18 カツ走る
月島とKATUを乗せた倭沢の車は、巨体が暴れる現場へ急いでいた。取り付けサイレンで赤信号は素通り、旭山公園通を抜け南大橋の坂までやってきた。展望台からみえた豊平橋は次の次の橋。ここからは北へあと2つ、120秒もかからないで到着する。
渡ってしまうと遠回りになるので、たもとの堤防路”豊平川通り”に左折した。ここで車は速度を落とした。車だらけで道がふさがれている。避難で放置された車が列となっていたのだ。降りるしかないが、人の足では走っても20分はかかる。倭沢は、めんどくさそうに運転手に告げた。
「土手を下れないか。車で河川敷をいけば速い」
「冗談でしょう局長。そこ、ガードレールですよ」
「壊して超えろと言ってる」
「スタントみたくぶつけて、コンクリの階段おりろってこと? 冗談ゴメンです!」
「ナナ。運転を代われ」
「んもう。言い出したら聞かないんだから。ごめんね運転手さん」
雁刃先はしぶる運転手を降ろして、ハンドルを握った。必要な加速には距離が足りない。ギアをバックにして、アクセルを踏みこんだ。そのとき、静かにシートに座っていたKATUが、すんませんと、片手をあげた。
「なにかな」
「オレちょっと用事思い出した。降りる」
ドアを開けて転がるように跳びだした。雁刃先はあわてて「危ないっ」と制動をかけるが、そのときにはもう駆けて道路を下っていった。倭沢が目を細め、バックミラーのKATUを見送る。ぽかんと状況に置いていかれた月島が、やっと怒鳴りちらした。
「待てやカツ、てめぇに用事あんてあるわきゃねぇだろうが。さぼる……」
怒りの乗った月島の声が小さくなっていく。あとで、イヤってほどぐちぐちだろうし、食事抜きのバツは確定だよな。重い気分に襲われたが、KATUには、もっと大事なことがあった。コクのある牛乳やすきっ腹よりもずっと。
「ひかり。また裸なんだろうな」
見えたのだ。消えていくガーディウスの光の中に縮んでいく、片腕のついてない人影が。豊平橋はここから2つも先だが、集中したKATUにとってささやかな距離。やったことないけど、望遠鏡でマンガを読むのと変わりない。
堤防の道路から住宅街へとかけ下り、黒いセダンの死角にはいる。顔をあげ素早くあたりを見回す。近くには誰もいない。ワンルームマンションの3階のベランダに洗濯ものがみえた。軽くしゃがんでジャンプし、ベランダを乗りあがる。女性ものの衣類のうち、シャツ、夏ジャンパー、スカートをつかんだ。
「なんで、こんなことやってるんだろ」
自分の行動に笑ってしまう。なぜか放っておけない気がするのだ。ブラジャーとパンツに数秒悩んだが、やめた。すぐさま、隣りのマンションへと移動。今度は8階屋上だ。方角をたしかめ、次の建物、さらに次へと飛び移っていく。
「造園屋ってどこだ」
KATUは看板をさがすが見当たらない。このまえ隠れていたのが造園屋の敷地だったから、今度もそうかと考えた。だが、造園屋は需要から、土地の安い郊外に多くある。マンションが密集する中央区では見つけるのは難しいし、樹木だって隠れるほどは植えないものだ。そもそも前提がおかしいのだが。
焦るKATUはやっと造園屋をあきらめた。隠れられる大きな木ということから、次に浮かんだのは公園。児童公園はあるが木は小さいか皆無。大きな公園を探すが、これもない。このあたりなら中島公園が市内指折りの広さがあるが、頭をふって否定する。方向は後ろで、とっくに遠い。裸で走っていきたいか?
「だったら近くにいるはずだよな」
KATUにはない回復力のすごさは、この目で見て知ってる。でも相当に弱ってる。もがれた腕は治るのか。治るとしても死ぬほど弱ってるはずだ。腕を担いで喜ぶ月島をフリートが逮捕してる場面が浮かんだ。同時に泥に倒れている裸の女性の画も。
シルバーの前髪をかきあげるKATUの手に、冷たい汗がついた。何十回めとなるビルの屋上は、街の中心へ近くなるほど高くなる。目を凝らして隈なく見下ろして、プライムメゾンというマンションかホテルの建物の上にきた。創成川がビルの間を流れていた。
「ひかり……」
名前をつぶやいた。返事を当てにしたわけではない。だが。
「……カツくーん」
聞こえた。人を喰ったような声、湧き水のように透き通った声が、耳の奥を揺らした。
「ひかり?」
創成川に沿ってアパホテルの上へと跳び移った。川のくせにビルを避けて90度に折れ曲がって流れていた。方向から声はこのあたりだが。
いない。見えない。たしかに聞こえた。どこだ。幻聴ってことは……いた!
まさかこんな場所があったのかという、屋上だからわかる建物の裏。ホテルとの間で、低いながら木の陰。老朽化したコンクリートの流路の淵に座り、太陽に身をさらしてる。東側のビルの起伏の間から抜けた光がひかるを照らす。陽を浴びた肌は、いっそう白く輝いていた。
「元気そうだ」
息を深く吸っては吐いて、15メートル下の木の反対へ跳び降りる。必死な捜索を気取られるのは恥ずかしい。たまたま散歩中に通りかかった風をよそおって片手をあげた。「よお」と、声をかけようとして、声は出なかった。
まぶしさに隠れてわからなかったが、ひかりが受けた傷は深刻なものだった。
失った片腕の付け根は言うまでもない。熱棒をあてられたような火ぶくれ、吸引力100倍の掃除機で吸われたような赤い連続斑点、石ころを力任せで擦られた裂傷。胸、足、顔、身体の全部で、焼け落ちる住宅から逃げ出した子供のような哀れさをにじませていた。
巨大七光が小さく笑った。
「やられちゃった。あいつら絶対。仕返ししてやるんだ。あはは」
輝きの下に隠れていたのは傷と汚れとでぼろぼろになったヒロイン。
街を守ろうと立ち上がった異星人に対して、人が行った仕打ち。
KATUは手を伸ばそうとして、やめた。どうしたらいいのかわからなかった。
悔しかったのか哀しかったのか。人間が憎らしかったのかもしれない。よくわからない。勇ましく闘った少女にみえる女性が、身体以上に小さくみえた。守ってあげたい。
数分が経ち太陽が隠れた。力の供給がなくなった巨大の回復は止んだ。手首まで治った腕もストップ。
ひかりは黙ったまま。たゆまない地球自転のせいで太陽との位置が数メートルずれたことなど、わかってないかもしれない。
意を決したKATUは木をまわって光の手をとった。小さな女性はされるがままに身を預ける。抱き上げるとひと房の後ろ髪がぱさりと垂れた。良い匂いがした。ホテル屋上まで跳躍する。
さえぎる物体のない広々とした場所で、まばゆい日光を得たひかりの身体が、再生の続きを始める。恐るべき回復力ですべてのダメージが元通りになり。巨大はようやく口を開いた。
「カツ君あたしね……母さんの言葉を思い出したよ」
車線の半分が破壊された豊平橋、欄干は無くなって、鋼鉄の基礎台に布設されたコンクリートは何百本もの鉄筋がむき出しだ。
落下するまいと耐えていた一台の自動車が、風に押し負けて落ちていく。河川敷の堅い地面にぶつかってひしゃげると、ぶちまけたガソリンに、火花が引火。車体は、派手な音で爆発しながら、河の中へと転がり沈んでいった。
「う……うぅ……」
その音で、者星は意識を取り戻した。ズキズキと、頭が重く痛む。触手が飛んできたことは覚えている。つまり、それで強打され、気を失ったらしい。生きていたのが幸運だ。
「僕はまた肝心なときに……」
情けなくない気分で立ちあがる、欠けた橋の縁に四つん這い、眼下の惨状を見下ろした。
イソギンチャクは原型をトドメないくらいバラバラで、そこら中に内容物をまき散らしてる。絶命は確実だ。アレを倒したであろうガーディウスはみあたらず、頭上を攻撃ヘリが旋回していた。
「巨大がガーディウス……なんてことは」
あるはずがないと頭をふった。自分はおかしい。アレは夢。
変身の一部始終を目撃したなんて非常識な錯覚。
1メートル40センチの人間が10メートルまで膨張だと。
物理と生物の法則をどれだけ無視してんだ。しかも自在に活動できるって。
失神のせいで海馬が混乱し、記憶のシプナスに変調をきたした。
そうにきまってる。
頭を疑うほうが自然で、かなりましな選択だった。
「おーい者星! 無事だったか!」
堤防の下で卯川と恵桐が手をふっていた。巨大もそのうち現れるはずだ、いつものように、イケメンと叫びながら。合流しようとふたりのほうへ向った者星を、男が早足でを追い抜いていった。
ガリガリに痩せたチンピラ風の男は、卯川たちの前で方向を転換。よたつきながら堤防を降りると、怪物の異物の上を気持ち悪そうに歩きまわる。
「……またあんたか! ここは危険な立ち入り禁止区域だ。速やかに退去しとけ!」
卯川があきれ顔だ。知った顔らしい。
無視してるのか聞こえてないのか、男は半ば腰を曲げて頭をわせしなくキョロキョロする。なにかを探しているふうだが、長い3メートルほどの白い物体を持ち上げて叫んだ。
「ガーディウスの、う、腕とったどー!」
「腕?」
言われ、改めて凝視した白い物体は腕だった。ダイコンか太ももサイズの生々しい5本の指、手首、しなやなかカーブを描く前腕。上腕に繋がるヒジがズタズタに焼かれ焦げてる。
「それは、きょだいの……」
者星が蒼白になる。口に手を当てて込み上げるものを抑えこんだ。
「隕石ブツの転売はグレーゾーンで規制はねぇがよ。フリートの前でがめんなよ。そこに置いとけ、じゃねーと」
「じゃねーとなんだ? フリートさまの管轄は軽量隕石だろうが こいつぁただの拾得物だ」
逮捕をほのめかす卯川に、月島はたじろがない。
ニヤリと微笑んだだけだ。
「拾得物だ? 軽量隕石だろうが」
「げへへっ。クイズだぜお役所さん。こいつぁなんだ? ぴっぴっぴっ 時間切れ―
答えは、ガーディウスの腕だ」
「なんの芝居だ。わかりきったことだろ」
「あいつは飛んでやってきた。つーまーりー隕石じゃねーってこったよ!」
者星は、気持ち悪さをどうにか抑えると、月島に近づいた。
「こういう手合いに理屈は通じませんよ卯川さん。あんたを逮捕する」
「へへ。罪状は?」
「窃盗。器物破損。公務執行妨害。威力業務妨害。状況証拠も目撃者も十分ある」
上と後ろを指さした。上空の取材ヘリと遠巻きでカメラをかまえるマスコミだ。
気圧されて後ずさりする月島。者星はその腕をつかんで取り押さえた。
「そこまでだ!」
橋の上から倭沢が静かに叫んだ。怒鳴ってるわけではないが、その場にた全員の耳に届く声だ。
「局長が御自ら指揮とは珍しい。我々はなにをすりゃいいんで? バックヤードを呼びますか」
茶化しぎみだがそれでも倭沢の指示を請う卯川だったが、次の言葉に耳を疑うことになる。
「卯川隊員、恵桐隊員。者星ハヤタを拘束しろ」
「え?」
「地球を破壊する異星人ガーディウス。その正体が君だ者星ハヤタ」




