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月の蘇る-4-  作者: 蜻蛉
第二十二話 罪科
48/71

7

 戔の最南端に位置する山あいの都市、陶州(トウシュウ)

 この街こそが反体制派の拠点だ。

 宗温は郊外の高台に陣を張った。斥候を放ち、街の様子を探らせている。

 敵の首領であろう藩庸のみに的を絞って叩きたい所だが、その居場所が知れない。

 街を一望できる場所に立って目ぼしい建物を睨んでいると、後ろから若い兵に呼ばれた。

「お客様です。国王陛下の書状をお持ちです」

「お通ししてくれ」

 走り去る少年兵の背中を見送りながら、客と呼ばれた人物の目的を考える。

 王が直々に使いを寄越すのは、恐らくあの一件だろう。

 しかし、使者ではなく客と呼ぶのは妙だが、経験の浅い少年兵からすればその見分けなど付かないだろう。とにかく客と伝えれば通じると思ったのかもしれない。

 宗温からすれば微笑ましいが、その辺りに煩い者も居るだろうし後で教えようと心に決めた時、少年兵と例の『客人』がやって来た。

 長身で細身の男だ。顔に見覚えは無い。

「陛下の使いの者か?」

 問うと、無言のまま書状を突き付けられた。

 その非礼ぶりに顔を顰めると、相手は睨み返して吐き捨てた。

「あんな餓鬼の小間使いなんか御免だ。帰る」

 受け取られなかった書状を放り投げ踵を返す。

 流石の宗温も焦って宙に舞う書状を抱き止め、それが王の真筆だと認めて更に慌てた。

「待て!いや…お待ち下され!非礼は詫びる。貴殿は何者か」

 足を止めて振り返った目にはっとした。

 この鋭い眼差しは見た事がある。

「朔夜…」

 脳裏で重なる名を呟くと、男は宗温の手元に向けて顎をしゃくった。

 絡み付く紙の感触ももどかしく書状を開く。

 書かれていた。この男の正体が、冒頭に。

 改めて宗温は男を見た。

 それに応じるように、男は長旅の為に頭を覆っていた頭巾を取り払った。

 銀髪。それが確かな証拠だろう。

 再び書状に目を落とし全て読み終えると、案内してきた兵に告げた。

「暫くの間、ここから奥に人を入れるな」

「はい」

「お前も少し離れていろ」

 走る少年兵と逆の方向へ男を招き、微妙な距離を取って並び歩く。

「あの子は反体制派に捕らえられていた所を朔夜君が救ったのです。そういう子が何人も居て、今は国の為に働いてくれている。朔夜君の功績は大きい」

「ふぅん」

 全く興味の感じ取れない相槌。

 意外に思い振り返ると、だから何だとばかりの視線にぶつかった。

 人の親になった事が無いから分からないが、彼の今の心情を想像し、反省を込めて宗温は言葉を継いだ。

「無事であれば良いのですが」

「なんだ」

 嘲笑を含めて吐き捨てる言葉にまた驚く。

「まだ餓鬼一人とっ捕まえてないのか。国軍と言う割には無能だな」

 言葉を失っていると、とどめのように一言加えられた。

「王があれなら仕方ないか」

 ここで刀を抜かなかったのは宗温の理性に勝る性格のお陰だが、相当に危うい所だった。

「…貴殿を何とお呼びすれば宜しいか」

 怒りを抑えた声で問う。

 他人の感情など関係無いとばかりに視線もくれず応えが返る。

「そこに名が書いてあるだろう」

 確かに書状の中に書いてある。ならば名で呼べという事だと理解して、噛んで含めるように宗温は言った。

「燈陰殿、我が軍の不甲斐無さはひとえに私一人の落ち度です。陛下には何の関わりも無い。故に、次に陛下を貶めるような事を口になされば、ただでは済まぬと…ご留意頂きたい」

「ほお、脅しか。ご丁寧な事だ」

 燈陰はにやりと笑って、戔軍の最高司令官を品定めするように観察した。

「結構だがな。ただ、返り討ちにされては貴様どころか国の沽券に関わるだろう?無論、あの餓鬼にもな。だからやめとけ」

 宗温は足を止めて目前の男を注視した。

 冷ややかな睨み合いとなった。

 その立ち姿だけで相手の力量を測り合い、その腹の底も探り合う。

 そして隙あらば実際に刀を抜いていただろう。

 その後どうなるかも脳裏に描く。

 この男は尋常ではない。悪魔を生み出した父親というだけある。

 刀を抜けば斬られる――この予感は、以前に悪魔と対峙した時と同じだ。

「燈陰殿、私を揶揄いに来た訳では無いでしょう?問題は御子息の事です」

 張り詰めた空気を躱すように宗温は本題へと話を移した。

「ここに居ないなら話す意味も無いが」

「しかし無闇に探すよりここで待つ方が良いと思いますよ」

「大罪人がわざわざ捕まりに来るか?」

 宗温は言葉を詰まらせた。

 この父親が息子の事をどう考えているのか、それが分からない。

「…我々には朔夜君を罪人として捕らえるつもりはありません」

「ほお?村一つ分の人間を殺しまくった奴を、罪人扱いしないと?じゃあどうするつもりだ。悪魔のご機嫌を取って取引まで飼い慣らすつもりか?」

「私の使命は、彼の身柄を保護し、都へと連れ帰る事です」

 それが桧釐から受けた指令だ。

 が、今しがた読んだ王の意志は、何か違うものを感じる。

 直接的には書いていない。が、王というより一人の青年の迷いが滲んでいる。

 父親に会わせた後は、朔夜の好きにさせてやって欲しい、と。

 燈陰の言う通り、彼を自由の身にする事は有り得ない。それは国の治安を守る国軍を率いる身として譲ってはならぬ所だ。

 だが彼の友である龍晶の思いも理解出来る。

 しかし所詮、それは甘さだ。

「…まあ良い。とにかく奴が現れねば話は進まん」

 燈陰の言葉に意識を現実に向ける。

「問題はどうやって彼を探すか、です」

「そんなもん、あんたには簡単な事だろう」

 首を傾げる。探索に人員を割けと言うのだろうか。それでも今まで見つからなかったのだが。

 燈陰の言い分は違った。

「さっさと反体制派とやらを叩け。血の流れる所に悪魔は現れる」

 息を飲む宗温に、更に父親は畳み掛けた。

「貴様らが何を企もうが関係ない。奴は人を殺したいだけだ」


 近隣の村から買い集めた野菜を切っていると、最近何かと一緒に行動するようになった連れが戻ってきた。

「あ、丁度良かった。そこの芋持ってきて」

 突然陣を訪ねて来た客を案内し終えた賛比(サンヒ)は、素直に足元の籠を運んできて俎板の横に置いてくれた。

「何者だったの?あのおじさん」

 興味本意に問うと、賛比は肩を竦めて答えた。

「分からないけど、なんか変だったよ。宗温様が慌ててたもん」

「え、何それ。偉い人だったって事?」

「そういう感じでも無かった。陛下の書状を投げ付けてたんだよ?あれは絶対に身分の高い人じゃない」

「じゃあ何だよ?偉い人でもなくて、宗温様が慌てるような人って」

「俺に聞くなよ。肝心な所は俺、遠ざけられた上に誰も通すなって見張りさせられてたんだから」

「へー。密談ってやつだ。なあ、あれじゃないかな、戦に雇われて戦うやつ」

「傭兵?」

「そうそう、それ。そんな感じのおじさんじゃなかった?なんか強そうだし」

「ああ、なるほどなぁ。陛下が雇ったから書状を持ってたんだ」

「そうそう、この人は怪しい者じゃないから一緒に戦いなさいって書状だったんだよ、きっと。陛下直々の命令だから宗温様も慌てたんじゃないかな」

「そっかぁ。そういう事かぁ」

 喋りながら少年達は並んで芋を切り始めた。

 大隊の食事を用意するのはいつもこの二人を含む少年達だった。炊事は郷里で慣れた事とは言え、この大量の食材を切るだけで最初は疲れ果てていた。

 慣れた今は退屈なだけの作業だ。

「これ持っていくぞ」

 別の少年が切られた芋を運んで行く。行先は煙をもくもくと吐き出す急拵えの竈だ。

「それにしてもさぁ、青惇(セイトン)

 賛比は相棒の名を呼んで寸胴の中に投げ入れられる芋から意識を戻させた。

「なんだって俺達は芋ばっかり切ってんだろうな」

「芋ばっかりじゃないよ。お前が帰るまでに俺は大根も人参も切ってた」

「そういう事じゃなくて」

 的外れの反論と己の現状に溜息して。

「俺達が居るのに、なんだって他所から兵を雇わなきゃならないんだろう。お前だって芋を切る為に朔兄ぃから稽古付けて貰った訳じゃないだろ?」

 都で軍に入ってから暫くの間、刀の振り方から教えてくれた師匠を少年達は朔先生とか朔にぃ、と呼んだ。

 小さな子供達にとっては先生だが、賛比や青惇にとって二つ三つしか歳の離れぬ彼は兄ぃと呼ぶほうがしっくりきた。

 そうでなくても見た目が小柄で子供のような先生だから、下手すれば自分達の方が年上に見えた。

 否、中身だって子供だった。率先して子供達と本気で遊んでいたのだから。

 だが、刀の腕は本物だった。その立ち合いで鳥肌が立つ程に。

 そんな朔にぃは、自分達にとっても幼い子たちにとっても、大好きな兄ちゃんであり、英雄だった。

「まぁ、確かにそうだよなぁ。せっかく初陣だってのに、野菜ばっかり切ってたって朔兄には言えないよ」

「そうだよ。兵士なんだから、人切って一人前だろ」

 その言葉に、急に戦の生々しさを感じて、二人は一度口をつぐんだ。

 芋の次は青菜だった。その頭をばさりと切る。

「怖がってんじゃねえよ」

「お前こそ」

 また、ばさりと。

 何だか簡単な事のようにも思えてきた。

「なあ、知ってる?朔兄はこっち来てるんだって」

「え、そうなの?」

 声を明るくした青惇に頷いて、上官の身の回りを世話しているうちに聞いた情報を得意気に披露する。

「一人でこっちに向かってたけど、ほら、朔兄ってこの国の人じゃないだろ?だから道に迷っちゃって、それで一部隊で朔兄のこと探してるらしいよ」

「うわぁ、どれだけ迷子になってんだよ。朔兄らしいなぁ」

「もうすぐ合流する筈だからさ、その時は俺らもやれるんだって所、見て貰わないと」

「おお、そうだな!」

 元気になって青菜を刻む。

 この野菜くらい簡単に敵をばたばたと倒す。

 師のそんな姿を見ているから、それに憧れ、そして自分もそうなれると信じて疑わない少年達だった。


 軍服姿を遠目に認めると、つい反射的に身を隠すようになった。

 そのままやり過ごす。そして己の行動の矛盾に苛む。

 堂々と出頭して、首を刎ねられれば良いと、そう考えている筈なのに。

「合流するんじゃなかったのか」

 同行人にも冷たく指摘され、朔夜はまた悩む事になる。

「あんたはどっちが都合が良いんだ?」

 問うと、更に冷たい目で見下される。

「別に、関係無い」

 判断を他人に委ねるなと叱られたようだった。

 短く息を吐き、気持ちを切り替えて立ち上がる。

 目的地は近い。

「ところで、本気で闘いに加わる気か?その腕で」

 珍しい向こうからの問いに朔夜は少し眉を上げ、確かに、と苦笑いした。

 右腕はまだいくらも動かない。

「片手でも何とかする」

「死にたいだけか」

「そうかもね」

 己の意志は何も無かった。ただ、ここで戦いに行かねばならないという義務感だけで動いている。

 その結果どうかるかは問題ではない。確かにこの身体では死にに行くようなものだ。でもそんな事はどうでも良かった。

「俺が死んだら皓照に蘇生させろって言われてんだろ?」

 この男にとって戦うという選択は面倒事が増えるだけで迷惑なのだろう。

「俺はお前の実力を測ると言った筈だ」

 止めないのか、と少し意外だった。無論、止めて欲しい訳ではない。

「お前の価値が塵同然なら捨て置く。泣き言は受け付けんぞ」

「言わねぇよ。それで良い」

 これで安心して死にに行けるというものだ。

 山道の視界が開け、麓に人家が見えた。

 更に遠くに目をやると、かなり発展した街並みがある。

 己の墓場になるかも知れない街だ。

 不思議に心は凪いでいた。

 心底からこれで良いと思った。何の悔恨も無い。

 やり残した事があるとするならば。

「なあ、一つ頼まれてくれるか?」

「ああ?」

 まだ何も言ってないのに怠そうに返される。

 断られた訳ではないと開き直って朔夜は短刀を紫闇に押し付けた。

「こいつを戔王に渡してくれないか?」

 仕方なしに紫闇は受け取って、見るともなくそれを見る。

 虎の彫刻のなされた鞘で眠る短刀。

「渡すだけで良いのか?」

「うん。後はあいつが良いようにしてくれると思うから」

 龍晶ならば、孟逸を通じて持つべき人の元へ返してくれるだろう。

 この刀に込められた意味も、あいつはきっと読み取る筈だ。

 俺は生きる事を手放した。でもこれを渡すからには、お前は生きろ、と。

「虎の将軍か。確か苴だったな」

 何気なく紫闇が呟いた言葉を聞き流しそうになって、その意味に気付き、え、と声が漏れた。

「知ってんのか!?」

「あ?ああ、まあな」

「千虎くらい強かったら、そうか…知られてるか」

 納得しかけて、しかしその持ち物まで知られているものだろうかと疑問は湧く。

「会った事がある?」

 注意深く質問を選ぶと、相手は興味を失ったようにはぐらかされた。

「さあな。長く戦場を渡り歩いてりゃ、そういう事もあるかもな」

 その癖こんな細かい事を覚えているのか。

 突っ込みたかったが、それは許されなかった。

 街の中で、人々が叫ぶ声が響き渡った。戦いが始まったのだ。

 走り出そうとして、動かない後ろの気配に足を止めた。

「行かないのか?」

「は?」

 何を言わんやとばかりに見下される。

「だって…見えないだろ、ここからじゃ」

 戦いに加わらないにしても、朔夜一人を観察するにはここからでは遠過ぎる。今も人が芥子粒ほどにしか見えない。だが。

「杞憂だな。どこに居ようと見るべきものは見る」

「は…?」

「行くならさっさと行け。繰り返すがお前が死んでも捨て置くからな」

 耳に届く騒音が足を誘う。

 後退(あとずさ)りしながら、結局何も掴めない男を改めて見詰める。

 ある可能性に気付いて。

「お前、もしかして…」

 男はにやりと笑った。それが答えだ、と。

「早く行け。手遅れになるぞ」

 鋭く息を吸って走り出した。

 この予感は、絶対だ。

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