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月の蘇る-4-  作者: 蜻蛉
第十九話 華燭
13/71

2

 戦乱の中で人々が踏み荒らした花畑に、子供達が鍬を入れている。

 徐々に畝が作られていく様を、朔夜は感心して見た。

「やっぱり手慣れてるなぁ。流石」

 土を掻き起こしながら、呂枢が良い笑顔で応えた。

 拐かされた子供達はほぼ農村の出身だ。畑仕事を頼むと快く応じてくれた。

 彼らとしても、兵舎の中で何もせず飯を貰うよりは、体を動かし働いて飯を食う方が楽しいのだろう。

 朔夜の横には、香那多から贈られた高黍の苗三十鉢と、麻袋いっぱいの種がある。

 苗はここに植えて種を取る株とし、種はいくつかの地方村に配って環境の適正を見極めるのだという。

 他の穀物が根付かず、この種が育つようなら、その地方一帯へ優先的にこの畑で採れた種を提供するのだそうだ。

 それで一人でも飢える民を減らす事が、龍晶の語る目的だ。

 先刻はその延長線上の話で、桧釐と喧嘩になっており、朔夜は聞かなかった振りでこの畑を見に来た。

 何でも、龍晶は今後一年は年貢を一切取らないとしたいらしい。反乱に参加した民達は、十分に農作物を作れていないからだという。

 そんな事をしたら我々が干上がりますぞ、と桧釐は唾を散らす勢いで返していた。

 せっかく国を作ったのに、民の事を思い過ぎてここに居る全員が飢えるなんて、面白過ぎる冗談だ。

 ま、譲らないんだろうなアイツは。そう呑気に考えて、伸びをし立ち上がった。

 久々に鍬を振るうのも悪くない。

 苗と共に置かれていた、鉄製の鍬を手に畑へ入る。

 梁巴では当然、畑仕事もしていた。だが、他の子供達よりその時間は比べ物にならぬ程少なかったとは思う。

 普通の子供は畑仕事に家畜の世話が主な仕事だったが、朔夜にとってそれは別の仕事の、良い息抜きの時間だった。

 最初は特殊な力で村人達の怪我や手足の不調を治していたが、やがてその力を崇め奉られる事自体が仕事になっていった。

 神の子、とされては普通の事をさせて貰えなかった。

 だから畑仕事は好きだ。人並みになれる気がして。

 鍬を振るっていると、呂枢が手を動かしながら問うてきた。

「腕の傷は大丈夫なのですか?僕らがやるから、無理しないで」

 言われて何の事か咄嗟に分からず、妙な間を開けてやっと思い出した。

「あー、そっか。ほら、もう平気だから」

 右腕を彼に向けて、傷痕すら無い事を示す。

 龍晶を救出してからまだ十日と経っていない。あの時に負った傷が元で呂枢には出会えたし世話にもなった。

 常人ならば手が動かなくなる程の傷、少なくともその傷痕がまだ生々しく残る期間だからこそ、呂枢は心配してくれたのだ。

 当人は殆ど忘れかけていたが。

「こんなに早く治ったんですか?」

 驚くのも無理は無い。

 そしてあの日見た光景を思い出し、彼はまた問うた。

「あの、陛下の傷を治したあれって、どうやったんですか?あんな感じで自分の傷も治せるんですか?」

「あー…」

 質問責めにされても仕方ないくらい不思議な事をしたのには違いない。

 気付くと周りに子供が集まってきている。その現場を知っている子も知らない子も、皆が興味深々という顔をしている。

「あれな、こうやって手を当てて、治れーって考えたら出来るんだよ」

 近くに寄って来た腰の高さほどの背の子の頭に手を翳して、朔夜は説明した。

 別に子供だから噛み砕いて教えているという訳では無い。これしか表現出来ないのだ。

「僕にも出来る?」

 別の子が訊いてきた。

「どうかなぁ。たまーに俺の他にも出来る人が居るけど、普通は出来ない」

 子供達がはしゃいで互いに手を当てている。

 また別の子が訊いた。

「戸口の板を壊したのはどうやったの?」

 最初に乗り込んだ場所に居た子だろう。

「ん?まあ、同じようなもんだよ。それは壊れろって念じるんだけどさ」

 きゃっきゃと子らが笑う。

 なんだか妙な気分だ。

 こうして年端も行かぬ子供に囲まれて、急に大人になった気がする。

 久しぶりに故郷に帰ったら、幼い子分が出来て、餓鬼大将になったような。

 龍晶は、梁巴をこの国に作ると言った。

 城郭の隅の、この小さな畑は、既にあの美しい故郷だった。

「おい、朔夜!」

 呼ばれた方へ顔を向ける。桧釐だ。

「戻って来い。謁見に付き合え」

「え?あ、ああ」

 謁見と言うからには他所の国の使者と龍晶の対面なのだろうが、そこに居合わす必要がよく分からない。

 ただの護衛という事だろうと思い直して、畑を後にする。

「じゃあねー、お兄ちゃん」

「また来てね」

 口々に見送ってくれる子供達に手を振り返し、鍬を置いた朔夜は桧釐の元へ走った。

「何だよ、懐かれてるなぁ。さすがは子供を救う正義の味方、ってな」

「そんなんじゃねぇよ。誰にだって懐くんだ。で、何で俺が呼ばれる?そんなに危険な客と会うのか、あいつは」

 桧釐は軽く笑って返した。

「お客人が希望したんだよ。朔夜殿も是非ご一緒に、って」

「は?誰?俺を知ってる人?」

「お前も知ってるんだろ。俺はよく知らないが、苴からの使者だ」

「苴…?」

「陛下の戴冠式には来ると約束したんだと。お前、忘れたのか」

 そう言われてやっと思い付いた。その約束が出来る苴の知り合いなんて一人しか居ない。

孟逸(モウイツ)か!来てくれたんだ」

 それは龍晶にも朗報だろうと思った。

 哥を共に旅した恩人が、国の公使として戴冠を祝福に来てくれるとは。

 あの時からすれば夢のような話だ。

 そうでなくともこの数日、ずっと夢の中に居るようだ。こんなにも希望に満ちた日々を、朔夜は知らない。

 一つだけ、友の快復しない病状を除けば。

 謁見の場である広間ではなく、桧釐は朔夜を一つの部屋へ連れ込んだ。

 大きな円卓が一つ置かれた部屋だ。家臣同士の話し合いの場に使われるのだろう。

「ここでやるんだと。謁見」

 桧釐は投げるように告げた。

「そうなんだ」

 朔夜は少し意外に思っただけで、すんなりと受け止めた。

「ここに先に座って待っておけば、人に支えられて歩く姿も見せずに済むし、声を張って話す必要も無くなるって言うんだ。陛下、あなたは王なんですよ、友達を迎える訳ではないんですって諌めたが、聞く耳持たねぇ」

 桧釐は自らの髪を掻き毟って、窓の外へ目を向けた。

「分からなくなった。本当なら謁見なんて出来る体にはまだ戻ってないんだ。本当にあの人の事を考えるなら、香那多殿のように病床で話をしても良いだろう。だけど、俺はあの人を王にしなきゃならない。身を削らせてまでも、威厳ってやつを守らなきゃならない。俺は、どっちに仕えるべきなのか…分からない。所詮は北州の蛇なんだよ」

 朔夜は椅子の背凭れに腕を乗せた。

 どの椅子も同じだ。この卓には序列が無い。

 龍晶はそれで良いと本気で思っている。否、それを望んでいる。

 王という立場そのものを、命を削って無くそうとしているのだ。

 誰にも理解されないかも知れない。だが朔夜にはその事がはっきりと解る。

 己の抱える救われない孤独を、もう誰にも渡す訳にはいかないのだろう。

「やりたいようにやらせてやってよ」

 朔夜は答えた。

「良いんだよ。実際、孟逸は友達だし、お前は北州の蟒蛇殿だ。無駄に飾り立てないで、誰もが友達や仲間になれば良い。そうしたら、戦なんかせずに済む」

「世の中みんなお友達って?とんだお子様理論だな」

 桧釐は鼻で笑って、降り始めた雪の粒の行方を目で追い、言った。

「だが今はそれが正解かもな。正直、今この国に戦なんか到底無理だ。どの国とも友好関係を結ばねば先は無い」

 朔夜は頷く。

「頼むから、あいつに二度と戦なんかやらせないでくれ」

「ああ。もうあんな目に合うのは懲り懲りだ」

 桧釐が言った時、扉が開いた。

 宦官に肩を支えられて、龍晶が入ってきた。

 朔夜が咄嗟に手前の椅子を引いたが、桧釐は入口から一番遠い椅子を引き出し、告げた。

「陛下、こちらへ」

 龍晶自身はそこまで行く事に億劫そうな表情を一瞬過()ぎらせたが、支える宦官は当然そうすべきと考えて進むので、それに従わざるを得なかった。

 座り、支えてくれた人に礼を言って、下がるよう命じる。

 部屋に三人だけとなると、一つ息を吐いて卓の上に腕を組み、その上に額を置いた。

「辛いのか?」

 訊くと、伏せられた頭が上下に動く。

 一つ息を吐いて、なんとか顔を起こした。

「だが、そんな事言ってる場合じゃない。心配するな、やる事はやる」

 前半は自らに言い聞かせるように呟いて、桧釐へ目を向けた。

 従兄は目を逸らし、窓を見て客の到着を待った。

「畑は順調に出来てたぞ」

 重い沈黙を寄せ付けまいと、朔夜は見てきた様子を報告する。

「子供達も楽しそうにやってたしさ。良い案だと思ったよ」

 龍晶は苦しげながらも、気恥ずかしそうに笑って頷いた。

「来た」

 低く桧釐が告げて、自らは主人の隣に着席した。

 朔夜は喜ぶ犬のように扉へ駆け寄り、大きく開いて客人達を出迎えた。

「孟逸!」

 一声呼んで、満面の笑みで共に入ってくる。

 使者は彼の他にもう一人、年嵩の男も居る。

 孟逸は部屋に入り龍晶の姿を認めるなり、膝を地に付けて最上級の敬礼をした。

「龍晶陛下、このたびは誠におめでとうございます」

 居心地悪そうに苦笑いを浮かべ、龍晶はすぐさま返した。

「座ってくれ。世話になった人に頭を下げられる程、俺は偉くはなってない」

「そんな事はありませんよ」

 孟逸はそう返しながらも、彼の人柄は知っているので深く追求せず立ち上がった。

 座る前に、もう一方の使者を指す。

東威将軍(とういしょうぐん)蒋桂(ショウケイ)と申します。どうぞ、お見知り置きを」

 巌のような顔の男が頭を下げた。

 雰囲気も仕草も根からの軍人らしい。

「有事の際には貴殿に世話になるという訳だな。こちらこそ、よろしく」

 龍晶が頭を下げ返すと、珍奇な物を見る目で見下された。

「どうぞ、お座り下さい」

 見下す目を咎めるように桧釐が二人へ告げた。

 孟逸は変わらぬ柔らかな物腰で、座りながら龍晶に問うた。

「お体の具合は如何ですか」

「友と会うだけの元気はある、と言った所だ。そちらは変わりないか?」

「はい。哥より帰国した後は、国内で唯一北方を見た人間となり、仕事が増えました」

「哥との国交が回復したという事か」

「細々と、ですがね。何せ互いに言葉が分かりません。書状一つ読み解くのに、莫大な時間がかかります。我が国にも陛下のような秀才が居れば助かるのですが」

 いや、と龍晶は謙遜し、真顔になって桧釐に言った。

「哥の言葉に堪能な者を育てる必要があるな。こういう時に他国へ派遣出来るように。俺が行く訳にもいかんだろう」

「だからと言って、陛下自ら教師となる訳にもいきませんからね?」

 苦い顔で桧釐は釘を刺す。この人はやりかねない。

「いや、それは流石に身が足りない。舎毘奈(シャビナ)はどうだろう。老体に鞭打つようで申し訳なくはあるが」

 そこまで言って、孟逸に向き直る。

「手助けしたいのは山々だが、こちらも人が足りぬ。哥の言葉を翻訳した辞典ならば、手土産に渡せるが、如何か」

「それは有難い。しかし貴重な品ではないのですか」

「大丈夫だ。俺が幼少の頃、写しを何冊か作った。良い勉強だったからな、あれは」

「それは…陛下自ら…!?」

「ああ。教師や側仕えの女官と、数人でな。いつか必要になると考えての事だが、そのいつかが来て良かった」

 はぁ、と感心して声を上げる孟逸の横から、老将軍が口を挟んだ。

「敵国の言葉を学ぶなど、王位を継ぐ者のやる事ではありませんな」

 凍り付きかけた場を、孟逸は急ぎ溶かすように取り成した。

「だからこそ先見の明があった、という事でしょう」

「円卓での謁見も先見だという事ですかな。若い人のやる事は、どうも老人には理解できませんなぁ」

 崩した表情は明らかに若い王を馬鹿にしている。

「体調が思わしくない故、こういう形を取らせて頂いた。非礼と思われるのなら詫びる」

 淡々と龍晶は釈明した。その必要は無いと桧釐の目が言っている。

「いやいや、非礼などとは全く。ただ、戴冠式のお言葉と言い、どうも陛下は王という立場を軽んじておられるのではないかと、老婆心ながら心配しておるのです」

 桧釐が腰を浮かせたのを龍晶は片手で制した。

 同時に孟逸は小声で連れを諌めた。

 誰もが顔色を変える中で、龍晶は一人声色を変えず蒋桂に返した。

「忠告は尤もだ。有難く受け取る。ただ、軽んじておるとすればそれは王の立場ではなく、俺自身の吹けば飛ぶような存在だ。暗愚であるが故に一人で出来る事は何も無い。己の力で歩く事すら出来ない。恐らくこの身も長くは持たない。だからこそ、王が居なくとも治まる国にしようと考えている。それ故の非礼だ。他国の王を軽んじるものではない事、理解して欲しい」

「ほう。成程」

 蒋桂は老獪な笑みを湛えたまま黙った。

 龍晶の言葉に顔色を青くしたのは桧釐だった。向かいに座る朔夜はそれを見逃さなかった。

 王として命を削らせる事に迷いを抱く思いを、桧釐は朔夜に話したばかりだった。が、龍晶自身は命を削り落とす前提で物を考えていた。

 それを他国の使者に何の臆面も無く語る主人を、桧釐は信じられぬ気で見ているのだろう。

 後でまた喧嘩になるな、と朔夜はこっそりと苦笑いした。

「では我が国への盟約、そろそろ果たして頂きましょうか」

 蒋桂の言葉に龍晶は初めて眉を顰めた。

「盟約?」

「お忘れかな?我々同盟国と共に、繍を倒すという話」

 龍晶は全く思いがけなかったようで、目を見開いて口を閉ざしてしまった。

 孟逸が頭を下げて言い足した。

「申し訳ないが、これが我が国の方針なのです。これだけは、お頼み申し上げます」

「頼む事ではない。既にこれは決められた事だ」

 蒋桂は孟逸へ強気に告げ、龍晶へと向き直った。

「陛下の兄上は約束を放置した上でお亡くなりになられた。ならば、陛下に果たして頂くより無いでしょう。いつ兵を挙げなさる?」

 答えに窮した王に代わり、桧釐が声を発した。

「お待ち下さい。貴殿も知っての通り、我々は前王を倒して新たな国を作ろうとしている所です。そこに前時代の約束を持ち込まれても、相手が違うというものでしょう。ただ、繍を倒さねばならぬ大義は理解出来ます。盟約を反故すれば貴国を裏切る事にもなる。挙兵は必要だが、少なくとも今すぐという訳にはいきません。猶予を頂きたい」

「我らは確約が欲しいのですよ。確実に兵を挙げるという確約が」

 いよいよ重い沈黙が訪れた。

 その間、朔夜はここに居合わせた事の意味を考えずには居られなかった。

 頭にすぐさま浮かんだ一言を、言っても良いものか否か、悩んだ。

 龍晶は嫌がるだろう。だが、龍晶の為を思えば、これを言うしかない。

 悩んだ末に、喉に声を引っ掛けながら、朔夜は言った。

「俺が、行くよ」

「この件は一度預からせて頂きたい。軍部の者とも話し合わねばならぬ」

 龍晶は朔夜の言葉を全く無視して、強い口調で使者へと告げた。

 朔夜の言葉を掻き消すかのような、一瞬の判断だった。

 桧釐もまた、主人の意を汲んだように立ち上がりながら使者へと告げた。

「これ以上は陛下の御身に障りますので、今日のところはお引き取り願います」

 老将軍は諦めの笑いを見せた。

「致し方ありませんな」

 一方で孟逸は早々に立ち上がり、深々と頭を下げた。

 その横を擦り抜け、挨拶も無しに蒋桂は出て行く。

 取り残された友人に、龍晶は微笑んだ。

「後で個人的に話をしよう。俺の部屋へ来てくれるか?」

 孟逸は表情を柔らかくして頷いた。後味の悪いまま帰国したくはない。

「是非。以前のように、国を背負わず話がしたいものです」


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