噂の真相を口にした。

「小僧はこっちで貰い受ける。文句あるか?」

「差し上げた所で価値がありますかねぇ?いえ、文句はたっぷりありますけどね」

「聞いてやっても良いが、高くつくぜ」

「やめておきます。私は喧嘩をしに来た訳じゃないんですよ」

「ほお?じゃあ何しにそのツラ下げて来た?」

「未来について話をしませんか?」

 皓照は手頃な岩に腰掛け、優雅に足を組んで前屈みに顔を近付けた。

「未来の世界について。如何にして戦乱の世を終わらせるべきか」

「興味が無い」

「またぁ。では何の為にあなたの力は有るのです?それに、あの役に立つとは思えないお月さんを欲する理由は?」

「お前には関係無い」

「哥の反乱を鎮圧する為でしょう?分かってますよ」

 冷たく睨む相手は相変わらず陽気に笑っている。

「私の耳は何処にでもあるとお思いになった方が良いですよ、暗枝阿陛下」

 あの場に居た者――例えば戔王夫妻やその従者が喋ったとは考え難い。燕雷とて皓照に良からぬ感情を抱いているのだから、簡単に教えはしないだろう。何より、あの場所に皓照が近寄った形跡は無い。

 ならばあの時、間者が夜陰に紛れていたと考えた方が良いだろう。依頼を請け負った時から()けられていたとしてもおかしくない。

「…良いだろう。それを知っているなら話は早い。俺は哥の為にのみ動く。他は関係無い。分かったならさっさと消えろ」

「潔い国王ぶりですな。どこかの赤ん坊みたいな陛下とは違って」

「戔王をお前はどうするつもりだ」

「別に?私がどうこうしなくても、滅ぶものは滅びますから」

 冷え冷えとした目で真意の読めない笑みを観察して。

「てめぇで国を建てさせておいて、か?」

「生意気なお子様は苦手なんですよ。もうちょっと素直だと思ってたんですけどねぇ」

「あれ以上素直な餓鬼は居ねぇぞ」

 意味深に細められた視線が絡む。

 お互い、今この男を始末出来れば先が楽になると分かっている。が、それは出来ないとも知っている。

 それが出来るのは、永遠の命を棄てる時だ。

「これからも仲良くしましょう、陛下。それが互いの為になる」

「気色悪い事言ってねぇで、さっさと消えろつってんだ」

 笑みを深めて皓照は立ち上がった。

「鬼神の闘いぶりが再び拝めるのは、楽しみではありますね。では」

 金髪が陽光を反射して消えた。

 紫闇は再び姉に呼びかけたが、声は返って来なかった。


 派手な音が聞こえたので様子を見に来たら、中庭で朔夜が吹っ飛んできた。

 大の字に倒れて悪態もつけず咽せている。その原因に視線を投げれば、悪びれもせず木刀を捨てて濡れ縁に腰掛けた。

「何やってる」

 重傷人に対する仕打ちではない。それも実の子に。

 龍晶の責める視線を、燈陰は面倒臭そうに躱した。

「頼まれただけだ」

 だからって、と言い返したいがとにかく庭へ降り、朔夜の傍らに膝をつく。

「なんか、昔みたい」

 言いながら出て来たのは春音を抱いた華耶だ。

「大丈夫か」

 朔夜に問う。なんとか頷いて、体を引き摺ってその場に座り直した。

「華耶、その無茶な父親に何とか言ってくれ」

 きょとんとしている妻に、直接会話をしたくない龍晶が頼む。

 華耶は笑いだした。

「大丈夫。おじさんはちゃんと加減してますよね?」

「これで?」

 訝しんで聞き返す。華耶は頷いて、抱き上げた春音に向けて言った。

「朔夜お兄ちゃんは子供の頃みたいに飛んで行くから、まだ軽いんでしょうねぇ。たくさん食べれるように、美味しいもの作ってあげましょうね」

 一方的に語られる春音は、高い高いできゃっきゃと喜んでいる。

「朔夜、なに食べたい?」

 上から覗き込んで問われて、あー、と掠れた声を出した後。

「そろそろ肉たべたい」

「分かった!今晩は猪肉で鍋にしよう」

「おお」

 豪華な飯を想像して声に生気が戻る。

 華耶はにこりと笑って、父親の方に声をかけた。

「おじさん、お茶淹れるから厨へどうぞ」

 燈陰は無言で歩き出す。

「朔夜にも後で持って来るね」

「あ、ありがと」

「おいおい、皇后が働き過ぎじゃないか?」

 苦笑いで軽く嗜める王に、皇后は笑いながら肩を竦めた。

「仕事じゃなくて、これは私の道楽です」

「うん…まあ、好きにすれば良い」

 甘々の夫に微笑んで、燈陰に話しかけながら厨へと引っ込んだ。

「灌の長屋に戻ってきた気分なんだろうな」

 苦笑いで龍晶は言う。ここに居る面々が面々なだけにそうなるのだろう。

「良いじゃん。華耶が楽しそうなのが一番だよ」

 夫よりも当然のように甘々な幼馴染の言葉にまた苦笑いして、龍晶は立ち上がった。

 友に右手を差し出す。

「立てるか?」

 下から伸ばされたのが左手だと気付いて、すぐに手を入れ替えた。

 引っ張ると傷に響くのだろう。朔夜は顔を顰めて立ち上がり、よろよろと濡れ縁に座った。

「まだ全然治ってないだろ。無茶をする」

 うーん、と朔夜は反論を探して。

「今のうちに感覚を覚えないと、哥に行っても何の役にも立てないから」

「ちゃんと治してから行けば良いだけの話だろ」

「いや、この腕は暫くこのままだよ。治るのを待つ訳にはいかない。自業自得だから仕方ないけどさ」

「自業自得な…」

 溜息と共に吐き出す言葉に納得は出来ない。

 動かない右腕は悪魔のせいだ。決して朔夜の自業自得などではない。ただ、体が同じであるだけで。

 龍晶はそう信じている。そうでなければ、これまでの朔夜との関係が壊れるから。

 それを突き詰めて考えたくはなかった。話をずらす。

「だからってあの男に相手させなくても」

 侮蔑を込めてあの男などと呼ぶが、友の実の父親にそれは無いかなとも思う。

「暇そうにしてたからさ。他に俺の相手できる人間も居ないし」

「まあ、そうだけど」

「腹は立つけど稽古は的確なんだよな。お陰で片手の型も出来てきたし。胸の傷さえ治れば実戦でも行けると思う」

「そうか…」

 声は萎んだ。

 朔夜が驚いて顔を覗く。

「俺なんか変な事言った?」

「いや、全然」

 やっと友の心情を察して朔夜が向き直った。

 少し笑って。

「心配し過ぎだよ、お前」

「心配じゃねぇよ。嫌なだけだ」

「嫌?」

「またお前を戦地へ放り込んじまう無責任な自分が嫌なんだ」

「…って、言われてもなぁ」

 返す言葉を探す間を誤魔化すように、動かない右手を弄っている。

 少しだけ力は入るようになった。ぴくりと、親指が震える。

「あ、ほら、ちゃんと治ってはきてる」

 僅かな指の動きを友に見せて朔夜は笑う。

 それでも浮かない顔をしている龍晶の肩を抱いて、やっと探し当てた言葉を口にした。

「大丈夫だよ。俺は戦地に行くとは思ってないから。人助けに行くんだ。だからなんか、わくわくしてる」

「嬉しいのか?」

「うん。哥の王様を助けて、それがお前を助ける事にもなるなら、嬉しいに決まってる」

「お前は…」

 こつりと、隣にある頭に自分の頭をくっつけて。

「お前はずっと変わらないな」

 その眩しい程の純粋さが、ここまで自分を導いてくれた光だ。

「お前が居るからだよ、龍晶。お前が居るから、俺だって全てを投げずに生きてるんだ」

「…うん」

「なるべく早く帰ってくるから。罪人が戻って来たら拙いって言うなら、変装してでも帰ってくるよ」

「そうか。またあの傑作な女装が見れるか」

「ええっ…あれやんの!?」

 狼狽する朔夜に龍晶は笑った。

 過去を吹っ切って未来を受け入れた、明るい笑いだった。


 華耶が猪鍋を作って振る舞うと言うので、この屋敷に居る主だった者が皆集まって大変な賑わいになっている。

 こういう場には欠かせない於兎が歌を披露しだし、それはもう宴会だ。

 呼ばれはしたものの飯だけを目当てにしてきた燈陰には迷惑でしかなく、さっさと静かな濡れ縁に避難した。

 秋の夜に月が冴え渡る、良い夜だ。

 隣に旧知が居座っても、文句を言う気にならない。

「罪人だから衆目の前には出て来れないって、ここの連中は誰も気にしないのにな。そんな事」

 朔夜の事だ。この宴会の原因を作った張本人はこの場に居ない。

 華耶が食事を居室に運ばせているのだろうから、目的は果たしているのだが。

「国王夫妻も見当たらないな。あいつと一緒に居るのか」

「ああ、龍晶の奴がまた寝込んじまったらしい。朔が帰ってきてはしゃいでた疲れが出たからって、華耶ちゃんは言ってたけどさ」

「やれやれ。子供だな」

「子供だよ。良いじゃねぇか」

 燕雷は酒瓶を持って来ていた。それを差し出すと、燈陰は素直に杯へ受けた。

「燕雷、これは提案なんだが」

 酒を注がれながら珍しく自分から口を開く。

「何だ?」

 すぐにはその内容を言わず、酒を飲み下して。

「お前、朔と哥に行くってのはどうだ」

「…ん?そりゃどういう事だ」

 思いがけぬ提案だった。それが燈陰から出る事も含めて。

「あいつを野放しにする訳にはいかんだろう」

 後は自分で考えろとばかりの投げた言い方。

「それは、朔が心配だから?それとも周囲の人間を心配してるのか?」

「俺が顔も知らない人間の心配をする訳が無いだろう」

「確かに」

 それならそれで、もう少し素直な物言いをすれば良いのに、とも思う。

「自分で行くって選択肢は無いのか?」

 素朴な疑問を口にすれば急に不機嫌になった。

「なんだ、嫌なのか」

「そういう訳じゃないけど。お前の方が暇人だろ?」

「酒を寄越せ。一人で飲む」

 酒瓶を奪って立ち上がろうとする。

「うわ、悪かった、悪かったって!ただ俺に頼んでくる理由くらい教えてくれても良いだろ」

 満更でもなく座り直して、手酌しながら燈陰は言った。

「貴様は不老不死だろ。いくらでも時間がある」

「そうだけど、それ以上に仕事の方がいくらでもあってだな…」

 暇人発言の当て付けかと思ったが、違った。

「俺は寿命のある人間なんでね。息子も二十歳になるって事は、俺もそれなりに歳を取ってるって事だ。そろそろあるべき暮らしに戻りたい」

「戻る?どこに」

 灌に戻ってまた一人黙々と畑仕事をするのだろうか。それを望む男だとは思えないが。

梁巴(リョウハ)に決まってるだろ」

 見開いた目で見返され、知れ切った文句を言われる前に、煩そうに燈陰は言い足した。

「国のいがみ合いなんか知った事か。ただ俺は同胞の弔いの為に帰るだけだ。せめて華耶の父親の墓くらいは建ててやりたい。それが出来たら、俺は妻の墓の近くに(いおり)でも建てて暮らそうと思っている」

 燕雷が彼女を葬った場所は、梁巴の麓にある苴領だ。

 そこで静かに暮らそうと言うなら、文句を言える事ではない。

「もう隠居のジジイなのか。勿体無い」

「貴様に言われたくはない。人間、五十を過ぎれば大人しくしとくもんだ。でなきゃただの害悪だ」

「酷いな。頼み事押し付けといて」

「頼んでねぇ。提案だって言ってんだろ」

「分かった分かった。明日にでも雇い主には相談してみるよ。俺も朔は心配ではあるし」

 酒瓶を奪い返して、まず自分の杯に注ぎ、もう一度旧知の杯を満たしてやる。

 丸くなったなと思った。

 時間は確実に流れている。己の上を素通りしているだけで。

 あの頃と同じ宮仕えが、亡き妻子への弔いなのかも知れないと、今更気付かされた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ