20 巨大の誤算
KATUは、巨大にくっついて豊平橋へとやってきた。
「 シミターくんが救助してうちの子になった。拾得物届けなんかしないよ 」
彼女は、子供大の人形をかかえて言いわけを繰り返す。この暑さの中、よくそんなものを持てるなと、KATUはあきれる。
豊平橋の半壊は遠くからでも明かで、間違いなく24代目が架けられるだろう。橋の前後には事故処理車ががひしめき、車と市民を誘導する警官が、上にも下にもあふれていた。
避難していたドライバーたちが車に帰ってきており、警察の指示を待って走りだしていく。ドライバーがいなかったり破損がひどくて動けない車が、レッカー車で牽引。河川堤防の車はすこしずつ減っていった。街は、怪物による混乱から回復しつつあった。
月島がなにかをひきずってる。
「て、てめぇカツ! やややっと戻って……お、女連れたぁやるもんだ。ね、根掘り葉掘りなちっこく聞きたいとこだが、とりあえず、こ、こ、こいつのそっち持て」
持ちにくそうに抱えてるのは白く長い物体だ。呼吸困難になるくらい重いらしい。巨大の人形とは較べようもない大きく生々しく可愛げがない。たとえるならエノキ茸だが、5本の指のついた3メートルのエノキなんかみたことがない。
はっと、KATUは七光の腕がなかったと思い返して、持ちあげかけたそれを離した。
「落とすな! 笹川のアニキんとこまで、傷つけずもってくんだからな」
担いでもっていくつもりだ。担ぐ気合に満ちてる。だが5分ともたずに根をあげて、丸投げるのが目にみえるようだ。カンベンだとKATUはげんなりした。人類越のパワーがあって、長時間は歩みにつらい。
そうでなくても七光さがしに疲れて話すことさえ面倒なのに。これ以上、腹の減る重労働なんか、酪農直産の温殺菌牛乳でも飲まないと、やってなれない。590円のヤツだ。
「牛乳が欲しいってツラだな。後でしこたま飲ませてやんよ。119円のでいいな?」
「……」
スーパーの売れ残り品だ。労働に見合わない対価に、しぼんだ気持ちがさらに凹む。救いを求めて、乗せてくれた車を探したが、どこにもいない。名前はたしか倭沢。腕はでかすぎて運べないとわかるが、逃げられた気分だった。
オヤジの顔に、夜通し歩く覚悟がみえた。決心は立派だけど北区の事務所まで、今日中につけるはずがない。これを抱えて道路で野宿する自分を想像すると情けなくなる。笹川は拠点と呼べる建物をいくつももってる。怪しげな取引につかう倉庫などだ。近いところは南区。3キロはあるが、北区よりはましだ。
「俺の借金はこれでチャラで――」
こんな嬉しそうなオヤジはひさしぶりかもしれれない。親孝行と思えば、仕方がない。
「――晴れてまた金ぇ借りれるっつーわけだ。やりほーだいだぜ! パチをよぅ」
借金するつもりかよ。懲りずに金を借りるって。せっかく身軽になったというのに。
オヤジひいきのKATUだが、さすがにイラっとした。
「やってられっか!」
「があああ! 踏んずけんなあ! 倉庫まで傷なしで運ぶんだからよ。小樽の」
知ってるよ運ぶんだよな。倉庫まで。何十キロもある七光が巨大になった――巨大七光だから、ふつうでも巨大でいいのか。いや実際に10メートルの巨大になったんだから巨大が巨大でより巨大に……名前なんとかなんないのか?――ときの腕をかついで遠いぞ。
それも小樽に。小樽に……え?
「おたるだって!?」
「そう言ってんだろうが、ざっと40キロだから40分で着くぜ」
そうなのかと疑問形で安心してると、オヤジは小声で「車で高速道路を使えばな」とぼそっと付け加えた。いいかな。厚生労働省に相談しても。
巨大はKATUから離れ、対人外生物異物対処班仲間のもとへ合流した。卯川と恵桐は、そこら中に散らばった異物をピックアップトラックに運び乗せてる。ほとんどが、デスドリアンの肉片だ。
フリートの後方支援部隊もやってきており、数台の4トントラックに積みこまれていく。検体を回収しながら写真を取っているのは北大の研究チーム。どちらも普段は札幌豊平地区隕石集中地帯在中のメンバーだ。
「卯川さん恵桐さん。センパイがいないっすけど。病院にでも担ぎこまれたんスか?」
「んああ? どした巨大!」
「はい?」
「お花畑のお姫様かよ。フリフリ衣装で人形かかえて。お前が病院いけ」
巨大は、服をぴらんと広げてみせる。KATUが選択した衣装だ。出所はしらないが悪くないと身に着けたが、ウケはよくないらしい。
「明日の午前に予約いれとくっス。それよりセンパイは」
「あー、連行、されたな」
「連行! なにかしでかしたんっスか」
「お前じゃあるまいしあのマジメがしでかすかよ。偉いさまのご友人に聞け」
卯川はむっつり作業に戻った。それ以上は話したくなさそうなである。恵桐に助けを求めると、あっちだとアゴをしゃくった。見れば集まったマスコミが誰かをとり囲んでいる模様。あれは知事、それと迷彩服の自衛官だ。自衛官の階級は一等陸佐。たしかに偉いさんで間違いない。知事のほうは、巨大も何度か会っていて、話ができないこともないが。
「偉いさまのご友人?」
「あの二人ではない。そこまで来てるぞ」
エンジンのうなりが聞こえて、マスコミの一団が避けて散らばった。出現したのは軽トラだ。ガードレールをぶち越え、急な堤防をガタガタこすって降り、目の前で急停車した。この軽トラには見覚えがある。それはそうだ。ドアにはフリートのロゴ。運転してたのは、相崎チーフだ。
「平蔵が者星を連れて行ったと? どういうことだ?」
やってくるなりそう叫んだ。巨大の首がこてんと傾く。意味がわからない。
「へいぞー? って倭沢平蔵? 局長がセンパイを?」
「どこか民間組織で取り調べをするとかなんとか。電話してもでやしない」
すでに山となった荷台に卯川が肉片を放りあげ、ペッと地面に唾をはいた。
「尋問するんだとよ。フリートや警察には邪魔されたくねって。ったく。俺らはなんだ。配下じゃねーのか」
「尋問だと? なんでそんなことを」
「者星のこと、守護巨人だと決めてたぜ。バカバカしい。チーフの竹馬だろ。どうなってやがんだ」
「はあ……そんなことか。なんだ……急いでとばして損したよ」
卯川の手が伸びた。力任せに、相崎の胸倉をつかみあげた。
「そんなことだぁ? 連れていかれたんだぞ! 者星がよ!」
つばのかかる勢いでまくしたてる卯川。作業のバックヤードたちも、何事かとふり向く。マスコミ各社も好奇の目をむける。相崎は、その手の上に、やんわりと自分の手を添えた。
「怒るな。俺が思うに、ヤツなりの個人面談じゃないか。一人づつと改めて腰を割って話をしたいといってたしな。妙な言いまわしで人を煙に巻く男なんだ。間違いない」
「へ……? そうなんか。連行ってそういうことなのか?」
「ボーナス査定のシーズンだからな。この前も、隊員の行動にチェックいれていた」
「ボーナス! 公務員だからほぼ自動だろうが……そうならそうと……いや悪かった。許してくれチーフ。これも査定にひびくか?」
卯川はつかんだ手を離した。たははと、情けなさそうに、笑みをこぼした。
相崎が、はははと笑って応える。恵桐の無表情な顔もゆるんだ。バックヤードも仕事にもどる。
「これくらいで悪評価にしないさ。な。恵桐も巨大もわかったな……巨大?」
こわばった空気が戻るなか、巨大だけは、笑顔の落ちた表情を戻さなかった。
「ん? どうした巨大。怖い顔して」
「卯川さん。連れていかれたのは何分前です。連行先ってわかりますか?」
「んー15分ってとこだな。場所はわからんが。チーフの話からすると、そこらのカフェじゃねーか」
「カフェってどこです」
「だから知らねーって……そうだ。あっちの男に聞いてみろよ」
「男?」
「ほれアイツ。局長が連れてきたヤツ。なんか知ってんだろ」
卯川が指したのはKATUのオヤジ、月島だった。
巨大は急いで、大物を担いだ男の元へ行った。哀れにしぼんだ自分の腕に、げんなりしたが、気持ちをふり絞った。
「こんにちわ。カツくんのお父さま」
月島とKATUが同時に、驚いてふり返った。
「な、なんだぁ? この獲物は返さねぇぜ」
「その件ではありません」
「じゃなんの用だ。ふぬう? わかった! そうかいそうかい! 俺はこいつの親じゃねぇっがよ。その、なんだ。カツと付き合うならかまわねぇぜ。完全な他人ってわけじゃねえし。あんたしっかりしてそうだから、祝ってやっても」
「局長の、行き先を知りませんか。フリート隊員と一緒の」
「へ? きょくちょ」
「倭沢平蔵です。しりませんか?」
「ああ倭沢、あの運転手つきのヤツな。小樽だ」
「小樽っ? なぜそんなところへ」
「誰にも邪魔されない広い静かな場所っていうからよ。勝手に使えんから、アニキに電話した。そしたらよ。フリートの偉いさんと知り合えるならって喜んでな。小樽の埠頭の倉庫なら自由に使っていいってことになってよ、俺らもこれ持ってくところで。って、おい聞いてんのか」
「15分前……小樽埠頭の倉庫」
巨大はぶつぶつ、ひとり言をつぶやきはじめる。いきなり駆けだした。
「センパイ! あたしの代わりに! 高速道路だよね。15分前ならまだ乗ってないかも。ここからルートは……」
走りながらスマホを取り出し、出た相手に叫んだ。
「じいや? 小樽方面の札樽道を交通封鎖して! すぐ! 見返りは望みのまま!!」
「ひかり! オレも行く!」




