29 避難誘導
”ダム湖と駐車場と又にかけて根を張る極太巨木”が、腕をふりまわし、根を引き抜いて歩んだ。おこされた揺れ・強風・湖水津波の影響をもっとも受けたのは、不幸にもその場に居合わせた人々だ。
「逃げろぉ!」
「俺の車が」
「命がだいじよ、ばか!」
ザクザクに深い亀裂の入った道路が、湖畔際から順序良く崩壊していく。歩みを追い越す亀裂と揺れる地面が、逃げる足を阻んだ。降りかぶる水流そして強風が、避難をより困難にした。
「戦車を破壊する誘導弾が効いてねぇ。動く森やろうめ」
「多少は効いてるようだ。弾をすべて撃ち込む」
「まって!」
「どしたぁサブチー」
「卯川くん恵桐くん、市民の避難が優先よ」
「そんなん警察にまませろよ。俺たちゃ怪物退治が任務だぜ」
「その警察がいないの。優面の者星や、うら若き私には無理。二人なら威圧が効くでしょう。おねがい。市民を先導して!」
ツッコミたいところではなるが、じっと引くのが大人である。紙好きクールビューティに説得されたカタチとなった卯川と恵桐は、攻撃を中止。雲まで届きそうに成長した不可解な怪物に、戦争用兵器ていどじゃ、言われるまでもなく効果は薄い。
「俺たちゃ、強面の牧羊犬だってよ」
「”たち”じゃなく”俺”だろ」
「るせー仲間だぜ。巨大からイケメン認定うけてねぇ仲間な」
「基準は巨大か」
避難者を誘導する。居合わせた不運な市民の数は、いつのまにか、クラス2つ分ほどまでに膨らんでる。揺れに震えながら、互いにつかまりあって、定山渓側へ戻る道路をどうにか逃げてる状況だ。
ここ札幌湖第1展望台は、慈雨トンネルを抜けて繋がる橋を渡りきった場所にある。戻ろうとするなら、橋を渡らなければいけない。波打った湖水位が、不安定ないまは、怪物が近寄る前にトンネルも抜けておきたい。
「きゃー守護巨人!」
ダム湖に落ちた守護巨人を、樹木星人が鷲づかみにした。
引きずり上げられたガーディウスは、すさまじい速度で森と空中をふりまわされる。異星人の表情は読めないが、苦痛がないはずはない。日の光をうけた水しぶきで虹ができる。樹木星人は、ひときわ大きく振りかぶって勢いを溜めた直後、ガーディウスを橋にたたきつけた。
「道が……堕ちた」
のろかった市民たちの足が止まる。道が跡絶えていた。樹木星人が守護巨人をハンマー代わりに、長い橋の一部を壊した。無残な橋脚を前後に残した1スパンだけ、ぶっつり橋はなくなった。
「やられた……」
「戻れないなら高いところへ逃げます。森の中にです!」
射妻エリカが指さしたの北側の山。原始の森、かどうかは知らないが、闇雲に逃げるには危険すぎる人の手がない山。この地の人は都会に住んでいても自然の怖さを知っている。過酷な冬を体験すれば、いやでも身体に刻み込まれる。
「森……森っていったって」
登山道も林道もない。森はそんな雑木林から始まる。膝まで埋まる草と、かき分けなければ一歩先すら見えない。熊が潜んでる可能性も捨てきれない。子供からお年寄りまで平服観光客たちが分け登るのには、装備と体力と精神に無理があった。かといってあれこれ吟味してる時間もない。
カシャリ。
恵桐が、鈍い金属音を鳴らした。01式軽対戦車誘導弾をかつぎなおした音だ。
「おい、避難者優先だろ」
「ダイナマイトは、もともと土木用として考案された」
「まさか、……道を作る気か!」
やりとりを見た射妻エリカは、すこし考えるふりをすると、ぽんと手を叩いた。
「いいアイデアね。みなさん、固まって伏せてください! これから森を攻撃します」
女性と老人が、避難の声をあげた。
「攻撃! 気でも狂ったの!!」
「ふ、ふ、フリートは馬鹿もんだ。抗議するぞ」
射妻はふたりに会釈し、名刺を差し出した。
「サブチーフの射妻エリカです。ネガティブコメントだけで、毎日1000送りこまれ、抗議には慣れております。定型文もみつくろえますが、ご用意しますか」
「バカにしおって。知り合いの市議に……」
「喜んで承りますわ。そのために、この窮地を生き抜かないといけませんよね?」
すごみある笑顔で微笑み。女性と老人がひるむ。
「見ろ! 岸が!」
あまりにも震源の近い地揺れ。道路護岸を支える地耐力が限界を超え、基礎が沈みこんだ。堅固な壁も支えがなければ、つっかえ棒と大差ない。波であっけなく倒れると、水の浸食がはじまった。割れた地表部はもろく、束ねた棒チーズや温暖で崩れる氷山のごとくだ。水辺の際から順に、湖水へと没していく。
「いゃああ」
「死にたくない、死にたくない!」
立てる地面が、みるみるせまくなっていく。樹木星人のたった一歩の踏み出しで、ここまでの災難をひきおこした。市民はパニックを起こす。我先にと、前へ前へ押しのけた。
エリカが絶叫する。
「待って! 卯・恵!! 急げ!!!」
前文は市民へ、後文は仲間へ。
「いくぞ」
恵桐の担いだセット価格約2600万円が、低伸弾道モードで発射された。卯川のダネルMGLもシリンダーが回転する。自殺志願のような至近距離に撃ち込まれたありったけ弾が、鼓膜破りの破壊力を披露した。
ズ…………ズ…………ズン…………。
人間を拒んだ森が開けた。樹木は粉々か、組み重なってる。足元を阻んだ草は高熱で灰となる。20メートルほどの急造登口が、いびつに開設された。恵桐は、散らばった樹々を集めると、入口にくぼみに並べた。
「道ができた! 登れ! 急いげ!」
「先に子供を!」
「わしら年寄りは最後にしよう。遅い足で、前途ある道を塞ぎたくない」
「なにを言ってるんですか、さあ登って!」
助け合う市民は爆発で緩んだ登り道を、2列になってあがっていく。さきほどの老人も不承不承、列につづいた。
「者星くん、キミも!」
住民の避難にもめる間も、者星だけは、F01式薬莢式光線銃で攻撃していた。
だがそれも弾切になった。乗ってきたピックアップトラックが湖ダムへと落ちた。
「巨大……がんばれ」




