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月の蘇る-4-  作者: 蜻蛉
第二十一話 責任
37/71

6

 都への帰還は出発の時とは正反対に、静かなものだった。

 人目を避けるように早朝もまだ暗いうちに街を通り過ぎ、城へと入る。

 まるで偽りの王だと認めるようで朔夜は嫌だったが、当の本人は意識が無かった。

 兵達に駕籠で担がれ、城内に運ばれていく。

 続いて馬車から華耶が出て来た。

 朔夜の隣に並び立つ顔に、いつもの笑顔は無い。

「しばらく養生させてやらなくちゃ」

 朔夜がわざと明るく言うと、無理に微笑んで華耶は頷いた。

「祥朗を呼んでくる。薬も無くなったし。出来れば先生も」

「うん…ありがとう」

 じゃあ、また後でと華耶と別れ、とりあえず自分の荷を置きに動く。

 祥朗らを訪ねるのは、完全に夜が明けてからが良いだろう。こんな時間に呼び起こしては余計に心配させてしまう。

 城の塔越しに明けゆく空を眺めながら庭園を歩く。

 そこで宗温に呼び止められた。

「朔夜君、ちょっと」

 足を止め、互いに近寄りながら考える。襲撃事件の事だろうか。それとも子供達への稽古をまた頼まれるのか。

 宗温の顔はもっと深刻だった。

「どうした?」

「南部の反体制派の拠点が見つかりました」

 一瞬で、戴冠式前のひりひりとした数日間の記憶が蘇る。

「藩庸の馬鹿野郎もそこに居るのか」

「恐らくは」

 龍晶の仇は己の仇も同然だ。この手で落とし前を付けてやりたい。

「いつ行く?」

「それは、まだ…。陛下に報告せねばなりませんが」

「昨日の今日で渋るかもって?」

「快復を待ってからが良いかとも思うのです。何にせよ、私も今、報告を受けたばかりで」

 うーん、と腕を組む。

 例の事件で捕らえた者達への処刑を迷い、先日の襲撃の犯人達には傷を治すよう命じた。

 例え自分の命を狙う連中にも、否だからこそか、龍晶は生かそうとする。

 今、拠点を潰そうと提案して、素直に頷くだろうか。

「報告は早い方が良い。お前は桧釐に言っておいてくれ。龍晶へは俺がそれとなく話すから」

「分かりました。お話が出来るようになり次第、私から正式に許可を頂きに参ります」

「うん、それが良いと思う。…攫われた子供達の事があるからさ、あいつも無視は出来ないと思うんだ」

「成程、確かに。では、よろしくお願いします」

 踵を返そうとした宗温を、今度は朔夜が呼び止めた。

「あ、なあ、ついでの話なんだけど」

「はい?」

「あの農民達は、何か白状してないか?後楯が居るとか」

「本格的な尋問はこれからですが…自分達が陛下憎さにやった事としか…」

「宗温はどう思う?」

 問われて、彼は改めて考えた。

「どうして彼らがあの時あの場所に集まれたのかは疑問に思う所です。一介の農民に、陛下が都に戻る日時…それも、急遽決まった事を何故知り得たのか。ところで君の言う後楯とは?」

「役所に居た奴らならその日時を知る事は可能じゃないかと思ってさ」

 宗温が目を見開いた。

 確かに、連日自分も含めて不正の証拠探しをしていた。それに一応の区切りを付けて、後を東策らに任せてきたのだから、役所に居る者にはあの日のうちに都へと繋がるあの道を通ると分かっていた筈だ。

「あと、農民の寄せ集めにしては戦略の筋が通っていた。馬車を囲めないあの道を選んだのも、上から一斉に矢を打ち込んできたのも。そもそも、あの数の弓矢と刀を持っている事からして不自然だ」

「裏に、戦に精通した何者かが居る…」

「武器を集められる資金源もな」

「分かりました。それらを問いただすよう指示します」

「うん。もし俺の読み通り役人共が指示したんだとしたら」

 意味深に宗温を見上げる。

「奴ら、藩庸一派と繋がってる可能性もあるんじゃないのか?」

 前王時代に、賄を贈り、贈られる関係。

 その腐った繋がりがまだ存在し、利用し合っているとしたら。

 互いに龍晶の存在を消すという、目的が合致しているのだ。

「桧釐殿の元へ参ります。可能性は全て耳に入れておかねば」

 朔夜は頷いた。悪い可能性は現実とならないうちに摘み取らねばなるまい。

「有難うございます。矢張り長年戦場に立つ貴方の意見は聞いて正解でした。では」

「お前の方が長いだろ!?」

 朔夜の反論は笑っていなされただけで、宗温は足早に去って行った。

 確かに実戦経験だけで考えれば、長年国境線を守ってきた宗温と比べても、異常なまでに多いのかも知れないが。

 繍での荒んだ日々で磨かれた命のやり取りに関する勘が、こんな所で物を言っている。

 所詮、俺は人殺しの道具なんだ。

 自嘲も浮かばずにあの頃幾度となく呪った朝焼けを見上げた。


 救民街と名を改めた街は、かつての悲劇など嘘のように活気に溢れていた。

 人々が引っ切り無しに行き来し、店まで出来ている。その横では、かつてのように子供達が遊んでいる。

 診療所の扉を開けると、想像していたような殺気立った忙しさは無く、数人の老人が穏やかな顔で話をしていた。

 その輪の中に先生も居た。

「おや、朔夜殿」

 手にしていた湯飲みを卓に置きながら、先生は珍客を迎え入れる笑みで呼んだ。

「北部を視察しているとお聞きしておりましたが、お帰りになられましたかな?」

 朔夜は頷いて、先客らにちらりと視線を送った。

「今朝帰ったばかりです。それで真っ先に、ここへ」

 視線と言葉に先生は察して、老人達に告げた。

「これより陛下にこの街の事をご報告せねばならん。街の皆にも今日は休診だと伝えておいてくれ」

 老人達は陛下という言葉だけで畏れ有難がりながら、診療所を後にした。

「良いのですか?」

 戸惑い気味に朔夜が問うと、先生は軽く笑った。

「陛下のお陰でここ最近暇で仕方ないのですよ。怪我する者も居なければ、病気もこの街に近寄らなくなりましてな。清い住居と十分な食料が有ればそれは可能だ。全て陛下のお陰です」

「その龍晶を診てやって下さい。その為に来ました」

 先生は重々しく頷いた。

「わざわざ旅を切り上げてお帰りになられたという事は、病状が思わしくないのですね」

 奥に向かって祥朗を呼ぶ。

「陛下の元へ参る。薬を作れるよう道具を持って来なさい」

 姿を現した祥朗の大荷物を見て、朔夜は己の失策に思い当たった。

「あ…ごめんなさい、俺一人馬で来ちゃった」

 馬車を仕立てれば良かったのだが、そこまで頭が回らなかった。

「ご安心あれ。この診療所にも馬は一頭おりまする。この祥朗が乗り回せるように」

「じゃあ先生は俺の馬に乗って下さい。俺は走るから」

「儂は乗馬は不得手で。ゆっくり後から付いて参ります故…」

「大丈夫!俺が引き綱持って走るから!捕まってて!」

 言いながら支度を済ませ、渋る先生を馬上に押し上げて、朔夜は軽快に走り出した。

 駈歩で行く祥朗に追い付いている。それも、馬上であわあわと声を上げる先生を軽く笑いながら。

 街行く人達に振り向かれながら、城まで走り抜いた。

 休む間も無く龍晶の元へ二人を案内する。

 扉を開けると、華耶が立ち上がって深々と頭を下げた。

 その横に寝かされている患者を見、先生は目を険しくする。

「またご無理を重ねられたのでしょう」

 苦しげに喘ぐ口の端が僅かに吊り上がった。意識はあるようだ。

「ご安心下さい。祥朗はめきめきと腕を上げております故、すぐに熱も下がりましょう」

 診察しながら必要な薬材を次々と指示し、それを受けた祥朗が調合し薬研で擦り合わせてゆく。

 見事な手際で薬は出来上がった。

 薬湯にして口に含ませる。苦しげではあるが龍晶は何とか飲み込んだ。

 世話してくれる弟を眩しげに見上げる。

 その視線に気付いて、祥朗も手を止めた。

 少し見ないうちに立派になった。背も伸びて、もう今までのように子供扱いは出来ない。

 もう一人前の薬師だ。この一年で多くの人を救ってきたのだろう。

「ありがとな」

 兄からの謝辞にふるふると首を横に振り、兄弟だから伝わる声無き声で応えた。

『ぜんぶ兄さまのおかげです。街の人たちもみんなそう言っています。だから、無理をして、命を縮めないでください。皆、悲しむから』

 虚を突かれたように祥朗を見上げていたが、薬が効いてきたのか瞼が重くなってきた。

「先生」

 眠気に抗い、言葉を繰る。

「わざわざご足労ありがとうございます。こんな自業自得の愚か者の為に時間を割かせて申し訳ない。いずれまた、改めて礼はさせて下さい」

「病人がそんな事を気になさるでない。今はゆっくりとお休み下さい。なに、診療所はいま老人の話し相手しか仕事が無いのでね。明日も散歩がてらに様子を見に参りますよ」

 龍晶は微笑して応じると、力尽きたように目を閉じた。

「明日も来てくれるんですか、先生」

 朔夜が問うと、老先生は肩を竦めた。

「お迎えは無用ですぞ。気が向いた時にこの足で歩いて参りますので」

 荒めの乗馬体験は嫌われてしまったようだ。

「先生、陛下は…」

 帰り支度を始めた医師に、華耶が尋ねる。

「運が良ければ明日までに熱は引くでしょう。今はゆっくりとお眠り頂いて…出来れば暫しご憂慮の無いように願いたい。恐らくこれは…」

 華耶や十和に対して説明していた顔を、ここだけは朔夜に向けた。

「心労でしょう」

 原因はお前じゃない、そう龍晶に代わって言われた気がした。

「ああ…やっぱりそうですよね。そうだと薄々分かっていたけど止められなくて。でも、私がしっかりしなくちゃ。ありがとうございます先生。仰るように、彼を休ませる事に専念します」

 華耶が丁寧に頭を下げ、二人を見送った。

 朔夜は城門まで見送りに出た。

 訊きたい事があった。

「あの…こんな事を尋ねるのも何ですけど」

 祥朗に聞かせるのは乗り気しなかったが、隠すのも卑怯だと思った。

「あいつの病の原因が俺だって、先生は聞いているんですか」

 老医師は暫し朔夜を見、重々しく頷いた。

 見開いた祥朗の視線が痛い。

「しかし陛下は君のせいではないとお考えです。ですから私もそうなのだと信じています」

「いえ、絶対に俺が悪いんです。あいつは優しいからそう言わないだけで」

 そこまで言って、祥朗に向き直り、足を止めて頭を下げた。

「本当にごめん。詰ってくれたって良いから」

 祥朗は頭を振り、急いで手帳に言葉を書き記した。

『僕も先生や兄上と同じ考えです』

 朔夜は項垂れた。本当なら、詳しく状況を説明すべきだと思うが、自身に記憶が無い。

 祥朗が肩を叩いて進行方向を指した。前に進もう、と。

 二人を案内する為にも再び歩き出す。

「ありがとう」

 歩きながら祥朗に呟いた。

 後悔ばかりしていても仕方がない、そういう事だろう。

 だから、前を見なければ。進まなければ。

「あの病は…治りますか」

 ずっとこれだけを問いたかった。

 一番信頼できる医師に、友の命運を。

 しかし答えは返って来なかった。

 夏の盛りの庭園を、黙々と歩く。

 子供達の声が響いてきた。畑の黍を収穫する彼らの楽しそうな声だ。

 二度の収穫を経て、種子は十分な量となるだろう。

 龍晶の政策は多くの人を救う。

 対して自分は、どうか。

「あいつを助けて下さい…お願いします」

 自分が言える事では無い。それを十分に分かっていても、口を突いて出た願い。

 死なせてはいけない。何に変えても。

「儂にその力は有りませんよ。今日処方した薬も一時的な解熱剤や睡眠薬の類です。一般的に傷病に効く薬草も入ってはいるが、あの症状では効果はそこまで望めないでしょう」

 顔を曇らせた朔夜の前に医師は二本の指を立てて見せた。

「治るとすれば可能性は二つ。一つはよく療養し、陛下ご自身の治癒力で傷を塞ぐ事。時間はかかりましょうが、環境さえ整えば不可能ではないと思います」

「環境って…?」

「先ほども申した通り、ご憂慮を取り除く事。政への関わりは極力減らした方が良いでしょう」

「それは分かってるけど…無理だろう。あいつは」

 この医師とて彼の性格は熟知している。朔夜の言葉に頷いて、立てていた指を一本折り、残された方を示した。

「いま一つは、朔夜殿、あなたの起こす奇跡です」

 それには即座に首を振って否定する。

「試したけど駄目だった。毒の時はたまたま上手くいっただけで、俺にはそんな力は無い」

「一度は出来た事です。全く可能性が無いとは思えませんが」

 息を飲んでその言葉を反芻する。祥朗の視線が痛い程感じられた。

 己の本気度を問われている気がした。

「明日もし来なければ、急患が入ったのだと思って下さい」

 二人は城門を越えて街の中に消えた。

 朔夜は来た道を戻った。のろのろと歩き出した足は何かに急かされて、いつしか走り出していた。

 元いた部屋に着くなり、華耶と十和に告げた。

「俺が看ておくから、ちょっと休みなよ」

 走って来た勢いのままに入ってきた朔夜に、華耶は目を丸くする。

「どうしたの、そんなに急いで」

「いや…その」

 適当な理由を繕って。

「ずっとここにかかりきりでさ、まだ春音にも会えてないだろ?それは良くないんじゃないかと思って…ほら、於兎に後で俺が文句言われるし?」

「ああ、そうだね。まだ於兎さんにも挨拶してないや。ありがとう朔夜、行ってくる」

 十和を伴って出て行く背に、ついでにお茶でも飲んでおいでよともう一声掛けた。

 周囲の女官達にも休むよう告げて、龍晶と二人きりの部屋となる。

 集中を出来る限り高めたい。一度は試したと言っても、あの時はまだ訳も分からず軽くやってみただけだ。

 今なら違う結果を齎す事が出来るかも知れない。

 己が付けた傷に、責任を取らねばならないのだから。

 龍晶はぐっすりと眠っていた。薬の効能だろう。

 一つ深く呼吸をして。寝具を捲り、襟元を緩める。

 傷痕を見た。

 息が詰まり、鳥肌が立った。

 白い肌に浮かぶ班目の痣――内部からの出血がいくつも存在する証だ。

 あれから三年近くも経つのに、悪魔の呪縛は未だに臓腑を食い破り、傷を広げている。

「…ごめん」

 膝が崩れ、友の傍らに突っ伏して、泣きたい目元を覆った。

「ごめん、龍晶…」

 傷を、治さねば。

 枷を嵌められたように重い両手を、痣の上に翳して。

 手が震える。上手く集中出来ない。

 罪の重さがのし掛かって。

 不意に、声が聞こえた。

『今なら殺せるぜ?』

 朔夜は逃げた。部屋の中で一番友から離れた場所へ。壁に背中を打ち付けてそのまま崩れ落ちるまで。

「やめろ…」

 頭の中で、悪魔の笑い声が。

「消えろ…!失せてくれ!」

 甲高い余韻を残して笑い声は遠去かった。

 一つ、分かった。

 農兵を前にして刀を止められなかったのは、怒りに支配されていたからではない。

 あの時あったのは確かに、愉悦。

 目を背けていたが、自覚せざるを得ない。

 己の中の悪魔は、人の死を欲している。

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