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月の蘇る-4-  作者: 蜻蛉
第十九話 華燭
15/71

4

 雪の吹き込む廻廊で、皓照を呼び止めた。

 吹雪の中にあっても真夏の陽射しのような金髪は、運悪く近付いたか弱い雪を溶かすかのようだった。

 弱い者は、皆この男の意のままに動き、消えてゆくのだろう。

 哥への旅の中で龍晶の抱いた危惧を思い出す。皓照と対抗出来るようにならねば、戔は危うい。

 だからと言って友を人ならざる者にする訳にはいかないし、その(すべ)は知らない。

 だから、その役割は自分が負わねばならないだろう。友に代わり、この国を永遠に守る。

「どうしました?」

 優雅に振り返り、皓照は問うた。

 風に荒れる銀髪を抑えながら、朔夜は言った。

「繍との戦、どうなってんだよ?お前が先導してたんだろ?」

「表向きには苴がその役割を担っています。ですから、苴の要求には応えて下さい…というのが戔国への回答ですね」

「俺はあんたに売られたんだ。繍を滅ぼす為に」

「分かっていますよ。君はどうしたいのです?」

「繍を滅ぼしに行きたい。一人で」

 以前のように、憎いから滅ぼしたいのではない。

 龍晶が悩み、苦しむ根源を無くそうと思った。

 国として動く事が出来ないなら、個人の行動として片を付ければ良い。

 悪魔の所業として。

「それが君に出来るとでも?」

 案外に、馬鹿にした笑いが返ってきた。

「お止めなさい。一国の軍隊を一人で敵に回すなんて、出来るものですか」

「出来るし、今までもしてきた。あんただって知ってるだろ」

「あなたが戦ってきたのは、一国の軍隊の、ごくごく一部に過ぎませんよ。それでも死にかけて…いや、実際死体となってきたのを忘れました?私は何度君を蘇らせてあげましたっけ?」

「それは…」

 口籠ったところへ、留めを刺すように皓照は告げた。

「いい加減、自覚なさい。君はその威を誇れるほど強くはない。寧ろ、弱い」

 吹雪に己の中身が全て攫われたかのように。

 生まれて初めて言われた宣告に、頭の中が真っ白になった。

 だけど、何処かで既に自覚していたのも確かで。

 何も言えなかった。

「心配せずとも、いずれ事は片付きます。君が動けばただただ問題をややこしくするだけです。余計な事は()して下さい」

「皓照」

 白い暴風の中に消える前に、もう一つ問いたい事があった。

「こうなる事が分かってて、あんたは俺をこの国に売ったのか…?」

 ゆるりと振り返り、笑う。

 何も読めない笑みで。

「さて、どうでしょう。私は常に最善の選択をしているだけです」

 金の陽光は吹雪の中に消えた。

 もし、皓照が哥王のように未来を見通す力を持っているとしたら。それでいて、世界を変えるべく動いているのだとしたら。

 それを問う勇気は無かった。

 分かっているのは、あの男に対抗出来る力など自分には無いという事。その足元にも及ばない程に、頼みにしてきた己の力は弱い。

 白い世界と一体になって、銀糸は荒れ狂う風に弄ばれた。


 龍晶は灌の使者から挨拶を受けただけで、謁見の席を立った。

 最低限の勤めは果たした。実務的な話は桧釐に任せてある。

 その中身は殆どが婚姻に関するものだろうから、聞く気にはなれなかった。

 心身を縛り上げていた正装を解き、平衣に戻って自室に入ると、先に朔夜が寛いでいた。

「お帰り」

 勝手に人の部屋に上がり込んでおいて、お帰りは無いだろう。何様なんだよ、と言いたいのは山々だが飲み込んだ。

 元々小さい体が、椅子の上で更に萎んでいるように見えた。

 何かあったんだろうな、と察しながらも放っておいた。こっちだって高熱で口を利く体力すら惜しい。

「龍晶…ごめんな」

「話は後だ」

 呟きはとりあえず受け流して、まず卓に着き勅書を二通書き上げ、そこに控える宦官へ渡した。

 城にある宝物や財産を全て調べ上げる事と、本来の謁見の間にあるあの悪趣味極まりない豪奢な大扉の付け替えを命じたものだ。

 これが知れたらまた桧釐から小言を頂戴するだろう。

 ついでに室内に控える宦官、女官達へ休むよう言い渡し部屋から出して、やっと朔夜の話が聞けるようにしてやった。

「寝台まで肩を貸してくれるか」

 やっと自分も休める。が、手に書類を持つのを忘れない。

 眠る気は無い。ただ、楽な姿勢で痛みを和らげたかった。

 龍晶を支え歩きながら、朔夜は「ごめん」の続きを話した。

「俺は何も出来ないんだ。繍の事も、お前の奥さんの事も…」

「どっちもお前に何かさせる気は無いんだが。って言うか、そもそも無関係だろ」

「関係はあるよ」

 寝台に横にならせて、自分はその横に座る。

「俺は繍を滅ぼす為にこの国に来たんだ。それが果たせないままずっと世話になってるけど、でもいつかは役割を果たさなきゃ」

「それはまだ先の話だ。俺の力が及ぶ限りは出兵はさせない。他国に構ってる余裕なんか無いしな」

「だからこそ、俺が一人で片を付けようと思ったんだよ。桧釐にも皓照にも笑われたけど」

「じゃあ俺も笑ってやる」

「そんな真顔で言われても」

 眉間に皺を寄せた顔でどうやっても笑えそうにない。

「お前が繍で受けた仇を返すと言うなら、俺が止めるものじゃない。お前がまた戦に身を投じるのには反対だが、それはお前の決める事だ。だけど、それが俺の為だと言うなら止める。この国の為であっても同様だ。お前に命を賭けさせる訳にはいかない」

「…お前は優しいな」

「そういう問題じゃねぇよ。ただ、ものの筋を通すって話だ」

「分かるけど。でもお前は優しい」

 誰もそうやって止めてはくれなかった。

 大局から見て、役に立つか否かだけ。

 それは当然ではある。桧釐や皓照に文句がある訳ではない。

 ただ、気持ちを汲んで止めてくれる龍晶は優しいと思った。

「皓照は鼻で笑ったよ。俺は弱いんだって。そんな事、できっこ無いって」

「それでいじけてるのか」

「別に。ただ納得はした。弱いから、今まで何も出来なかったんだ」

 龍晶は横目に友の顔を確認した。

 それがいじけているので無ければ、他にどう表現すれば良いんだという顔をしている。

「弱いから、誰も守れないんだ。そんなの当たり前なのに、何で今まで気付かなかったかな」

 己を責める独白に、面倒臭いが答えてやった。

「気付いてただろ、お前は。それに守るべきものは守ってきた。俺はお前のお陰で生きてる。祥朗もな。華耶だってそうなんだろ?失った方を数えるなよ。キリが無いから」

 よくもまあ、こんな事を他人に言えたものだと自覚しながら。

 だが、それを理解出来たからこそ、これまでの自分にケリは付けられた。

 今から失うかも知れないものには、まだ目を向けられないで居るが。

 他人を直視する事が、そして直視される事が、怖いのだ。

 朔夜は死なないから良い。側に居れる。

「華耶をさ…お前と一緒にする事も出来なかった」

 もう一つの心残りを朔夜は口にした。

「だからそれは断った筈だ」

 怒りを滲ませて龍晶は言ったが、遠くを見る朔夜には響かなかった。

「でもそれは、俺の為に言ってるよ。お前の理屈と一緒だ。俺の為に遠慮してるなら、そんなの理由にならない」

「馬鹿。彼女の為にもならないからだ」

「俺はお前と一緒になった方が、華耶は幸せになると信じている」

「有り得ない」

「だってお前は優しいから。華耶の為に永遠の幸せを用意してくれる。俺は駄目だ。そのうち何処かで勝手にバラバラの屍になってるから」

「そんなの…」

 叱りたいが、無駄な気がした。

「もう、運命は定まってるんだよ。お前が必死で生き延びて、彼女を幸せにする事だ」

 ううん、と曖昧な返事をして朔夜は天井を仰いだ。

 理由の分からぬ苛立ちを呑み下して、龍晶は朔夜を視界に入れぬよう首を横に向けた。

 かつては羨ましいと言った。

 彼女に愛されている朔夜が、羨ましくて憎くて仕方なかった。

 なのにこいつは、それを毛ほども解っていない。それか、解っていながら応える気が無い。

 その態度こそ憎い。だが、理解は出来る。

 自分だって同類だ。

 愛されても、そして愛していても、自分が触れた途端壊してしまう。それが怖いから、誰かに代わって欲しいだけだ。

「…良かったんだよ、これで」

 朔夜に言い聞かせるつもりが、自分へ言っていた。

「王の婚姻は政だ。彼女を政の道具にせずに済んだ。そんなの、お前も望まないだろ」

 暫く間を開けてから、うん、と。

 諦めを込めた返事が、虚しく響いた。


 夜になって孟逸が部屋へやって来た。

 彼を誘い出す為に、龍晶は朔夜に小芝居を頼んだ。と言うのも、あの老軍人に孟逸だけ私的な謁見があったと知れたら面倒だからだ。

 朔夜に酒瓶を持たせて、再会の記念に飲もうと誘わせる。まさかそこに体を壊している王が同席するとは思うまい。

 そうやって部屋へやって来た孟逸には、言葉通り酒を飲ませた。朔夜は飲めないと言い張るから、桧釐が共に酌み交わした。

 龍晶は床の上に身を起こして、重ねた布団に背中を預けている。それが一番楽らしい。

「実際のところ、お具合は如何なのです?」

 孟逸に追及されるのも仕方ない。酒宴を前にしながら酒は勿論飲めず、白湯をやっと口に運ぶ程度なのだ。

「本音を言えば、出来るだけ寝ていたいんだが」

 苦笑いで龍晶は答える。すかさず朔夜が我が意を得たとばかりに声を上げた。

「俺はずっとそう言ってるよ。寝とけば治るって。全っ然、言う事聞かないんだから」

「各国の使者が帰るまでの辛抱だ。そうしたら療養に専念して頂きますよ、陛下」

「それを使者の前で言うなよ」

 呆れて酔った桧釐へ返すが、孟逸は笑っている。

「明日にはお暇します。目障りな爺さんは早く連れ帰った方が良いでしょう?」

 苦笑いで一同が頷く。蒋桂に対する孟逸の本音に安心した。

「だけど、あの爺さんは諦めてないだろ?こっちはただ返事を先延ばしにしただけだ。また催促に来るんじゃないか?」

 桧釐の読みに頷いて、孟逸は伝えるべき事を告げた。

「軍部は死にかけている繍には既に興味が無いんです。取っても旨味がありませんから。それより、彼らの目は北方へ向いている」

「哥へ?」

 顔を曇らせて龍晶が問う。

「ええ。軍部にとって哥はどうあっても敵国らしいのです。私が接触をし、王が書状を出し近付いた事が面白くない。それで陛下へのあの失礼な物言いです。お気を悪くされたでしょう。申し訳ありません」

「いや…そういう事情だとは知らなかった。俺も迂闊だった」

「陛下に落ち度はありません。ただ心配なのは、哥に近寄るきっかけを与えた陛下の事を、軍部がどう考えているかです」

「良くは思っていないだろうな」

「ですから、どうかお気を付け下さい。この繍の件だけでは済まない可能性もあります。軍部が王を取り込む事があれば尚更、事態は悪化するでしょう。今、王は親哥に寄っていますから、暫くは安泰だとは思いますが…」

「後は軍部次第か。俺に出来るのは、苴王と親密な関係を保つ事くらいだろうな。桧釐、苴王への土産に、適当な金細工を見繕ってくれるか?」

「畏まりました。調度良く誰かさんが勝手に売り払おうと整理していたので、すぐにでも品定めが出来るでしょうよ」

「おい、小言かよ」

「そうとも言いますな。皮肉ですが」

 笑い合い、杯を傾けながら暫し雑談して、孟逸は朔夜へ顔を向けた。

「そうだ、大事なお知らせがあります。先だって、千虎将軍のご家族にお会いしてきました」

「ほんと!?元気だった!?」

 まるで旧友の事を尋ねるようだが、実際は会った事すら無い。

「ええ。達者に暮らしておられました。御子息は十四歳になったそうです。将軍に似た立派な少年でしたよ」

「そっか…。あ、刀、研いで貰わなきゃ」

 良い研師を紹介してやると言った本人に目を向ける。

 布団の中に埋もれるようにして、寝息を立てている。

「あれ。いつの間に」

 桧釐が立ち上がって朔夜を呼んだ。

「体を支えていてくれ」

 言われた通り上体を支え持つ間に、枕になっていた布団を桧釐が引っ張り出し、寝かせた体の上に掛けた。

 それでも目を覚ます気配は無い。

「長い一日だったからな。よっぽど疲れたんだろうよ」

「ご無理をさせてしまいまして」

 恐縮して孟逸は頭を下げる。

「いや、あんたのせいではないよ。ここだけの話だがな、今日一日で灌王の姫君との御婚約が急転直下の勢いで決まってな」

「なんと。それはおめでたい」

「ああ、めでたいか…。そうだな」

 桧釐も朔夜も、至極当然なその一言を忘れていた。

「本人が葬式のような顔してるから、めでたい事だってのを忘れていたよ」

 複雑な笑いを見せて桧釐が従弟の寝顔を見下ろした。

 疲れ果てたお陰で、夢も見ずにぐっすりと眠っている。

「なあ、孟逸」

 こちらも祝う気持ちなど全く忘れてしまっている顔で、朔夜は言った。

「龍晶の事が落ち着いたらさ、刀研いで貰って…苴に行くから。その時は案内してくれるか?」

 孟逸は頷き、一人晴れ晴れとした笑顔を見せた。

「お待ちしていますから、私の寿命が尽きる前に来て下さいよ?」

「うん。そうする」

 胸の中にある懐剣を手放す勇気は、実はまだ持ち合わせていない。それを見透かされたようだ。

 千虎がかつて示してくれた幻の幸せも、龍晶が固辞して譲った幸せも。

 朔夜には遥か遠くの、己には手の届かない不安にしか思えなかった。

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