30 声援
本体であるの幹成長に準じて、蔓腕も育っていく。太さは4階建てMSほど、長さにいたっては1000メートルにも達する。鞭のような自由なしなりと鋼鉄製ワイヤーの強靭さで、星が生まれて死ぬほどのとほうもない時の怨みを、ぶつける。
―― きさまがそうか! 我れらが一族を滅したのは、きさまだったか!! ――
蔓腕の届くあらゆる物に打ち付けられる巨大。音の速さでぶつかる衝撃で、相対的に、何もかもが凶器となった。湖水はコンクリートより堅く、森の木や枝は鉄条網よりとげとげしく、雲の水滴はガラスよりも鋭い。橋を破壊する重機役にもされた。皮膚はめくれ、肉は削げ、えぐられるように、傷は深く増していく。フル回転の回復能力が追いついてない。
『ら……ら、ライトフィールド……絶対解除しない』
蔓腕は、一本一本が太い数本の蔓からなる。蔓先の縛りは堅く、頭を離してくれる兆しがみえない。その蔓先に、ライトフィールドを押し挿した。どうにか腕の長さ分だけ斬り込めたものの、蔓一本の半分にも足りない。彫刻刀で大根は真っ二つにできないものだ。
敵は傷も治りが速い。無尽蔵ともいえる豊かな川の水がエネルギー源だ。時間を巻き戻したようにたちまちに完治する。攻撃と回復。どちらも巨大を凌駕した。
『ブ……グッ……』
本日、七光が巨大になるのは、2回目。最初から不足の光エネルギーは枯渇。これ以上の戦いは命にかかわる。
解除しないと決めたライトフィールドが消滅する。エネ不足が限界を越えた。
蔓腕は、掴んだ巨大で森の大木を薙ぎたおし、湖面を叩き、高圧ボルトの送電線を引きちぎった。
―― 知れ! われらが怒りを思い知れ! その身に染みこんで死ぬがいい!! ――
『……』
声もない巨大は満身創痍。されるがまま、当たるがままに、身体は削られていく。指が千切れ、腕が砕け、脚が折れてもげる。人間と同色の体液は、宙の霧となり、雫が湖を紅く染めた。
ネペンテスが、コアの中から顔をだした。
「平蔵ちゃーん、そろそろ満足したかしら」
―― こんな軟者に我が一族が滅ぼされたとは情けない限りだが ――
「遊びたりない?」
―― 足りない。だがいい。すこしばかり気が晴れた。あくまで少しだが ――
「じゃあ、いただいちゃおうよ。萎びちゃったけど、すんごく栄養ありそうよ」
―― 異論はない ――
蔓腕のふりまわしをやめる。興った風と地の揺れも治まった。湖面も静かになり、いっせいに音がしなくなると、時間が止ったようだった。
森の斜面にできた、ロケット砲弾と誘導弾で削った退避地。さしあたりの避難場所に、市民たちは身を寄せていた。あまり安全とはいえないが外に行き場はない。下にあった道路は崩壊。上へと登る道などない。
慣れない険しい山登り。すぐそこでは巨大怪物同士の格闘。疲れと恐怖で、どのみち、動く力など残ってなかった。
「あ、あの、やられてんのが、ガーディウスか。テレビでみたより小せい」
「10メートルはあるって新聞にあったが」
「あの樹が大きすぎんだわ。わたしよく東京へ行くけど、スカイツリーよりも高いわ」
見上げるのは高層ビルよりも高い空。長く延びた蔓腕の先端から、ぷらりと力なく垂れさがる巨大がいた。コアが発せられる緑が、明るく暗く明滅している。それはまるで、エサが欲しいと口を開けるヒナだ。ネペンテスの口から大量の内液がたらりと、こぼれた。
長い蔓腕がとぐろを捲いた。獲物をコアの中に飲み込むために、短くまとまたのだ。巨大とコアとの距離が、少しずつ、縮んでいく。
汗をだらだら流してるスーツ男は、外したネクタイをふりまわした。
「マズイんじゃねーのか。おいフリートの女! 助けないのか」
「なにもしませんし、わかりません」
「しないって、あんたら仲間だろう」
「ガーディウスは、私どもと無関係な存在です」
射妻エリカは、焼けた倒木に肩をもたらせてそう答えた。
返事は事務的だが声が震えていた。
「じゃ、あれはなんだ?」
「彼は……」
男は、斜面の一番高い場所から、大声で叫ぶ者星ハヤタを指さした。者星は、ずっと、止むことなく、叫び通しだった。銃を撃ち尽くしたあと、「巨大がんばれ」と市民の共助誘導もそっちのけで、とめどなく叫んでいる。
「あれは、巨大らしいぞ」
卯川が耳打ちしたが、いまさらだ。
「み、未確認情報よね? 者星くんの勘違いよきっと。人があんなに大きくなるない」
「じゃ、なんだよその手は」
射妻は祈るように、両手を胸の前で合わせていた。
避難民には家族連れもいる。空をみあげる母親に、子供がたずねた。
「ねぇママ。がーでうす、やられちゃうの?」
聞かれた母親は、我が子をそっと抱きしめた。
「大丈夫。ガーディウスはきっと怪物をやっつけてくれる。でも……」
聞くともなしに聞いた市民たちは無意識に、あとの言葉をつけたす。
《でも……ガーディウスやられたら、私たちもおしまいだ》
樹木星人の最頂部に雲ができ、そぐ千切れて風に流れされた。こうしているいまも、存在感を増し続けてる敵。山岳をも凌駕する異星生物の姿は、市街地からも確認できるであろう。
吊るされる巨大は、緑光のコアに飲み込まれようとしていた。
「がんばれ、巨大! がんばれ巨大! いつものカラ元気はどうした!」
者星が連呼する。応援は止らない。注目が集まっていることにも、気づいてない。
「がんばれ、がんばれ、巨大! がんばれ! 街中のイケメンがみてるぞ!」
涙で、顔がくしゃくしゃになってる。
「がんばれ、がんばれ。巨大! がんばれ! そんなヤツに負けるな!」
警察時代に鍛えられた頑丈な声帯が破裂しそうだ。
さけぶ声が言葉をなさなくなってる。
「かんぱれ、ひょたい! はんはれ! はんはれ ……ひゅ」
「もうやめなさい」
エリカは斜面を駆け上ると、者星の肩をゆらした。
「それ以上叫んだら一生、声がでなくなるかもしれない」
「サブチー、そういうことじゃねぇ」
「でも」
卯川が言いたいことはわかる。自分たちにできるのは、応援することくらいなもの。
声帯の心配は生き残ってこそだ。
「巨大! 俺たちもついてる!」
「恵桐……巨大! てめぇいつまで死んでんだ!」
恵桐と卯川も叫んだ。
「あなたたちまで。もう。巨大っ フリートの男たちから好かれてるあなたのこと、大嫌いだけど。それはそれとして、がんばって!」
叫ぶエリカ。「こんなときにいう台詞」かよと、恵桐と卯川が、あきれた。
「がんばれ!」
「がんばれがんばれ!」
者星ハヤトは生真面目に、射妻エリカがスマートに、卯川玄作は口汚く、恵桐万丈は男らしく。対人外生物異物対処班の隊員たちは、巨大七光
に声援をおくる。
市民たちも呼応していった。
「がんばれ! ガーディウス」
「がんばれ、巨大ってひと」
「巨大って、あの巨大か? なんか知らんが死ぬな―」
「がんばれ!」
「負けるな!」
「がーでうすー! がんばれぇ」
応援は、いつしか、ひとつの声となって山河にこだました。
コアのすぐ傍に、3機目攻撃ヘリ〈アパッチ〉があった。離れた位置でホバリングをしていたが、ふらふらと、目的を失った飛び方で接近したのだ。虫を狙ったトンボがたまたま、そこに浮いていた体。攻撃の意図を感じさせず、樹木星人の警戒が見逃した。
ヘリの外部スピーカーがうなって、やっと接近に気づく。
『ええい離せ! 俺はフリートの前は、飛行隊に異動願いを出した男だぞ! 仕様書と操縦テキストを取り寄せて自己流で勉強していたんだ! 目が緑色に弱いくらいなんだ。離さんと撃つぞ!』
相崎善行であった。あまりにも勝手な言い分に、市民たちの応援の声がとめ、漏れ聞こえた声に耳をかたむけた。フリートメンバーたちの目が丸くなる。
「チーフ……まさか操縦桿を奪ったの」
「異動願いってなんだよ。初耳だぞ」
「恥さらしだ」
感動的なまとまりが台無しであった。白けた目を集めるアパッチが姿勢を立て直した。不安定さが無くなって、敵の正面にびしっと相対。スピーカーからの言い分を信じるなら、キャビン内は、相崎の脅しで、掌握したことになる。
ローターが風を斬る音だけが空にあった。しばらく微動だにしなかった機体が、じわりと機首を振った。70mmロケットポッド。鋼鉄の戦車を一撃で葬る武器が、コアに狙いをつける。
樹木星人が動きだした、やっと危険な敵と認識したのだ。追い払らうべく蔓腕をふりかぶった。だが蔓は、再び騒くスピーカーによって静止することになった。
『平蔵! おまえいつ、宇宙人になった!?』




