07 わッ裸だ!
修正しました
目くらましに光を放ってジャンプ。
さっと人型になって着地し人目を避けて疾駆する。
「母さんあたしやったよ! みていたくれたよね!」
地球を守る使命を自らに科した女性は、ガッツポーズで亡き母に報告する。
母は、この星に根を降ろしたはるか昔から、外敵を打ち負かしてきたという。どこまでが本当かわからない人だったが、平和な時代に生まれた七光は「んなヤツ来んだろう」と右から左へ聞き流してた。
実際に敵が現れ、街を壊しまくった。来てしまったものはしょうがない。母の言葉。世話になった星への義務感。腹をくくって使命を踏襲したが、やってわかったことがいくつもあった。
目的のために巨大化する高揚感。思いのまま手足を奮える充足感。倒したときの達成感。
母がやってきたことなのだ。初めて母と一体になれた。やっと母の心を知れた。そんな気がした。それはよかったのだが……。
「困ったなぁ、こうなること考えてなかったよ」
青白い光が闘いの傷を回復していく。折れた骨も千切れかかった指も数分で元どおり。
すぐにも隊に合流したい。けどもできない。公園のしげみにかくれた巨大は裸なのだ。
「あ、しみちゃん」
巨大に成りすましてたシミターが、戻ってきた。
腰にかけた――これだけはなくならない――ホルダーへ、みょろみょろ這いあがる。
「キミ、あたしの服になれない?」
開けたホルダーに入ろうとするシミターが手? をふった。
時間切れ。無理。という意思表示。
なんにでもなれても万能というわけじゃない。
10分弱という制約があるのだ。
「じゃあその辺の家、物色しようかな。洋服のひとつやふたつ罪にならないよね」
公務員らしからぬことをつぶやく巨大。
たしかに、見渡す限りまともな家はないが、火事場泥棒は重罪です。
重い荷物を抱えた少年が、ガレキに埋まる道路をやってきた。
住民は避難をおえて誰もいないはず、逃げ遅れた中学生か。
女の子のような細い首。ガリガリな身体。やせ型というより発育不全と映った。
そして髪。黒い髪は角度によってへシルバーに輝く。鼓動がドンっと脈打った。
「きれいな髪」
欠点があるとすれば瞳。長い前髪に隠れてみえにくい瞳には光が欠けていた。
この年代の子供がもつ根拠のない自信や好奇心が、瞳から欠落していた。握ってる黒い物体は、あのトカゲの外被だ。
コンマ2秒で評価を完了。できることはないので、居なくなるのをじっと待つ。
イケメンとして将来有望な少年はあたりを見回してる。立ち去る様子がない。
「はやく どっかいけ」
イケメン候補が間近にいる。接近してスマホで隠し撮りするか、姑息につまづいて胸に飛び込みたいところだが、さすがの巨大もハダカ突進はしない。変態自覚はないが、節度くらいはあるのだ。
みつからないように、小さな身体をもっと低くし。
葉っぱの間から「たちされーたちされーと」を小さく唱えた。
地球には祈る神などいない。雲の上を確かめたのでまちがいない。
日本生まれの性で手も合わせたが、信仰無き願いはかなえられなかった。
「みぃつけた。あんたがあの白いヤツだろ?」
「ええ――!!!?」
「ピカっとなった。あんたは誰だ」
ピンポイントすぎる言動。ごまかすどころではない。
あわてふたき巨大の思考がキャパを超え。変身の呪文を早口で唱えた。
「い、偉大なる母にして芳醇な力の源である太陽よ。矮小なあたしに光の力を分け与えたまえ。巨大化! あれ!?」
大きくなるには光の力を貯える必要があり、いましがた消費したばかり。
次の変身に必要な光を貯えるまで、数日はかかる。
「……そうだった」
巨大になれない巨大ひかり。
できることは、枝をバサバサ揺らすことだけだった。
「あ……あっち向け!」
「あ、わるぃ。でもうそついてもダメだからな。ぜんぶ見てたんだから」
少年は確信をもって言う。見ていたぜーと。
巨大は足が速い。ことに、巨大化するとき解くときの過程は、時間が縮むのか辺りがスローになる。それに加えて“光”がある。
放ったまぶしさは自慢の七光。太陽パワーを借りた最大級の発光だ。
直視なら目がつぶれ、三日はまともに物が見えない……と思う。
速さも光も、ものともぜず追ってきたこいつは……。
「対光黒眼鏡かけてた?」
「サングラスって言え。無いよ。オレは胴体着陸がすぐれてんだ」
それは”動体視力”と言いたいのだろうか。
ツッコミはさておいて何者……か、も、だんだん、どうでもよくなってきた。
それより、火急に解決すべき重大案件が、巨大にはある。
「まあいいよ。それなら服、よこして」
「それならふく……って服のこと?」
「そう、着てるTシャツを脱いで、こっちに頂戴って言ってるの」
「脱げってこと? なに言ってんの。オレが裸になるんだけど」
「だから?」
「だから……?」
「男子だからいいでしょ? 女性のあたしが裸なの。救ってあげたいと行動するのが男の子じゃない?」
ひでぇ理屈があったもんだ。灰髪男子より背の低い巨大が上から目線。
有無を言わさない女性の形相に少年はたじろぎ、しかたなくTシャツを脱いで渡す。
簒奪の服を着て大満足の巨大。余裕のある表情には笑顔が浮かぶ。
おおげさな仕草で会釈してせき払いする。
「コホン。えー、わたしは対人外生物異物対処班の所属隊員、巨大七光です。市民のかたのご助力とても感謝いたします。つきましては、お手すきのおり、豊平区のフリート仮本部までお越しください。クリーニングしたTシャツ。それに細やかですがお礼をお渡しします」
フリートの上司が考案した、市民むけの定型句である。少女にしか見えない女性が、頭をさげる。ぶかぶかTシャツに大きな胸が透けた。これを目の毒という。
「えぁ……ああ。オレはカツっていう」
「カツくん。何のカツくんですか。文字は?」
「こう、書くらしい」
カツが地面に名前を書く。字抜きのアルファベットで KATU と。
「帰国子女なのカツ君。住所は――」
「じゅうしょ?」
「住んでるところ」
「あーと、そこの道をずっといって5番目の信号を」
「それじゃわからない。何区の何条何丁目かな?」
「そうゆうのは。ちょっと」
KATUが言い淀んでいるところに、ガラの悪い男が危なっかしい歩きでやってきた。
大事そうに持ってるのは黒い欠片、KATUが持ってるのと同じく小さいが、とても重そうに抱えていた。巨大は身構えた。ヤのつく商売人がイチャモンつきけに来たと、思ったのだ。
「カツッ! てぇ―めぇ―ええ、どこほっつき歩いてやがったぁこのくそガキ。ブツは……ほほう黒いのがそうか。よぉくやった。フリートが来る前に引き上げ……」
KATUの知り合いだった。間違っても父親ではないだろうがかなり親しい間柄。
こんな人と付き合ってるとロクな大人にならないよ。忠告したい。
「……んあ? 誰だてめぇは?」
男は、目に止まった巨大を値踏みする。髪の先からつま先まで、ねっとり視線を走らせてから、一言「胸意外ガキか」と興味を失くした。
「おいおいおーい。ガキってあたしのことですか」
「でめぇのほか誰がいるってよ。あっちいけ。そこらの住民が避難してっぞ」
巨大を被災者と思ったようで、避難所の方向を指さした。見た目と違って親切なのかもしれない。男は、持っていた塊を少年に手渡すと、何も言わずに歩き出した。KATUは、二つの塊をお手玉しかがら、しぶしぶついていく。
「きっと来てよ」
なにか気にかかる少年であった。
巨大は、ふり返ったKATUに手をふると、仲間のもとへ急いだ。