09 ひかりのせい
巨大は、人間離れのジャンプで集団のど真ん中におりたつ。
遅れること数秒。あっけに取られた隊員たちが、やっと事態を飲み込んだ。
「もみくちゃじゃすまんぞアイツ。ばかやろうなのか」
窓からみえたのは、シュプレヒコールの男が、巨大につかみかかるシーン。
149センチ小さな身体は、人の中にうずもれ、見えなくなった。
「――スか?」
巨大の声で、無事であることが判明した。
何人かが、イチャモンをつけてるのはわかるが、内容までは聞き取れない。
「加勢にいくぜチーフ。あいつ殺される」
「まて、なにかへんだ」
はやる卯川を相崎が制した。
「考えてる場合じゃねぇ!」
卯川はドアを開けると、危惧はすぐに杞憂となった。暴動の矛先がかわっており、なんとリーダー格の男が、集団に取り押さえられている。
「なにがおこったか知らんが。終わったようだ」
「状況についていけねぇ」
「市民を垂らしこんだようですね。巨大七光恐ろしい娘!」
暴動集団の輪が解ける。男が警察に引き渡された。巨大が市民を指示している。
朗らかな表情をたくわえた市民たちが、つぎつぎ握手をもとめる光景が異様だ。
ふぅと、額をぬぐった巨大は、マスコミへと向き直った。
一部始終を逃さず取材する地元テレビ局。一団のなかから年配の女性が現れる。
女性は眉を寄せてしゃがむと目の高さを巨大に合わせる。
眉は少しづつゆるんでいって、最後は巨大とハイタッチ。
「なにをやってんだ」
「チーフ。私たち完全に傍観者ですね」
巨大は持ってるスマホでどこかに電話。話すこと数分。通話が終わった。
何もなったように女性に手をふって、すたすたマスコミから離れる。
と、そこに体格の男性記者が立ちふさがった。ドアに足を挟んだ記者だ。
小さな巨大に覆いかぶさるように、質問を一方的にわめきちらす。
「きょだいはにげられない!」
「何いってんだよチーフ」
巨大は無言。まったく相手にしてない。
そのうち女性の仲間がきて男を羽交い絞めにした。
男はもちろん抵抗するが、無双ができるほど強靭ではなく、
数人に抑えこまれての説得をうけて、沈黙した。
直後。その場にいる報道関係者のスマホがバイブした。なんと全員一斉に。
報道陣たちは顔を見合わせるが、電話の内容にいっそう目つきが怪しくなる。
彼ら彼女らは異口同音に従えませんと首をふったが、やがて”わかりました”とうなだれた。ハイタッチ女性だけが微笑んでいる。
「なにが分かったんだ…… ん? マスコミの連中が」
「なんか撤収してくな」
ほほをくっつけて頭を並べる男二人、背後にパイプ椅子に立つ女。小さな窓が顔であふれた。
「ぼくにもみせてください」
者星も割ってはいる。者星はきのう、ガレキの下で気を失ってるところを警察官に助けだされた。怪物から受けた傷は深かったが重症というほどではなく、普通に出勤した。
「順番だ者星。窓には限りがあるんだ」
「じゃあドアをから視ますか。たしかに片付けてますね。全員じゃないけど」
「開けるなてめ、あいつら押し寄せてきたらどうすんだよ。隕石落とすぞ」
危険な隕石から市民を守る対人外生物異物対処班。
隊員の言葉とはおもえない。
「押し寄せてなんてきませんて。で。巨大はどこにいるんです」
「あそこ……いないわね」
「飛んで、ついに星になったか……いるじゃねーか」
卯川が発見したのは、校門からひとり疾走していく背中。
念願のイケメンキッチンカーを目指してるのは、いうまでもなかった。
「あ、誰かきます」
「ほれみろ! 者星のせいだぞ」
小集団がこちらへ歩いてくる。
その構成は暴動集団から数人、マスコミから数人だ。
「者星、ドアを閉めろ」
「害意はなさそうですけど」
小集団はコンテナのそばで停まると、ペコリと頭をさげた。
者星の言ったとおり。落ち着きはらったようすに、殺気や荒々しさはみあたらない。
毒気の抜け落ちたような人々。相崎は、危険はなさそうだと断じた。
それでも者星の肩をひいて背後にかばうと、入口に仁王立ちする。
「なにか?」
「私たちは引き上げます。お騒がせしてたいへんご迷惑おかけしました」
暴動チームの代表者が口を開いた。上目がちにモジモジと小声だが、殺到した一員であることを忘れてはいけない。油断させて急襲する戦術かもしれないのだ。
恵桐万丈が油断なく窓から左右に目を配る。
「そちらの巨大さまが、破壊された住居を買い取ってくれるといいました」
「は? 住宅の買い取り?」
約束。あいつが。なんてこと約束してんだ。フリートはできたばかりの弱小組織。
国会の発言力など無いに等しい。備品が買えずホチキスは100均で買った私物だ。
廃棄家屋の買い取りに応じる予算など、逆立ちで頭をこすって天辺禿げになってもない。
後ろに控えたサブチーフの目も点だ。
「そんなことは」
不可能どころの話しではない。復興の作業は復興庁の管轄。手順をふむ必要がある。
この、怪物による破壊が自然災害に準ずると認められなければ、復興や買い取りはできはしない。
復興庁。予算の承認。
無関係な機関が口約束できることじゃない。
「怪我人の保証もぜんぶ費用を負担してくれると確約いただいて。哀しいことですが犠牲者の追悼も……おかげで安心して避難生活ができます」
代表たちが頭をさげた。後ろで見守る市民たちも一礼。
暴動集団とはおもえない安らかな表情をみせて、引き上げていった。
「き・き・き……あの野郎! 勝手しやがって」
「野郎ではありませんが同意します。口約束でも公務員の言葉ですからね。その場しのぎのウソだと知れたら炎上ではすみません。それこそ暴動がおきますよ。こんどこそ国を巻き込んだ大規模な暴動が」
「どこ行った巨大! この手で締め上げてくれる!」
相崎の手がA6061素材のコンテナドア縁をにぎりしめる。
縁はメリメリ音をたてて歪んでいった。
「フリート隊長の相崎さん、ですよね」
別の声がした。