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月の蘇る-4-  作者: 蜻蛉
第二十三話 離別
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2

 微睡の向こうで会話が聞こえた。

 聞きたかった二人の声。

「まだ寝てるね」

「ああ。疲れてたんだろ。出直すか?」

「ううん。ここに居る」

 華耶の真剣な顔と、龍晶が仕方ないなと笑うのが、瞼の裏に見えた。

 すぐに目を開けたいような、もう少しこのままで居たいような。

「後で祥朗が薬を届けてくれるから、それまでには起こさなきゃな」

「何の薬?」

「傷の治りが早くなる薬。でもあんまり早く治らない方が良いよな」

「そうなの?なんで?」

「傷が治ればここから出て行くから」

 昨晩と同じ事を華耶に言っている。どんな顔で言っているのだろう。

「そっか…。そうだね。でも、やっぱり傷は早く治して貰わなきゃ」

 華耶の声は優しい。

「こいつが痛い思いをするから?」

「うん。それもあるけど、哥に行って…王様を助けるんでしょ?なら、早い方が良いよね?」

「…ああ…」

 龍華は虚を突かれたようだった。華耶も同じ思いだと信じ込んでいたのだろう。

「仲春は寂しいんだよね。でも、ごめんね?私はそうでもない。ううん、行ってしまうのは寂しいけど…」

「待つのは慣れてるって事か」

「慣れなのかなぁ。朔夜が誰かに必要とされて頑張ってると思えば、私も頑張れるから」

 もう言えば、前にもそんな事を言われた。

 誰の役にも立たない、それどころか誰かを苦しめる自分に、どうしてそんな事を言うのだろうと思った。

 でもそれが華耶の『耐える理由』なら、否定したくない。

 今度こそ、それを現実にしなければ。

「華耶は偉いな」

「またぁ。馬鹿にしてる」

「違う違う。本当にそう思う。俺は駄目なんだ、引き止める方法ばかり考えてしまって」

「それだけあなたが朔夜を大事に思ってくれて、私は嬉しいよ。幼馴染として」

 でも、と笑い混じりに付け加える。

「前から不思議だったんだけど、どうして朔夜が良かったの?」

「…え?」

 思わぬ問いに龍晶が目も口も開きっぱなしなのが目に見えるようだ。

 その間抜け面を拝みたいが、ここで目を開けば絶対にこいつは答えを言わない。だから我慢する。

「仲春は本当に朔夜が好きなのが分かるからさ。私はあなたの妻として朔夜の何がそんなに好きなのか知りたいなーって」

「え、ええ…!?」

 たじたじの顔が見たい。が、まだ我慢だ。

「嫉妬と思ってくれても良いよ。だって羨ましいもの」

「いや…そんな、誤解だよ…!」

 なんだか浮気が発覚したみたいだ。それは朔夜としても心外である。

「誤解な訳ないじゃない。少しでも一緒に居たいから傷が治らなければ良いなんて、私でも思わなかった」

「…なんか、於兎に似てきたな…」

「於兎さんを見習って私も(たくま)しくならなきゃね?さ、答えて」

 まだえー、と小さく不満げな声を出す。

 腹の中で笑っていたが、逆の立場ならと思うと恐ろしい。龍晶に同情してしまう。

 暫く考える間が空いて、やっと答えらしきものが聞こえた。

「似たもの同士だから」

 ああ、そう来たか。

 言葉にして確認した事は無かったが、互いにずっとそう感じていた。

 自分達は一体であり、光と影なのだと。

「抱えてるものが似てたから、変に同情されずに付き合えるのが気楽だったんだ。最初は」

 口喧嘩の果てに殴られた、出会いの日が思い出される。

 多分、龍晶は初めて正面から喧嘩出来る他人と出会ったのではないか。

「それから…死にそうな所を助けられたり、逆にこっちが助けたりしてるうちに…いや、俺が助けられた方が圧倒的に多いけど…こいつに命を預けてる気がしてきて。だから、居ないと駄目なんだ。理屈で言うのは難しいけど」

「命の恩人ってこと?」

「それもあるけどそれだけじゃない。それ以上の存在。説明できる言葉が見つからないな、ごめん」

「ううん。私こそごめんね」

 何を謝るのだろうと疑問に思っていると、肩に手が置かれた。

「聞いた?朔夜。彼はあなたが居ないといけないから、なるべく早く帰ってきてね」

 思わず目を開く。

 悪戯っぽく笑う華耶と、心底驚きつつも嫌な顔をしている龍晶と。

「朔夜は嘘つくと鼻がぴくぴく動くから、狸寝入りしてても分かるんだよね」

「知らなかった」

 当の本人と龍晶が声を揃える。

 お互いの気まずさを拭おうと、朔夜は顔を顰めて言ってやった。

「龍晶、お前大丈夫なのか?昨日倒れてたのに」

「だから、腹に穴空けてるお前に言われる筋合いは無い」

「腹じゃねえし、関係ないし」

「どうだって良いよ。華耶に心配かけるな」

「それはお前だろ!」

 華耶の笑い声で言い合いは止まった。

「ほんと、そっくりさん」

 改めてこういう局面で言われると否定したくなる。

「良いよね。こういう二人を私はずっと見てたい。早くどの国も平和になれば良いのに」

 こんな馬鹿な言い合いから壮大な望みに繋げてしまう彼女に、その為に戦っている筈の二人が呆気に取られてしまう。

 だけど一番『平和とは何か』を知っているのは彼女なのだろう。

「朔夜、ご飯食べれる?お粥作ろうか?」

「え、あ、うん!」

「もうすぐお昼時だし、仲春も一緒に食べよ?」

「あ、ああ」

 華耶は濡れ縁に控えていた十和に声を掛けて共に厨へと向かった。

 朔夜は開け放たれていた戸から庭を眺める。

 この時季でも日が高ければ空気が暖かいのは、南部の地方ならではなのだろう。

「都に居なくて良いのか」

「居ても居なくても同じなら、冬を少しでも暖かい所で(しの)ごうと思ってな」

「同じか?桧釐は困ってるだろ」

「もう二度と帰って来るなって念じてるだろ」

「そうかなぁ」

 半笑いで返したが、龍晶は笑っていなかった。

「そんなに仲悪かったっけ、お前ら」

「仲良しになった覚えは無いな」

「嘘だぁ。ちっちゃい頃から甘えてたんだろ?あ、親代わりへの反抗期?」

「あんな奴が親でたまるか。そんなんじゃねぇよ。そもそも物の考え方が違うんだ、あいつとは」

「ふうん、考え方ね…」

 確かに二人が対立して喧嘩している所は多く見てきたが。

 根本にはお互いへの信頼がある事も知っている。なのに、この言い様はその信頼をも投げ出しているかのようだ。

 それ程に深い対立を生んだ問題とは。

「…俺の事じゃないよな?」

 一応、おずおずと聞いてみる。

「他に何がある」

 開き直って龍晶は答えた。

 朔夜は声にならぬ呻きを発し、動く左手で額を叩いた。

「別に今更だろ。お前が悔いる事でも無いし、いつかはこうなっていた」

 怒ったように龍晶は言う。

 左手の隙間からその顔を伺う。

 語気より、表情は淡々としていた。

「このまま政から降りるつもりじゃないんだろ?」

「とりあえず、この冬だけだ」

「そっか。良かった」

「だけど実質的にはこのまま政を桧釐達に譲ろうと思う。それが俺の役目だ」

「役目…」

「優秀な臣を民から作り、数人選び出す。そうだな、とりあえず桧釐を含め五人だ。その五人が話し合い、或いは多数決で決めた事を王の決定事項とする。それが今考えている政の仕組みだ。王はあくまで民に呼び掛ける者に過ぎない。だから信頼は必要だが、判断への責任は軽くなる」

「良いのか?お前だっていろいろ決めたいだろ」

「いや、きっとそこに居る王は俺じゃない。龍起だ」

「え?」

「春音だよ。名前を決めてきた。お家騒動だけは御免だからな、さっさと決めて周知するに越した事は無い」

 その真意を探るように表情を伺い見る。

 王は柱に背中を預け、秋の空を見上げていた。

 清々しさと寂しさの入り混じる空だった。

「隠居するにはまだ早いだろ」

「これまで色々あり過ぎたんだ。少しは休ませろよ」

 少しとは言わない。何十年でものんびりと幸せに過ごして欲しい。

 それが朔夜の本音だが、相手の本心は何処にあるのかは分からない。

「ま、あと十年だな。春音に物心がつくまでは何とか働くよ」

 付け足された宣言に安堵して、朔夜も十年後を想った。

 十年あれば、この国での罪も薄れて、二人の元へ戻っているだろうか。

「ああ、龍晶。まだ働く気があるなら、一つ動いて欲しい事がある」

「なんだ」

 問い返した時、足音がして華耶達が戻ってくる気配がした。

 早口に朔夜は返す。

「飯食いながら喋る事でもないから、後で」

 女の耳にはあまり入れたくない話だろうと、龍晶も察した。

「お待たせしました!熱々なうちに食べよう!」

 華耶が湯気の立つ鍋を、十和が三人分の器を手にして帰ってきた。

「お、美味そうだな!さすが華耶だ!なんか菜っ葉も入ってるし!」

 身を起こして鍋の中を覗く朔夜に、華耶が中身をよそった器を渡す。

「ちょうど祥朗が来て、薬草を分けてくれたの。だから中に混ぜてみた。苦味が効いてて美味しいよ」

「あ、苦いんだ…」

 途端に声が萎む。

「朔夜はそろそろ大人の味が分からないと。ねえ?」

 振られた龍晶は鼻で笑う。

「百年経ってもお子ちゃまだろ、こいつは」

「はあ!?お前人のこと言えんのかよ!?」

「生まれた時から宮廷料理に舌鼓を打ってきた俺とお前の舌を一緒にするな」

「っ!…腹立つ…!!」

「そう言えば仲春の嫌いなもの、聞いた事がなかった」

「俺は何でも食べれるよ。育ちが良い上に贅沢を言える身の上でも無くなったから。ただ…」

「ただ?」

「蛙の姿焼きだけは無理だった」

「どうやったら王子様がそんなものと出会うんだよ」

 朔夜は引き気味に尤もな突っ込みを入れるが、気になる答えより先に華耶が小首を傾げた。

「梁巴ではよく食べてたよねぇ。美味しかったけどな」

 華耶に見つからぬよう龍晶が引き攣った目線を朔夜に投げる。受け取った朔夜はぶるぶると小刻みに首を横に振った。

「ねえ朔夜、よく川辺でおっきな蛙捕まえてたよね?」

「あ、そ、そうだったっけ?」

「そうだよぉ。忘れちゃった?桶に入れて帰ったら父さんが捌いて…」

「わあぁ華耶!」

 龍晶の険しくなる顔色に危機感を覚え、急に喚いて誤魔化した。ただしそうとは言えず目を白黒させている。

「なに、どうしたの?」

「傷が痛い!ちょっと寝る!」

 結局、布団を頭から被って逃げの手を打った。

「薬を作って貰わなきゃ!」

 華耶は祥朗の名を呼びながら、厨へと戻っていった。

「…他言しないよう後で言っとく」

 苦笑いしながら龍晶が言った。

「うん、それが良いな」

 布団から顔を出した朔夜も苦笑いだ。

「それよりさっき言いかけた話は?」

 問われて、朔夜は顔から苦みだけを残した。

「この傷の原因だ。これは子供にやられた」

「子供?」

「お前を監禁してた地下組織に攫われた子供だ」

 龍晶も顔色を変え、口を閉ざした。

「多分、攫った子供に芥子の薬をやって洗脳しているんだろう。俺達を憎む兵士となるように」

 朔夜は感情を挟まず淡々と説明した。そうでなければやり切れなかった。

 聞かされる龍晶の内心は、随分辛いだろう。

「あの子達を救いたい。俺があの時救い損ねたせいでこうなったんだ。自分の手で責任は取るべきだとは思うが、そういう訳にもいかなくなった。だからお前に後を頼みたい。宗温にそれを知らせれば悪いようにはしないだろう」

「…ああ」

 一言、呻くように頷いて龍晶は額を手で支え暫く俯いていた。

 そして呟くように言った。

「お前の責任なんかじゃないだろ。あの時お前が馬鹿な俺を救おうとしてくれたから、多くの子供が助かった。後は運の問題だ」

 いや、とすぐに自ら打ち消して。

「あの後すぐに救出に気が回らなかった俺の責任だな。戴冠なんかで浮かれてる場合じゃなかった」

「そうかも知れないけど、仕方ないだろ。過去は変えられないしさ」

 小さく溜息を吐いて、朔夜は自白せずにはおれなかった。

「俺はあの子を殺してしまった。刺された時、無意識に反撃してたんだ。まだ息はあったからなんとか救いたかったけど…」

「それこそ、仕方ないだろ」

「このままだとその『仕方ない』が積み重なって取り返しのつかない事になりそうな気がするよ」

 相手は襲ってくる。こちらは我が身を守らねばならない。そして犠牲は増えるだろう。

「…善処する」

 そうとしか言えない王の苦しみを分かち合うように、朔夜は言った。

「もう一つ、お前に謝らなきゃいけない事がある。俺はあの時救った子も死なせちまった。強くしてやれってお前に言われたのに、逆に過信にしてしまった。許してくれ」

「お前が謝る事じゃないだろ」

「いや…俺がちゃんと教えなかったからだ。命令は絶対聞けって理解させとけば、戦場に出る事も無かっただろうに」

 軍隊において命令違反は死に繋がる。それは基本だが、これまで単独で任務をこなしてきた朔夜にその意識は薄かっただろう。

 これも仕方ない事だったのかも知れない。

 そうやって諦めていては何も変わらないのだろうが。

「その子供の名前は?」

 龍晶が訊いた。朔夜は即座に答えた。

青惇(セイトン)。大人しくて流され易い奴だけど才能はあった。もう少しちゃんと鍛えていれば良い使い手になれてたよ。…でもそんな才能なら無い方が良いよな」

 ちらりと友の顔色を伺う。

 攫われて敵となった子供にせよ、戦地で散らさずともよい命を散らした子供にせよ、運命に抗えなかったのは同じで。

 朔夜はそんな彼らに己を重ねているのだろう。特異な能力を持ったばかりに、戦場でしか生きられなくなった己を。

「分かった。俺の名で弔いを出そう。何があったのか大々的に知らせれば、次の犠牲を生まなくて済む」

「青惇を皆の教訓にするって事か」

「ああ」

「頼むよ」

 暫く二人黙って秋空を見上げた。

 厨から張り切る華耶の声が聞こえてきて、朔夜はぽつりと言った。

「華耶のこと、大事にしろよ」

「何を今更…」

「あれ、わざとやってたんだ。たまに笑わせてやらないと、お前の心が潰れるって分かってるから」

 朔夜が去れば、子供みたいな喧嘩の相手も、馬鹿話で笑う相手も居なくなる。

 それを華耶は気にかけているのだろう。朔夜のように喧嘩は出来ないけれど、息を抜く瞬間を作る事は出来る。

 だから。

 龍晶は空を見つめたまま応えた。

「お前には感謝してる。華耶を俺の元に連れて来てくれて」

 満天の星空を二人で見上げた結婚前夜を思い出す。

 あの時も、今この瞬間が永遠に続けば良いと、そう願っていた。


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