31 ひかり母
なんか聞こえる。
はは。チーフだ。
ヘリを操縦してるよ。うける。
打撲、裂傷、破損の1000もの傷。想像を絶する痛みが駆け抜けているのを巨大は他人事のように感じていた。限界を超えすぎたのだろう。痛みに通ずる神経に切断されたのかもしれない。外から眺めるように、自分の状況をみつめていた。
関節って増えるんだなー。
肘があっちこっちむいてるよ。
軟体動物のように骨がバラバラになった手足は、指の一本も動かせない。体液や血液が出尽くし、噴きしてた紅い液体も枯れた。
局長と補佐の事務官がボスかあ
敵は身内にあり!
なーんてね。
あーああ。
つまんないオチ。
樹木星人が、勝ち誇ったように、空いてる蔓腕をぶぅんぶぅん、ふりまわす。緑光コアから首をだす雁刃先も、待ちきれないとばかりに、蓋を揺らして分泌液をたらした。
これで死んでないんだから。
あたし、相当バケモノだよね。
情けなくなった。仲間や思い人は、自分がアレどどうにかすると、希望を託して戦ってる。彼なんか、自分を守るために死んだのだ。だというのに、なにも果たせない。ひとつの勇気も示せないで、ただ、喰われて逝くのだ。
恨みだかなんだか知らないが、地球を標的に隕石を落とした敵二人。結果として、昔のSFアニメにあった侵略行為をよりスマートに実践したという。街を壊すヤツは許さないなんて、正義の味方ぶった自分盧の能天気ぶりにも腹が立つ。全ては終わるのだ。あたしが、ふがいないせいで。
負けちゃったよ。
カツくん。
最期には相棒といってもいいくらい親身になった少年の名を呼んだ。
「呼んだか、ひかり」
風が、KATUの声で返答。そんな気がした。いよいよ終わりが迫ってきたようだ。
ははっ幻聴だね。
カツくん、三途の川で
手をふってるのかな。
「幻聴じゃないし。ナントカ川にもいない」
だが、今度はもっとはっきり聞こえた。KATUだ。すぐ傍にいる。間違いない。
んあ!!
カツくん?
どこにいるの?
半ば潰れ、よくへ見えない目であたりを見る。ずっと下には湖囲む森。樹木星人の思惑ひとつで踏みつぶされる人々。空中には、その樹木星人に、ガミガミ説教しながら攻撃を繰り返すヘリ。KATUに該当する物はない。
「そのへんの風になってる」
詩的な子に成長?
変わったんだね。
お陀仏さんになって。
「死んでない。その前に死ねないんだけど。目ん玉凝らしてよくみなよ」
月島の影を感じる言いかたにしたがって、目ん玉を凝らしてみてみる。すると、ぼんやりとだが、光が見えた。小さな色つきの光が集まって意味のある形をつくっていたのだ。
スーラだ。
スーラの点画がいる!
“グランド・ジャット島の日曜日の午後”は印象派の巨匠スーラの有名な絵画だ。点のみで描かれた絵はまるで時間が停止した場面を切り取ったような不思議な感覚をみせつける。巨大は空気の上に、点画のKATUを発見した。
カツ君、
キミもう、スーラだよ!
「もスーラ? イモムシじゃないんだけど。それより思い出したんだ。オレは死ねない。ひかりもだぞ、ずっと一緒だ」
光点の集まりであるKATUは、広がったと思えば縮まって。そのたび背後に広がる景色が、濃くなったり薄くなったりした。
死ねない?
なにいってるの?
それって、生涯ストーカー宣言だよ
金魚の糞だって千切れるのに、ずっとって。
キモっ
「キモってなんだよ! オレだって好きでこうなったんじゃないからな」
変だ変だとは思ってだけど。
高くジャンプできるし、
バケモノとたたかったりするし。
一回死んだら。あ、死んだのか。
だったら、話しかけてきてるカツくんは、誰?
「これだ。すっかり忘れたんだな。オレもいえないけど。ほら思い出しなよ。16年前の重大なこと」
16年前。
はて?
「オレは、クリプチとして、ひかりの一部を与えられて分離した。そして、おふくろさんだけど。あれはひかりの母親じゃない。違うからな」
そんなわけないじゃん。
あんなわがままの人。
―― 気に入らなければ、滅ぼしちゃえばいいのよ ――
ははぁ。
わかった!
母じゃなくてさ。
叔母ってオチ?
「ちがう! アメなめて朝食忘れる、ってやつか!」
それって、
“雨晴れて笠を忘れる”
のこと?
「ぐ、いいんだよ。はやく思い出して。死ねないったって、どっちか生きてればだから。二人とも死んだら死ぬ。思いだせすぐ」
そんなこと、
言われたって。
16年前、あたし3歳だよ。
巨大は困惑しかない。何を思い出せというんだ。想い出といえば母と父。手をひかれて、”お友達”と一緒に、大人たちの事務所でお菓子をほおばった記憶だ。
「フリートなのに、バカなのか」
……そこまで言わなくっても。
フリートと何の関係が。
16年前は、
あっ、軽量隕石だ。
宇宙から飛来した軽量隕石が、米国ソルトレイクに落ちたのが16年前。対人外生物異物対処班じゃ、しつこいほど反復学習したというのに、すぐピンとこないのはバカだ。そして、思い出すといえば、もうひとつ。巨大は、ふと、母が言い残した言葉があった。
『 それとね……これはそのうちわかるかな 』
思い出といえば、あれは哀しかったな。
あたしが、ちいさかったとき。
よく遊んでた友達と分かれたんだ。
「それがオレ。おふくろさんから、ひかりの一部をもらった未確認生物だ。そして、ひかりがママって呼んでる人。それ、ひかりの本体だからな」
カツくんさあ。
悪いものでも食べた?
いや、食べられたんだったか。
「スルーしていいか。ひかりは、ママの分体だ。ずっと子供のように育てられたんだ。時がきて、本体は死んだけど、あれはみせかけ。ひかりと一緒になったんだ」
巨大は、本格的に意味不明に陥った。本体、分体、ひかりと一緒、KATUが分かれた友だちで、一部をもらったクリプチ。詰め込み過ぎて失敗したストーリー設定のようである。
だが事実、KATUはこうして、光点が集まって存在していた。分かってもらおうと懸命に、少ない語彙をつかった言葉を連ねていた。
ほっぺつねりたいけど、
指も動かないんだ。
夢じゃないって確認できない。
死にかけてる自分だ。まやかしか、白昼夢なのかもしれないけど。信じてみたい気がした。頬をつねらなくても、十分すぎる痛みを受けてる。母が自分というんなら、根の奥に、なにかみつかるはず。なにもないなら、このまま喰われて死ぬ、それだけのこと。
いつもの言葉をつぶやいた。巨人になる、母がくれた呪いの言葉だ。
偉大なる母にして
芳醇な力の源である太陽よ
矮小なあたしに
光の力を分け与えたまえ
ラストのひとことは、KATUも一緒になって唱えた。小さな巨大七光が、人知を超えた巨躯になる、極め言葉を。
『巨大化』
七光とKATUはひとつになった。
作者も驚き。
「まさか、こうなるとは!?」




