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豚貴族サッチの憎悪

 ゴールドスタンダード王国の王都エメラルドカリブ、盆地に造られ空飛ぶ船が行き来し空の交易地として栄えるこの都には多くの富が集まり、それらを見下ろせる三つの丘のうちの一つである風光明媚なこの土地の一等地に一際大きな屋敷がある。


 エドワード公爵家が王都に持つこの邸宅は、この世の贅を一箇所に集めたかのように、瀟洒で、きらびやかで、そして華やかだった。


「グぬぬぬ、何故思い通りにいかねぇ!?オレを誰だと思っている。」


 そんな全てが一等の屋敷の中に怒声が響く、飾り立てた扉を蹴り飛ばし現れたるは脂肪たっぷり豚貴族、明らかにこの場の雰囲気にあって無い異物である。


「手紙か?ほぉそうか、明日……ようやく明日、あの平民を学園から追い出すことができるのか。」


 鼻を豚のように鳴らしているその少年は、オークのように肥え太っている。


 背景は家族の肖像画か?それを見れば幼い頃の少年の姿が分かる。


 おぞましいビフォーアフターだ、今や母に似た綺麗な碧眼は濁っており、小さい頃はぱっちり二重だった瞼は贅肉で奥二重になってしまっていた。


 全身についた贅肉を揺らすおぞましき怪物の名は、エドワード・エメラルド・サッチ、貴族であることを示すエメラルドと、その前につく家名から察することができるように彼は王国貴族である。


 エドワード公爵の跡取り息子だ。


「まったく、平民の分際でこのサッチ様に楯突こうとは、そうだよなエドワード公爵家嫡男であるこの俺に逆らうなどありえねぇあ――クソ、イライラするぜ!」


 豚貴族サッチが立ち上がり、とりあえず目についた花瓶を手に取り、そしてそれを思い切り地面に叩きつける。


 パリンと音が鳴り、薄く焼かれた精巧な白磁が割れてしまう。ああ勿体ない、物の価値すら解かっていないようだ、描かれていた幾何学模様は見るも無惨な姿となり、金貨数十枚もするお宝はただのガラクタに変わった。


 豚貴族サッチ相当機嫌が悪いらしい、きっと自分の醜さを嘆いているのだろう、それともそのお頭の弱さか、両方だろう。


 彼の話を聞く限りそれは違うらしい、その元凶となっているのは彼の通う魔法学院のとある生徒である。


 リンドナー王立魔法学院の特待生制度その物が気に食わないようだ、まあこの手の話しのお約束とでも言うべき優秀な平民である。


 今年、豚貴族サッチと同時期に入学した特待生枠の生徒は二人いる。彼が気に入らないのは、そのうちの一人である平民のマーロンという男だった。


 何につけても鼻につく、とにかくむかつく奴だった、きっと向こうも同じように思っているだろう。両思いだね。


「クソッ、クソッ、イライラする! イザベラ様は、どうしてあんな男を!」


 平民の分際で入学するだけでもあつかましいというのに、マーロンは瞬く間に学院の人気者になった。


 性別問わずたくさんの友達を作り、身分の違いに関係なく色々な人間と友好を結んでいる。


 王家の次女であるイザベラも、ヘルベルトの婚約者であるネルですら、マーロンと仲良くなっていた。


 対し自分は、未だ学院に一人の友達もいない。



(おまけに豚貴族などと、陰口まで叩かれている始末だ!)


 おっと気が付いていたらしい、そっとしておいてあげよう。


 ついてくる取り巻きは勿論公爵家の威光にすがりたいだけで豚貴族サッチのことなど見てはいない、要は嫉妬である。


 だから彼は白手袋を叩きつけたのだ、きっと勝てぬと知りながらも、貴族が相手に手袋を投げつけることは、決闘を受けろという意思表示である。


 決闘で負けた者は、勝者の言うことを何でも一つ聞かなければならない、多少の制限はあるが、それが王国が黎明期の頃に生まれ、今では廃れているこの決闘による決着を豚貴族サッチは望んだのである。


 おや蛮族かな?豚貴族サッチもそうだがこの王国も相当に狂ってやがる。


 彼が求めるのはマーロンを学園から追放する事、マーロンさえいなくなれば、皆が自分を見てくれるようになるはずだとそんな風に思っているのだろう。


 婚約者であるネーデルも、昔のような笑顔を向けてくれる。


 王女イザベラだって、次期公爵である自分のことを無碍にできなくなる。


 彼はそう思い込んでいた、そうすがりたかった、だが無意味だ。


 周りに人が寄ってこないのは、彼がすぐに手を上げようとする癇癪持ちで、公爵家嫡男であることを笠に着て横暴を繰り返してきたからだ、魔法学院に入る前から既にネーデルが豚貴族サッチに会うことはなくなっていた。


 ただ人間というのはいつでも見たいものしか見ようとしない生き物で豚貴族サッチは全ての鬱屈の理由を、マーロンのせいだと決めつけていた。


 きっと指摘してくれる者は一人もいなかったんだろう。残っていなかったが正解か、悲しいことだ。


「散歩してくる。帰ってくるまでに掃除を終えていなければお前はクビだ」


「は――はいっ! かしこまりました、サッチ様!」


 戦々恐々としている使用人から視線を外し、自室を出る。


 豚貴族サッチは明日起こるであろう光景を想像し、笑みを浮かべていた。


 地べたに這いつくばるマーロン。


 それを見て鼻高々な自分。


 そして自分を褒めてくれる学院の面々……。


 豚貴族サッチの身体はオーク呼ばわりされるほど肉が付いているが、彼の魔法の才能は本物だった。


 彼は四第元素の魔術を修めており、信じられない事だがかつては誰もが彼のことを神童と呼んで褒め称えていたそうだ、本人の妄想でなければ。


 昔はできていたいくつかの魔法は、既に使うことができなくなってもいたが、それでも豚貴族サッチは己が負ける等想像していなかった、魔法を扱うのは技術だが、その威力は才能であり基本的に血統に依存する。


 エドワード公爵家は公爵家であり、三代前まで遡れば王家の血すら引いている。


 彼はその血筋を見れば、由緒正しきサラブレッドなのだ。


 魔法の威力はまともに修行をしなくなった今でも相当のものがある。


 学科を除いた魔法の実技では、入学試験を一位で通過しているほどなのだから。


 まあ剣術の点数があまりに低かったため、総合点では特待生二人と王女に次いで第四位だったわけだが……。


「ふぅ……相変わらずお前の入れる茶は美味いな」


「いえいえ」


 中庭に出てきた豚貴族サッチは、誂えられた特注の巨大な椅子に腰掛けていた。


 身体が大きすぎるので、普通の椅子に座ればすぐに壊れてしまうからだ。


 彼が紅茶をズゾゾと品性の欠片もなく啜るその側に、一人の老人が控えている。


 老執事のケビンは、昔から豚貴族サッチに仕えてくれている彼専属の使用人だった。


 元は公爵家の家宰をしていたが、今ではその役目を後継に譲り、豚貴族サッチの側仕えとして働いている。


 豚貴族サッチは兎に角甘いものが好きで、それにあうように濃いめの紅茶を好む。


 そんな細かい趣味嗜好まで、ケビンは知り尽くしていた、豚貴族サッチが唯一信頼できる人間は、ケビンだけだ。


 そしてケビンもそんな彼のことを、実の孫のように思っている。


 今は傍若無人で手の付けられないところも多いが、かつては容姿の通りの性格で、誰もが見切りをつけた豚貴族サッチのことを、ケビンは未だ信じ続けていた。


「爺、俺は明日決闘するんだ。これで一泡吹かせてやれば、みんな俺のことを見直してくれるに違いない」


「そうですね。サッチ様なら負けるはずがございません」


「ハッハッハ、その通りだぞ爺。このエドワード・エメラルド・サッチが、平民風情に遅れを取るはずがない!」


 そういってにこやかに笑う彼を見れば、学院の人間はみな驚くことだろう。


 豚貴族サッチは学院では常に不機嫌で、周りの人間に怒ってばかりいる、こんな柔和な態度を取ると言っても誰もも信じないだろう。


彼は不安になるとよくフルネームを叫ぶ、恐らくだが自分に自信が持てないんじゃ無いかな?そんな気持ちが普段の態度に出ているのだろう。


(いつもこうやって笑っていてくだされば、きっとサッチ様のことを好きになってくれる者も多いでしょうに)


 笑顔を向けられたケビンはそう思わずにはいられない、それを口にしようとし懐中時計を握り締め諦め甘やかしてしまうのだ、語られることは無いが彼もまた抱えるものがあるのだろう。


「よし、明日に備えて少しばかり魔法の試し打ちでも……ん?」


 豚貴族サッチは首を傾げながら、ソーサーやポットの置かれたテーブルを凝視する。


 そこに魔力の揺らぎを感じたからだ。




 魔法とは、魔力を用いて事象を改変する技術である。


 元あったものを改変するため、魔法が使われればその場には異常が検知される。


 ある程度熟達した魔法使いであれば、それを魔力の揺らぎとして感知することができるのだ。




「爺、下がれっ! 何かが来る!」


「はっ!」




 ケビンは何も言わず、大きく後ろに飛んだ。


 既に五十を超えているとは思えぬほどの跳躍力だ。



 ヘルベルトは前に出て、急ぎ魔法発動の準備を整える。


 一番得意な属性である火魔法を選び、すぐに発動できるように魔力を練り上げる。


 何が起こるのかはわからないが、とにかく目の前で魔法が使われているのはたしかだ。




 敵か、味方か、それとも……。



 手に汗を握りながら、久しぶりの実戦に心臓をバクバクさせている彼の前に現れたのは……

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