初めてお酒を飲んだ幼なじみがとんでもない甘え上戸だった
「酒を飲んでみたい?」
文香が俺に電話を掛けてきたのは金曜の大学の講義がちょうど終わった時だった。文香は俺の幼稚園の頃からの幼なじみで小学校から高校まで一緒に通っていた。大学は流石に違ったが距離が近く休みに2人で遊びに行くことも珍しくない。文香の方から電話を掛けてくることも週に1度や2度ではない。
「うん、私、先週誕生日だったじゃん。それでお酒飲めるようになったから飲んでみたいなって」
「いいけどさ、友達とでも飲めばいいんじゃないか」
「お酒飲んだことないからさ。飲んだ後自分がどうなるか分からないじゃん? なるべく友達に迷惑かけたくないから海と初めに飲んで試したいと思って」
「俺には迷惑かけてもいいのかよ」
「そこは私と海の仲だから許してほしいな」
全くこの幼なじみは。お願いすればなんでも俺が叶えてくれると思っている。だが文香のお願いに俺が弱いことも否定できない事実なのだった。
「しょうがねえな。それでいつ飲むんだ?」
「今日にしよ。海も確か今日も明日も予定空いてるでしょ。お酒とおつまみ私が買っていくから海の部屋貸してよ」
「分かった。でも酒って結構重いし俺も持つから俺の近所のスーパーで待ち合わせな」
「やっさし~。了解、今日の講義終わったでしょ? 近くに来たら伝えるね」
「はいはい、先に行って待ってますよ」
こうして俺の部屋で文香にとって初めての飲み会が始めることが決定した。
「久々だなぁ海の部屋。失礼します」
「先週も来ただろ。誕生日祝えって言って」
数十分後、俺と文香は買い物を終えアパートの俺の部屋まで来ていた。
「そんなこともあったような。まあそんなことは置いといて早く飲もうよ海」
「そう急ぐな。後で飲む酒は冷蔵庫に入れておいてくれ。俺は皿とコップ出しとくから」
「はいはい、分かりましたよ」
2人で用意して飲みが始まったのは結局夕飯にちょうどいいくらいの時間だった。
「よし、これでオッケーだね」
「まあこれでいいか」
「じゃあ、海カンパイしてカンパイ」
「2人だから別にいらなくないか? まあいいか、文香の成人を祝って乾杯」
「カンパ~イ!」
チューハイの入ったグラスを軽く文香の持つグラスにぶつける。それが終わると同時に文香が勢いよくグラスの中身を飲み始める。
「一気に飲むなよ。アルコールにあんまり強くないかもしれないんだから」
「大丈夫だよ、これジュースみたいだし。度数もそんなに高くないんでしょ?」
「確かに度数3%くらいだけどさ。酒弱い人はそれでもきつかったりもするからな」
「分かった。おつまみとか料理食べながらゆっくり飲むことにする」
理解してくれて良かった。酒の耐性を知るための飲みとはいえ一気に飲んで倒れられたりしたら困る。俺は一安心して自分の持っているグラスに口をつけた。
飲みが始まってから数時間後、テーブルの周りにはチューハイの缶が散乱していてお世辞にも綺麗とは言えない状態になっていた。ただ、今問題なのはそこではない。
「ねえ海、頭撫でて」
「おい、そろそろ酒飲むのやめ……」
「早く頭撫でてってば、ほら早く~」
撫でてくれと言わんばかりに頭を俺の方に突き出してくる。仕方なく文香の頭を撫でてやる。
「ふふふ、ありがと~。次はね……」
「だから酒をとりあえず置けって」
「海の言う通りゆっくり飲んでるからいいでしょ。吐き気とかもないしまだ全然大丈夫だよ」
「何時間飲んでると思ってるんだ。それに完全に酔っ払ってるじゃねえか」
確かに俺の言いつけ通り文香はペースを上げずにゆっくり飲んでいた。それでもずっと飲み続ければそれなりの量になる。周りを見る限り片づけた缶も考えればチューハイ10本以上は飲んでいるはずだ。飲んだ量に比例して酔いも回ってきているようだ。さっきほどからずっと褒めてくれだの撫でてくれだのをリピートする機械になっている。文香はどうやら甘え上戸らしい。
「え~、酔ってないよ。通常運転だよ」
「酔っ払いはみんなそう言うんだよ」
本人が酔っている自覚がないのが余計に性質が悪い。これは俺と先に飲んで正解だったなと思いつつ散乱した空き缶を片付けるために1度立ち上がろうとすると文香に腕を掴まれた。
「1回空き缶片づけるから離せ」
「いかないで」
文香が上目遣いで抗議してくる。顔がほんのり赤らんでいるせいかいつもより色気がある気がする。
「台所に缶を置いてくるだけだって。すぐに戻ってくるから」
「嫌、海はずっと私と一緒にいるの」
いつの間にか酒を置いた文香が俺の腕を両手で掴み自分の方へ引き寄せる。あの手にお胸が当たってるんですが。本人は酔っていて気づいてないようだが早くこの拘束を解かなくては。
「分かった、片付けは後にするから離してくれ」
「それならいいよ」
思ったよりあっさり文香は俺の腕を離してくれた。いや、別に残念だとは思ってないけど。改めて元いた場所に座りなおす。すると文香が俺の側に寄って来た。動けばお互いの肩がぶつかる距離だ。
「近くないか?」
「いつもこれくらいでしょ」
確かに俺と文香は距離が近いと共通の友人によく言われるが流石にいつもこんな近いわけがない。
「そんなわけあるか」
「私とくっつくの嫌?」
その言い方は非常にずるい。酔っているせいかいつもよりあざとい気がする。
「嫌じゃないけどさ」
文香がほっとした顔をする。断られるか不安に思うくらいの理性は残っているようだ。
「えへへ、海うりうり~」
文香が頭を俺にすりつけてくる。なんかいい匂いするけど気にしないようにしなければ。
「やめろ、もういい時間だしそろそろお開きにするぞ」
「え~、もっと飲みたいよ~」
「それなりに飲めることが分かっただけでも収穫だろ。送ってやるから帰る準備しろ」
「まだここにいたい。明日お休みだし今日泊めてよ海」
いきなり何言い出すんだ。文香は俺の部屋に数えきれないほど来ているが今まで泊めた経験はない。
「思いつきで話すな。それになんも準備してないだろ」
「着替えとか歯ブラシとかちゃんと持ってきてます~」
そう言って文香は自分のリュックを指さした。珍しく大きめのリュック背負ってきたのはそれが理由か。はじめから泊まるつもりで来ていたらしい。
「はい、お泊り決定~。買ったお酒も残ってるし海もまだ飲めるでしょ。今日はとことん飲むぞ~」
「まだ飲むのかよ」
こうして飲みの延長が決まったのだった。
更に数十分後、俺は既に酒を飲むのを止めジュースを片手につまみを食べていた。文香はペースはゆっくりだがまだ飲み続けている。どうやら文香は酔いやすいが量だけはたくさん飲める類の人みたいだ。
「海~、海~、ふふふ」
呼ばれながら体を指でなぞられる。アルコールの摂取した量が増えるにつれスキンシップが増えずっと笑い続けている。これは酔いが覚めたら他の人との飲みではある程度セーブして飲むよう言わなければ。
「おい、もうそろそろ終わりにするぞ」
「え~、まだ飲みたいよ」
「もう買ってきた酒もほとんどなくなったしお前も完全に酔っ払ってるし時間も時間だしとっとと布団敷いて寝るぞ」
「分かった、お酒は我慢するからもうちょっとおしゃべりしようよ海」
我慢ってもう散々飲んだだろ。本当に言った内容理解してるのかコイツ。でもまあ少しくらいなら話し相手になってやるか。
「いいぞ、何の話するんだ」
「海、私のこと好き?」
「ぶっ」
いきなり超直球でなんて話題振ってきやがる。飲みかけのジュース吹き出しそうになったわ。
「まあ一個人としては嫌いじゃない」
「恋愛感情としてだよ」
この酔っ払い、酔いが覚めた後どうするつもりだ。なんて答えても気まずくなる未来しか見えない。
「そんなの考えたこともねえよ。お前だって同じこと聞かれたら答えられないだろ」
「私は好きだよ。海のこと」
思わず文香の方を見る。目が若干トロンとしているが真剣な表情をしている。酔っ払っているが嘘や冗談を言っているわけではなさそうだ。
「それは幼なじみとしてだろ」
「もちろんそれもあるけど恋愛感情としても好きだよ」
今度は文香がまっすぐこちらを見てくる。敵わず目をそらし再びジュースに口をつける。
「酔っ払いに何言われてもなんとも思わねえな」
苦し紛れの言葉だ。本当はめっちゃ動揺している。文香が俺を好き? 考えてこともなかった。異性としては気にされてないと思っていた。色々考えていると文香の顔がすぐ近くにあることに気が付いた。慌てて後ろに下がる。
「何やってんだ。近いわ」
「言葉が信用出来ないなら行動で示そうと思ってさ」
「そんなんでファーストキス奪われてたまるか」
「ファーストキスじゃないよ。はじめては私と幼稚園の時にしたでしょ」
そうだっただろうか。10年以上前のことだから記憶がおぼろげだ。逆に文香はそんな昔のこと覚えていたのか。
「じゃあセカンドキスだから酒の勢いでもいいよねとはならんだろ」
「セカンドキスも私と幼稚園の頃したでしょ」
キスしすぎだろ幼稚園の頃の俺たち。爛れた幼稚園生活送ってんじゃねえぞ。
「さっきの質問もう1回するけどさ。海、私のこと嫌い?」
「……嫌いなわけないだろ。お前は特別だよ。ただ恋とか愛とかそういうのは正直まだ分かんねえ」
これが今の俺の偽りない気持ちだ。酔っ払いに言って理解してもらえるかは怪しいが。文香は少し考える素振りをするとためらいなく服に手をかけ脱ぎ始めた。
「いきなり何してんだ文香」
慌てて文香の両手をおさえ服を脱ぐのを阻止する。
「だって私のこと特別だって思ってくれてるんだよね? 私も海のこと大好きだしもう我慢する理由なくない?」
「お前、そういうのはもっと手順を踏んでから」
「それはお互いのこと知らないならでしょ? もう私と海はお互いのこと知ってるしいいんじゃないかな」
大量に飲んだ酒でただでさえ理性が弱まっているこの状態でこの甘い誘惑は非常にまずい。文香の方を見ると酒で顔がほんのり赤らんでいてなんか色気を感じる。本人もいいって言ってるしもういいのではないだろうか。そんな考えが頭をよぎる。
「海が知らない恋も愛も私が教えてあけるから一緒になろ海」
妖艶な笑みを浮かべた文香が俺の頬を両手で固定しその顔を近づけてくる。思わず目を閉じたがその唇が俺に到達することはなかった。代わりに俺の腹部にその頭が倒れてきた。
「おーい、文香?」
文香からの返答はない。聞こえるのは小さな寝息だけだ。
「全く、人の心揺さぶりやがって」
俺は文香を起こさないようにゆっくり持ち上げベッドに運んだ。
翌日、スマホのアラームで目が覚めた。なんで来客用の布団で寝てるんだっけ? 起きたばかりで絶好調とは言えない頭を働かせる。そうだ昨日酒飲んで寝ちまった文香をベッドに寝せたから俺が布団で寝ることになったんだ。ベッドにいるはずの文香の方を見る。そこには土下座している文香がいた。
「おはよう、何やってんだ文香」
「昨日は羽目を外して申し訳ありませんでした」
文香は酔っても記憶が飛ばないタイプらしい。起きて昨日の醜態を思い出したようだ。俺からも言いたいことはたくさんあるが本人も反省してるしまあそこまで強く言わなくてもいいか。
「次から飲むときは気をつけろよ」
「はい、気を付けます……」
「それから昨日の返事だけど」
昨日のことを覚えてる文香は当然そのことも覚えているだろう。その証拠に顔が真っ赤に染まっている。
「昨日は酔ってたからさ……。つい勢いで言っちゃったというか」
「冗談だったのか?」
「冗談なんかじゃないよ! 本気だったけど……」
「なら俺に教えてくれないか。恋と愛っていうやつを」
言ってて凄く恥ずかしい台詞だ。昨日の酒が少し残っているのかもしれない。文香は一瞬俺の言葉の意味を考えた後、俺に向かってダイブして抱き着いてきた。
「ふふ、これからは海をずっとドキドキさせてあげるから覚悟してね」
文香が喜んでくれたなら恥ずかしい台詞も言った甲斐があった。俺は文香の頭を撫でながら今日から新しい日々が始まるなと感じていた。