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月の蘇る-4-  作者: 蜻蛉
第二十二話 罪科
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2

 目覚めてから暫く、倦怠感に身を任せる。

 これが何処だったかと考え、眠る前の出来事を思い出し、今の状況を棚に置いてその事を考えた。

 紫闇という男の姿は今無い。だが木立の向こうに人の気配があるから多分それだろう。向こうは任務なのだろうが、見捨てられなかった事に安堵した。

 皓照は悪魔を生かす事を選んだ。その意味は直接問うより無いが、考えずには居られない。

 龍晶や燕雷が何か言ってくれたのかも知れない。あの二人なら、俺の存在を惜しんで行動してくれるだろう。

 だけど。

 今の俺はもう救われない。二人に合わせる顔なんか無い。

 消えた方がマシだと、自分で思う。

 命令だったとか、誰かの為とか、戦場の中で自衛の為、とか。

 そういう言い訳は何も通用しない、初めての紛れもない罪を犯した。

 殺したかったから、殺した。

 何人も。罪の無い人を。

 否、初めてではないかも知れない。最初に犯した罪と同じではないか。

 俺はまだ、あの呪われた故郷に居る。

「殺してくれ」

 近付いてきた足音に、朔夜は言った。

「何言ってんだ」

 紫闇は鼻で笑って、拾ってきたらしい薪を放った。

「俺が何をしたか知ってるんだろ?生かしておいて良い罪じゃない」

「関係ない。俺は生きた状態でお前を連れ帰る必要がある。それだけだ」

 彼は任務を遂行するだけなのだろう。ならば、殺してくれと言うのも単なる我儘だ。

 罪の意識を大きな溜息にして吐き出す。勿論そんな事でちっとも心は軽くならない。

 結局、ここから逃げたいだけだ。死というのは甘えでしかない。

「罪を償いたいと言うなら、相応の人物が罰を与えるだろう。少なくとも俺の仕事ではない」

 紫闇の言葉は尤もだった。正論は混乱する頭を少し落ち着かせた。

 そしてその、罰を与える相応の人物について苦い思いで考えねばならなかった。

 宗温か、桧釐か。否、あいつに話が届かない筈が無い。

 俺は龍晶の大事な民を殺した。

 己の全てを擲って守ろうと決めた民を。

 その過程を全て見て知っているのに。

 こんな裏切りは無いだろう。

 そしてまたあいつを苦しめてしまう。

 でもいっそ、俺はあいつに殺されたい。

 何も考えず、首を落としてくれたら、それで良い。

「お前、戔王と親しいんだろう」

 頭の中を見透かしたように問われた。

「うん、まあ…」

 曖昧にしか頷けなかった。

 紫闇はさして感情を挟まず、放るように言った。

「王府は批判の火消しに苦労するだろうよ。場合によっては無かった事にするかも知れんな」

「無かった事…!?」

 村が一つ消えたのだ。近隣の民をも巻き込んで。

 それを『無かった事』になどして良いのか。

「龍晶はそんな、無責任な事をする奴じゃない」

 不可能ではないだろう。数少ない目撃者に口封じをすれば良いのだから。

 だが、そんな汚い方法を友に取って欲しくは無かった。

「正々堂々と、民衆の前でこの首を落とせば済む話だ。ああ、その為に生きて帰るんだ、俺は。皓照もそれを考えて…」

「違うと思うぞ」

 ぞんざいに言葉を遮る。

 朔夜は閉口して紫闇を睨んだ。

「皓照がそんなどうでも良い事の為にわざわざ俺を使うか」

「どうでも良いだと…!?」

「ああ、どうでも良い。餓鬼を一人刑場で殺して何になる?何も変わらんだろ」

「だけど、必要だろう!?俺があんな事をしでかした以上は、龍晶がこれまでと同じように民の支持を集める為に…」

「戔国がお前をどう処分するかは俺の知った事じゃない。ただ、俺がお前の元に来た理由は全く別の所にある。少なくともお前を死なせる為じゃない。そう言ってるだけだ」

「何だよそれ…」

 皓照の目的は計り知れない。だが少なくとも、目の前の男に問う事は出来る。

「あんたは皓照に言われた事を黙って実行するだけなのか?理由も聞かずに」

「は?俺を皓照の犬だと思ってやがるのか?」

 このちょっとした挑発だけで殺気が放たれる。悪魔が出て来る事が無かったのは幸いだが、朔夜は焦った。

「いやいや、そうじゃないけど!組織の中で主従関係って言うか、上下関係はあるんだろ?」

「どうして俺が奴に従ってやらなきゃならない。言った筈だ、皓照は俺を頼ってきたんだ。こっちも利害が合うから引き受けてやっただけで、奴が何を考えているかは関係無い」

「皓照が頭下げてお前に頼んできたって事?」

 想像出来ない。あの男がそんな殊勝な態度を取るだろうか。

「奴にそんな可愛げがある訳ねぇだろ。俺がお前に興味を持っているのを良い事に話を持ってきたってだけだ」

「へ?俺の事、前から知ってたの?」

「悪名の高さに自覚は無いのか」

「ああ、そっちか…」

 月夜の悪魔を知っているというなら納得はする。気持ちの良い話ではないが。

「悪名高い悪魔の正体でも探りに来たのか?」

「まあな。実力を測りに来た。期待外れだったが」

「悪かったな。どうせ俺は弱いよ」

「それじゃ困るんだが」

「は?」

 いじけていた視線を上げる。呆れた視線とぶつかった。

「そんな見苦しい根性無しのままじゃ困るんだよ。使えるものも使えねぇ」

「使うって何に」

「半端な奴に教えてやれる訳ねぇだろ。知りたいなら本物の実力を出してみろよ」

「右手も動かないのに無茶を言う…」

 動いたとしてもこの男に敵う気はしない。

 否、と考え直した。何もこの男を相手にする必要は無い。

「なあ、お前の目的が俺の実力を見る事なら、何もすぐに皓照の所へ戻らなくても良いよな?俺の目的を果たしてからでも文句は無いんだよな?」

「旧王政派の制圧か」

 気負い込んで朔夜は頷く。それを知っているのなら話は早い。

「そこなら俺も遠慮なく刀を振れる。好きなだけ実力を測ってくれ」

「制圧に行くのは別に良いが、右手が使えん事に変わりは無いだろう」

「それは…道々治すよ。だから頼む、行かせてくれ」

 前のめりに頭を下げる朔夜を、紫闇は軽くあしらった。

「別に良いって言ってんだろ。くどい餓鬼だな」

「ほんと!?」

 途端に満面の笑みとなり、拳を天に突き上げてやったぁと叫ぶ。

「そんなに嬉しいか?」

 冷めた口調で問われても、笑みを崩さず朔夜は答えた。

「だって、どうせなら、龍晶の役に立って死にたい。あいつの仇は俺が代わりに取ってやるんだ」

「ふーん」

 はしゃぐ少年を横目に見ながら、薪に火種を投げる。

 変な奴だと思った。

 何百年と生きているが、こういう手合いに出会ったのは初めてかも知れない。


 春音が泣くからちょっと散歩してきますね、そう言って華耶は十和と共に出て行った。

 子供の顔を見れば少しは気分転換になるだろうという華耶の考えで女性陣らと赤子を囲んでいたが、龍晶にとって何が変わる訳でもなかった。

 目の前が見えない。塞がれる未来ばかりで。

 華耶にはまだ何も言えないでいる。

「で、どうしちゃったのよ、王様は」

 声を聞いて初めて、そこに於兎が残っていた事に気が付いた。

「どうしたって…見ての通りの病人なんだが」

「そんなの今に始まった事じゃないでしょ。誤魔化そうったってそうはいきません」

「別に誤魔化そうとは…」

「華耶ちゃんに頼まれました。私には言えない事があるみたいだから、代わりに聞いて下さいって」

 龍晶は閉口して手元に視線を落とした。

 そんな彼の枕元に迫って、於兎は折れそうなほど細く白い頸に向けて更に華耶の言葉を続けた。

「ここのところ毎晩、魘されているんです。よくよく聞いたら朔夜の名前を呼んでるから、きっと彼の事で悩んでるんだろうって。私に心配させない為に教えてくれないで居るんだろうけど、何か重大な事が起こっているんだろうと思いますって…ねえ、華耶ちゃんも馬鹿じゃないわ。隠し通せればそれで良いなんて事無いんだからね?」

 溜息を落として膝を抱え、その膝に額を乗せる。まるで怒られた子供のように。

 於兎は椅子を引いてきて横に座り、隠そうと努める顔を覗いた。

「相変わらずの頑固者ね。そうだろうと思って、ここに来る前にうちの人を問い詰めてきました」

 桧釐は喋ったのだろうか。少なくとも、彼には妻に隠す理由は無い。

「彼は、こればっかりは勘弁してくれって。国同士の機密事項だからって…そんなのますます怪しいじゃない。ねえ、一体何が起きてるの?」

 あいつは喋らなかったのかと、まずはそこを意外に思った。確かに易々と漏らして良い話ではない。

 だが、於兎にとってはそんなものは関係無いだろう。

 否、於兎ではなく、華耶だ。彼女を不安にさせている己が悪い。

「桧釐の言った通りだ。夫婦とはいえ、言えない事もある。勘弁してくれ。俺は華耶の為に態度を改めるから」

「ほらやっぱり誤魔化そうとしてる!そんな事で騙される訳ないでしょ。本音なんか見え透いてるわ。王様一人じゃもう抱えきれないんでしょ?喋って楽になれば良いのに。それじゃ解決するものもしないし、病だって重くなるばっかりよ!」

 憤然として於兎は続けた。

「何より華耶ちゃんが可哀想だと思わない?近くに居るのに何も出来ないなんて辛過ぎるよ。あの娘はあんたを心から好いてるのよ!?本当に愛してるから何とか力になりたいって苦しんでるのよ!?どうして分からないの!」

「…朔夜じゃないのか」

 言ってしまって、我ながら馬鹿な事を漏らしたと悔いた。相手が悪い。

 案の定、耳を塞ぎたくなる金切声で怒られた。

「はあ!?馬鹿ね!?それで意固地になってるの!?」

 分かっている。自分で分かっているからもうやめてくれ。

 懇願は言葉にさせて貰えそうに無い。

「華耶ちゃんがどれだけの覚悟であんたに嫁いだと思ってるの!?女を馬鹿にするのも大概になさい!それとも何、あんたは女なんて政治の道具としか思ってないの!?」

「俺が居なければ良かったんだろ」

 相手を黙らせたいと口にした事は、本音が過ぎていて逆効果だ。

 分かっていてもそれ以外に言葉を選べなかった。

「俺なんかが現れなければ、華耶は朔夜を選べていた。そうすべきだったろ…。華耶は今も、あいつが来るのを待ってるんだ。俺なんかじゃない。俺はただ、彼女を苦しめてるだけ…」

 ぽん、と。

 軽く頭を叩かれた。

「ほんっと馬鹿な子」

 罵る口調は温かい。

「それとも駄々っ子かしらね。こんなに愛されて、まだ足りないの?信じられないの?昔の事があるから?華耶ちゃんも朔夜も、あんたを裏切りはしないわよ」

「…」

 唇を噛んで涙を耐えた。

 全部分かっていた事だ。分かっていて、自信が持てなかった。

 ただ悔しかった。分かっているのにいちいち言葉にされて。

 そんな事、朔夜がずっと伝えてくれていたのに。薄っぺらな言葉ではなく、その行動で。命懸けで。

 それを今の今まで分かってなかった自分が悔しかった。

「で?何が起きてるの?」

 於兎が本題へと切り込んできた。

 もう下手に守る気は無くなった。

「…苴が朔夜を欲しいと言ってきた。繍への出兵を待つ代わりに」

 流石の於兎も返す言葉を失ったようだ。

 今ある幸せを信じるよう言ったそばから、それが土台から揺らいでいる。

「今はまだ戦なんか出来る国力は無い。そうでなくても、俺が生きてるうちは戦なんかしたくない。それは朔夜も同じだと思う。…だけど、その代わりにあいつを失えるかって…そんなの…」

 我慢していた涙が耐えきれず落ちた。

 涙声の本音はもう抑えられない。

「華耶だけじゃない。俺が…俺が、そんなの耐えられないから。朔夜を遠くにやるなんて、別れるなんて、そんなの…無理だ」

「それで悩んでたの?一人で、ずっと」

「華耶に言う時はそれが現実になる時だと思うから。まだ…現実にはしたくない」

「そう…」

 珍しく於兎は黙り込んだ。

 遠く、華耶の笑い声と春音の泣き声が聞こえてきた。

 我が子ながらよく泣く子だと思った。きっと父親に似たのだろう。

 そう、春音は龍晶に似ている。これからどんどん似ていく筈だ。血の繋がりを超えて。

 そうであって欲しい。実母の願いと、女の勘だ。

 そして、未来は泣かずに居てくれたら。

「ねえ、やっぱりそれは二人で悩みなさい。聞いたからには私が華耶ちゃんへ話すわよ」

「…それで良いのか」

 半分は諦めていたのだろう。もう反発は無かった。

「その方が華耶ちゃんは安心するわよ。だって、あんた達は三人で一つだもの」


 華耶はごめんねと言った。

 何故謝るのか心底分からず問うた。謝らねばならないとしたら自分の方だ。大事な事を隠して心配ばかりかけて。

 彼女は答えた。ひとりにしてしまってたから、と。

「やっぱりそれは俺が悪いだろ」

 蕩けてしまいそうな体温の中で、それでも筋を通そうと体を押し返して言う。

「素直になれずに誰も近寄せなかった俺が悪いんだ。華耶はずっと傍に居てくれたのに」

 朔夜も、だ。

 伸ばされた手を素直に握り返せない。いつも、そう。

「じゃあ、これからは、本当にそばにいさせてくれる?」

 華耶が訊いた。逃げかけた体を、更にしっかりと包み直して。

「仲春が一人で悩まなきゃいけないのは、私のせいでもあるんだよ。私にもっと学があって、なんでも相談してくれるくらい頭が良ければ、あなたはそんなに苦しまなくて良かったのに」

「そんな事…。華耶は賢いと思う。だから、これからは何でも言う。そうするから」

 そうするから、ずっとこのままで居て。

 朔夜を失う事は、己の一部が欠ける事に思えた。

 でも、こうして華耶が、崩れて散らばりそうな体を包んでいてくれたら。

 何とか、生きていける。

 もう孤独に逃げ込まなくていい。子供時代の悪癖を拭い去っても良い時なのだ。

 ひとりじゃない。

 お前のお陰だよ。ずっとこれを俺に伝えてくれていたんだろ?

 もう大丈夫。ありがとう。

 今度は俺が手を伸ばす番だよな。

 朔夜。なあ、頼む。

 この手を取ってくれ。

 離さないから。絶対に。

 絶対に、助けに行くから――

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