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月の蘇る-4-  作者: 蜻蛉
第二十話 面影
27/71

6

 謁見前、舎毘奈の甥という人物を予め紹介された。

 叔父に付き従い現れた彼は、話の通りに辿々しい口調で自己紹介した。

「私、は舎毘奈…兄の子で、杷毘羅(ハビラ)いいます。今日は、叔父を見て、通訳を学びたいです。よろしくお願いします」

 よほど自分が哥の言葉を喋ってやりたいと思ったが、何とか我慢して龍晶は笑みを見せた。

「存分に学ばれると良い。これよりは貴官の技能が多いに重宝される時代となるだろう」

 杷毘羅は嬉しそうな照れたような笑みで頭を下げた。

 そうやって笑うと少年のようだが、桧釐の言う通り三十路を超えているだろう。その齢で異国の言語を更に磨くのは、なかなか苦労しそうだ。

「陛下、これなる甥の頼み、聞いてやってくれませんか」

 舎毘奈が割って入って、龍晶は小首を傾げた。

「何だ?」

 問うと、本人は言い辛そうに叔父を見た。

 舎毘奈はやれやれと苦笑いを含みながら代弁した。

「この国に暫し留まって、語学の修練をしたいそうです。国からの許可は既に得ている、と」

「当方は構わぬが…」

 濁した言葉の中に、昨夜散々に考え抜いた今後の情勢を言外に問うた。

 この甥は、舎毘奈と同じ運命を辿りはしないか。

「私は、兄弟、三番目です。国に帰る、でも、賢い兄二人、追い付く事できません。どうか、よろしくお願いします」

 杷毘羅は深々と頭を下げた。

「陛下、この杷毘羅に学問所の講師をさせてやれないでしょうか。拙くは御座いますが、子どもと共に言葉を学ばせてやって欲しいのです。私からも、どうか」

 師からも頭を下げられ、龍晶は許可せねばならなくなった。

「無論だ。学問所に勤めて貰えるのなら俺も助かる。それで良いか、杷毘羅?」

 はい、と明々と返事をした。無邪気なものだ。

 内心、大臣の密偵である事を疑ったのだが、それはこの男には似合わない。

 それに万一そうであっても、学問所ならば不要な情報は流れまい。

 舎毘奈を手放すに当たって、何なら自ら哥の言語を教えようかとも密かに考えていた龍晶には、有難い人材の登場だった。

「陛下、公使が列席しました」

 桧釐が呼びに来た。

 龍晶は杷毘羅の背を軽く叩いて、勝負の席へと赴いた。


 コの字型に組まれた席に、龍晶らは公使と相対して座り、間に舎毘奈、その斜め後ろに杷毘羅と並んだ。

 公使は三人。戔側も三人。哥を知る役人として燕雷が呼ばれた。

 舎毘奈を通じて挨拶を済ませると、燿明琶(ヨウメイワ)と名乗った公使の一人が訝し気に問うた。

『はて、戔王陛下は哥の言語に長けていると大臣に伺ったが、我々の言葉を解しておられるのか?』

 龍晶は無表情で舎毘奈の通訳を待った。

 そして自ら、わざと語順や発音を違えながら哥の言葉で『少ししか分からない』と釈明した。

 それを受け、舎毘奈は公使達に説明した。

『確かに陛下は以前、哥の言語に堪能であられました。しかし、哥より帰られて後に起きた度重なる不幸により、気を病み頭を侵され、言葉の殆どをお忘れになってしまったのです』

『何?つまり、そこな陛下は物狂いだと?』

『戔の言葉では決して言えませんが、そういう事です。今は何とかお静まりになっておるのですが、時にあらぬ事を仰せになったりして側近共は手を焼いております』

『なんと』

 全て解るが分からぬ振りをしながら、龍晶は内心で苦虫を噛み潰した。

 間違ってはいない。間違ってはないが、良い気はしない。仕方ないが。

 舎毘奈の後ろで杷毘羅が目を丸くしている。

 先刻話をした様子から、とてもそうとは見えないと言わんばかりだ。当然だ。そうであってたまるか。

「舎毘奈、何と申した」

 わざと尋ねてやると、は、と恐縮した様子で答えた。

「そちらの大臣の思い違いでありましょう、と。哥の人間にとっては、南方人の、それも王となられる方が自国の言葉を知っているというだけで驚異に値しますから、陛下の喋られた数語だけで堪能であると思われたに違いありません」

「…成程な」

 これは桧釐らに向けた説明だろう。まさか王は狂っていると伝えたとは言えまい。

『そのような事情もありますので、謁見は手短にお願いします』

 舎毘奈が公使らに告げて、話は本題へと入った。

『此度の戴冠、誠に祝着至極ながら、よもや我が国の恩義をお忘れになってはおりますまい。我々が戦を止めたればこそ成った代替えでありましょう。つきましては、それに見合う対価をお渡し頂き、今後の両国の友好関係へと繋げてゆきたいものです』

 舎毘奈が訳し、桧釐が相手を睨め付けて言った。

「随分と恩着せがましい事だな。この成果は哥のお陰って?」

「やめとけ。言葉は分からずとも態度は伝わるぞ」

 横の燕雷が制して、公使に尋ねた。

「対価とは?何をお望みだ」

『無論、金鉱脈だ。そして鉄。その掘削権をお譲り願いたい』

「何だと?」

 桧釐が身を乗り出した。それをまた、燕雷が止める。

 龍晶は腕を組んで瞼を閉じ、聞き役に徹している。

「恩を売り付けておいて金をくれとはよく言ったものだな。そんなもの応じられる訳が無いだろう」

 喧嘩を売る勢いの桧釐の言を、舎毘奈はそのまま伝えた。

 公使達に嘲りの笑みが過ぎった。

『戦で全て分捕られるより余程ましだろうに、分からぬ男だな』

 訳すなよ、と別の男が舎毘奈に言い添えた。

 公使は口調を改めて龍晶に向け言い直した。

『無論、全てただで渡してくれとは申しませぬよ。聞けば、今鉱脈に働く者は過労で随分減っているそうではありませぬか。ならば哥から人をやって、共に掘削をすれば良いでしょう。それで多くの金も取れるようになる。その五割を頂ければよろしいのです』

「半分?駄目だ。そんなもの不当も良い所だ」

 桧釐は数字に反応しているが、横で燕雷は低く呟いた。

「北州が荒れるだろうな」

 桧釐が目を見開く。

 哥から人が雪崩れ込み、北州は占拠される。その未来は想像に難くない。

「断固断る!」

 一声吠え、それを舎毘奈が訳すと、公使らは笑い出した。

『どうせ戦で我々が占拠する領地だ。お前達に兵力が無いのは分かっているぞ』

「なんだ!?なんて言ってんだ!?」

 舎毘奈に食ってかかると、翻訳家は一言、青ざめて答えた。

「戦にする、と」

「それは駄目だ」

 きっぱりと、龍晶が声を発した。

 笑い、嘲っていた公使らが口を閉ざす。

 その目には好奇の色も混じっている。

 物狂いの王が、何を言うのか、と。

「舎毘奈、これはこのまま訳してやってくれ。戔は哥と手を結ぶ事を望む。先日の哥の恩情に、我々は応じる準備はある」

 瞼を伏せたまま、翻訳を待って王は続けた。

「掘削の協力は誠に有難い申し出である。ならば、北州の一部を哥人の為の街として整備しよう。分け前は金三割、鉄が五割でどうか。これを大臣瀉冨摩(シャフマ)殿に諮って頂きたい。それでも不満があれば再び交渉しようではないか」

 舎毘奈の翻訳を聞きながら、公使らの顔色が変わった。

 決してただの物狂いではないと、彼らは悟ったようだ。

 龍晶は最後に目を開き、相手を見据えて告げた。

「過ぐる年の戔哥の戦を覚えておられようか。あの、両軍共に甚大な被害を出した悲惨な戦を。貴殿らは我々に兵力が無いと侮っておいでのようだが、あの戦に降り立った悪魔はまだ健在だ。どうか、悪魔を再び目覚めさせる事の無きように」

 強張った公使らの顔を眺め、龍晶は見惚れるような微笑を浮かべると、相手の言語で言ってやった。

『くれぐれも仲良くしましょう。互いの命を繋ぐ為に』


 頭を垂れる師に苦笑いして、肩を両手で押し上げる。

「別に怒ってねぇよ。お前が言ったのは事実だし、あれで連中も納得した」

「しかし、処刑に値する不敬には違いありますまい」

「俺が良いって言ってんだ、不敬になんかなるか」

 先刻とは別人のように若者らしく話す王を、舎毘奈は今更ながら不思議そうに見詰めた。

「哥では戔王は狂っていると言い続けてくれ。下手に利用されずに済む」

 正気か狂気か判らぬ王を相手にするのは、あの大臣とて慎重にならざるを得ないだろう。

 そうして手をこまねいてくれれば、戔は守れる。

「あなた様は…」

 言葉を切らした舎毘奈を、龍晶は子供のように目を丸くして見上げた。

 例え老いても哥人の血で背丈の高い舎毘奈にとって、南方人としても小柄な王はまだ幼く感じる。

「何だ?」

「いえ、大した事ではないのです。その若さでこれだけの事を為し得る、戔王家の奇跡を私は目撃したのだな、と」

「まだ何も成しちゃいない。兄を弑逆した事以外には」

 急に影の差した顔を、舎毘奈は手を差し出して包み込んだ。

「兄上の御魂は何と申されたのですか」

「今生きる者の為に尽くせ、と。それを終えたら、母に会わせてやると…そう言って消えた」

 それは狂人の幻想に過ぎないのだろうが、舎毘奈は信じたいと思った。

「兄上は賢くご立派にあらせられました。私などには恐ろしいくらいに。しかし、あなた様は賢く優しい御子です。父上や兄上のご無念を、きっと晴らせられましょう。私は師として、あなた様を誇りに思います」

 龍晶は師の手に包まれた顔で頷いた。

 他の誰もと違い、父や兄を敬した言葉が素直に嬉しかった。

 舎毘奈は教え子から一歩離れ、晴れ渡る空を仰いで問うた。

「役目を終えたら、またこの国に戻る事をお許し下さいますか」

「二年や三年で終わる仕事ではないぞ。そこまで生きるのか、お前」

「執念で生きてみせますよ」

 鼻で笑い、師に倣って空を見渡し、答えた。

「好きにするが良い。但し、お前の戻ったこの国で、俺が待っているとは限らぬからな。幽霊に会いたいなら別だが」

「流石にあなた様より長生きは出来ませぬよ。私は燕雷殿のように不老不死ではない」

「馬鹿、知っている。俺の命がそこまで持たぬというだけだ。物狂いだから、己で己を殺すかも知れない」

「悪い冗談を仰いますな」

「いや、冗談ではない。何にせよ、冥土で再会する方が確実だと思う」

「必ず、今生でお会いしましょうぞ」

 念押しして、幼い頃から変わらぬ少年の顔を見る。冗談を言う笑みは無かった。

 冥土で会いたいのは、母親なのだろう。

 独り残されたこの世界で、兄に託された重荷を、少しでも早く手放したいのか。

 王の孤独を想う。そういう自分とて、無責任に離れていってしまうのだが。

ーー舎毘奈は一人でこの国に来て、寂しくないの?

 かつての少年の問いが蘇る。

 五十年も一人であれば、寂しさも忘れました。

 でも、家族を持たぬ代わりに、我が子よりも尊く可愛い教え子を得る事が出来ました。

 舎毘奈は果報者にございます。

「あなた様は戔国の民、皆の宝珠です。どうか、生き急ぎ下さいますな」

 王となった少年は頷いた。

「お前も達者でな。必ず帰って来い」

 師弟は別れた。同じ志を持って。

 恐らく再会は叶わぬと知っているが、心は一つだった。


 子供らを強くしろとは言われたが、朔夜にはその方法が分からず途方に暮れていた。

 とりあえず素振りをさせている。基本は大事だ。

 が、そこから『干戈の中で己の身を守れる』程に強くするにはどうしたら良いのか。

 これは難問だ。龍晶は例え戦となっても彼らに命を落として欲しくはないのだろう。

 その気持ちは十分に分かるから、生半可に答えは出せない。

 自分が幼い頃に受けた習い方は出来ればやりたくないのだが、他に方法を知らない。

 我が子を戦火の中で生きさせようとして、日々打ち据えていたのだろうか、燈陰は。

 そんな事は無いだろう。ただ、戦で利用する為に。それか、憂さ晴らしだ。

 だがその修練があったからこそ今日まで生き延びてきたのは事実でもある。

 否、考えてみればそれも違う。今まで何度も命を落としてきたが、結局は不死の力で生き延びてしまっている。

 結局、刀の腕は関係無い。

 皓照に言われた事実がまだ突き刺さっている。

 俺は弱い。

「先生!素振り百回終わりました!」

 でも、この子達を強くせねば。

 生かさねば。

「よし、じゃあ、みんなで俺にかかって来い!一発でも俺に当てれば今日はおしまい!」

 わっと歓声が上がり、誰彼構わず竹刀が振り下ろされる。まだまだ出鱈目だ。

 片手で簡単にあしらいながら、怪我をしない程度に打ち込んで動きを止めてやる。そうでもしないと子供は嬉しがって止まらない。

 あー、やられちゃったよ、と子供達は笑いながら打たれた箇所を撫でつつ座り込む。まるで遊びに負けたように。

 平和なものだ。まさかこんな事で兵として育つとも思わないし、実際誰も戦地に立つ自分を想像してはいないだろう。

 だけどそれが良いのだ。そうでなくてはならないのだ。

 子供は遊ぶものなのだから。

 やっぱり俺に頼むのは無理があるよと、頭の中で友に言った。

 この子達の齢の頃にはもう悪魔と呼ばれて戦場に立っていた。そんな自分が同じ運命をこの子達に辿らせたいと思う訳が無い。

 こうでありたかった自分を、彼らに体現して貰っている。

 こんな、無邪気で楽しい子供時代が羨ましくて。

「何だよ、誰も擦りもしないじゃねえか。もう一回素振りからやるか?」

 えーっと声が揃う。その中で、一人が「あ」と声を上げた。

「大将さんだ!」

 この国でそう呼ばれるのは一人。宗温だ。

 様子見にでも来たかと半分振り返った時、意外なものを目の端で捉えて咄嗟に竹刀を振り上げた。

 鋼の刃に簡単に真っ二つにされた竹刀は用を為さず床に落ち、しかしその隙に朔夜は大きく後方に飛び退いて双剣を抜いた。

「何のつもりだよ、桧釐」

 苦く笑いながら刃の主に問う。

「違うな、俺は北州の蟒蛇(うわばみ)だ。またやり合いたいってお前言ったろ?だから来てやったんだよ」

 確かに言った。言ったが、いきなりこれは無いだろうと笑う。

 尤もそれは、楽しい笑いだ。

 蟒蛇は子供達に向けて怒鳴った。

「お前らはこのくらい出来るようにならなきゃここには置いておけないからな!今から喧嘩の手本を見せてやる。よく見ておけ!」

 触れれば切れる刃を構えながら、対峙する二人は目を合わせてにやりと笑った。

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