34 市民コール
破壊された橋から、かろうじて鉄筋でつながっていたコンクリートの塊が落下し、ざっぽんと湖面を震わせ、大きな水紋をつくった。その音を合図に、風が止んで、揺すられた葉音もしなくなる。札幌湖は、今度こそ、静寂につつまれた。
急造の退避斜面で固唾を飲み、戦いの推移を伺っていた市民らは、誰も口を開けない。空を覆って光をさえぎった恐怖の象徴が、無くなったことが、信じられない。いきなり生まれた静けさに当惑してるのだ。
宙に戦士の姿があった。太陽に祝福されたように白い戦士は、いつものように青みを帯びて輝いていた。
戦士は、見慣れたサイズに戻りながら、すぅーっと舞い降りた。崩れずにのこったアスファルトの縁に足をつけ、ぐらりと前かがみに手をついた。気合の抜けたポーズに釣られて、市民たちのこわばった頬を緩む。
「ガーディウスが、勝った」
「勝ったぞ!」
「やったー」
「危ないヤツを倒したんだ!」
喜び抱き合う市民たち。足もとのあやうい斜面ということも忘れて、全霊でハイタッチを繰り替えす。
一昔前からの習わしで、何人ものスマホカメラが、一部始終が配信される。この場面だけでなく巨大と、ネペンテスと抱いた樹木星人との戦いは、人をかえ角度を変えて断続的に、注目する世界へと発信され続けていた。
いつもの巨大は光り、眩しさの中に姿をかき消す。だが、なぜか、額にかわいらしく手をあてがい、何かを探すそぶりをみせる。どうするのかと、見守るうちに、ぱっと飛んで行ってしまった。
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定山渓を横切る国道230号は、南区の藤野あたりから、交通渋滞をおこしていた。車両の9割以上が、中山峠を越える混雑ぎみの道路なのだが、渋滞が発生するのは、連休のときくらい。下り線がまったく動かない。
混雑の理由は、守護巨人VSデスドリアン。戦いを撮るメディアと野次馬が押しかけたのだ。ほかにも、現場から119番や110番で要請された救急車・パトカー。気を回して行動した土建屋のユンボ、家族を助けに向かう親や兄弟など関係者の車。善意と仕事と興味本位が、道を詰まらせている。
動かなくなった車の列に、窓を開けた4トントラックもいた。エンジン音より騒がしいラジオからは、臨時ニュースが流れていた。
『対処班と札幌消防署からのお報せです。ただいま、戦闘は終わったもようです。市民の皆さんは軽はずみな行動はせず。安全な建物か自宅で隠れてください。くれぐれも危険な札幌湖に向うことはしないでください。新しい情報がはいりしだい……』
トラックには、石膏ボードの山が2つと、ガーディウスの白い腕が積まれていた。埃っぽい助手席では月島が、タバコの煙を吐き出した。
「ふー。わりぃな運ちゃん。ヒッチハイクは始めてだけど、乗せてくれて助かったぜ」
「かまわんけど、小樽にいくんだべ? 朝里にいく道の橋が落ちてるってさ。降りて引き返したほうが早いんでね?」
「フツーはそうだがよ。オレのカンがいうのさ。進めってよ」
「アタマ大丈夫か。定山渓で、別のトラックを見つけたほうが……なんか飛んでるな」
運転手は上を見上げた。この辺りで上空を飛ぶのはへりか、民間の観光機くらいだ。ただ、形がオカシイ。へりならずんぐりしてる、飛行機なら翼がある。月島もタバコをポイ捨て目を凝らす。悪かった目つきがもっと悪くなる。
「ガーディウスじゃねーか」
「へぇあれが? 実物ははじめて……こっち近づいてね?」
「だな」
巨大が降下してきた。そこらじゅうの、動かない車のドアがバタバタあくと、人々は、あわてふためいて逃げだしていく。
街を行き交う多くの買い物オバサンや、女子高校生たちも、ぎゃーっ叫んで、建物の陰へ避難した。
「ほら、運ちゃんも逃げろ」
「あんたは、なに落ち着いてんだ!」
トラックの運転手は腰が抜けたようだ。逃たいのだが身体が動かない。急降下した巨大は、空中10メートルで速度をゆるめた。追い風が埃をぶぅんと吹き上がっていく中、ゆっくりと着地した。
「この俺を拉致るつもりかよ」
月島がトラックから悪態をついた。目の前にするのは3度目。無為な暴力をふるうヤツじゃないことは、じゅうぶん分かっていた。
屈んだ巨大はその白い手で、荷台にあるもげた腕を持ち上げた。サスペンションの負担が減へったぶんだけ車両が浮いた。異星の巨人は月島に、出てこいと手招き、火をつけようとしてたタバコを箱に戻すとドアを開けた。
「あんた。やめろっ」
「世話になったな。運ちゃん」
月島は覚悟を決める。あがいてどうかなる相手ではない。腕を取り返すとともに、盗んだ自分を懲らしめにきたのだ。ドアをひらいた。トラックの高めのステップを降りた。
「まあ、悪りぃことばっかしてきたからな。死刑になるほどじゃねーが、悪い終わりかたじゃねえぜ。衆目を浴びて地獄に落ちるってのは、派手でいい。ガツンと一思いにやってくれ」
街道の真ん中だ。さまに衆目のなか、目をつぶった月島は、最期の瞬間を待ったが。なにも起こらない。薄目をあけてみる。巨大は、首を傾けて見下ろしていた。あきれてものがいえないわ、と言ってるように。
月島は、ある違和感を覚えた。ありそうもないが、あり得なくもない、漠然とした妄想を口にだしてみた。
「て、てめぇは、まさかカツか?」
『そうだけど、なんでわかった?』
口を開かない巨大だが、身体全体から、ちくちく、空気をつついたような声が届く。まさかと思った返事がかえってきたのだ。月島は内心、バカみたいなことだと驚いでいた、表面に虚勢を張った。
「ど、どんなカッコになってもわかるぜ」
びっくりぎょーてんといった風で、KATU声がちりちり響く。耳にではなく皮膚で聞いてるような感覚だ。
『だから、なんでだ』
「さあな。その感じだとガーディウスってなぁあの姉ちゃんか。安心したぜ。小樽の倉庫までやってくれ」
『そのつもりで来たけど。なんか腹立つなオヤジ』
「何度言ったらわかんだ。オヤジじゃねぇ」
☆☆☆☆☆
ダム湖の斜面では、対人外生物異物対処班の隊員たちが各自に、スマホ通話していた。
漏れ聞いた言葉の端々から、国の機関、北海道および札幌市のトップに連絡入れているとわかる。空には、ホバリングするヘリが数機あった。自衛隊、警察、マスコミ。フリートのロゴの入った距離航行ドローンが、ぐるぐると周回する。
数分後、5台の運搬ドローンがやってきて、水と食糧と、救急キッドを降ろして去った。隊員たちはテキパキと市民に配り歩いた。
「みなさん聞いてください」
副隊長と呼ばれたた美しい女性が、全員に聞こえる声で告げた。救助の車が朝里峠からくること。緊急性の高い怪我人や病人は、ダム管理棟に係留された巡視船が運ぶということ。追加の水や食糧が来るということ。
とりあえずの飲み食いで、市民らの腹と動揺が一段落した。やれやれと、そこらの切り株や斜面に腰をおろし、渡れなくなった道を見るともなく見下ろしていた。すると。
「みて、あれ! ガーディウス」
子供がびっくりした声で空を指さす。どこかへ行ったガーディウスが戻ってきたのだ。
市民と歓談しながら休んでいた対人外生物異物対処班の隊員たちは、顔色をかえて立ち上がると、何も言わずに、丘を駆け下りた。目標はどうみても、空からゆっくり降りてくるガーディウス。
「なんだあいつら」
あれは異星人である。正義の味方だといまは確定しているが、交流ができるかは未知数の存在だ。対人外生物異物対処班は、その組織名のとおり、外からやってきた生物や異物に対処する組織。外交権を持たされており、有効的な交渉に望もううとしてるようにも、みえる。
「倒すつもりか、彼らは」
だが市民たちはそう思わず、悪いパターンを考えた。
「あの樹を葬った英雄をか。ムリムリ。ヘリだって簡単に壊した。やられるだけだ」
「負けたからですまないわ。攻める姿勢をみせたら」
「そうか、そしたら……私たちも巻き添えに」
「や、やめろぉ!」
不安と怒号があがる。陸自がやらかしたてつを、フリートも踏むつもりかと、危惧し訝う。行動する前にあいつら、取り押さえてしまえと誰かが叫ぶ。正義感の強い連中ほど、粗っぽい意見に乗って、フリートを追いかけるが。
だいぶ様子がおかしい。フリートたちは斜面の、最期のステップを残して佇んでいる。まるで、もう一人誰かがやってくるみたいに、席をひとり分、確保したるようにみえた。
降下してくるヒーローは、いつものように光ることなく、地上に降り立った。ガーディウスはたくさんの人々がいる中で、その身体のサイズを小さく縮めていった。
「なにを、するつもりだ。人の身長になって、殴り合いでもする気か」
―― 数分後。ダム湖の斜面に大きな歓声が湧きあがった。
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「この度の巨大生物どうしの複数回の戦いに関し政府は、フリートを通じで調査中との見解を繰り返すいっぽう、野党は政府は損害の責任をとって解散すべきだと……」
テレビ、ラジオ、ネットの公式サービス。
あらゆるメディアが繰り返し、政府の見解と今後の予想を流していた。
「資源という意味で軽量隕石は、各国が待ち望んでおるわけで……」
「あのような、災悪も、引き取りたいとは、どこの国も思わないでしょう……」
「東洋の島国の異変は最悪の宇宙災害。これをモデルケースとして今後に役立て……」
「あの、巨大とかいう女性を研究材料にしては……」
この日を最期に、軽量隕石は、二度と落ちてこなかった。
次回が最終話です
タイトル
35 巨大よ永遠に




