19 ひかりの母
改稿しました。少し読みやすくなったかと。
8月15日 さらに改稿!
「カツ君あたしね……母さんの言葉を思い出したよ」
傷ついていた七光の身体が、あらかた回復した。あきれるほどの修復力で、元通りになった腕には、ひとつのシミもない。浴びるほどには光はいらなくなったようで、胸の柊の輝きが静まる。KATUセレクションの服を着た。
屋上の開きっぱなしの扉から、上がってくる足音がした。KATUは意表をつかれて驚いたが、やってきたのはもう一人の七光。変身未確認生物のシミターだ。抱えた人形と連れた犬を手放したシミターの身体は、溶けるように本来の小さな軟体となる。やれやれと言いたげに、七光の持つホルダーの中に入りこんだ。
犬は首をかしげて二人を見比べて、階段を降りていった。捨てて逃げた飼主を捜しにいったのだろうか。
「ひかりのおふくろさんて、どういう人だ」
KATUに母親はいない。月島と同棲していたかおりも違う。かおり当人は母を主張、KATUも慕ってはいるが、関係は姉といったほうがいい。月島が父、かおりが姉。母という存在がわからない。
「世界を何度も壊したっていう妄想癖のある自分勝手な宇宙人」
「なんだそれは!?」
いきなりくずれた母親像。KATUは気をしっかり保つ。いやそれが世間一般の母親かもしれない。巨大がぽつりぽつりと語ったそれは、陳腐で古臭い創作話だった。真実と信じる者の正気を疑いたくなるような、神話と子供むけ地球史の本を雑に繋ぎ合わせたストーリーだった。
巨大の母は一灯というが、名づけたのは夫である七光の父。本当の名前は忘却の彼方で、その代わり、10の二つ名を自慢していた。年齢を尋ねれば、地球よりも若いと答えていた。一灯はときおり、娘の七光に話して聞かせた。
『ねぇ七光。とっても大切な話なんだけど』
話をするのは、なにかの拍子で思い出したとき。昔のこと、どうしても伝えたい大切な教訓らしいが、タイミングはいつも最悪だった。勉強しているとき、あそびに出かけるとき、寝ようとしてるとき、ゲームをしてるとき。七光が手を離せないときや、聞く用意がないときを狙ったように、語りはじめるのだった。
「ママそれ、いまじゃなきゃダメなこと?」
歴史の理解には時間がかかる。時代のバックボーンを知っていないと、面白くないし、楽しめないものだ。遊びにいこうとする玄関で、神話と考古学を耳打ちされても、興味をもって食いつく子はいない。はいはいわかってるよ、と右から左だ。
だから、七光が覚えてるのは、母が話しの断片だ。覚えていただけマシで奇跡といっていいだろう。
じつは母の死後、うろ覚えの思い出を補完してる。目的不明な遺物を整理し。書斎の書物を片っ端から開き。関係する地球史を読みまくった。そうしてやっと、生前耳打ちされた内容をどうにか理解したのだ。
宇宙を漂流していた母がたどり着いたとき、この星は氷の世界だったという。
『 七光に想像できる? 氷点下なんてもんじゃなかったんだよ。
表面はいつも夜みたいに暗くて、立っていられないくらいのブリザード。
海の水は100メートル以上も地下だからさ、氷球って呼んでたな。
最近やっと、地球(earth)って単語、覚えた 』
地球が完全に氷結する現象は、スノーボールアース現象と呼ばれる。雪球地球、全球凍結ともいう。母の言葉を信じるなら、この惑星にやってたのは、少なくとも地質的に解氷が確認された6.2億年よりも前になる。
『 とにかく寒くて身体が凍った。
光を浴びるには大気圏外までいちいち飛ぶか、
胸が圏外の高さくらいまでおっきくなんないとで。
それがめんどくさくなって氷、融かしてやったよ。そしたらさ。
出るわでるわ。平べったい生き物がわんさか誕生して繁殖しまくった。
それ、喰わないでもよかったけど喰ってみた。軟すぎて不味かったなぁ。
そんな時期が3000万年くらいあってさ 』
スノーボールアースが終了した先カンブリア紀の末期のエディアカラ紀。氷が融けると、大小の生物が出現した。コラーゲンを獲得した軟体生物の世界である。大きなものでも、まだ長は1m超え。だがこの生物群が後の、カンブリア爆発の礎となったようだ。
地球には数多くの生命の絶滅がおこっている。生物が廃れる寸前までいった危険すぎる絶滅のことはとくに、大絶滅と呼ばれる。それは5回あった。一度目はオルドビス紀末。
『 平べったいのが消えて、妙な形の生き物が、とんでもなく増えていった。
陸は岩だからみんな海の生物のね。最初のうちは面白がってけど、
一億年くらいで気持ち悪くなっちゃって。つい滅ぼしちゃった。
てはは 』
「てははって……それほんとにひかりのお袋?」
ひかりの口を借りた一灯の言葉。語られた内容は、少年KATUの心の底をひどくざわつかせた。
「つまんない話でしょ。でも間違いなく母」
「つまんないことない。滅ぼしたってどうやって。どんだけ強かったかしらんけど身体はひとつだ」
KATUの頭上に”?”が、三つほど点灯した。
世界は広い。どんだけ広いかはぴんとこないけど、とても小さな島国の端にある北海道さえ、歩いての一周は不可能に思えるくらいだ。世界中に増えた全部の生物を始末する? 一匹一匹やってつけていくとか。考えただけでめまいがする。
「それね。温暖化をやったって言ってた。話が本当ならね」
「おんだんか? なにそれストーブで暖める?」
密封された部屋で、赤外線ストーブやらパネルヒーターに囲まれて、干からびる自分。冬でも10台あればそうとう暑いだろう。ずっといたら死ぬかもだが、部屋の外に逃げればいい。それで絶滅するか? いや、外でも、ストーブが千台あればそうなるか、1万台あればでっかい地球でも、ぜんぶ暑くなる、のか。
「すごかったろうな灯油代。ひかりの親、金持ちだったんだ」
「灯油代?」
不思議そうに首を傾けたが、七光は続けた。
「隕石激突、火山噴火、スーパープルーム。別の異星人。大絶滅にはいろんなパターンがあるけど、最後はいつも必ずきまってるって。二酸化炭素が地表を覆って気温があがって光が届かなくなるの。呼吸困難に食糧不足ね。空気層が薄くなるから放射線だって真っすぐ地表まできちゃう」
水もそうだが炭素も循環している。二酸化炭素は、温室効果ガスというが、酸化された炭素である。炭素は地上にあると温暖化、地下に封じ込められれば冷却へと向う。現在、樹木や海底には夥しい炭素が貯蔵されている。これが解放されて温暖化がおこる。
温暖化は単に空気が温まるだけではない。暖かい大気は軽い。気圧の重みが軽量化されると、低気圧が大きく発生しやくすく、常に台風なみの猛威を振るう。抑えていた重石が減れば火山活動などもも活発化するし地震も起こりやすくなる。
あらゆる生物は環境に寄り添って生きている。平均気温が20℃の時代に発達した生物は、20℃±数度の環境にマッチした生態しかもてない。地球規模で気温があがれば、活動する生物は死に絶える方向へむかう。
「へ、へぇ?」
もうKATUには、言葉の意味がわからない。ほとんどが理解できなかった。
だがひとつだけ。隕石のことはぼんやりわかった。このごろ飯の種となってる、身近なことだから。隕石を思うとまた、胸のあたりがズキリとうずいた。身体の芯が訴えてきてる。メシの種――だけじゃないらしい。
「何回かそんなことをやって、誕生したのがサピエンスだって。人間の元祖だね」
「な、何回も?」
「アンモナイトだとか恐竜だとか、滅ぼしたのは全部自分だっていってるの。長生きっていったってホラがすぎるよね。マジメに聞くのがバカバカしくなる母親だった」
七光は、頭をかいて笑ってるが、KATUには真実のように思えた。全部とはいわないが、多くがウソでないと確信するなにかが、身の内から湧きあがった。
「ほかにも話してたっけ。どうでもいいことを……」
『 ”ネフィリム”ってさ、創世記にある巨人のことで天から落ちてきた者だって。
だいだらぼっちとかゴリアデよりか何倍もスマート、響きもいいっしょ。
七光が巨大になるおまじないにもってこいだよね 』
『 七光もさあ、壊しちゃっていいんだよ?
イヤなことがあったら全部ぶっ壊しな。
思えばこの星には単細胞しかいなかったよ。
氷を融かすとき、手をきっちゃって、大量の血がどばーって海に流れたっけ。
きっとあれが生物の元だ、なんてね 』
『 み~んなあたしの分身だとしてもね、遠慮しないでいいって。
壊したってさ、2000万年とか、1億年くらいしたら次のが現れるから。
人間よりもっとずっといいのが現れるかもね。
あたしも、あんたの父さんに出会わなかったら、次やっちゃったかもだよ 』
『 それとね……これはそのうちわかるかな 』
KATUは、七光の瞳からこぼれる涙をみていた。
「あれ……変だ。懐かしくなったのかな」
「それでひかりはどうするつもり。さっきのヘリに仕返し、したい?」
「どうかな。うーんどうでもいいかな。うん。君と話してたらどうでもよくなってきた。ありがとねカツくん」
シミターにも犬にも戻る場所がある。KATUにもだ。
七光が帰る場所は、どこなんだろう。




