32 理論の破綻
「平蔵ちゃん。巨大ちゃん、ヘリが邪魔で食べられない。叩き落としちゃいなさいよ」
ネペンテスは、ぶら下がった食べごろ生餌おあずけされて、おかんむりだ。生気のない巨大は限界だ。走馬燈でもみてるのか、ひとり言をはじめだしてる。死の淵まで追い込んだ成果だが、エネルギーは死肉から奪えない。
―― いま落とす ――
「さっきからそればっか。有言実行が信条の平蔵ちゃんらしくないじゃない」
樹木星人は、しならせた蔓腕をキャスティングする。狙うのは、相崎が操縦桿を握るアパッチだが、キレがない。巨大を、死地に落としたときよりも、動きは目に見えるほど緩慢だ。
素人の手によるということも、もちろんある。セオリーを外れたアクロバティック、回避、ふらつきながらの定まらない攻撃。どの行動も、予測を裏切るものだ。しかし理由はそれだけではない。
『これが現代の竹馬だよって、もんはんで遊んだお前はどこにいった!』
相崎善行の湿った怒鳴り声がスピーカーからするたび、襲う覇気がそがれていた。いまもそう。直撃してれば、回転部だけをもぎ取り、ダルマ落としの胴体のように、翼とキャビンを離していただろう。機会を不意にした回数は8になった。
「たったの20と数年寄生した地球人に精神が冒されるなんて、やわねぇ。どんだけ惑星を、滅ぼしてきたか、わすれちゃったの?」
―― 私は、私だ ――
『田舎に軽量隕石が落ちて、佳代子も吉田も死んで。お前は言ったよな。軽量隕石の不幸を世界から失くしてやるって。二人で、対人外生物異物対処班の構想も練ったよな。ウソだったんだな。自作自演とはな。俺たちが隕石生物にやられてるのを、心では笑ってたんだな』
―― いうなあああ!! ――
蔓腕が相崎に襲いかかる。半径300メートルのしなりは、タメとして十二分であろう。音速をもこえる先鞭が風を斬ると、細い飛行機雲がうまれた。
ヘリは、スライドしながら急速前進。迫る樹を正面から迎え撃った。正規パイロットの悲鳴と同時に、20mm機関砲の3銃身がうなりをあげた。
攻撃は熾烈。1分650発の砲撃により、剛靱な蔓腕が、無残に散り裂かれていく。自慢の回復も追いつかない。
『息の根をとめてやる! 平蔵ぉおお!』
木っ端材のように砕けていく堅固な樹。ぱら、ぱらら、雪のように地上へ降りそそいだ。数百メートの蔓腕の、すでに半分が、消失した。
樹木星人の寿命もおわりかと思われたが、猛攻がぴたっと止った。
『……おいパイロット! 弾がジャムってるぞ』
コックピットでは「ばかめ弾切れだ」と肩をすくめるパイロットがいた。
この機に蔓腕が反撃する。短くなった分、動きは速く鋭くなった、さっとしなって、しゅるるっと、振るわれた蔓腕がアパッチをなぎ払う。
枝枝が巻きついた羽根が割箸のように折れる、防弾ガラスキャビンも、ピー玉のように粉々、半壊したヘリは、煙をあげながら森へ墜落した。
『ぬおおお、へいぞぉぉぉーーー!!!』
カラ松の太枝にひっかった相崎が、悔しそうに腕をふり上げた。
「無二の親友を撃破ーー! 運動のあとはご飯。空腹は最大のスパイスよぉ」
ネペンテスがむきなおる。ウツボカズラの襟とよばれる下唇から、だらだら、密のような消化液があふれだした。待ちにまった時間。巨大の滴る血が、ぽとりとおちると、辛抱たまらんと、深い口をふるわせた。付け根が切れそうなほど蓋が、おおきく開かられる。
「もぉう、はやくぅ。早くちょうだいっ」
そのとき、予期しない風がおこった。
「なにっ?」
風の発生源は、どこか、宙の一点。見逃しそうな微風だが、蔓腕の豪風とはちがう種類の吹き方だ。そんな風元の一点、いや二点、さらに三点と増え、夥しい数となる。風を起こした無色の点は、やがて色を帯びた。点同士が結びあい、寄りあっていった。
点は集まり、一瞬だけ光の点となって少年の肖像を描くと、面をなして広がりだした。
「さっき食べた子じゃない。平蔵ちゃん、おいたは嫌われるわよ」
―― 私は、なにもしていない ――
光点の面は、巨大をふわりと囲んだ。それから、生まれたばかりの赤子を抱きしめるように、そっと、優しくつつみこむ。
「なにか変よ平蔵ちゃん。いやな予感がする。いそいで、私にたべさせて!」
―― わかった、足を離すぞ ――
足の拘束が解かれた巨大は、逆さまに落ちだした。待ち受けるのは、歯のないワニのように口を開いた、危険な植物。10メートルの人型生物は、スローモーションのように、ゆっくり、ゆっくり、真下の、消化液に満たされた容器へ落下する。
その変化は、わずかの刻みのうちにおこった。
表情の動かない顔、骨が砕け筋が寸断された腕、皮膚がめくれボディラインのあいまいになった胴体、吊るされた脚。光点の面は、巨大に着実に、ほどけたDNAが交じりあうのように、フィットしていく。
『わかったか、ひかり?』
ああ。
カツ君。
わかったよ。
あたしは、母さんとは違うけど、
たしかに、母さんだった。
最期に落下した隕石。
爬虫類の世界を終焉させた衝突。
それが、あたしであり、母さんだ。
地球を窮地に陥れた偶然の1回。
やらかして死滅させた生物を、めちゃくちゃ悼んだ1回。
知的生命体が、誕生しなければ、自ら命を絶っていた
まったく、なあにが、『ほろぼしちゃえばいいのよ』だ。
変化を受け入れた巨大はたちまち回復。くすんだグレイだった皮膚が、青みを帯びた白へと輝いた。
「まぶしいっ!」
――むお、まぶしいだけでなく、暑いぞ! ――
巨大が光る内幕、包まれた総ての点に、太陽からの光が流れ込んでいく。雨しずくが線を成すように、KATUの点へと、おびただしい粒子が吸収されていく。
光に耐えかねた樹木星人は、光源を遠くへ押しやろうと、墜落さなかのネフィリムを突き飛ばそうとした。
局長ぉ、それはないっすよ?
キツク縛ってくれたじゃないスか
―― 離れろ! ――
お返しっス
あたし名物
ライトフィールド
突き飛ばしにきた蔓腕の端を両腕でつかまえると、離すもんかとしがみつく。ライトフィールドを発動。
―― また切れ味の悪い包丁か。そんなもの私には効かない。 ――
悪かったスね包丁で
こんどはカツ君印、
切れ味、最高っスよ
ライトフィールド。腕にまとわせるのが這わすことしかできず、長さ不足で切断がおぼつかず、斬っても蔓腕の回復力に押されていた技。それが、シュンっと長く延びた。弱点を克服した必殺技が、冴える。
レッツ切断っす!
―― なんだと、ぬぐあぁあ! ――
「平蔵ちゃん! いったんバックよ。後ろにさがって!」
―― 間に合わない。腕を離して、壁代わりにする! ――
「なんでもやって!」
樹木星人は、相崎によって半分にされた右蔓腕と、巨大に灼熱に焼かれて先端を失った左蔓腕を、ぐるぐる円状に束ねて、根元から分離。急造の分厚い盾をまぶしい敵に押し付けて、後退していく。
―― 直径300厚さ100メートルの樹木の壁を作った。時を稼いで態勢を立て直す! ――
「力を補給しないと。湖の水を吸って。湖で足りないなら森でも、あそこで騒いでる人間でも、どんどんエサに……巨大ちゃんがもう! えええッ!?」
自信をもって練りあげた防御に孔があいた。巨大が突破したのだ。
思い出したよ。
あなたたち、あたしが仲間たちを滅ぼしたっていってたけど。
そのまえに、そのときいた星って、あなたの仲間が侵略してたよね
で、その星にもともと生まれた、人型種族が、あたしたち。
滅ぼして取り返したけど、もう、ホシは住めないくらい傷ついてた。
最期の一人になったあたしは、星を捨てるしかなかった。
どうにか連れだしたのは何人かのファミリアだけ。
―― それがどうした。負けるヤツが悪いのだ ――
だったら、あたしに負けたあなたたちは?
―― 我が仲間を滅ぼしたヤツには報復をだ。それが一族の掟 ――
理論、破綻してない?
「あたしたちが正しいのよ、宇宙の生物はすべて、あたしたちの食い物。それを邪魔したあんたには復讐しかありえないってわけ。じゃない?」




